ただ暖かくしていたい。
※
グツグツと煮えるスープをかき回しながら、ハヤトは後ろで話している2人をちらりと振り返る。
ゼロは何もせずに席に座り、食器を出しているルエにちょっかいをかけている。それをにこやかに返しながらも、たまに止まる手に、並び終える前に出来上がりそうだと内心ため息をつく。
3人で暮らし始めて、はや2ヶ月。
元はと言えば、ゼロが「もう限界だ」と喚き散らしたことが原因だ。
最初こそはウィンチェスター家で暮らしていた。しかし、こんな男臭いところにいつまでもいるのは嫌だと。ルエと2人で暮らすと血迷ったことを言い出したのだ。
もちろんそれに同意できるはずもなく。しかも2人は家事全般が殆ど出来ず、条件としてハヤトも一緒に住むことが提示された。渋々ながらも了承し、今の生活に至る。
出来上がったスープをルエが取り分け、テーブルに次々と温かな食事が並べられていく。嬉しげな声をあげるゼロに、早く座れと促し自分も座る。手を合わせてから食事を始めるルエを見て、やはり育ちがいいんだろうなと思う。
「ところでゼロ」
「んぁ?」
ゼロが口いっぱいに肉を頬張りながら顔を上げる。口にカスがついているのを見て、つい説教をしたくなるが、そこは堪えて話を続ける。
「夕方のあれ、覚えがあるのか?」
「ねーよ」
水を飲み干し、口を空にしたゼロがフォークを上下にふらふらと振る。
「神機をまともに使えねー知り合いなんていねーし、第一、オレを見て逃げるなんてあれだろ?未だに、変な噂を信じてる奴」
ルエがことりとフォークとナイフを置き、不思議そうにハヤトとゼロを見る。それに、気にするなと言わんばかりに笑い、ゼロはカップに水を注いだ。
「白髪と関わると神力を奪われるって噂。もちろんそんなことねーし、それが本当なら、今頃ハヤトもルーちゃんも真っ白になってんだろーよ」
水をぐいと飲み干し「ごっそーさん」と席を立とうとするゼロを引き止め、ハヤトは少し考えるようにして言う。
「神機が決められた者しか持つことが出来ないのは、お前もよくわかっているはずだ。今日、いや……最近それで動き回っていたんじゃないのか?」
ぴくりとゼロの肩が動き、それから気まずそうにハヤトを見返す。わかっていて聞いていたのなら質が悪い。諦めたようにため息をつき、ゼロは席に座り直すと、頬杖をつき話し始める。
「最近、神機をどっかから仕入れてるっぽくてさ。西かと思ったんだけど、それにしては造りも雑でなー。サナちゃんに見てもらったんだけど、どうやら西ではないっぽい」
「やはりそうか……。西にはなんの利益も得られないと思っていたが、そうなると、東か……?」
ハヤトたちが住む中央大地から、海を超えて西に行くと、神力を宿した武器、神機を開発している西大地がある。殆どの神機はそこで開発され、そして出回っているが、極稀にそうではないものがある。
もちろん、そうして出回る神機は違法であり、よく暴走もする為、ハヤトたち騎士団が取り締まっているわけだ。しかし、どうやら今回の問題は違うらしい。
空の食器を片付けていきながら、ルエが「んー」と考え、何か思いついたように手をぽんと打つ。無邪気な笑顔を2人に向け、
「それなら東に行きませんか?お城も返してもらいましょう!」
「は?」
ハヤトとゼロがルエに視線をやる。何を言ってるんだと口から出かけたが、あまりにも綺麗に笑っている為、ハヤトはため息を零す程度で抑える。ゼロは呆れ顔でルエをしばらく見つめた後、これまたため息と共に立ち上がった。
「ルーちゃん、いい?もう王族でないルーちゃんが、簡単に王族と会うことは出来ないの。船もないし」
「民間の船に乗りましょうよ!お願いできなくとも、神機のことで行く価値はありますよね?」
手をひらひらと振りつつ、ゼロは「ないない」と無愛想に返す。彼にしては珍しく冷たい態度だが、それも一重に、ルエを危険に合わせたくはないからだ。特に最近、東に対して良い噂も聞かない。
「片付けは俺はするから、ルエは先にお湯をもらうといい」
腕まくりをしつつ言うと、ルエは少し納得がいかないと顔をしかめがらも、大人しく自室に準備をしに戻っていく。ゼロもポリポリと頭をかきつつ、食器を洗い出したハヤトの隣に並ぶと、台にもたれかかるようにして話をしだす。
「でもあれだろ、東でほぼ間違いないんだろ?」
「……」
何も答えないがそれを肯定と受け取り、ゼロは面倒くさげに両手をあげた。行きたくはないが、行くとしたら自分たちだろう。騎士団でも特に所属をしていない自分たちが、1番都合が良いのだろうから。