本当は貴方が、
基本的な魚の捌き方だが。
鱗を取り除く。
頭を胸ビレから腹ビレにかけて落とす。
切り落とした部分から、腹ビレにかけて腹を開く。
ハラワタを掻き出す。
背側から、尾ビレから頭のほうへ軽く切れ目を入れる。
刃先を背骨に沿わせるように開く。
身を反転させ、腹側を開く。
繋がっている尾の部分に刃を差し入れ、片身を切り離す。
ここまでで2枚におろした状態である。
もちろん、鮫には鱗は無いので手順は異なってくる。しかしゼロには鮫どころか、一般的な魚すら捌いたことなどない。料理すらないというのに、なぜハヤトは自分を指名したのだ。
目の前に横たわる巨大な鮫にたじろぎ、持った短剣を見つめ暫し呆然と立ち尽くす。ちらりと後ろを見れば、相手の船員は手慣れた様子で鮫に刃を入れている。
「ハヤトー、なんでオレなんだよ。やったことねーよ……」
腕組みしたハヤトが呆れたようにため息をつく。それに苛立ちを隠そうともせず、ゼロは短剣をブンブンと振り回し怒りを表した。
「今ため息ついたろ!なんでオレに任せたんだよ!アホ、マヌケ!」
「剣ならお前のほうが適任だろ」
「え、何それ本気で言ってんの?舐めてんのか?」
一向に進まない解体作業。
かたや船員は半分ほど終わらせており、このままでは負けは確定だ。スキッパーがにやにやとゼロの鮫を眺めているのが、やけにカンに触る。
「あの、ハヤトくんが指示して、ゼロが解体するのはどうでしょう」
遠慮がちにルエが進言する。2人は一瞬黙り込み、そしてお互いの顔を見る。
「ゼロ、ヒレを落とせ。その上についてるやつだ」
「は?上?これかー!」
やっと進み始めた作業だが、勝負相手は随分先にいっている。その遅れを取り戻すべく、2人は嫌な共同作業を推し進めていった。
誰もが船員が勝つと思っていた。
正直、本人たちが1番驚いている。
捌き始めるまで、確かに2人はチグハグなやり取りをしており、手元は全く進んでいなかった。
それが、あの何者かわからない少女の一言で。2人はいつもそうしているかのように、息の合ったやり取りを見せ始めた。
結果、余りにも惚れ惚れするその動きは、見ている船員だけでなく、解体していた船員までもが手を止め、見ているようになったのだ。
「はっはっは!おめぇらやるじゃねぇか!」
綺麗に3枚に卸された切り身は、手際よく船員たちによって冷凍保管されていた。満足そうに見ていたスキッパーは、鍵をひとつポケットから取り出すと、それを思いきりハヤトに投げつける。
「あぁそうだ!あの枚数なら、あと2人、部屋に入れてやっていいぜ」
にやりと笑みを浮かべ、そして豪快に歩き出したスキッパーを見送り、ハヤトは手元の鍵を握り締めた。
「ゼロ、さっきの親子を連れてこい」
「いいのか?関わるなって……」
「どうせ迎えに行くつもりだろう。早くしろ」
ぱっと表情を明るくしたゼロは「部屋の前でな!」と我先にと駆け出していく。ため息をつくハヤトを見て、ルエがくすりと笑いを零す。不満げに顔をしかめたハヤトに、ルエは鍵を握った手をそっと包み込むと、
「どうせ行くつもりだったのは、貴方のほうですよね?ハヤトくん」
「さあな」
ハヤトはふいと視線を反らす。それにまた笑い、ルエが優しく手を引いて船内に戻っていった。
2段ベッドがひとつ。小さいテーブルと、1人くらいなら横になれる大きさのソファ。
誰かが床で寝ないといけない。
もちろんそれは、ハヤトかゼロのどちらかだ。
「オレが床!お前はソファ!」
「何度言えばわかる。俺は床でいい、ソファを使え」
壮絶な床争奪戦が繰り広げられる中、ルエはふわりと笑って親子を迎え入れていた。
母親が困り顔でルエを見る。
「あの、わたくし共が床で寝ますので……」
「あの2人は床が好きなだけなのでお気にせず。あ!私だけローブ被ってるの、失礼ですよね」
ハヤトのローブと自分のローブを脱ぐ。ルエの姿を見た母親は顔面蒼白になり、すぐさま床に頭をこすりつけ始めた。次はルエが困惑する番になる。
「王族の方ではないですか!尚のこと、わたくし共が床で」
「ま、待って下さい。私、もう違うんです。今から東にお願いをしにいくところなんです」
「お願い……?」
まだ床争奪戦を広げている最中のゼロが「おう」と笑う。その隙に、ハヤトがゼロの荷物をソファへ、親子の荷物を2段ベッドの上に入れてしまった。気づいたルエは小さく声を漏らすが、ハヤトが口に人差し指を当てるのを見て、微笑みながら小さく頷く。
未だに頭を上げない母親の、その隣に小さくうずくまり、少女が目を擦り頭をぐりぐりと押しつけ始めた。
「んー……おかぁさん、眠い……」
慌て始める母親とは反対に、ゼロは明るく笑うと、少女を軽く両手で持ち上げてやり、そのままベッドに乗せてやる。
「靴、ちゃんと脱ごうな?それから寝るか!」
「うん!おにぃちゃんありがとう!」
髪色も同じな2人は、それはまるで兄妹のようで。
その光景にどこか懐かしさを感じながら、ルエもまた、母親に頭を上げて欲しいとお願いをしていた。




