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09.俺、便利道具になる

 罰ゲームのように殿下と一緒に寝ること数日、いつの間にか俺についてのルールが研究員の間で定められていたらしい。


『1、殿下の魔力で作った魔晶石は順番に従って支給される

 2、追加で魔晶石が欲しい場合は、自分の魔力を渡した上で魔晶石を作り、それを使用する(他研究グループ1名以上の立ち会い必須)』


 正しくは俺についてのルールというよりも、俺が作る魔晶石についてのルールだ。普通、魔晶石を作ると作成者の持つ属性を含む魔晶石が作られるが、どの属性も持たない魔晶石というのは使い勝手の良いものらしく、引く手あまたらしい。俺がじゃなくて、俺が作る魔晶石が。

 詳しい説明を聞けば納得する話だ。以前、シンシアが口にしていた『魔力反発』の件と同じだ。生物から空気中に漏れた余剰魔力が属性の相性によっては大爆発を起こすことがあるらしい。研究所は保有魔力の多い者ばかりなので、余計にその危険度は増す。普通はしっかり魔力制御できているから問題ないそうだが、口論など感情の高ぶりで制御が甘くなると、やっぱり漏れてしまうものらしい。

 研究所の危険度の話は置いておいて、要は研究員がおのおの進めている研究の中でも、同じく属性がネックになっているものがかなりあるらしい。例えば、水を浄化する仕組みを試行錯誤している研究員の魔力が火に偏っていた場合、どうしてもその属性が邪魔をして研究が進まない。かといって、試行のたびに水属性の他人の手を借りるのも煩わしい。そんなところに俺が作る無属性の魔晶石があれば、万事解決というわけだ。


(俺、どう考えても濾過装置だよな……)


 実験動物よりは昇格したと喜ぶべきか、それとも完全に研究所の備品になったことを嘆くべきか、どっちだろうか。

 それでも悲観的にならないのは、厨房を預かるという仕事があることと、殿下の件がある限り身体の安全が保障される確信があるからか。


「ミケー、またよろしくー!」


 追加の魔晶石が欲しくて声を掛けてくる研究員はだいたい決まっている。その一人がこのシンシアだ。ちなみに今日の爪の色は黄緑。


「毎日塗り分けるのは、大変じゃないのか?」

「ん? あぁ、これー? 萌葱色でさわやかっしょ?」


 うっかり黄緑色とか言わなくて良かったと、内心で胸をなで下ろす。お屋敷のメイドたちにも共通するが、俺にとっては些細な違いでも、彼女たちにとっては大きな違いらしいのだ。服の色とかレース模様だとか、うかつなことを口走れば、彼女たちの怒りゲージはあっという間にMAXになる。恐ろしい。


「そうだな。シンシアは爪の先まで気を遣っているんだな」

「分かってるじゃーん。ってことで、魔晶石よろしく!」


 研究室の隅に放置されていた戸棚を拭いていた俺は、容赦なく測定器の方へと引きずられる。この「引きずられる」というのは比喩じゃない。魔族だからなのか、シンシアは力が強いんだ。


「じゃ、シャラウィ、確認よろ!」

「了解なんだねぃ」


 もはや慣れたこのパターン。シンシアに顎で使われるシャラウィは俺の魔力を測る。そしてシンシアに魔力を注がれて、再び魔力を測る。その差分だけ魔晶石を作るってわけだ。


「……なぁ、疑問に思ったんだが」

「何?」

「シンシアは研究のために無属性の魔晶石を使ってるけど、それだと最終的にできあがるのって、無属性の魔晶石が前提のものにならないのか?」


 俺の疑問に何か問題があったのか、シンシアはシャラウィを見た。


「そ、それは……」

「あー……、これは予想外だねぃ」

「ちょっとシャーくん?」


 シンシアは肩をすくめたシャラウィを睨むように見ている。


「方向性に問題ないかどうかの基礎実験に使うならともかく、実用化を目指す段階で乱用するのはあまりよくないんだねぃ。そこはミケーレの指摘通りなんだねぃ」

「な、なんだってシャーくんがそんなこと言うのよ!」


 おや、これはもしかして、シンシアより年下のシャラウィの方が優秀とかそういうフラグか?

