05.俺、驚かれる
「あぁん? どういうことだ、これは!?」
朝イチで魔力量を計測した途端、俺はジジさんに睨まれた。
「えぇと、いくつだったんだ?」
「222だ。お前、寝たら魔力量が増えるのか?」
「と言われても」
そもそも自分の体にあるという魔力を感じることができないので、増えたり減ったりしてるのかも分からない。
「まぁ、とりあえずはいい。朝飯作りに行くんだろ。とっとと行け」
「え、でもまた魔晶石を作るんじゃ……」
「とりあえずお前の魔力量の規則性を確かめるために、魔晶石を作らずに経過観察することになったんだよ。今日からしばらくは定期的に魔力量を計測するだけでいい」
「あ、あぁ、分かった」
なんかよく分からないけど、魔晶石を作りながら魔力の流れとやらを感じろ~感じろ~って隣で睨むように見つめるジジさんの威圧しか感じない無駄な時間を過ごさなくていいってだけで、ホッとする。うん、本当に目で殺されるかもしれないレベルで威圧してくるからな。純粋に集中できない。
厨房に戻り、昨日の晩に作って寝かせておいた麺の生地を引っ張り出す。小麦粉と塩と水だけで作った麺なので、どう調理するかで味は決まる。朝食だし、あまりがっつりさせても食べにくいだろう。鶏とネギなどの野菜を具にして作ったスープに浸して出せば、ある程度の満足感は得られるかな。
今日の食事当番は白髪ツインテールのお嬢さん、もといシンシアだったが、彼女が来る頃にはすっかり作り終えてしまっていたので、配膳だけお願いする。俺は味見がてら自分の分だけよそって、一足先にずずずっと麺をすすった。うん、こんなもんだろう。
「ミケってさー、コックとかだったわけー?」
「いや、違うぞ。特に担当はなくて雑用全般やってただけだ」
「じゃー、掃除とか洗濯とかも得意だったりするー?」
「得意か不得意かは分からんが、やってはいたな」
「ふーん」
シンシアの口元がニンマリ笑みの形を作っていたことに、俺は嫌な予感を隠せなかった。
「ミケ、今日はご飯作り以外はヒマなんだよねー?」
「ヒマと言えばヒマだが、定期的な測定はあるって聞いてるぞ?」
「それ以外は時間あるでしょー?」
「……厨房の材料確認と掃除の続きをしようと思ってたんだが」
シンシアは、諦める気はないようで「明日以降だっていいんだけどさー」と間延びするような口調で続けた。
「掃除が得意なら頼みたいんだけどー?」
今日はカエルみたいな緑一色の爪がぎらり、と輝いた気がした。いや、明らかに尖ったその爪先をこちらに向けている。
「話を聞くだけだぞ」
時間を持て余しそうなのは確かだし仕方ない、と折れた俺に、シンシアは上機嫌で『掃除』について話し始めた。
本人はすごくイヤそうな表情を浮かべていたが、なんのことはない。研究員のプライベートスペースがすごく汚いという話だった。各員の部屋が汚いから、夜も研究室の隅っこだったりデスクの下で毛布にくるまって寝ているらしい。
「あたしの隣の部屋から、すごい異臭がするわけー。本人に言っても研究が忙しいからで済ませるし。そんなん、あたしだって研究は忙しいに決まってるじゃん?」
「さすがに本人の許可なしに掃除はできないだろう?」
「ってことはー。本人の許可があればオッケー? うっし! もぎ取ってくるわー」
「え、ちょま……」
俺の制止の声も聞かずにシンシアは厨房から姿を消してしまった。のんびりした口調に騙されたけど、逃げ足が速いのは初日から知ってたのに、油断した。
「まぁ、暇を持て余すよりはいいだろうけど」
ぽつんと呟いたところ、ひょい、とシャラウィが顔を覗かせた。
「朝食の準備、終わったんだねぃ」
「ん? シンシアから聞いたのか?」
「今日も美味しそうな料理ができてるから、食べたい人は勝手に持っていくように触れ回っていたんだねぃ」
俺は配膳を頼んだはずだったんだが、とも思うが、そもそも研究員も三々五々に来て食べるのが常のようなので、郷に入っては郷に従うべきなんだろう。俺は麺とスープを自分でよそうように告げた。すると、シャラウィは厨房の棚から大きめの紙を引っ張り出し、俺の言ったことをさらさらと書き上げてペタリと壁に貼った。
