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08.俺、同衾する

――――どうしてこうなった?


 俺の前には数日ぶりのふかふかベッド。殿下の仮眠室に逆戻りだ。

 そして俺の後ろには俺と同じように微妙な顔をしていると思いたいアウグスト殿下が立っている。


(マジか……)


 今夜は、俺はアウグスト殿下と1つのベッドで寝なければならない。実験動物の宿命と言えばそれまでだが、正直、きついものがある。

 いや、一応、この行為の意図は理解できているんだ。ただ、納得していないだけで。


――――話は今日の昼過ぎに遡る。


「とりあえず空気中の余剰魔力を吸い取るって仮説はオッケーみたいだけどさー、ぶっちゃけこっからどうすんのー?」


 軽い口調で言い出したのはシンシアだ。こんな軽さでも、研究員の中ではそれなりの地位にあるのか、主席であるミモさん、見るからにオッサンなジジさんなんかに混じって、今後の実用化方針を決める話し合いに参加している。なお、明らかに年若のシャラウィとマルチアは参加していない。


『殿下の余剰魔力を吸い取っても問題ないようであれば、何か経路パスを繋げる魔道具の作成、って流れで問題ねーだろ』

「だが、属性がどこに消えたのかが問題だ。魔力に含まれる属性が消失するなんて考えられん」


 俺を前にああでもないこうでもないと議論された結果、とりあえず殿下の余剰魔力を吸わせて様子見するという結論に落ち着いた。紆余曲折しつつも、最終的にはミモさんの代弁者であるネズミ氏の言った通りになったというのは、やっぱり主席だからなのか。

 まぁ、そこまでは良かったんだ。

 殿下の余剰魔力をどう吸わせるかという話になって、殿下が書類仕事中に部屋の隅に置いておくという――もはや俺が生物だってことを忘れてるんじゃないかって案も出たが、手っ取り早く皮膚接触で吸い取らせるという話になってしまった。多忙な殿下が毎日来るわけでもないし、これ以上悠長に時間をかけるのも、と考えた結果らしい。

 同席していた俺は、握手でもするのかな、ぐらいに考えていなかったんだが、殿下の負担を少なく、かつ、確実に相当量の魔力を吸わせるには……と検討された結果、俺は殿下の仮眠室で一緒に寝ることになった、というわけだ。解せぬ。


「……」

「……」


 横になった俺を、殿下が抱え込むようにしてくる。これもまた研究員たちの指示だ。

 なんていうか、罰ゲーム? 拷問? せめて、ナイスバディのお姉さんならむしろご褒美なのに。


「今、何を考えているか当ててみようか」

「殿下?」


 この体勢でしゃべられると、俺の首筋に吐息がかかってくすぐったいが、果たして正直に告げていいものか。


「同じ状況下でも、相手が女性であればと思っていただろう」

「……当たり、です」


 なんだこの人。まさか他人の心が読めちゃう感じなんだろうあ。魔族の王族ってだけで万能感あるからなぁ。


「どうして当たったのかと考えただろう」

「はい」


 ちょ、ここまで来ると怖いものがある。迂闊に殿下の前で変なこと考えられないな。


「オレも同じことを考えていたからな」

「……さようですか」


 そうだよな。自分より体格の良い男に抱きかかえられている俺は確かに罰ゲーム状態だけど、同じ男を抱きかかえて眠ることを強要されている殿下もまた、罰ゲーム状態だ。


「寝られそうですか?」

「うむ。せめてお前がもう少し柔らかければ良かったのだがな」


 そればかりは俺はどうにもできない。せめて贅肉の蓄えがあればまた違った抱き心地を提供できてたんだろうけどなぁ。ちょくちょく言いがかりを付けられては飯抜きになっていた俺には無理な話だ。


「……俺が女だったら、あいつが好きそうな展開なんだろうけど」

「あいつ、とは?」


 沈黙を保つよりはマシ、と俺はお屋敷で働いていたときに比較的親しかったメイドのことをアウグスト殿下に説明する。夢見がちなそのメイドは、同僚と女性向けの甘い物語の本を回し読みしたりしていて、そのあらすじやら特に気に入ったシーンを俺に話して聞かせ、感想を無理矢理求めてくる困ったヤツだった。


