君は何も考えず、
※
3ヶ月。
青髪青目の少年、ハヤトは自身の家へ向かいながら、この長いような短い期間を思い返していた。
まだ幼い日を全部思い出せたわけではない。
霞がかかったように、薄くぼやけている部分も多い。
それでも自分は自分に出来ることをと、3ヶ月やり続けてきたつもりだ。
それは書類作成だったり、新しく騎士になりたいと入家してくる少年少女の配属だったり、現存する騎士団への指示だったりと、それはまぁ毎日が目まぐるしく過ぎていくほどだ。
そんなハヤトが、今日は久しぶりに落ち着いて家に帰っていいと言われた。
ここ2週間ほどは、ウィンチェスター家が保有している、騎士団の宿舎に寝泊まりをしていた。まぁ、つまるところ、宿舎というのは実家である。
わざわざ、自身の家から通うのも効率が悪いと思いそうしていたが、先日そうはいかない出来事が起こったのだ。
いつも通り、訓練所にて他の騎士たちと話していた時のこと。
「あの、ハヤトくんはいますか?」
そう言ってひょこりと顔を覗かせたのは、王族の証である黒髪黒目を持つ少女。150センチほどの身長、絹のように肩からさらりと流れていく髪に、その場にいる誰もが目を奪われた。
「ルエ、なんでここに……」
誰もが見惚れる中、ハヤトだけが呆れ顔で口から不満を零す。それを知ってか知らずか、黒髪の少女、ルエはハヤトに名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、ふわりと笑うと軽い足取りでハヤトへと歩み寄る。
「最近、帰ってこないから心配してたんですよ?お仕事なのはわかってますが、あまり続くと、少し不安になってしまいます」
見上げる瞳が微かに揺れるのを見、少し悪いことをした気にはなるが、だからといって、ここに来るのはどうかと思う。第一、あの煩い番犬はどうしたというのだ。ここに来るのを許すはずがないだろうに。
どうしたものかと考えあぐねていると、入口の扉をこれまた乱暴に開けて入ってくる人影が。その人影は、ルエがいることを確認すると、にんまりと笑ってズカズカと近づいてきた。
「あぁん?んなとこで何してんだぁ?オヒメサマよぉぉおお」
茶髪に黄の瞳、ハヤトより背が高い彼は、ルエの頭に手を置くと無遠慮に撫で回す。ルエはそれに反抗するも、明らかな身長差では何ら意味をなさない。
「もうっ、ショウやめてください!怒りますよ!?」
「ほぉぉぉ、怒ったらどうなんだぁ?オレにナニしてくれんだぁ?」
下品な笑みでルエを見下ろすショウは、相変わらず、ルエを都合のいい玩具としか見ていない。いつもならルエの番犬が噛みつくのだが、しばらく待ってみても反応がないあたり、本当に今日は来ていないのだろう。
ならば面倒くさいことこの上ないが、自分がこれをやめさせるしかない。本当に面倒くさいのだが。
「ショウ、いい加減にしろ。第一お前、今日は座学のはずだが」
「あぁ?いたのか半分野郎」
半分、の言葉にため息が零れそうになるのを堪え、ハヤトは撫でている手を掴むと、無理矢理頭から下ろさせる。もちろん、ショウは気に食わないとばかりに顔を歪め、自分よりも低い兄を睨みつける。
ハヤトも慣れたもので、懐から1枚の紙切れを取り出し、それをショウに突きつける。その紙切れをひったくるようにして奪い、ショウは食い入るように読み、そして顔色を変えてハヤトを見返した。
「なんだよ、こりゃあ……」
「団長からだ。早く言って直談判でも好きにするといい」
「あんのクソオヤジ……!オレは中央っつっただろうがよぉぉお!」
来たときと同じように慌ただしく出ていく背中を見送り、今度こそため息をついた。少しは可愛くなったかと思ったが、どうにもハヤトの前だとあまり変わらない。
まぁ、昔のように後ろをついてこられても、それはそれで気持ち悪いものがあるのだが。
ショウがいなくなったことで、少しは静かになるかと思ったが、ハヤトの思い通りにはならず、むしろ先程とは違う賑やかさが訓練所を満たしていく。もちろん、その中心にいるのは黒髪の少女だ。
誰にでも優しく、分け隔てなく接する彼女は、すぐに民からも愛されるようになり、それは騎士団内でも例外ではなかった。だからこそ、ハヤトは面倒だと頭を抱えたのに。
「ルエ様、お久しぶりです!」
「元気にしていましたか!」
「自分もルエ様の盾の騎士に……」
中心でわらわらと話しかけられ、慌てるルエが可愛らしい。このまま見ていようかとも思うが、助けを求めるように視線を送られては仕方がない。ハヤトは苦笑いをひとつ零し、
「今日はここまでだ。早く散れ」
少し言葉をきつめに言うと、名残惜しながらも騎士たちは散っていった。ハヤトより年上だろうに、彼らは素直に従い散っていく。
ぽつんと残されたルエが、少し拗ねているかのようにハヤトを睨みつけてきた。もちろん、それほど怖くはない。
「もう……、皆さんは何も悪くないんですよ?」
「ここにゼロがいたら発狂しそうな光景だったけどな。ゼロはどうした?」
隅の机から書類の束を取りつつ、ハヤトは背中ごしにルエに尋ねる。
「ゼロなら、今日は行くとこあるからって、朝から出かけて行きましたよ?私1人ですし、ちょっと淋しかったので来ちゃいました」
イタズラを話すように笑う顔は、どことなくあの番犬に似ている気がしなくもない。束を持ちつつ、ハヤトは「帰ろう」と先を歩きだした。
とまぁ、色々面倒だったので、ハヤトは反省を生かし帰ることにしたのだ。結局、あの日帰った後も番犬になんやかんや言われ、疲れが取れることもなく次の日を迎えてしまった。
言われる前に行動。そのほうが楽だと気づいた。実践は、できているかわからない。