抱えて、積み上げて。
※
ドロップに通され着いたのは、裏手の小さな出入口だった。人が1人、しかも屈んで通れるほどのそれは、手入れされた草木によって上手く隠されるように存在している。
「これ、通るの?」
嘘だろと言いたげなゼロに、冷たい視線を送ったまま反応がないところを見るに、当たり前だということなのだろう。むしろ、ゼロとしては壁を乗り越えたほうが楽まであるのだが。
「……抱えていけるなら有りだと我は考える」
「心でも読めんの、ドロップちゃんは」
「ある程度の読心術なら心得ている」
だとすれば、ルドベキアは大変そうだと少し同情するも、あの様子だとあまり気にはしていなさそうである。
ドロップは思い出したようにルエに近寄り、その黒い瞳を隠すように手で覆う。しばらく待ち、再び手を離すと、ルエの瞳は黒ではなく碧になっていた。
「ほー、すげーなそれ」
「表面に膜を張ったようなものだ。10日ほどなら保つ。しかし視える者には効果はない、覚えておけ」
ルエ自身は変化を感じられないのか、不思議そうに瞬きを繰り返すだけだ。安心させるように頭を撫でてやり、ゼロはルエを軽く横抱きにし、軽々と塀へと飛び移る。ルエが小さく悲鳴を零すが、慣れているのか、ゼロはあまり気に留めていない。
「はぁ……。ドロップ、世話になった。殿下にも伝えて」
「自分で伝えろ」
赤髪の彼女は冷たく言い放つも、それは彼女なりの気遣いなのか。それとも、あの様子を見るにルドベキアと話したくないのか。
ハヤトにはそれらを判断するには、まだよくわからず。小さな出入口を開け、通りにくそうに潜っていった。
手入れされた庭園から一変。
竹林が広がるそこは、昼だというのに日光の一筋すら入らせない、鬱蒼とした雰囲気が漂っている。塀を隔てただけでこうも変わるものかと、ハヤトは頭についたクモの巣を払いながらため息を零した。
「これさー、こん中通ってけば着くのかねー?」
ルエを降ろし、広がる竹林を見渡すゼロからは、相変わらずだが緊張感の欠片もない。
「表から出ればすぐに都に着くのだろうが……。簡単にはいかないだろうな」
「ではすぐにでも抜けましょう!こうしてる時間がもったいないです!」
2、3歩ルエが進み出し、すぐにその身体が傾く。慌ててゼロが手を伸ばすが、ルエを掴めず虚しく空を切っていく。隣のハヤトがすぐさま飛び出し、ルエを抱えるが、そのまま一緒になって落ちていった。
「ルーちゃん!ハヤト!」
2人が落ちていった場所を見る。竹林でよく見えなかったが5メートルほど段差があったようで、ハヤトはルエを庇うようにして倒れていた。
身軽な動きで下に降りると、ゼロは先にルエを起こし、続いてハヤトに手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
その手を握り返し、ハヤトは頭を押さえつつゆっくりと立ち上がる。全く、とんだ災難である。崖、というには大した高さではないが、それでも危ないものは危ない。
「俺はいい。ルエは?」
「すみません……。よく知りもしないで歩いたりしたから……」
視線を合わせようとしないルエに、ハヤトは困惑したようにゼロを見る。ゼロは仕方ないと両手を上げ、
「なんともなかった。それでいーんだよ」
頭についた笹の葉を取ってやり、ひらりと足元に落とし笑ってやる。元気がなさそうに、それでも同じように笑うルエの頭をくしゃりと撫でてやり、ゼロは伸びをひとつする。
「なんにしろ、こりゃ行くしかねーなー」
先頭を歩くゼロの背中は頼もしい。
先にルエを行かせ、続くハヤトが空を見る。うっすら見えるそれは、まだ日が高いことを示していた。
「で、着かないわけだが」
頼もしいと思った自分を殴りたい。
そうだ、こいつが考えて進むような奴ではないことくらいわかっていただろうに。少し前の自分を引き止めたい。
しかし、今それを言ってもどうしようもなく。
適当な場所に各々座り、それぞれが、というより主にルエが休息を取っていた。都合よく飲水でも神力で創れるといいのだが、生憎そういったことには行使できない。最初にゼロがそれを知った時は、散々役立ずだと罵られた記憶がある。
風に揺れざわつく竹林が、3人の間の空気を揺らしては抜けていく。心地よいはずのその音は、なぜか今は居心地が悪い。
「よし!オレ、ちょっと見てくるわ!」
耐えられなくなったらしきゼロが立ち上がり、止める間もなく竹林の中に消えていく。ルエは心配そうな眼差しを送っているが、一応騎士だ、何かあっても大丈夫だろうと黙って見送る。
完全に見えなくなってどれくらい経ったか。おもむろに、ルエが俯いたまま話し始めた。
「……ハヤトくんは、人を、その」
「数えていない」
何を、とは言わずともわかったようで、ハヤトは即答し、興味がなさげに続ける。
「数えて何になる?1人1人に祈りでも捧げるか?」
「そ、そんな言い方……ハヤトくんは、罪滅ぼしで生きているんですか?」
「まさか。自分の為だ」
言っている意味がわからず、ルエはハヤトに視線をやる。彼は近くを見ているようで、しかし遠くを見つめるような眼差しをしていた。
「自分が決めたことの為。それを成す為に必要ならばやる。後悔はしない。後悔をすれば、それこそ自分の為に殺した奴らに失礼だ」
それはこれからも変わらない。振り返りはしない、積み上げてきた者の為にも。
「それはきっとゼロも同じだ。決めた、なら、その結果ごと持っていく。俺もあいつも、ルエが決めたならその道の為に進む」
「私が、決めた、なら……」
言葉を繰り返し、ルエは袴を小さく握る。
「それが大変でも……?」
「決めたんだろ?」
ハヤトの青い瞳がルエを捉える。その瞳はまるで水のように澄んでいて、ルエの不安を流すような感覚を覚える。
嫌いだと突き放したのは自分なのに、それでも尚優しい彼は、本当に自分が決めたなら、最期まで付き合ってくれるのだろう。甘えてしまう自分がとても卑怯なものに思えて、堪らず逃げるように顔を背けてしまう。
「あまり深く考えるな。決めたことを、やりたいと感じたことをやればいい。もしそれで誰かが、何かが犠牲になったとしても、それは俺自身が決めてやったことだ。ルエの意思はそこにはない」
「……はい」
泣かないようにそう返すだけで精一杯だった。
固く結んだ口からは何も零れずとも、空を見上げると、なぜか酷く、潤んで見えた。




