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04.俺、料理する

――――まぁ、あれだ。ここへ問答無用で連れて来られて、俺もストレス溜まってたんだろうな。


 ひとまずギリギリ及第点というところまで掃除したところで、俺は我に返った。正直、シャラウィにはすまなかったと思っている。だが、掃除を手伝わずに道具だけ置いて逃げたので、やっぱり面と向かって謝るのはやめておこう。

 まだシャラウィは戻る様子を見せないので、俺は勝手に氷室の中を確認させてもらうことにする。予想よりは無事な食材が多かったため、遠慮なく使わせてもらおう。やたらと根菜類が多いのは、保存期間が長いからだろうな。


「厨房を利用しない研究員も多いって言ってたっけ。何人分ぐらい作ればいいんだ?」


 本来の食事当番であるシャラウィに確認できればいいんだが、まだ戻ってくる様子はない。まぁ、足りなければ追加で作ればいいか、と割り切って、研究員の半分が食べると仮定して分量を決める。大麦を茹で、サツマイモとジャガイモを蒸し、干し肉でスープのだしを取り、ややしなびかけていた葉物野菜をちぎって軽く塩もみし……なんだか楽しくなってきた。


「パン……も、焼かなきゃいけないのか?」


 ふっくらしたパンを作るには確かそのための種が必要だったはずだ。氷室にはそれっぽいものは見当たらなかった。まぁ、どのみち生地を発酵させる時間はない。

 オーブンの中は、ほとんど使われていなかったせいか、逆にきれいだった。腐部屋の中で唯一きれいだった場所と言っていいかもしれない。まぁ、話を聞く限り、オーブンを使うような料理を作れなかったんだろう。

 オーブンの使い方は後でシャラウィが戻ってきたら聞くことにして、俺はパン生地を先に作るべく小麦粉と塩をオリーブオイルと水で混ぜてこね始めた。不思議なもので、こうして料理をしているときは無心になれる。

 掃除もそうだが、料理をしているときは、これから先、自分がどうなってしまうのかという不安を忘れていられる。お邸で散々こき使われたおかげで身に付いた技が、こんなところで役に立つとは思わなかった。様々な仕事を押しつけられることで培われた掃除と料理と庭仕事と帳簿つけ、それから根性。これを駆使して俺は魔族だらけのこの研究所で生き抜けるんだろうか。

 ボウルの中でなめらかになった生地を濡れ布巾で覆い、俺はサッと手を洗った。スイッチに手をかざすだけで水が出てくるとか、この厨房の様々な仕掛けはすごいと思う。魔族ならではの技術なんだろうか。うちの国に売り出したら、すごく稼げそうな気もするんだが。

 生地を休ませている間に、サラミやパプリカ、ピーマンにタマネギといった具材をスライスしていく。これを先ほどのパン生地に乗せて焼けば、まぁそれなりの味と栄養になるはずだ。

 茹で上がった大麦に蒸したサツマイモを角切りにしたもの、軽く塩もみした野菜をさっくり混ぜ、塩こしょうでサラダの完成。同じく蒸し上がったジャガイモをひたすら潰し、牛乳とバターで少し伸ばしてこれも塩こしょうで味付けすれば、マッシュポテトの完成だ。だしを取っておいた大鍋には、目についた根菜類をサクサク切ってスープに仕立て上げる。少し肌寒い気がするのでジンジャーもアクセントに加えておいた。


「あとはオーブンだな、うん」


 研究室に戻ってシャラウィを探すか、と大きく伸びをしたところで、俺はようやく彼に気づいた。


「シャラウィ?」


 探しに行こうと思っていたシャラウィが、厨房の入り口で口をあんぐり開けて立ち尽くしていた。


「こ、これは、なにがあったんだねぃ!」

「なにって、……あ、もしかして使っちゃいけない食材とかがあったのか? マズいな。それは確認するの忘れてた」

「違うんだねぃ! 厨房はきれいになってるし、美味しそうな匂いはプンプンしてるし、どういうことなんだねぃ!」


 どういうこともなにも、俺が掃除して料理しただけなんだが。


「えぇと、シャラウィ。オーブンの使い方を知ってたら教えてくれないか?」

「オーブン! まさか、まだ作るのかねぃ!」

「作るっていうか、パンを焼きたいんだが」


 俺の説明に、シャラウィの少し尖った耳がぴこぴこっと揺れた。え、耳って動くの?


「すごい! ミケーレは単なるモルモットじゃなかったんだねぃ!」


 シャラウィにさえ実験動物と認識されていた俺は、思わず崩れ落ちそうになったが、喜々としてオーブンの扱い方を説明してくれるので、それはなんとか頭にたたき込んだ。


「なぁ、ミケーレ。味見してもいいかねぃ」

「ぜひお願いしたいところだ。何しろ、人間()の好みで作ってしまったからな」


 俺は教わった通りにオーブンを温め始めながら、パン生地を手のひらサイズの円に伸ばし、そこに切っておいた具材を乗せていく。その作業をしていたせいで、シャラウィの表情を見ることはできなかった!


