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剣と盾の想い。

 ※



 部屋では、ゼロが怯えるスピカを抱きしめなだめていた。扉を壊す勢いで入ってきたハヤトは、話をしている暇もないと、ミモザにスピカを半ば強制的に押しつけ、よくわかっていないゼロを引っ張り船内を走り出す。

「ハヤト、どうなってんだよ!」

「わからない!ルエはどうした!?」

「飯取りに行くって……」

 がたんと船がいっそう揺れ、ゼロはその勢いで壁に叩きつけられる。痛みが走るが、頭の中はルエの心配ばかりでそれどころではない。

「嫌な感じがする……。まるでオディオ陛下のような……」

 尚も続く揺れに逆らいつつ、ハヤトは嫌な予感が当たらないようにと願う。まるで吐き気がするようなその力は、あの日、ハヤトとルエが話したあの甲板から感じていた。

 頭を振って嫌な考えを追い出す。それでもそれはまとわりついて離れない。

 窓の外は、嫌な暗闇が広がっていた。




 甲板に出た2人が目にしたのは、黒い翼を持つ天使だった。

 しかしそれは、天使と呼ぶには余りにも歪んでいた。

 黒の瞳から流れる黒い涙も。

 足元まで伸びた絹のようなさらりとした黒髪も。

 白いブラウスが朱く染まったその姿も。

 それでも尚、その天使は、いつもと同じようにふわりと笑ってハヤトたちを出迎えた。

「あ、ゼロ。ハヤトくんも……。2人してどうしたんですか?」

 余りの変わりように、ゼロはただ唖然と立ち尽くす。剣を抜こうとしていた手も、今はもう力なくだらりと下がるだけ。

 ルエは不思議そうに2人を見つめ、それから思いついたように「あ」と声をあげる。

「もしかして、これ、気になります?」

 足元に散らばる赤い塊をブーツの先で蹴り上げ、違う塊は容赦なく踏み潰した。その表情は、オディオが闇に呑まれた時と同じもので。

 ハヤトは愛銃を手に持つと、静かに銃口をルエに向けた。その行動に迷いがないことがわかり、ゼロは慌てたように2人の間に入った。いつも通り笑おうとするが、引きつった笑いしかできないのが悔しい。

「な、何してんだよ、2人とも……。物騒だなー、はは、は……」

「どけ、ゼロ。破壊(こわ)すなら今しかない」

 冷たい視線がゼロを、その先のルエを捉えて離さない。本気なんだと確信し、ゼロはゆっくりと腰から剣を抜いた。ハヤトの眉がぴくりと動く。

「どういうつもりだ、剣の騎士(シュヴェルトリッター)

「どうもこうもねーよ、盾の騎士(シルトリッター)。オレらは、ルーちゃん守るのが役目じゃんか。早くそれ、仕舞えよ……」

 そう答えるも、剣の先が震えて止まらない。

 ハヤトは呆れたように息を吐き、

「それが、ルエか?」

「ルーちゃんだよ!まだ間に合うはずだ!こっち側に引き戻せば……!」

 言葉の途中で、脇腹に痛みが走る。

 それは目の前の銃口から発せられたもので。

 次はない、と静かに語る瞳が。

 震えていた剣をしっかり握り直し。

「わかった。それが、答えなんだな」

 床を蹴り、下段に構えた剣を思いきり振り上げる。後ろにハヤトが跳ぶことはわかっていた。だからそのまま左に構え直し、それを右に払うと同時に(スペル)を紡いだ。

「轟け、雷光。怒りを我が手に!」

 ハヤト目掛けて電撃が走る。当たれば焦げるどころか、形すら残るか怪しい勢いで。

 水を得意とする彼がそれを防ぐには、同じく神機で相殺するしかない。先程ゼロに使用している。力を込める時間はないはず、だった。

 しかし、爆発で生じた煙が晴れると、ハヤトは水で出来た球に入っており、全くの無傷でそこに立っていた。

「み、水って電気通すんじゃ……」

「純度が高い水は通さない。そして俺は、それを創れる」

 つまりハヤトには雷光は効かないことになる。

 ならば業炎(ごうえん)だとまた剣を構えたところで。


「で、私はいつまで待てばいいんですか?」

 後ろを振り返り。

 にやりと嫌な笑みを浮かべたルエが、軽やかに宙へ舞っていき、その黒い翼からいくつもの羽根をゼロに向けて飛ばした。

 信じられない光景に、一瞬反応が遅れ。

「ゼロ!」

 自分を呼ぶハヤトの声がやけに遠い。

 羽根もやけに遅く感じ、これなら避けれそうなのに。

 哀しげな妹の顔が見えたから。

 それを受け止めないと、と両手を広げた。


「おにぃちゃん!」


 声と共に体が横に飛ばされた。

 床に倒れ、自分の上に被さるようにスピカがいる。

「スピカ……?」

 よく見れば、スピカの肩に羽根が何本か刺さっており、慌ててそれを抜いてやった。血で服が染まっていくのを見て、申し訳なさと後悔で拳を握りしめる。少し遅れてミモザが甲板に出ると、ルエは忌々しげにミモザを睨みつけた。

「来ちゃったんですね。可哀想」

 ルエを見上げると、かざした右手に黒い球体を持っていた。それは幼い日、両親を呑み込んで消えたあれと同じものだ。ゼロは弱々しく首を振る。

「ダメだ……。ダメだ、ルーちゃん。オレ1人になるのは……」

 諦めにも似た言葉は、嫌な暗闇に哀しく消えていく。

 その中、ハヤトは(スペル)を紡ぐため、視えないそれらを探す。水の(うた)は視えるのに、肝心な時にその(うた)は視えない。

 なんで自分は水しか視えないのか、それが酷くもどかしい。それでも必死に紡ごうとなぞっていく。

(くう)(スペル)、5の章。照らし照らされ……灯火の華」

 (うた)が霞んで視えない。知る言葉を繋げるだけでは紡げないというのに。

 意識を集中させようにも、ルエの言動全てに意識が向いて上手く視ることができない。

 やはり駄目だと諦めかけた時。

「空の(スペル)、5の章。照らし照らされ灯火の華。咲き乱れるは空蝉の如き。我が声に応え、(うつつ)へと出でよ」

 はっきりと紡がれたそれは、その場にいる誰かが紡いだものではなく。ハヤトたちの背後の上空から、風に舞うように降り立った紫髪の女が紡いだものだった。

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