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僕を忘れた君へと紡ぐ。東編  作者: とかげになりたい僕
使える者、仕える者。
21/51

憂いの芳香、猛る咆哮。

 ※



 中央(セントラル)、ウィンチェスター家、執務室。

 積み上げられた書類と、先程受け取ったばかりの報告書の山。まだまだ終わりそうにないその山にため息をつき、ジェッタは伸びをしようと椅子から立ち上がる。窓を開けようとし、ふと何かに気づいたように扉に視線を向ける。

「……レイナ」

 低く名前を呼ぶと、悪戯な笑みを浮かべたレイナが扉を開けた。遠慮なく入り扉を閉めると、ジェッタにぶら下がるような形で抱きつき、触れるだけの口づけを贈る。

「お久しぶり、ジェッタ様!元気にしてた?」

「報告書だけ先に送るとは……。ショウとケルンに会っていたのか?」

「あとハーくんにも会ってきたよ?」

 レイナを軽く持ち上げ地面に降ろしてやると、ジェッタは心底嫌な表情(かお)をレイナに向ける。それを気にも止めず笑い流すと、レイナは懐からあの小瓶を取り出した。

「ジェッタ様のことだから目星はついてると思うんだけど……。まぁ、それとは別件なのよ」

 ジェッタの眉が動く。レイナの別件は、大抵嫌な予感しかしない。

「最近、(イスト)で幽霊が出るって噂があってね?死んだ人が動き回ってるんだって。その中に……いるらしいのよ、貴方の」

「馬鹿を言うな」

 握り締めた拳が震えているのを見て、レイナは少し泣きたい気持ちにもなる。未だジェッタの中を占めているのは、水に愛された彼女なのだから。

 それでも気丈に振る舞うのは、最初に交わしたゲームの延長線だからか。そろそろ、それも限界なのだけれど。

「……バカでもなんでもいいわ。でも本当なの。もし彼女がいるのなら……ハーくんは……」

「そもそも、(サウス)から持ってきたというのか?いくら(あそこ)が無干渉を貫くにしてもいい加減に」

 そこまで言い、ジェッタは一旦落ち着こうと椅子に座る。肘をつくと項垂れ、少しの沈黙の後。

「報告助かった。今は(イスト)に入れないのだったか?」

「そう。ルエちゃんが呑まれかけたみたいで、今は厳重警備ってとこ。出られもしないし、入れもしないわ」

「そうか……」

 またいくつかの書類とペンを手にすると、ジェッタは再び目を通す作業に戻る。しかし先程よりも幾分か遅くなったそれは、気になって仕方がないのだろうと。

 やはり悲しい気持ちは抑えられないと、レイナは無言で窓を開けた。



 ※



 (イスト)、ルドベキアの屋敷にて。

 気づけばゼロも寝落ちしていたようで、スノウが呼びに来た声で叩き起こされた。

「主、呼んでる。起きないのはとても失礼」

 微かに怒りが感じられる声と、冷たい視線に慌ててルエを起こす。どうやらハヤトは既に起きていたようで、部屋の中を見回してもどこにもいない。

 それならば起こしてくれてもよかったのではと思う。後でまたハヤトにどやそう、内心そう決め、ゼロは眠気眼のルエを引っ張り、昨日の部屋へと急いだ。


「あ」

 向かう途中の中庭にて、ハヤトの姿を見ることができた。彼は集中しているのか、ゼロたちに背を向けたままで振り向こうとはしない。

 疑問に思うルエが声をかけようと手を伸ばし、しかしそれをゼロに掴まれ制止される。静かにとでも言うように口に人差し指を当て、それからゼロはハヤトを示す。疑問に感じつつも、示された通りにハヤトに視線をやり。

 突如、ハヤトの足元から炎が立ち昇る。熱風で服が揺れるが、不思議なことにハヤト自身に変化は見られない。しかし、よく見ると額からうっすらと汗が一筋流れているのを見て、やはり熱いのだとルエは不安になる。

「ハヤトくん……」

「やっぱ火は難しいのかねー」

「難しい?」

 頭の後ろで手を組みながらゼロが欠伸をする。

「1の章?だっけ。あれくらいなら、あんまそうでもないらしいんだけど。なんだっけな、反発する元素の(うた)が視えない?視えづらい?って聞いたことがあるような」

 正直、ゼロ自身が何も視えていないので、その感覚はさっぱりわからないが。なんでも、宙に浮くように(うた)があり、それに神力を混ぜ(スペル)として紡ぐと教えてもらった覚えがある。まぁ、わからないのだが。

 恐らく、ハヤトは火の神力を操る鍛練でもしているのだろう。無理に行使しようとすれば身を焼くというのに、だ。全く朝から真面目な奴だと、ゼロは感心すると同時に呆れもする。

「大丈夫なんでしょうか……」

「んー」

 暴発することはないだろうが、下手するとハヤトが丸焦げになりはするだろう。さすがにそれは避けたいと、念のために腰に差す剣に手を伸ばす。辺りに少し焦げた匂いが漂い、流石に止めるかと剣を抜きかけ。

「ほぅ。俺様の呼び出しを無視して、こんなところで何をしているんだ、阿呆」

 少し離れた場所で、柱に背を預け腕組みをしたルドベキアがゼロににやりと笑う。明らかに馬鹿にしている笑みに、ゼロが頬を引きつらせつつも笑い返す。

「いい加減に阿呆をやめろよおっさん」

 しかしルドベキアは気に留めることなく、視界にハヤトを入れると「ほぅ……」と顎に手をやり感心したように目を細める。

「なかなかやるな、大したものだ。普通ならば炭焼きになっていても可笑しくない」

「だ、大丈夫なんですか?」

「案ずるな罪人。最悪、そこのスノウが止める」

 ルエはちらりとスノウを見るが、その表情は少しも変わっておらず、むしろ逆に興味がなさそうにも見える。それが不安を煽って仕方がない。ルドベキアは柱から背を離すと、ルエたちの前にいるスノウに顎でハヤトを示す。

「まぁ、そろそろ話もしたい。スノウ」

「はい」

 返事をし、スノウは手すりを乗り越えると、ひらりと蝶が舞うようにハヤトの元へ走り寄る。その動きは無駄がなく、見る者を釘付けにするようで。

 そうしてハヤトの背後まで寄ると、飛び上がり回し蹴りを放った。炎に当たるかと思われた瞬間、その足に当たる間もなく炎は消え、無防備なその身体に蹴りがめり込む。

「容赦ねーなー」

 乾いた笑いを浮かべるゼロとは正反対に、ルエは真っ青になり、手すりを乗り越えようと身を乗り出す。それを片手で止めつつ、ゼロは吹っ飛んだ親友の姿を確認する。流石にこれくらいで意識を飛ばしはしないだろうが、一応心配は心配である。

 案の定、やはりというのか。彼はとっさに身体と足の間に水を発生させたのか、どちらかといえば無傷なほうで地面に座り込んでいた。もちろん、心底嫌な表情を崩さずに。

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