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03.俺、無茶ぶりされる

「それにしても……こういうもんなのかな」


 改めて研究所の広い部屋を眺めた俺の口から、そんな言葉が自然と漏れた。


「何がだ?」

「いや、俺の勝手なイメージかもしれないけど、研究所って言うとそれぞれ個室が与えられて、そこでひっそり自分の研究に没頭するものなのかな、って」


 そうなんだ。この広い部屋は身長程度の間仕切り板で区切られてはいるものの、研究員たちは引きこもることなく、時には同僚に相談をふっかけながら、おのおのの研究を進めているらしいのだ。ちなみに相談を「ふっかける」という表現はおそらく正しい。だって、ケンカ腰になってる研究員の方が多いから。それだけ気の置けない関係を作れているのかもしれないけど。


「第一研究所はお前の言うような作りになっているな。第二研究所(ここ)は良くも悪くも無法地帯(フリーダム)であるからな」

「へー……」


 なんか、自由(フリーダム)という言葉が全然別の意味に聞こえたんだけど、不思議だなぁ? いや、そもそも俺は誰に質問してたんだっけ?


「って、殿下ぁ!?」


 俺の隣に立って、俺の素直な疑問に答えてくれたのは、ここの最高責任者であらせられるアウグスト殿下だった。


「まっ、誠に失礼いたしましたっ! 俺、殿下がいらっしゃっているなんて存じ上げなくて……っ!」

「あぁ、よいよい。構わぬ。ここは確かにオレの研究所だが、別に何をしているわけでもないし、単に避難所にしているだけだからな」

「避難所、ですか?」


 俺の疑問にアウグスト殿下は曖昧に笑うだけで、詳しいことは語らなかった。まぁ、普通にここの研究員の人たちとは仲が良さそうだし、権力闘争に疲れて、とかそんな感じだろうか。


「それにしても……」


 殿下はその深い緋色の瞳を俺の手元に向けた。そこには楕円形のパンにチシャの葉と腸詰めを挟んだ俺の昼食がある。


「いい加減にそっちの問題もなんとかせねばな」

「そっちの問題、ですか?」


 なんだろう。俺の昼食に何か問題があるんだろうか。まさか、魔族と人間では食べるものが全然違って、俺の食事を用意するのが大変とか? げ、それは困る。一日三食用意されているこの素晴らしい環境を手放したくはない。


「それを用意したのはエンツォあたりだろう? 本来ならば研究所の厨房で食事を用意すべきところだが、いろいろと問題があってな」


 ごくり、と俺は唾を飲み込んで殿下の言葉の続きを待った。


「なかなかに不味いものばかりになるので、ほとんどの研究員は利用していないのが現状だ」

「……はぁ」


 愚痴るように殿下が詳しい経緯について語ってくれたところによると、元々料理番が雇われていたが、研究費に回したいとの研究員の大多数の意見を元に解雇、料理は研究員の当番制となった。ところが、ここの研究員は基本的に研究バカばかりで料理なんて作れるもんじゃない。結果として、料理当番は適当に具材を切って茹でただけの謎スープを作ったり、焦げ肉を量産したりと散々なものなんだとか。一部の研究員はそれに嫌気がさして外に買いに行っているのだとか。俺のこれまでのご飯も買いに行ってくれたものらしい。


「えぇと、研究に熱心なんですね」

「ものは言い様だな。――――ところで、先ほど測定結果を聞いたが、特筆すべきものはなかったようだな」

「そのようですね。ただ、子供の頃に計測したときと比べて、魔力量が段違いに伸びていたのには驚きました」

「ほう? それは報告に上がっていなかったな」

「十年ぐらい前に15しかなかったのが123って、俺はびっくりしたんですけど、魔族から見たら誤差レベルなんですかね」

「ふむ……?」


 殿下が不思議そうな声を上げたので、何か問題でもあったんだろうかと隣に顔を向けると、突然、両手でがしりと両頬を掴まれた。至近距離に殿下の顔、もといご尊顔。その血を垂らしたような不吉な赤色の瞳で覗き込まれ、俺の背筋がぞわぞわとうすら寒くなった。突然の殿下の行動に対する驚きよりも、絶対強者に心の奥底まで見透かされるような恐怖の方が強かった。


