守りたい願いの代償。
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少し遅れてゼロも部屋を案内される。ハヤトたちと同じ道を辿り、これまた同じように中庭を見ていると。
「おにぃちゃーん!」
前方から駆けてくる見覚えのある人影に、思わずゼロの頬が緩んだ。屈んでその人影を抱き留めてやると、ふわりと優しい香りが鼻をくすぐった。
「スピカ、大丈夫だったのか?なんともなかったか?」
抱き留められたスピカは元気に頷き、その純粋な笑顔をゼロに向ける。それに安堵し、ゼロはさらに強くスピカを抱き締めた。
「もぅ、おにぃちゃん、痛いよぉ」
「うおお。ごめんな、スピカ!」
離してやり、頭を優しく撫でてやる。気持ちよさげに目を細めるスピカに、これ以上怖いことが起こりませんようにと、心の中で強く願う。
そういえば、とゼロは立ち上がり、辺りを見回す。案の定、少し遅れて追いついてきたミモザの姿を認め、ゼロはスピカを抱き上げるとミモザへと歩いていく。ドロップが早くしろと言わんばかりに睨んできたが、ゼロがそれを気にするわけもなく。
「ミモザも無事だったんだな!ほんとよかったぜー!」
にかっと笑いスピカを近くに降ろしてやる。しかしミモザからの反応がない。不思議に思い、ゼロがどうしたと聞こうとすると。
「ルエ様のお気持ちを知っていたのに。なのに私は……」
「ミモザ……?」
「でも私は、スピカを連れていかないといけないんです。何を犠牲にしても!あの人と約束したから!」
困ったように、怯えたように、スピカがゼロの手を握る。それを優しく握り返してやり、縋りつくように言い放ったミモザの言葉を飲み下す。
自分には、何があってルエがああなったのかわからない。ハヤトの様子を見るに、きっと彼は何か掴んでいたのだろう。しかしそれを自分に知らさなかったということは、自分では役に立たないと判断されたからだろう。
それも酷く悲しい。そしてミモザの言葉を、否定してやれない自分が惨めだ。
「……哀しい色、か」
ゼロがぽつりと零す。
「何を犠牲にしても。わかるよそれ。自分が犠牲になっても、全くの赤の他人がどうなっても、守りたい奴がいる」
涙で濡れた瞳がゼロを捉える。
「でも結局それって、守りたい奴を笑顔にさせること、出来ないんだよ。守られた奴は多分責めるんだ、自分を。自分のせいでって。そしたらそれって、笑顔じゃなくなってるんだよな」
大きい手でスピカを撫でる。ミモザが守りたいのは、この笑顔のはずなのだ。きっと、スピカの父親もそう願ったはず。ゼロは口元を歪めるように笑い、優しくミモザを見つめた。
「オレはさ、何があったのか知らないし、聞かない。だけど、スピカを笑顔にしたいなら、まずミモザが笑わないとな」
自分がそうであるように。
スピカの背中を押してやると、ミモザの足にぎゅっとしがみつき、少しぎこちないが笑顔を浮かべる。それを屈んで抱き締めると、ミモザは静かに涙を流した。
少し落ち着くのを待ち、ミモザが涙を拭いて立ち上がると、ゼロはいつもの調子で切り出した。
「東で何すんだ、2人とも」
「あまり詳しくは話せないのですが……。南で会った商人さんが、東に来れば職を紹介してくれると。娘とはいえ、禁忌を侵した私どもは南にはいれないので……」
「あー、そっかー」
白髪はあまりいい目で見られない。特に、南は神の加護を受け継いだ者が多い。その中で無加護の証は生きづらく、ともすれば裏切りの証だと言われてしまう。
ゼロ自身もそれはよく知っている。だからあまり深く聞かず、気をつけてなと2人と別れるだけに留まった。
正直、紹介してくれる職が何か気にならなかったわけではない。しかしそれを言ったとして。ゼロにはどうしようもないことも、事実なのだから。
案内された部屋に入ると。
お見合いよろしく、ベッドに並んで座るハヤトとルエの姿が。もちろんゼロがそれを許すはずはなく。
「うおおい、何してんだよハヤト!オレの目が生きた魚の内はやらせねーよ!?」
2人の間に割り込むようにして入ると、びしりとハヤトに指を突きつけた。相変わらずの溺愛ぶりに、流石のハヤトも呆れ顔である。
「違う、勘違いするな」
「そ、そうですゼロ。私が途中ふらついてしまって……、ハヤトくんが運んでくれただけなんです」
慌てて弁明するルエの様子を見るに、どうやら嘘ではないらしい。だとすれば、それはそれでルエの体調が気になるところではある。ゼロはルエの額に自分の額を合わせると、
「熱、はないみたいだな。悪かったらちゃんと言うんだぞ?」
ルエ自身も慣れているようで、特別慌てた様子もなく頷き返す。それに少し苛立ちを感じるが、ハヤトにはそれを言う権利も義務もないことをわかっている。
ゼロの後に入ってきたドロップの隣にスノウが並び、2人は咳払いを揃ってする。主にドロップがゼロを睨みつけ口を開く。
「今日のところはもう休むといい。詳しい話はまた明日にでもする。邪魔にならない程度であれば、屋敷内を見て回ることも可能だ」
「ではアタシたちはこれで」
ぴしゃりと閉まった扉をしばらく眺め、はっとしたようにゼロが声をあげる。
「いやいや!ベッドひとつしかねーじゃん!」
男2人が床で寝ることになるのは、言うまでもない。




