重なる甘い想い。
※
囁く声を辿る。
それは沢山の星空の元で、少し冷えた風と共に流れていた。
「ハヤト、くん……?」
近づいて名前を呼ぶと、彼にしては珍しく気づかなかったのか、ルエの姿に少し驚いていたようだった。それでもすぐに自分のローブを脱ぐと、ルエに近寄り、その小さな肩にかけてやる。
「どうした?」
そう覗き込む顔が思ったより近く、ルエは恥ずかしさから俯いてしまう。やけに煩い鼓動が聞こえてしまいそうで怖い。
「声が聞こえたので……」
「声……?」
ハヤトは少し考え、それから納得したように「あぁ」と頷くと、先程自分が立っていた手すりの近くまで歩く。遠慮がちにルエもついていき、隣に並んで海を眺めていると、ハヤトがぽつりぽつりと話し始めた。
「詞だ。南に伝わるもので、俺も母親から聞いたくらいで、あまり覚えていないんだが……」
遠い向こうを見つめる母親は、きっとあれは中央にいる父親を想っていたのだろうかと、今になって考える。水の村の、もうほとんど覚えていない記憶の中にあるのは、母親の淋しそうな立ち姿だけだ。
「ハヤトくん」
名前を呼ばれ、隣に並ぶルエに視線をやる。
少し冷たくなった彼女の両手が、優しく頬を包み込んだ。それに少しの戸惑いと、少しの安心を覚える。
「ハヤトくんの父様、ジェッタ様は、きっとハヤトくんのこと、ううん。母様もハヤトくんのことも、大切に想っていますよ」
「……」
「だって」
ふわりと笑う彼女の頬が赤いのは、寒いからか、それとも別の理由なのか。今だけは別の理由であってほしいと、そうハヤトは願う。
「ハヤトくんが優しいのが、その証です。優しさを知ってる人は、とてもとても優しいんですよ」
「そうか」
頬を包む両手にハヤトは自分の両手を重ね、そしてルエの額に優しく口づけを落とした。
「これでも俺は優しいのか?」
意地の悪い質問だと思う。彼女は優しいから、否定も拒否もしないことをわかって聞いたのだから。
案の定、ルエは慌てるように離れ背を向けてしまった。風が黒髪を揺らす度、隙間から見える耳が微かに赤いのがわかる。
何度目かの風が吹き。
流石に中に戻るかと声をかけようとしたところで。
「私は、まだ貴方のわからないことが多すぎて」
背中越しのルエの言葉は、微かに震えており、衝動的に抱きしめたくなるのを抑えて続きを待った。
「優しかったり、意地悪だったり。このままじゃ私」
振り向いたルエの瞳が揺れ、切なげにハヤトを捉える。
「貴方のことを知る前に、死んじゃいそうです」
「あぁ、それは困るな」
今度は手を伸ばして。
ルエを腕の中に収めると、早い鼓動が伝わってきた。
それに堪らず笑みが溢れる。
「い、今笑いました!?」
「確かにこれじゃ、死にそうだ」
恥ずかしさから逃げようとするルエを、放すまいとさらに強く抱きしめる。観念したように見上げるルエの瞳が、熱っぽくハヤトを見つめ。それに吸い込まれるように、気づけばハヤトは、小さな唇に啄むような口づけを落としていた。
「……っ」
自分でも信じられず、反射的にルエを放してしまう。もちろんルエも目を見開き、それからすぐに口に手を当て。
「ご、ごめんなさい!」
逃げるように中に戻っていく背中を見送った後、ハヤトは盛大なため息と共に夜空を仰いだ。
※
朝。
ハヤトの姿は部屋になかった。
代わりに、ルエが布団を被り、まるで団子のように丸くなっている姿があった。
「ルーちゃん、どした?起きてんだろ?」
揺さぶってみるが、反応は全くない。
やはり昨日追いかけるべきだったのだろうか。
真夜中戻ってきたルエは、出ていった時とは反対に、少し騒がしく扉を閉めると、そのままベッドに潜り込んでしまったのだ。それから少しは寝たようだが、何かあったのは明白である。
「ハヤトか?なんか言われた?」
「……ゼロは」
それは消え入りそうな声だった。
「ゼロは、その……誰とでもしますか?」
「え、何を」
「く、口と口を合わせること、とか」
ぶはっとつい吹いてしまい、それでも冷静に考える。
冗談でこういうことを聞いてくる妹ではないのはわかっているし、だとすれば、そういうことがあったのだろうと結論づける。
「あー、そのー、だ、誰とでもは、しないんじゃ、ないかなー」
棒読みになってはいないだろうか。これでルエの求める答えになっているだろうか。まだ団子姿の妹からは、全く読むことができない。
「じゃ、じゃあ、誰とならするんですか?」
「だ、だだだ誰ってそりゃルーちゃん、好きな奴でしょーよ」
団子から顔だけ出したルエは、それはもう真っ赤で、ともすれば風邪でも引いたのかと勘違いするほどだ。もちろんそれは風邪ではないことくらい、鈍いゼロでもよくわかっている。
「ルエ様、ハヤト様とキスしたんですか」
空気を読んだのか読んでないのか、面白げな瞳で見下ろすミモザがふふっと笑う。さすが女である、こういう話は好きなのだろうと思う反面、このまま任せてしまおうかとゼロは思う。
「き、キスとか……でも、ハヤトくんはなんとなくじゃないかなって」
「なんとなくでそういうことをする人なんですか、ハヤト様は。違いますよね?」
優しい声で問いかけると、ルエは少し俯き、それから「はい……」と小さく呟いた。
彼の、間近で見た表情が焼き付いて離れない。少し驚いたような、それでいて、ルエだけを見つめる青い瞳。その目に映る自分もまた、きっとハヤトだけを映していたのだろう。
「好き、なんですよね?ハヤト様のこと」
「……はい」
認めた瞬間、胸の辺りが少し苦しくなり、それは甘い疼きとなって広がっていく。
ここ3か月の気持ちだろうか。いやもっと前から、この甘い疼きはあった気がする。さらに上がる体温に戸惑いながら、ルエはそっと指先で唇をなぞった。