 ちょっと俺はわくわくしながら成り行きを見守ることにする。


「いやだって、シンシア姉さんがいつそのことに気付くのか、何人かで賭けをしてたんだねぃ。予想外の横やりは入ったけど、これで賭けは終了なんだねぃ」

「はぁ? 何言ってんの? そんな趣味悪いこと誰が」

「胴元は殿下なんだねぃ」

「はぁ?」


 あー……まさかの殿下が胴元なんじゃ、シンシアも強くは言えないよな。これはご愁傷様と言うべきか。


「シンシア姉さんは忘れてるのかもしれないけど、ミケーレの魔晶石を誰がどれだけ利用してるかっていうのは、主席経由でちゃんと報告が上がってるんだねぃ。使いすぎてるシンシア姉さんのことも、ちゃんと殿下と主席は把握してたんだねぃ」

「うそ……やば」


 そんなに重要なことなのかは分からないが、青ざめたシンシアの様子を見る限り、なかなかまずい事態らしい。俺には関係ないけど。


『シャーの言う通りだぜ、シンシア!』


 二人の会話に飛び込んだのはネズミ氏……だけど、ミモさんの肩に乗っかってるから、ミモさんってことでいいのかな。まさかの主席の登場に、シンシアの顔に汗がだらだらと流れているのが見える。


「嘘、主席、なんで……」

『何でも何もないんだぜ! 無属性の魔晶石に頼り切ってんのをいつになったらバカなことなのかって気付くのかと思えば、ド素人のミケっちに指摘されるたぁな!』


 ド素人と言われてしまったが、まぁ、実際その通りなので仕方がない。だが、このままだとシンシアが説教されるのを眺めるだけの居心地の悪い状況に置かれてしまう。それは避けたいな、と思っていたら、同じように考えていたらしい、シャラウィと目が合った。

 うん、これは離脱しよう。

 目だけで通じ合った俺たちは、シンシアからもらった分だけの魔晶石を作ると、ネズミ氏から罵詈雑言を浴びているシンシアの前にそっと置き、そそくさと逃げ出した。

 シャラウィは自分の研究に戻り、俺は掃除の続き……じゃなくて、そろそろ食事の下拵えをしておこう。


「待て」


 厨房へ向かう俺の首根っこを掴んだのは、ジジさんだった。当たり前だが、相変わらずこちら側に向けられた角の鋭さに、俺はひゅっと身体を縮こめる。まさか、シンシアと一緒に説教を受けろとかそういう理不尽案件なのか。


「厨房に第一のヤツらが来てる。今は行くな」

「え、あ、あぁ」


 そういえば、この第二研究所以外の人――魔族に見られるなっていう話だったっけ。


「あれ、でも、どうして第一の人が厨房に?」

「……厨房を預かるなら知っといた方がいいか」


 ジジさんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、俺に裏事情を教えてくれた。

――――第一研究所は第一王子の管轄、第二研究所は第二王子の管轄となっている。ここ第二研究所はアウグスト殿下がイチから人材を集めた結果、才能重視ということで平民出身が多い。その一方で第一研究所はいわゆる貴族出身の研究者が多く、その権威を振りかざしてやりたい放題しているらしい。止めろよ、第一王子。

 それがどう厨房に関係してくるかと言うと、あちらのお抱えのシェフが、こちらの厨房の氷室を勝手に予備食材庫扱いしているらしく、勝手に食材を持って行ったり、不要な食材を――特に鮮度の落ちたものを置いていくのだとか。


「それ、抗議しないのか?」

「抗議したところで、そんな証拠はないって突っぱねられるんだよ。強く言えば、貴族の権威とやらで圧力かけて来やがるから、こっちとしては放置してたんだ」

「……なんてはた迷惑な」

「それは同感だな」


 ということは、せっかく在庫管理して計画を立ててたのがおじゃんになる可能性が大きいってことか。本当に面倒なことだ。俺一人が理不尽な目に遭うのは散々経験しているが、食料を荒らされると、第二研究所のメンバーが影響を受けるんだよな。それは本当に勘弁願いたい。