「そのような成長見込みなどない、平々凡々とした顔にしか見えんが」


 ひどくないですかその評価、とは流石に口に出せなかった。



§  §  §



「じゃ、ちょっくらここに魔力を流し込んでみてくれ」


 午後イチで声を掛けてきたジジさんという研究員は、唐突に無茶ぶりをしてきた。


「え、あの……」

「大丈夫大丈夫! 痛くも痒くもねぇし、ほんのちょびっとでいいからよ!」


 バシバシと肩を叩いて謎の器具を指さすけれど、大問題がある。


「あの、俺、魔力を流すとかできないんだけど……」

「あぁん!?」

「ひっ」


 怯えてしまったのも無理はないと思う。なにしろこのジジさん。体格がよいのもあるが、頭に生えた角の向きが怖いのだ。耳の少し上あたりに生えた角は、やや後ろ向きに向かうかと思えば、ぐにゃりと曲がって正面を向いている。つまり、真正面から相対すれば鋭い角は常にこちらを向いているわけで……。

 だが、魔力は大してないと判定され、十年以上もその存在を考えることなく過ごしていた俺に、いきなり魔力を流せと言われても困るのは間違いない。


「普通は魔力ぐらい流せんだろうがよ。なんか気に入らねぇことでもあんのか?」

「いやいやいや、ないない、ないです! でも、魔法使いでもない俺は、そもそも魔力なんてどういうものかも分からないんですってば!」


 慌てて弁明する俺の言葉に、研究所がざわついた。というか、くじ引きで一番を引いたらしいジジさん以外の研究員も、自分の研究を進めるふりをしながら、なんだかんだ言ってこっちに耳を向けていたようだ。

 でも、俺、悪くないよな? だって、本当に魔力なんてよく分からないし。


「おいおい、マジかよ……」


 ガシガシと角の付け根あたりを掻くジジさんは、俺の手首を掴むと、午前中に使った魔力量を量る測定器の前まで引っ張っていく。


「とりあえず魔力の回復速度に問題ないか確認してから、魔晶石作って魔力の流れる感覚を覚えてもらうしかないな。……本当は無理矢理魔力を引きずり出したいが、一匹しかいないモルモットだしな」


 後半は小さな声ながら、隣の俺にはバッチリ聞こえてしまった。俺、やっぱり実験動物なんだな。ちょっと涙が出そうだ。代えのないモルモットで良かったと感謝すべきか悩ましい。ほら、希少なモルモットでなければ、ここに連れて来られることもなかったわけだし。


「ほら、そこに触れ」

「はい……」


 気づけば何人かの研究員が集まってきていた。口々に「魔力を流せないとか、人間はどうやって生活してるんだ?」とか囁きあっている。なんだか恥ずかしいやら申し訳ないやら腹立たしいやら。

 注目されていることを自覚しつつ、午前中と同じように水晶に触れると、結果を確認したジジさんの目が大きく見開かれたのが見えた。あれ、もしかして回復すらしてないとか、さらに問題を起こしたのか、俺?


「おい、モル、お前、昼休憩に何してた?」

「え? 昼飯食ってたぐらいだけど……。あ、アウグスト殿下と少し話した」

「なに食った?」

「え?」

「何を食べてたんだって聞いてるんだ」


 え、なんで俺、詰め寄られてんの? ジジさんめっちゃ怖いんだけど。っていうか、さっきさらりと「モル」って呼ばれなかった?

