渦巻く気持ちを吐き出して、
※
ハヤトとは朝食を取る部屋にて再会できた。赤いままのルエとは正反対で、いつも通りの立ち姿に、気にしているのは自分だけかと、ルエは少し悲しくなる。やはり、彼にとって自分は何もないのかと思う。
「ハヤト、どこ行ってたんだよ」
いつもの調子で話してくれるゼロに任せ、ルエは赤いのがばれないようにと、ローブをさらに深く被る。
ハヤトもゼロも、親子ももうローブは脱いでいるが、自分はまだ正体が明らかになっていない為脱ぐわけにはいかない。自分だけが黒子に違和感を感じないわけではないが、それも致し方ない。
手に持つ容器をぼんやりと眺めつつ、ルエはため息と共にスプーンでかちゃりと掻き回す。下衆な笑いがルエに向けられていることに気づかずに。
至って船旅は平和だった。
4日目には、スピカがゼロと別れたくないと駄々をこねるぐらいには、2人の仲は良くなっていた。それを微笑ましく眺めながら、ルエは夕食を取りに行こうと部屋を出ていく。朝、船員から「今日の夕食は取りにこい」と言われていた為だ。もちろんゼロは、ついていくと言っていたが、スピカが離れなかったのと、ルエ自身が断ったこともあって、大人しく部屋で留守番になった。
最近、ハヤトは睡眠時と、食事の時以外は姿を見せていない。避けられているのかと不安になる一方、落ち着く時間が出来てよかったとも思う。
言われた部屋に向かう為、廊下の角を曲がろうとして。
「……ぇ、いい……しょ」
「……もの……だな」
聞き覚えのある声に足が止まる。
どくんと心臓が跳ねるのを感じながら、見てはいけないと心が叫ぶのを無視して。ルエは息を潜めつつそっと顔を覗かせた。
ハヤトと、ミモザだ。
壁にもたれかかるハヤトに、腕を首に回しつつ身体を寄せるミモザは、どう見ても恋人のそれにしか見えない。そういえば、時折ミモザも何処かに行っていたことを思い出す。今日も船を見てくると言ったまま帰っていない。
「私、ハヤト様に愛されたいのです……」
「スピカはどうするつもりだ」
「今日だけ……この中での関係で……」
そう顔を寄せたミモザとハヤトの影が重なり、2人の間の厭らしい糸が光に照らされた。それがどういうことか、ルエもわからないわけではない。
聞こえるミモザの声に耳を塞ぎ、ルエは堪らずその場を離れる。音が出たかもしれないと考えたが、それを気にする余裕など何処にもなかった。
何処に向かったのかわからない。
ただ、がむしゃらに歩いて、窓に映る自分が泣いてることに気づき、ルエは自嘲するようにこつんと額を窓に当てる。
「ぁ……ご飯」
ゼロとスピカは待っているだろう。むしろ、ゼロは遅いことに心配しているに違いない。早く戻らないといけない、のに。
嫌な光景が離れない。
ミモザが部屋にいたら?
自分がいたことがバレていたら?
「ぅ……あぁ……嫌、いやぁ……」
黒い気持ちが膨らんでいく。
それは足元から、じわじわと自分を呑み込んでいきそうな、気持ちの悪い感覚が襲ってくる。
立っていられず、ルエは座り込み咳込んでいると。
「お!あのねーちゃんじゃねぇか!飯取りにこねぇから探したんだぜ」
5人ほどの船員が、にやにやと下衆な笑みを浮かべながらルエを取り囲む。しかし、尚も咳込むルエには、それを気にする余裕はない。
胃から何かがせり上がってくる。
早く、早く、早く早く早く早く早く早く。
それを出してしまわないと。
「うっ、げほっ、ごほっ」
「あぁ?船酔いしたかぁ?吐きやがったぜこいつ!」
船員たちが笑い出し、誰もルエを視界に入れなかったその瞬間。
「あぁ、れ……?」
ルエの口から出た黒い塊は、船員の、ある者は頭の半分を喰われ、またある者は身体の下半分を喰われ。残ったのは、腕を片方喰われた船員と、うずくまったままのルエだけだった。
「う、あぁ、うわぁぁああ!」
四つん這いになり逃げる船員を逃すまいと、塊はすぐに船員を上から押し潰し、後には何も残らなかった。
血溜まりの中、ルエはふらふらと立ち上がる。
窓に映る自分は、黒い涙を流していた。
妖艶な笑みを浮かべるミモザ。ハヤトはなんの感情もない瞳でそれをただ見つめた。
「調べていた、お前たちのことを」
「あら?」
ハヤトはまとわりつくミモザを押し退け、心底嫌そうに口元を拭うと、腰から神機を抜きミモザに向ける。
「お前たちは、いや、お前の役目は、女を船員に渡すこと。違うか?」
「……ふふ」
手をひらひらと振り、ミモザは諦めたようにハヤトから完全に離れると、窓から外を眺める。反射で映る表情からは、何も読み取ることはできない。
「東に行くには、この条件を呑むしかなかったのよ。手持ちはなかったし。乗客に女がいれば、その女を船員たちに渡す協力をすること。いなければ私が……」
そこまで言いかけ、ミモザは頭を振る。
「何を言っても言い訳にしかならないわね。大人しく私がここに残るわ。その代わり、スピカを東に連れていってくれない?」
「断る」
ハヤトは深く息を吐き、神機を腰に戻すと、未だに外を見ているミモザに背を向ける。
「自分で連れていけ」
その言葉に、ミモザははっとしたようにハヤトの背中を見つめ、それから呆れたように笑う。
「ルエ様が、貴方様を慕う理由がわかる気がするわ」
歩きだすハヤトを追おうとして。
突然聞こえてきた悲鳴と、怒号、それから激しい衝撃。嫌な予感と、気持ち悪い神力を感じ、ハヤトとミモザは部屋に急いだ。




