煩わしい心の音を、
20代半ばに見えるその女は、凛とした佇まいでルエを見上げると、心底面倒くさげに口元を歪めた。
宙に飛ぶルエは、苦しげに呻き声を上げ、そして激しく咳込み始める。突然口から黒いあの球を吐き出すと、まるで力を無くしたかのように翼を無くし、糸が切れたかのように意識を失った。
重力に逆らえず落ちてくる身体を女は抱き止めると、その場にいる全員を見渡し「ふむ」と考え。
「捕まえろ」
それが合図とばかりに、女と同じように空から何人もの人が降り立ち、ハヤトとゼロは為す術もなく、そのまま捕らわれることになってしまった。
※
ここは何処だ。
いや、牢屋だ。
何回目かわからない自問自答を繰り返し、ゼロは反対側の牢にいる親友をちらりと見た。
落ち着いた様子の親友は、壁に背を預けたまま動こうとしない。寝ているのだろうか。そもそもこの状況で寝れるか普通と内心嫌味を呟き、ゼロもまた諦めたように壁に背を預けた。
昼なのか夜なのか。
あれからどれだけ経ったのか。
ルエはどうなってしまったのか。
頭に疑問が浮かぶも、それらを解決する術はここにはもちろんあるはずもなく。
いや、ひとつだけ聞けることがある。
ゼロは牢にしがみつくように歩み寄り、悠々自適に寝ている親友に叫びにも近い声をあげる。
「なぁ、ハヤト。なんでルーちゃんに銃向けたんだ!てかこの際2人だけだから聞くけど、キスしたって本当か!?」
やけに響くその声は、恐らくここへの階段を見張っていたと思われる兵士にも聞こえたのか、ざわつきが感じられた。もちろん、他に捕らえられているであろう罪人にも聞こえているわけで。
「おいハヤト!キスしたって」
「煩い」
明らかに苛立ちを含んでいるが、こうなったゼロにそれが届くわけもなく。
「まずひとつめ。銃をなんで向けたか!んでふたつめ。キスしたのかどうか!みっつめ。ルーちゃんのこと好きなのか!?」
牢をガシャガシャと揺するゼロに思わずため息を零す。本来なら、手枷足枷がつくところを、恩情でつけられなかっただけだというのに。これならいっそ、ゼロにだけつけてほしかった。
いや、つけたところで、結局は煩いままに変わりはなかっただろう。
「なぜお前がそこまでこだわる。話す必要性がない」
「いや、あるだろ!ありまくりだよ!」
親友も知らないが、自分はルエの兄である。大事な妹のことを聞いて何が悪いというのか。
例えそれが、偏愛だと言われても。
これ以上揺らせば本当に壊れるのではないか、ハヤトが声を荒げようと口を開きかけた時。
「全く、これだから阿呆は煩くて嫌になる」
こつこつと。
階段を降り、通路から2人を愉快そうに眺めた黒髪の男は。
「本当に嫌になる」
ゼロの握る鉄格子をゼロごと蹴り飛ばす。鉄とは思えない脆さでそれは壊れ、反動で吹っ飛んだゼロが咳込み嘔吐する。何も食べていなかった為か、何も出ずに胃液が激しく床に飛び散った。
「うっ……げぼっ……。おま、え、なにすんだ……」
「何?何って、阿呆を蹴ったんだが?」
当たり前だと首を傾げる男を下から睨みつけ、王族というのは頭がおかしい奴しかいないのかと思う。この際、自分も一応は王族ということは考えていない。
反対から冷ややかに見ていたハヤトが、盛大なため息と共に立ち上がり、自分から扉を開いて出てくる。それに落ち着いたらしいゼロが目を丸くし、
「え、なんでハヤトの開いてんの」
「むしろなぜ引き扉を押していたのか聞きたい」
「いや鍵かかってないとか聞いてない」
「聞かれていない」
先程の蹴られた痛みも忘れる勢いで脱力する。
自分があれほどしがみついていたのはなんだったのか。
腹を押さえながら立ち上がると、目の前の黒髪の男は口元をにやにやと歪めながら、ゼロを上から下まで眺めた。
「何」
「いや?阿呆な剣の騎士だと思っただけだ。己の役目もわからず吠えるだけでなく、役目をこなそうとした盾の騎士の邪魔もしたらしいな?」
男はくくっと喉を鳴らし笑うと、
「実に阿呆のすることだ」
ゼロよりも高い位置から見下ろす視線は、とても冷ややかで、それだけで背中に嫌な汗が流れた。
この時間がどれほど続くかと思われた時、男が来た時と同じように階段をこつこつと降りる音が。ゼロがそちらに視線を向けると、
「ルドベキア様。こちらにいらしたんですね」
絹のような黒髪を、肩の長さに切り揃えたルエが向かってくるのが見えた。顔色も、その表情も、あの時とは違ういつものルエに戻っていることに安堵し、それからすぐに駆け寄ろうとして。
「阿呆、近づくな。この女は今東の物だ」
頭をがしりと掴まれる。ルエを見ると悲しげに瞳が揺れ、男の――ルドベキアの言っていることが嘘ではないと物語っている。ハヤトに助けを求めようと見るが、彼もまた、俯き否定することをしない。
「ルドベキア様。せめてお話だけでも……」
「まぁ焦るな。その為にわざわざ来たのだしな」
ゼロを突き放すようにして手を離すと、ルドベキアはルエの腰に手を回し、細い身体を引き寄せて歩いていく。それを呆然と見送り、ハヤトが歩き出すのを見て、ゼロも慌てて追い始めた。