「魔族とはいえ王子と同じベッドで寝るんだ。ドキドキしてねむれなーい!とかこんな状況で手を出さないなんて、女としての魅力がないのかしら?なんて悶々とする描写が続くんだろうな」


 俺が声真似をしながら説明すると、俺の腹あたりに回されている手が震えた。いや、俺の背中からも振動が響く。


「くっくっくっ、お前も随分と肝が据わってきたものだな。オレを前にそんな話ができるとは」

「そうでもしないと緊張で胃が痛くなるんですよ」

「それにしても、人間の文化にもそういった物語があるのだな」

「そのメイドが言うには、生きるためには都合のいい妄想が必要らしいですよ」

「どこも変わらぬな」

「……といいますと?」


 聞き返しながら、俺には殿下の言わんとするところに察しはついていた。


「オレもそういった物語に心当たりがある。母や母付きの女官やらが所持していたな」

「……どこも変わらないんですね」


 やっぱり。



§  §  §



 罰ゲームの一夜をなんとか乗り越えて、俺はなんともいえない気分で研究室の方へ向かう。殿下はまだ寝ていたので、そーっとそーっと抜け出してきた。相手が異性であれば、もっと甘酸っぱいような気持ちでいられたんだろうけどなぁ。本当にそれだけが残念でならない。殿下の固い胸板や鍛え上げられた二の腕では、本当に罰ゲームにしかならない。

 研究室に入ると、早めの時間にも関わらず、エンツォとミモさんがスタンバイしていた上に、しっかり起きていたマルチアに睨まれた。また殿下の仮眠室を使って、とかそんな気持ちなんだろう。不可抗力だって分かってるはずなのに、ひどい。


「さっそく計測するぞ」

「はい」


 何度もやっていれば、慣れたもんだ。俺は水晶に手を置く。すると、結果を見たエンツォとミモさんが目を大きく見開いた。


「えっと……?」


 何度も俺の計測結果を見ているはずなのに、エンツォさんが絶句するというのは、よほどなんだろう。

 エンツォさんは、ミモさんと目で会話し、互いにうなずき合った。


「ミケーレ」

「はい」

「後で殿下にも説明して協力を願うが、殿下の都合がつく限りは、昨晩と同じな」

「え゛」


 それはつまり、あのいたたまれない一夜をまた過ごせと……。


『お前っちの掃除機っぷりは見事なもんってことだ。あとは殿下の計測で、ちゃんと余剰分が吸い取れてるってことが分かりゃ万々歳ってもんよ』


 ミモさんの肩にいるネズミ氏は俺を褒めているのかいないのか。掃除機って、埃を吸い込むあの魔道具のことだよな。すごい便利だったけど、ちょっと音が大きかったんだよ。俺、そんなに騒がしくないよな?


「オレも計測するのであろう?」


 研究室に入ってきたその姿に、研究員たちがどよめいた。慌てて身だしなみを整える者、寝起きの姿を見られまいと陰に隠れる者、逆にその姿を近くで見ようと駆け寄る者……さすが殿下、慕われてる、と思っていいんだよな?


「なぜオレを起こさなかった」

「いや、ちょっと早いかなって思ったんですよ。俺はこの後、朝食の準備があるんで」

「別に構わぬ。計測に時間差を作らない方が大事であろう」


 殿下の計測結果に、ミモさんは頷いた。


『身体の調子はいかがですか』

「特に問題はないな。ここしばらく処置をしていない割に弊害も出ていない」

『それは重畳』


 俺はできるだけ顔に出さないよう努めながら驚いていた。あのネズミ氏が、すごく丁寧な言葉遣いをしている!


『不調があればすぐご連絡ください』

「それよりも、測定結果はどうだったのだ」

『予想の範囲内です。やはり、殿下の有り余る魔力を吸い取っていることは間違いありません』

「そうか」


 そのやりとりを眺めながら、俺はこそっとエンツォに厨房に行っていいかと声を掛ける。エンツォは俺の方に違和感などないか確認すると、魔力量の半分ほどを魔晶石に換えてからなら、とOKを出してくれた。

 俺としては、研究が少しなりとも前進したようで、それを祝いたい気持ちもあるんだが、それが殿下との同衾を継続するとなると、ちょっと素直に歓迎できない。


(殿下が仕事とかでこっちに戻ってこれないといいんだが)


 実験動物の俺には拒否権はなさそうだからな。




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