 残念ながらそこにツッコミ入れられるほど勇気はないので、エンツォさんから貰ったホットドッグについて説明すると、再び「あぁ?」とメンチを切られる。


「そんなわけねえだろうが! おいエンツォ! モルの餌に変な薬混ぜてねぇだろうな!?」

「そういうのはシンシアの管轄だろ」


 ヒートアップするジジさんの怒鳴り声に、淡々と答えるエンツォさんがなんか素敵すぎる。


「何をそんなに驚いてんだよ」

「魔力量がおかしいんだ。ドーピングでもしなきゃ、こんな数値になりっこねぇだろ」


 急ぐわけでもなく、いつも通り歩いてきたエンツォさんは、ジジさんの指さす先を見ると、眉をひそめた。


「308……?」


 エンツォさんに視線を向けられ、俺は何も知らないと首をぶんぶん横に振る。


「定期的に計っとく必要がありそうだな。ついでに10ずつ魔晶石作って、全員に配れそうだ」


 エンツォさんの冷静な指摘に、それもそうだな、と激昂していたジジさんがすとん、と落ち着いた声で答えた。


「枯渇近くなれば、さすがに魔力の流れも理解できんだろ、なぁ、モル?」

「ミケーレ。目眩がしたり、指先が冷たくなったり、とにかく不調を感じたらすぐ言えよ」

「え? あ、はい?」


 エンツォさんは俺の返事にならない返事にひとつ頷くと、また自分のデスクに戻って行った。

 平常心を取り戻したジジさんの大きな手が、ぽん、と俺の肩に置かれる。


「さて、頑張って魔力を操作できるようになろうな?」


 え。


「なーに、大事なモルだ。うっかり死なないようちゃんと見といてやるから心配すんな」


 え。え。え。


 ジジさんに引きずられ、俺は魔晶石を作る機器の前まで歩かされる。


「308もあれば、30回は試せるな。良かったな、モル?」


――――地の底から響くようなその声音に、たとえ一日三食が保証されていても、脱兎のごとく逃げ出したくなった。



§  §  §



「はー……、死ぬかと思った」


 正しくは「殺されるかと思った」だが、さすがにそこまで赤裸々に呟けない。

 あれから、限界ギリギリの30回魔晶石を作らされたが、さっぱり魔力の流れとやらを理解することができなかったわけだが、それはこの研究員たちには予想外だったらしい。何しろ、人間と比べて段違いに魔力を保有する魔族だ。それこそ魔力の流れを感じるのは呼吸するのと同じぐらい自然なことだそうで。つまり、それすらできない俺は「本当に生命活動維持してんの?」と確認されるレベルで……ちょっと泣きたくなってきた。


「まぁ、ジジさんはキレるの早いからねぃ」

「本当に怖かったんだって」


 俺の前に歩いているのは、研究所では一番の年下だというシャラウィだ。当たりも柔らかく、頭の角も後ろ向きに生えてしかもくるりと一回転しているという無害さに、俺の中ではひっそり真面目なエンツォさんの次に親しみやすい研究員と認定している。

 魔力の流れを感じられる、一定の魔力を放出できる前提で組まれていた実験計画の数々が役に立たないものとなり、一週間先まで実験のスケジュールを組まれていた俺は、一転して暇を持て余すことになった。

 奴隷一歩手前レベルでこき使われていた俺としては、暇を持て余すと、なんだか逆に落ち着かないため、何かできることはないかと頼み込んだ結果、食事当番の手伝いをすることになった。厨房への案内をしてくれているのが、今日の食事当番であるシャラウィだ。


「まぁ、食事って言っても、適当に野菜切って、適当に味付けすればいいだけだし、そこまで時間はかからないと思うんだけどねぃ。手伝ってくれるなら大歓迎だねぃ」


 なお、シャラウィがさっきから「ねぃねぃ」言ってるのは、地方の訛りらしい。年若いシャラウィが口にしているからまだ可愛いと思えるが、たとえばジジさんのようなオッサンが口にしていたら、たぶん鬱陶しくて仕方がなかっただろう。


「あぁ、ここだよ」


 開いた扉の先を見て、俺は絶句した。


「食材はこっちの奥に氷室があるから、そこでまとめて保管してあるんだ。使っていい量が決められてるわけじゃないけど、次の食材納入までは持たせないといけないから……」


 シャラウィが説明してくれていると分かっているが、その内容はとてもじゃないが頭に入らない。

 厨房? いや、ここはそんな場所じゃない。あえて名付けるとすれば――――


「こんっな腐部屋で食事なんて作れるかアホ――――っっっ!」


 一歩足を踏み入れればぬるりとした床の踏み心地。おそらく魔法道具であろう火口の周辺には黒に近いほど変色した何かのなれの果てがこびりついている。鍋、積まれた食器類は清潔とは程遠く、とてもそれを使って食事をしたいなどとは思えるはずもなかった。


「食事を作るのなんて後だ! とにかく掃除する! 掃除用具はどこにある!?」


 俺の剣幕に圧されたシャラウィは、少し怯えた様子で、がくがくと首を縦に振っていた。


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