「んんんんまぁぁぁぁいっっ!」

「そうか?」

「この白いのは芋だよねぃ? 芋なのにすごく美味いんだねぃ。それにスープも甘みとしょっぱみが丁度良くて、僕の好みなんだねぃ」

「そりゃ良かった」


 パンを天板にできるだけ並べ、オーブンに突っ込む。時間設定は、あぁ、このツマミだっけ。


「シャラウィ、この食事は――――」

「ミケーレっっ!」


 配膳とかはどうするのか確認しようと思った俺の手を、シャラウィが強く握りしめてきた。それこそ、ガシッと音がするぐらいに。


「僕はミケーレを厨房担当に推薦するんだねぃ! 単なるモルモットで終わらせるなんてとんでもない! 毎日僕のために料理を作って欲しいんだねぃ!」

「え、いや……?」


 モルモットで俺の人生は終わらせたくないが、だからと言ってプロポーズめいた言葉には素直に頷けない。

 興奮するシャラウィを宥め、配膳について尋ねてみると、なんと作った後は適当にめいめいが取りに来るんだそうだ。それで一定以上の時間が経つか、全て料理がなくなったら片付ける、というなんとも緩い運用だった。


「あ、ジジさんが呼んでたんだねぃ。時間になったから計測するんだって息巻いてたんだねぃ。回復してたらまた魔晶石を作るって鼻息も荒かったんだねぃ」

「……おぅ」


 俺はオーブンをシャラウィに頼むと、重い足取りで研究室の方へと向かった。

 ジジさんは悪い人じゃないと思うんだけどなぁ。ただ沸点が低いのが難点だと思うんだよなぁ……。

 とぼとぼと歩いて行くと、研究室の入り口で仁王立ちするおっさんがいた。いや、ジジさんなんだけど。横にも大きいジジさんが、ついでに耳のすぐ上に生えた角が楕円を描くように湾曲して伸びているジジさんが、ただ立っているだけですごい威圧感だ。


「モル、測定したらすぐ魔晶石を作るぞ。一休みして感覚もリセットされただろう」

「……ガンバリマス」


 一休みどころかせっせと掃除と料理をしていたのだけど、それを言い出す勇気もなく、俺は測定器に触れた。


「あぁん?」


 測定結果を見たジジさんの顔が一層険しくなる。怖くて結果を聞きたくないが、たぶん聞かないと話が進まないんだろうなぁ。俺としては、とっとと用事を済ませて料理に戻りたいんだが。


「モル、お前あれから魔晶石作ったか?」

「え? いや、ほとんど厨房にいたから、作ってないけど」


 俺の答えに、ジジさんの眉間の皺がいっそう深まった。


「どうしたんだ、ジジ」

「エンツォ、これを見ろ」


 心配そうに近づいてきたエンツォさんも、測定結果に眉根を寄せた。


「確か、8まで削ったって言ってたよな」

「あぁ、間違いない。魔晶石を作らせ終えた後にも念のために計測したからな」


 二人で顔を寄せ合ってうーんと唸る。え、なんか測定結果がそんなに問題だったのか?


「えぇと、俺も結果を聞いていいか?」

「あぁ。ミケーレ、お前の魔力量が8だったんだ」

「それはさっき魔晶石を作った後の話じゃないのか?」

「今も8のままだ。つまり、全く回復してないってことだ。っていうか、魔族だったら一桁なんざ昏倒してるレベルなんだが、お前、本当に体調に問題ないんだろうな?」

「至っていつもと変わらないよ……」


 心配されているんだろうけれど、瀕死判定されているのかと思うと、ちょっぴり傷つく。

 まぁ、それはそれとして、いったいどういうことなんだろう。驚くほどの魔力量上昇を見せたかと思えば停滞。そりゃ、ジジさんでなくとも困惑するわけだ。


「あー……、とりあえず厨房に戻っていいか? パンが途中だったんだ」

「ん? ミケーレ、お前パンまで焼けるのか?」

「昼飯みたいにふっくらしたパンじゃないぞ? まぁ、炊事洗濯掃除に帳簿つけは散々やらされてたからな」

「へー、じゃぁ試しに今日の夕食はここで食べてみるかな」


 エンツォの言葉に「期待外れだったらすまないな」と予防線を張っておく。相変わらず唸っているジジさんに厨房に戻ることを伝えて、俺はそそくさと研究室を背にした。

 何にしろ、パンの焼き加減が気になるんだ。



§  §  §



「なかなか盛況だったらしいな」


 仮眠室で寝るのも贅沢過ぎて慣れないな、と思いながら殿下の部屋――所長の執務室、という位置づけらしい――へ入った俺に、何やら書類を確認していたアウグスト殿下が苦笑交じりに問いかけてきた。


「盛況ってもんじゃないですよ。あまり使わないって聞いてたから量を加減したのに、追加で作らされる羽目になりました」


 それは夕食の話だ。シャラウィやエンツォから、俺があの魔窟、じゃなかった厨房で、美味しい料理を作ったという話が瞬く間に研究員に広がり、作っておいた分はあっという間に終了してしまったのだ。事前に聞いておいたシャラウィの話に従って、片付けようとしたのだが、食べそびれた研究員たちの圧力に負けて、結局追加で作ることになってしまった。


