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AIより愛をこめて

作者: 晴樹

容赦なく太陽が照り付け、ビルが吐き出す熱はいやが上にも外気温を上昇させる。「記録的な猛暑」というフレーズは既に聞き飽きた程だ。佐久間も、家から会社に着くまではその暑さに辟易したものだ。それと比べればオフィスの中は幾分過ごしやすいが、「環境に配慮」という建前の下(もちろん、会社の経費削減の方便だ)冷房は弱く設定されているので、じっと汗ばむ程には暑い。しかし今、佐久間の額から噴き出している汗はそれとは別種のものだった。


「それで、どうすれば売上が上がるのかね」


今井執行役員が渋面を作る。そんな顔をしたいのはこっちの方だよ、と佐久間は内心で突っ込みながら「お手元の資料の7ページ目をご覧ください……」と続ける。佐久間が務める会社は小売の大手だが、近年は通販事業者などに押されて売上が伸び悩んでいた。この状況を打開すべく、役員たちは当世はやりのAIなどに飛びついた。AIのための部署を新設するところまでは、ありがちなミーハー企業だったが、AIのえの字も知らない佐久間を転属させたのは、無謀というよりも無為無策だった。当の本人は、根が真面目なのか一生懸命に勉強して、AIが何たるかを学んだ。新設部署の大目標は「いかにすれば売上が伸びるのか?」ということを分析することにあった。佐久間も配属当初は、何も分からなかったから、勉強すれば分かってくるだろうと楽観していた。しかし、勉強するにつれて、段々と明らかになってきたのは、売上改善などAIを知らない者の戯言に過ぎないということだった。


「データによりますと、ビールを買うお客様は同時に猫缶も買う確率が高いことが分かりました」


分析を始めた当初は「化粧品は女性に多く売れる」とか「お酒は二十歳以上に売れる」などと言った当たり前のことしか得られなかった。そんなことは分析をするまでもなく明らかで、こんなことを「成果」と呼んで提出しようものなら、マイホームの残り三十年のローンを返済する目途が立たなくなる。必要なのは、意外性のあるものである。しかし実情は、役員報告の前日まで面白みに欠ける(つまり、佐久間の首が飛ぶような)結果しか得られていなかった。それが当日になってそれらしい分析を出力してくれた。それがビールと猫缶なのである。少なくとも今日はこれで耐えるしかなかった。


「それはどうしてかね?」

「酒の肴として、猫缶が密かな人気なのではないでしょうか」


今井から殺気を含んだ目線が佐久間に送られる。冗談が通じないのかこの人は――佐久間は失言を咳払いでなかったことにして「現在、ペットとして猫を飼育している家庭の割合は、二十年前と比べて十パーセント程度上昇しています。現代のストレス社会に猫は癒しとなるのでしょう」と続けた。(ああ、俺も猫が欲しい)今井の目の前にいるだけで胃に穴が開きそうな佐久間は、猫にもすがる思いで詭弁を並べ立てる。分析は、確かに酒と猫缶の売上に相関はあることを教えてくれるが、その原因までは教えてくれない。人間がうまく理由付けしなければならないところなのだが、入社この方経理畑にいた佐久間には現場など全く分からない。本来は、そういう現場の知識をつなぎ合わせながら分析するものだったが、佐久間はその不利を「風が吹けば桶屋が儲かる」もかくやという詭弁で乗り切ろうとしている。


「分かった。ビールとペットフードを近くに設置してみよう」


という今井の言葉で、この日のプレゼン――もとい詭弁大会は終わった。無事、この部署の役割を果たせたことになるわけだが、実際に結果が伴うかは別問題だった。突飛とも言えるアイディアを採用したのは人間側であるはずなのに、失敗するとAIのせいにしたがるのはエリートに備わる防衛本能なのだろうか。その場合は、AIと共に佐久間もお払い箱になるだろう。


幸いにも、そういうことにはならなかった。実際に売上が上がったのだ。役員たちは喜び、更なる成果を求めた。あの日以来、面白い結果をいくつも出すようになったAIに、佐久間も自信を持っていた。当初、AIというよりも機械学習と呼んだ方が適切だった(役員たちはその違いを理解していない)ものは、佐久間の能力向上と共にアップグレードが繰り返され、専門家からもAIと呼ばれて遜色ないものになっていた。


「今日はどんな成果を見せてくれるんだ」


最初は疑いの目を向けていた今井も、AIに基づく施策が続けざまに当たるのを見て、態度が軟化していた。そんな今井でも、今日の提案を聞いたらどうなるだろう、と佐久間は思っていた。なにせ店舗人員の半減という内容だからだ。そんなのは常識的に考えて店が回らなくなる。門外漢の佐久間でさえそう思ったのだから、今井に一蹴されるだろう。何か理由付けをしなければ呆れられて終わりだと、今この場でさえも必死にない知恵を絞っていた。その努力は、今井が「それで行こう」と言ったことで無駄となった。


「このような結論に至った理由は……」と説明を続けようとしても、「いいよ、そんなこと説明しなくて。AIがそう言ってるんでしょ」と聞く耳を持たない。理由を説明できなくて悩んでいた佐久間からすれば願ったり叶ったりだったが、本当に大丈夫だろうかという不安が胸をよぎった。


翌日、大々的なリストラが全社に発表され、社内は騒然となった。突然解雇を言い渡された人たちは裁判に訴える構えを見せたが、会社側は一時の損として賠償を払いつつも、長期的な利益として人件費削減を取った。佐久間は、もし自分がAIから不要と判断されたときどうするだろうか、と考え、やはり隠ぺいするのだろう、と結論付けた。


大量リストラが片付き、実際に各店舗の人員が半分になった頃、技術者界隈で一つのニュースが駆け巡った。そもそも、AIを一から作ることは困難であることから、フレームワークと呼ばれる必要部品が用意されている。AI製作は、その部品を適切に組み合わせて作るのだが、このフレームワークにバグが発見されたというニュースだった。ソフトウェアのバグというものは、小さいものまで合わせれば一日に何個も見つかるようなもので、ニュースとして取り上げられることは稀だ。しかし、影響が広範で致命的なバグはニュースになる。今回のバグがそれであった。佐久間のAIも含めて、そのフレームワークを使って作ったAIの計算結果が誤った結果になることがあるということだった。すぐさま修正パッチが配布され、今後開発するAIには同様の現象が起きないようになったが、それ以前の結果に間違いがないというわけではない。佐久間は修正パッチを当てた状態で再度AIを動かしたが、何度やっても「従業員半減」という結果は得られなかった。


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