「こうすればミケーレも自由に動けるんだねぃ」
「なるほど」
盛る手順を書いておけば、いつ誰が来ても各自でなんとかするだろう。麺やスープが足りなくなったらそれはそれ。もう昨晩みたいに追加を作る気はない。だって人数分作ったし。それでも不足するなら誰かが二人前以上食べてるってことだし。
「それじゃ、ミケーレにはお手伝いを頼みたいんだねぃ」
「? シャラウィは食べないのか?」
「僕は朝は食べない主義なんだねぃ」
そういう人もいるのか、と頷いていたら、反論のチャンスを失ってしまった。手伝いってなんだ。
「なぁ、シャラウィ?」
「こっちは研究員の寮になってるんだねぃ。まだミケーレの部屋はないけど、空き部屋がないから仕方ないんだねぃ」
空き部屋がないのは仕方ないだろう。そもそも俺は研究員じゃないし、寮なんて――――
「空き部屋を放置しとくと、みんな勝手に自分の資料や材料や飼料や失敗作を置くから、全部倉庫みたいになっちゃんだねぃ」
なんか、空き部屋の定義を確認したくなってきた。っていうか、失敗作ってすぐに処分とかしなくて大丈夫なのか? それに飼料っていうことは、何か動物か何かを飼ってるってことだよな? 俺、そんなん見たことないんだけど……。
「あー、ここ。ここが僕の部屋なんだねぃ」
シャラウィが足を止めたとき、俺は既に口と鼻を押さえていた。
「な、なぁ、シャラウィ」
「なんだねぃ」
「シャラウィの隣の部屋って、シンシアだったりするか?」
「もちろんなんだねぃ。というか、シンシアからミケーレが掃除するって話を聞いたんだけど、どこかで行き違いがあったんだねぃ?」
シンシアめ。シャラウィの中で、俺が掃除するって確定になってるじゃないか。どんな伝え方をしたんだ。
「できればミケーレにお願いしたいんだねぃ。もちろん、バイト代も払うんだねぃ」
「つまり、払ってでもやって欲しいほど問題な状態だということか」
「も、もちろん僕の部屋なんだから、僕だって掃除したいんだねぃ。でも、自分じゃどこから手をつけていいか分からないし、気がつくと部屋に置いてある資料を読みふけっているんだねぃ」
こういうところは人間も魔族も変わらないな。片付けている最中に興味を引くものを見つけて、ついついそちらに時間を取られるタイプか。
どれほどの汚部屋になっているかは知らないが、俺としては願ったり叶ったりな申し出でもある。俺の手は空いているし、身一つでここへ連れて来られた俺は無一文だ。今後どうなるかは分からないが、現金収入はあって困るものじゃないだろう。
大仰にため息をついて見せた俺は、ゴミ出しなど掃除のルールと掃除道具についてシャラウィから聞き出し、手が空いている時間を使って掃除をすることを了承した。
「あぁ~~、助かるんだねぃ。それじゃ、これが部屋の鍵なんだねぃ。あ、僕は基本的にこの部屋に戻ることはないから、自分のペースでやってもらって構わないんだねぃ」
どうやらシャラウィも研究室で寝泊まりしているタイプらしい。
§ § §
「俺、何やってるんだろうなぁ」
決められた時間に魔力測定をして、厨房の後片付けと昼食準備をする以外は、シャラウィの部屋でせっせと掃除をしていた。いや、部屋って言っていいのかな、これ。あと、掃除じゃなくてまだ片付けのレベルだよな。
ちなみに、魔力測定は何故かジジさんに怒鳴られるのがセットになっている。俺はさっぱり魔力なんて分からないのに、理不尽だ。数値に一貫性がないからって怒ることないよな。魔晶石を作っていないので減ってはいないが、増加も微々たるものらしい。
シャラウィから借りた布で口と鼻を覆い、明らかにゴミと分かるものをポイポイと袋に放り込んでいく。本や書類は埃を払って重ねて置いてある。異臭の元は食べカスや謎の草とキノコのようだが、草とキノコは研究資料らしいので、分別して別の袋に入れた。
「うっわ、カピカピ。これ、何年放置してたんだ?」
研究所では一番年下だというシャラウィだが、そういえば何歳なのか聞いてなかったな。でも、一年二年で汚せるレベルじゃない気がする。もし、一、二年でここまでの汚部屋を作れるのなら、シャラウィの親は育て方を間違ったと言えるだろう。だって、足の踏み場しかないし。いや、正しくは飛び石か? 奥へ行くための足場だけがぽこっと床が露わになっていた。