 思わず暗くなった俺の背中を、ジジさんがバン、と強く叩いた。思わず咽せる俺に、ジジさんが「悪いな」と全然悪いと思っていなさそうな声音で謝る。


「みんな知ってることだ。そのせいで食事の質が多少落ちたって誰も文句は言わねぇよ。むしろお前が厨房に立ってるってだけで感謝してるヤツが多いんだ」

「だけど……」

「殿下もご存じなんだ。一応、何か考えがあるらしいんだがな。納得いかなきゃ、直に聞いてみろ」

「……あぁ、そうしてみるよ」


 あの殿下のことだから、俺なんかじゃ考えもつかない深謀遠慮ってやつがあるに違いない。いや、面倒だから放置してる、とか言われたらちょっと泣く。



§  §  §



「成程、今日も来たのか」


 仮眠室での同衾中の寝物語に、昼に来た第一研究所のコックのことを尋ねてみると、特に驚いたようすもない殿下の声。……というか、寝物語って言うのやめよう。俺が気持ち悪くて困る。やっぱり寝物語っていうのは、小さな子供に対するものか、一定以上親しくなった女性に使いたい。


「今日もっていうことは、やっぱりご存じなんですね」

「無論。まぁ、あちらも驚いたのではないかな。随分と整理されたようだし」

「そりゃ整理しますよ。無造作っていうか無差別っていうか、使いにくかったですもん、氷室」


 毎日日替わりで氷室を料理当番に荒らされていたんだから、そりゃ整理もついてないだろう。それなのに、第一のコックは予備食材庫扱いしてたってんだから、ある意味すげぇ。

 俺なりに食材のカテゴリ別に並べ直したので、さぞやお目当ての食材は見つけやすかっただろう。おかげで明日のメニューが変更だ。肉たっぷりのスープを作ろうと思ったのに、根菜たっぷり肉ちょっぴりのスープにせざるを得なくなった。


「お前はどうだ? すぐに支障が出るほどに持って行かれたのなら、それなりの対処をするが」

「大丈夫ですけど、見事に肉と葉物野菜を持って行かれたので、何ていうか、腹が立ちました」

「お前もお前なりに計画を立てていたであろうな」


 あ、これ、勘違いされてるかな。正直、自分で組んだ仕事の段取りを狂わされるなんて、前のお邸では日常茶飯事だった。今更、立つ腹もない。っていうか、腹を立てるのさえ億劫だ。


「そこじゃないです。それなりのお給料を貰って、第一研究所の厨房を預かってるのに、予算内で計画を立てて遣り繰りもできないのか、っていうか、えぇと、プロ意識がないのかっていうことの方が、なんだか腹が立って」


 そうなんだ。お金を貰って、この予算で食事を作れって言われてるのに、他所ヨソの食材に手を出しているなんて、それって仕事が雑過ぎるだろう?


「……お前は面白いな」

「そんなことを言うの、殿下だけですよ」


 俺は少しだけ頬を膨らませた。


「やっぱり、止めさせることはできないんですか」

「オレが言っても、しばらく止めるだけで、またすぐに荒しに来るだけであろうよ。以前もそうであった」


 殿下の言葉に、俺はすっと目を細めた。ああいう輩は、厳罰を与えるとか、徹底的に恥をかかないと直らないんだよな。


「第一のコックの心証が悪くなると、何かマズいことはありますか?」

「ないな。どうせ何かあったとしても泣きつく先はないだろう。第二の食材庫に手を付けていることさえ、うやむやにして逃げているだけだしな」


 あぁ、確固たる証拠が必要なのか。いや、証言でもいいのか? 第二研究所の研究員に平民が多くて証言を軽んじられるなら、本人に喋らせればいい。

 俺は頭の中で計画を組み立てていく。


「罠を仕掛けようと思うんですが、どうでしょう」

「ほう? 詳しく話してもらおうか。計画次第では協力は惜しまんぞ? 目障りな盗人鼠は視界に入らない方が良いに決まっているからな」


 俺の背中側にいる殿下の表情は見えなかったが、その声音にぞくりと震えがはしった。たぶん、すごく嗜虐的な笑みを浮かべているんじゃなかろうか。絶対に振り向かないぞ。怖くて寝られなくなるからな。

 俺は、計画の概要と、必要となる食材について殿下に説明する。内容は十分なものであったようで、殿下はゴーサインをくれた。

――――食材が揃い次第、反撃してやろうじゃないか。


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