夢に見た事実を、
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東大地、通称東と呼ばれるこの国の民は、神力を己の身体に宿す神技を得意としている。それは例えば、拳に風を纏い全てを木っ端微塵にすることや、足に地を纏い常人にはない跳躍力を発揮したりと、用途は様々ではあるが。
しかし、力の調整を間違えば、己の身体を破壊へと至らしめる諸刃の剣となるのもまた事実。これもまた、誰が何の力を持つのかを王族が管理している。
つまり、神機を持っていない今のゼロでは、この周囲を囲む兵士には敵わないということになる。
「あのさ」
通された部屋の、それこそ入口で立たされたゼロが、あからさまに不機嫌を滲ませた声色で切り出す。入口から続く赤い絨毯、その先の椅子に座るルドベキアは、さして気にせず足を組んでゼロを眺めている。
「なんだ、言ってみろ阿呆」
「阿呆じゃねー」
「ならば愚民か?」
ころころと表情が変わるゼロとは反対に、ルドベキアの脇に立つルエと、ゼロの少し後ろに立つハヤトの表情は暗い。ゼロ自身にも、今はこんなやり取りをしている場合ではないことはわかっている。わかっている、のだが。
「こいつ……ムカつく……」
「そう感情を逆立てるな阿呆。今は大事な元王女、いや今は罪人だな。これの処罰と阿呆どもの処遇について話してやろうと思っているのだ」
「は!?」
ルエを罪人呼ばわりされ、怒りに身を任せ動こうとしたゼロの首根っこを、近くの兵士が軽く掴む。それだけで動けなくなり、大人しく話を聞くしかないのだと思い知らされる。
「ふむ……、お前たち出ていろ」
ルドベキアが手で払うように合図すると、兵士たちは一瞬躊躇ったものの、その冷たい視線に圧倒されすごすごと出ていく。小さく舌打ちしたゼロが、挑発するようにルドベキアを睨む。
「いーのかよ。オレが暴れるかもしんねーぞ」
「阿呆。俺様の剣と盾はそこまで愚かではない」
退屈だとばかりに自分の後ろに視線をやる。椅子の後ろから、あの紫髪の女と赤髪の女が出てくる。赤髪のほうも20代ほどだろうか、ショートカットで活発な印象を受けた。
「紫が剣の騎士のスノウ、赤いのが盾の騎士のドロップだ。2人とも俺様に忠義をつくしている」
にやりとルドベキアが笑った刹那、赤髪の、ドロップが目にも止まらぬ早さで手刀をルドベキアへと繰り出す。それを直前で受け止めたルドベキアは、そのままドロップを背負い投げの要領で軽く投げ飛ばす。
空中でくるりと回り、ドロップは華麗に着地を決めると、忌々しげに舌打ちをした。
「何が忠義だ。我は貴様に尽くす忠義なぞない」
「元気でいいこった、それでこそ俺様の盾だ」
にやにやと笑うルドベキアに痺れを切らしたのか、隣で控えていたスノウが肩をつつく。
「……待ってる」
「そうだったな。おい阿呆」
ルドベキアは椅子から立ち上がり、睨みつけるゼロと、少し後ろのハヤトの近くまで歩み寄る。ゼロは警戒するが、ハヤトは特に何も思っていないのか微動だにしない。
「今回、俺様たちの領域、つまり東で人殺しを行った。これに親父殿はご立腹だ。しかし、俺様は従兄弟を罪人にしたくはない。そこで、だ」
大袈裟に両手を広げたルドベキアの笑みは、まるで悪魔のような何かを企む嫌なもののそれだ。
「今、我が国で起こっている事件を解決しろ。阿呆どもにも損はないと思うがな?」
黙って話を聞いていたハヤトが、深く息を吐く。
「殿下、それは神機の件で間違いないですね?」
ルドベキアの眉が一瞬動く。それを見逃さず、ハヤトは「承知しました」と考える間もなく答える。
「おい、勝手に決めんな!第一、オレはルーちゃんにしたこと、許してねーかんな!」
騒ぎ続けるゼロだけを無視して、スノウがルエとハヤトを外へと案内していく。一応処罰するつもりはないらしく、寝泊まり出来る部屋へ向かうらしい。
残されたゼロも2人を追おうとして。
「レイガノール・サガレリエットだな?」
背中にかけられた言葉に、心臓が飛び跳ねる。
何も言えず固まっていると、面白いとばかりにルドベキアは笑いだした。
「俺様とドロップは使うより視るほうに長けていてな?阿呆の神力はないはずだが、周囲の元素に愛されている。しかしそれに気づかれず哀しみに染まっているのもよく視える。さすがは王として生まれた者、だが」
ルドベキアはゼロの正面に回り込み、俯くゼロの髪を掴んで無理矢理視線を合わせる。ゼロの瞳に映る恐怖の色に満足げに笑い、掴む手を乱暴に放すと、
「剣と盾の意味も知らなかったとはな」
「意味……」
言葉をただ繰り返すゼロに、呆れとも取れるため息を零し、ルドベキアは近くのドロップを顎で示す。
「俺様たち王族は、負の感情が最高潮に昂ぶった時、闇に呑まれる。その時、呑まれた王族を還すのが剣の役目であり、盾はその王族から民を守るのが役目だ。神に近い王族が負に捕らわれることは罪だからな。これが、王族につく剣と盾の騎士の意味だ」
つまりそれは。
あの時ハヤトが取った行動は正であり、間違っていたのは自分ということになる。そうすると、ゼロが取らなければいけなかったのは。
考えるだけで震えが出てくる。知らずの内に握った拳から血が滴るが、それを気にすることはなかった。
「盾の騎士に感謝しておけ。奴は、阿呆の手を汚させるつもりは微塵もないらしいからな」
それだけ言い残し、ドロップに視線を送ると、ルドベキアも静かに出ていく。嫌そうに顔を歪めたドロップが、ゼロを案内しようとこずくまで、そこから動くことは出来なかった。




