剣と盾の想い。
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部屋では、ゼロが怯えるスピカを抱きしめなだめていた。扉を壊す勢いで入ってきたハヤトは、話をしている暇もないと、ミモザにスピカを半ば強制的に押しつけ、よくわかっていないゼロを引っ張り船内を走り出す。
「ハヤト、どうなってんだよ!」
「わからない!ルエはどうした!?」
「飯取りに行くって……」
がたんと船がいっそう揺れ、ゼロはその勢いで壁に叩きつけられる。痛みが走るが、頭の中はルエの心配ばかりでそれどころではない。
「嫌な感じがする……。まるでオディオ陛下のような……」
尚も続く揺れに逆らいつつ、ハヤトは嫌な予感が当たらないようにと願う。まるで吐き気がするようなその力は、あの日、ハヤトとルエが話したあの甲板から感じていた。
頭を振って嫌な考えを追い出す。それでもそれはまとわりついて離れない。
窓の外は、嫌な暗闇が広がっていた。
甲板に出た2人が目にしたのは、黒い翼を持つ天使だった。
しかしそれは、天使と呼ぶには余りにも歪んでいた。
黒の瞳から流れる黒い涙も。
足元まで伸びた絹のようなさらりとした黒髪も。
白いブラウスが朱く染まったその姿も。
それでも尚、その天使は、いつもと同じようにふわりと笑ってハヤトたちを出迎えた。
「あ、ゼロ。ハヤトくんも……。2人してどうしたんですか?」
余りの変わりように、ゼロはただ唖然と立ち尽くす。剣を抜こうとしていた手も、今はもう力なくだらりと下がるだけ。
ルエは不思議そうに2人を見つめ、それから思いついたように「あ」と声をあげる。
「もしかして、これ、気になります?」
足元に散らばる赤い塊をブーツの先で蹴り上げ、違う塊は容赦なく踏み潰した。その表情は、オディオが闇に呑まれた時と同じもので。
ハヤトは愛銃を手に持つと、静かに銃口をルエに向けた。その行動に迷いがないことがわかり、ゼロは慌てたように2人の間に入った。いつも通り笑おうとするが、引きつった笑いしかできないのが悔しい。
「な、何してんだよ、2人とも……。物騒だなー、はは、は……」
「どけ、ゼロ。破壊すなら今しかない」
冷たい視線がゼロを、その先のルエを捉えて離さない。本気なんだと確信し、ゼロはゆっくりと腰から剣を抜いた。ハヤトの眉がぴくりと動く。
「どういうつもりだ、剣の騎士」
「どうもこうもねーよ、盾の騎士。オレらは、ルーちゃん守るのが役目じゃんか。早くそれ、仕舞えよ……」
そう答えるも、剣の先が震えて止まらない。
ハヤトは呆れたように息を吐き、
「それが、ルエか?」
「ルーちゃんだよ!まだ間に合うはずだ!こっち側に引き戻せば……!」
言葉の途中で、脇腹に痛みが走る。
それは目の前の銃口から発せられたもので。
次はない、と静かに語る瞳が。
震えていた剣をしっかり握り直し。
「わかった。それが、答えなんだな」
床を蹴り、下段に構えた剣を思いきり振り上げる。後ろにハヤトが跳ぶことはわかっていた。だからそのまま左に構え直し、それを右に払うと同時に詞を紡いだ。
「轟け、雷光。怒りを我が手に!」
ハヤト目掛けて電撃が走る。当たれば焦げるどころか、形すら残るか怪しい勢いで。
水を得意とする彼がそれを防ぐには、同じく神機で相殺するしかない。先程ゼロに使用している。力を込める時間はないはず、だった。
しかし、爆発で生じた煙が晴れると、ハヤトは水で出来た球に入っており、全くの無傷でそこに立っていた。
「み、水って電気通すんじゃ……」
「純度が高い水は通さない。そして俺は、それを創れる」
つまりハヤトには雷光は効かないことになる。
ならば業炎だとまた剣を構えたところで。
「で、私はいつまで待てばいいんですか?」
後ろを振り返り。
にやりと嫌な笑みを浮かべたルエが、軽やかに宙へ舞っていき、その黒い翼からいくつもの羽根をゼロに向けて飛ばした。
信じられない光景に、一瞬反応が遅れ。
「ゼロ!」
自分を呼ぶハヤトの声がやけに遠い。
羽根もやけに遅く感じ、これなら避けれそうなのに。
哀しげな妹の顔が見えたから。
それを受け止めないと、と両手を広げた。
「おにぃちゃん!」
声と共に体が横に飛ばされた。
床に倒れ、自分の上に被さるようにスピカがいる。
「スピカ……?」
よく見れば、スピカの肩に羽根が何本か刺さっており、慌ててそれを抜いてやった。血で服が染まっていくのを見て、申し訳なさと後悔で拳を握りしめる。少し遅れてミモザが甲板に出ると、ルエは忌々しげにミモザを睨みつけた。
「来ちゃったんですね。可哀想」
ルエを見上げると、かざした右手に黒い球体を持っていた。それは幼い日、両親を呑み込んで消えたあれと同じものだ。ゼロは弱々しく首を振る。
「ダメだ……。ダメだ、ルーちゃん。オレ1人になるのは……」
諦めにも似た言葉は、嫌な暗闇に哀しく消えていく。
その中、ハヤトは詞を紡ぐため、視えないそれらを探す。水の詞は視えるのに、肝心な時にその詞は視えない。
なんで自分は水しか視えないのか、それが酷くもどかしい。それでも必死に紡ごうとなぞっていく。
「空の詞、5の章。照らし照らされ……灯火の華」
詞が霞んで視えない。知る言葉を繋げるだけでは紡げないというのに。
意識を集中させようにも、ルエの言動全てに意識が向いて上手く視ることができない。
やはり駄目だと諦めかけた時。
「空の詞、5の章。照らし照らされ灯火の華。咲き乱れるは空蝉の如き。我が声に応え、現へと出でよ」
はっきりと紡がれたそれは、その場にいる誰かが紡いだものではなく。ハヤトたちの背後の上空から、風に舞うように降り立った紫髪の女が紡いだものだった。