「お前さえ良ければ、毎食作ってもらって構わないのだぞ?」

「いや、さすがに毎食はきついですよ」


 現実逃避もあって今日は無心で作っていたが、本職でもないのに毎日厨房に立つのはどうかと思い、断りの返事を口にする。だが、アウグスト殿下はその緋色の瞳をきらり、と閃かせた。


「正式に予算を組んで給与を払っても良いのだが」

「そ……れは、確かに魅力的ですけど、でも、研究費に充てるために削ったって話じゃなかったんですか?」

「今のままでは無駄に食材を廃棄するだけだ。それに食事があれでは研究員の効率も落ちるというものだろう? 彼らも自分たちが不要と削ったものの大切さが身にしみた頃合いだろうしな」


 つまり、当番制にしたときから、殿下にはこの結末が見えていたというわけだ。それでも研究員に分からせるために一度要望を受け入れた、と。あれ、殿下ってかなりの切れ者?


「それに、料理を担当すれば、お前の居心地も良くなるのではないか?」

「え?」


 突然、思ってもいないことを言われ、俺はきょとんとした。


「一部の研究員からはモルモット扱いされているのであろう? 胃袋を握られていれば、あいつらも無理な実験はさせるまいよ」

「そ、れは、……確かに、そうかも」


 俺の心がぐらぐらと揺れる。

 料理担当としてある程度の信頼を得れば、実験動物として殺される心配をしなくても済むんじゃないか、という殿下の提案は魅力的過ぎる。

 と、そこまで考えて、俺はかなり大事なことを知らされていないことに気付いた。


「あの、アウグスト殿下」

「うん?」

「えー……、もしよろしければ、なんですけど、差し支えなければ、俺がここへ連れて来られる原因になった殿下の事情とやらを伺っても?」


 俺の質問に、殿下は目をぱちくりとさせた。いや、仕草だけは可愛いが、やはり殿下はいるだけでそこに凄みがあるので、和めない。


「なんだ。誰も説明しなかったのか」

「もしかしたら説明してくれる予定だったのかもしれないんですが、何分、俺が魔力を感じたり操作できない衝撃に忘れてしまったんじゃないかと……」


 すると、殿下は大声を上げて笑い出した。


「それはあるかもしれないな。何しろ、魔族にとっては呼吸と同じぐらいたやすいことだ。それは衝撃であろうなぁ」


 バンバン、と執務机を叩いて笑う殿下は、目尻に浮かんだ涙を拭った。


「オレの事情はそこまで隠しているわけではない。知っている者は知っている。それこそ、ここの研究員であれば全員な」


 そしてアウグスト殿下は、自らの腕をまくって俺に突き出した。


「見てみるがよい。これがオレの抱える『問題』だ」


 肘より少し下のあたり、何やら火傷のような痕がある。ただ、何かを押し当てられたような感じではなく、広い範囲を炙られたような印象を受けて、すわ拷問か、と俺の背筋に冷たいものが走った。


「オレの魔力は、魔族にしても多過ぎてな。定期的に抜いてはいるのだが、油断するとこうして溢れてしまうのだ」

「魔力が溢れると、火傷みたいになるんですか?」

「いや、これはオレの魔力が火の属性が強過ぎるがゆえ、だな。他の属性が強ければ、また別の症状が出るのであろうよ」


 つまり、殿下は定期的に魔力を抜かないと勝手に火傷をする面倒な体質、ということでいいのかな。でも、魔力を抜くっていう対処法があるなら、そこまで問題でもないんじゃないだろうか。

 そんな俺の疑問を感じとったのか、殿下は苦笑を浮かべた。


「魔力を抜き過ぎてもな、咄嗟のときに使えねば何かと差し支えるのだ。オレはこの通り、王の息子として権力を持つ身だ。魔力が多いというだけで、オレを次代の王として推そうとする輩もいる」


 うへぇ、と顔に出てしまった俺を見て、殿下の笑みが苦笑から純粋な笑みに変わる。


「オレも気楽な(いち)研究員でありたかった」


 その言葉は真実なのだろう。確かに面倒な体質を抱えて権力闘争をするのは厳しそうだ。俺だったら絶対に投げ出して逃げる。でも、投げ出さないから殿下は殿下のままなんだろうなぁ。


「ほれ、もう寝るがいい。――――あぁ、明日の朝食はオレも食べたいな」

「つまり、オレが料理担当になるのは確定ということですか?」

「拒否はせぬのであろう?」

「……そうですね」


 それなら頼むぞ、と殿下と契約完了の握手をし、俺は仮眠室へ、殿下は引き続き書類仕事に戻った。


――――あれ、俺がここで寝てると、もしかして、殿下が寝られない?

 うーん、寝袋かなんか都合してもらって、厨房の片隅で寝られるようにした方がいいのかな。

 そんなことを考えながら、俺は二日目の夜を過ごした。



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