「これ、他の研究員も似たような感じになってるんじゃないだろうか。研究室に寝泊まりしてたり、空き部屋が物置になっちゃってるってことは、荷物の整理ができてないってことだろうしな」
シャラウィの部屋を片付けた後、もしかしたら似たようなお願いをされるかもしれない。それをキツいととるか、小銭稼ぎのチャンスととるかは微妙なところだ。
「お、これは書類か? なんかの図解……いや、違うな」
ゴミなのかどうか確認するために内容をさらっと確認した結果、なんか申し訳ない気持ちになった。それは親と思われる人物からの手紙で、ついていた図解は見合いの釣書&姿絵のようなものだった。
「いい嫁を見つけたから帰って来いってか。こういうところも人間と魔族で違いはないんだな」
書類とはまた別の場所にそっと置いておくと、俺は片付けを再開した。
§ § §
「えー? シャーくんってば、そんなことも説明してないわけー?」
昼食の準備に来たシンシアに、シャラウィの部屋の掃除の進捗具合を話していると、なぜか呆れられた。
「それぞれの部屋にはー、ちゃんと空気を清浄化させる魔道具があるわけー。それなのにあれだけ臭いってことはー、魔力切れか故障か起こしてるはずだっての」
「そんな魔道具があるのか?」
「厨房にも換気に使ってるのがあるよ。ほらアレ」
シンシアが指差した先にあるのは、何の変哲もない黒っぽい四角い箱だった。というか、教えてもらわなければ、何も気付かなかったに違いない。それほど存在感が希薄だった。高いところに置いてあるから掃除も後回しだったし。
「部屋にあるのもアレと同タイプのはずだし。シャーくんに確認させときなよー? 壊れててもシャーくんなら直せるだろーし」
「直せるのか」
「作りはカンタンだしー、ウチの研究員なら誰でも直せると思うよー?」
まぁ、純粋に考えて、第二王子がトップになっている研究所なんだから、ここの研究員ってみんな優秀なはずなんだよな。シャラウィやシンシアの口調を聞いてると、全然そんな感じに思えないけど。
「で、この芋どうすんのー? これ以上ないってくらいキレイに洗ったけど」
「あぁ、くし切りにして揚げるんだ。こっちのボウルに水張ってもらえるか。俺が切るから」
くし切りにしたジャガイモを水にさらす。今更なんだけど、ここの厨房の包丁が切れ味良すぎて怖い。
「あとはさっき作ったパスタを絡めるソースを作るから、トマトを湯むきしてくれるか」
「ゆむき?」
俺は首を傾げるシンシアに、湯むきのやり方を教える。簡単な作業だから大丈夫だろうと思って自分の作業の傍らチェックしていたら、面白がってむいてくれた。
「ねー、これつるんってすごいんだけどー」
「そういうもんだからな」
シンシアの手伝いのおかげもあって、トマトベースにベーコンとスピナッチを加えたソースが完成し、俺は朝食のときのシャラウィを真似して配膳の仕方を大きく書くと、シンシアと俺の分を作る。
「うまー! ちょ、これ好きー!」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
「もう殿下に料理番として雇ってもらえばいいのにー」
「いや、もう殿下とはそういう話で進んでる」
「え!?」
シンシアが突然目を丸くして硬直した。
え、俺、なんかまずいこと言ったか?
「ちょっとー! そーゆーことは早く言ってよねー。あたし料理当番だからって頑張っちゃったじゃん!」
「いや、一応、俺が慣れるまでは当番の人に居てもらわないと困るんだが」
「ええぇぇぇーー?」
すごい不満そうに口の先を尖らせたので、俺の分のフライドポテトもそっと進呈したら、ちょっぴり機嫌を直してくれた。いや、俺、機嫌を取る必要はあったのか? 殿下も俺が慣れるまではってことで同意してくれたし、別にそれを言えば良かったんじゃ……
「うまー!」
シンシアが満面の笑みでフライドポテトを食べていたので、まぁいいか、と俺は考えるのをやめた。