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02.俺、爆睡する

「おぉ、起きた起きた」

「へー、黒い目なんだ。黒スグリみたい」

「そんなこと言うなよ、非常食に見えてくるじゃんか」


 俺が目を覚ましたとき、見知らぬ人たちに取り囲まれていた。……ってか、こういうときって、見知らぬ天井を見て「ここどこだ?」ってなるところじゃないの? なんで知らない人の中に転がされてるわけ?


「えぇと……」


 起き上がった俺がきょろきょろと周囲を見回すが、俺を連れて来た男の姿はなかった。代わりに「おぉ、同じ言語?」「アホ。だから共通語って言うんだろ」「角もないのに動いてるー」と周囲が湧く。なに、俺。珍獣扱いなの?


「起きたのなら、殿下のところに連れて行けよ」

「えー、誰が?」

「オレはパス」

「あたしも面倒だしー」


 俺の困惑もよそにジャンケンを始めた周囲の面々の中で、とうとう負けたのは白髪ツインテールのお嬢さんだった。長く整えられた爪が虹色に塗り分けられているのはオシャレの一環……なのかなぁ。


「ちぇー、ちょーめんどー」


 口をつん、と尖らせた彼女は「ついて来てー」と俺に呼びかけると、すたすたと歩き始める。慌てて俺がついていくも、こちらを気にした様子がないのは、本当に案内する気がないのかもしれない。


「殿下―、モルモットが起きたよー」

実験動物モルモット!?)


 思わず半歩下がってしまった俺は悪くない。


「……入れろ」

「はいはーい♪」


 彼女が扉を開けると、黒っぽくて重厚そうな見た目の机に座る、双角の男の姿が見えた。何やら書類をめくっているようでこちらに目を向けもしない。


「そこで座って待て」

「え? あ、はい」


 言われるがままに応接スペースのソファに座る。案内してきた彼女は、いつの間にか戻ってしまっていたので俺一人だ。

 深く沈むソファに居心地の悪さを感じつつ、俺はひたすら待った。しばらく紙をめくる音だけが聞こえるが、それ以外は静かなものだ。


――――俺、どうなるんだろ。

なんかもう、今日一日で色々あってわけわかんなくなってきた。っていうか、まだ今日で合ってるのかどうかもわからんし。

 あー、腹減ったな。朝にうっすい麦粥を食ってから何も……あぁ、騎士サマに干し肉もらったっけ。それだけで急転直下の今日をしのいでいるんだから、俺ってばすごいんじゃないか? いや、でも腹減った。


 もはや鳴りもしない自分の腹を眺めていたら、ぱさり、と書類を置く音がした。


「待たせたな」


 立ち上がった男は、ゆったりとした動作で俺の目の前に座る。深く沈むソファに悠然と身体を預けている様子を見ると、なんだか浅く腰掛けてしまっている自分の小市民っぷりが際立つようだ。


「何から話すか。……あぁ、腹が減っているのか。遠慮せずに食べろ」


 なんで空腹がバレたのかは分からないが、男が手を振った途端にテーブルに出現した果物のカゴ盛りに俺は目を丸くした。だが、食えるときに食っておかないと、というのはあの邸で生活するうちに身に着いた鉄則だ。見知らぬ果物を避けて、リンゴっぽい実をもらうと、そのままかじりついた。じゅわっと口に広がる甘酸っぱい果汁に、口は止まることなく丸々一個を完食する。


「なんだ、本当に腹が減っていたのか」

「……すみません。朝食以降は何も口にできていなかったものですから」

「なるほど? どうやら向こうは余程迅速に動いてくれたらしいな」


 くつくつと笑う男の口振りから察するに、俺を指名した件だと思う。そうだ。どうして俺を指名したのか聞かなければ。そう思って口を開きかけたところ、機先を制された。


「そう焦るな。お前の名は?」

「俺は、ミケーレ、です」

「人の国の王からは、何と言われて連れ出された?」

「何も」

「何も?」


 俺はできるだけ簡潔に、勤めていた邸から王城に連れ出され、王と宰相に会って姿形を確認されただけで、そのまま森まで連れて来られたことを説明した。


「……成程なぁ」


 にやり、と男が笑う。改めてこの男をまじまじと見ると、魔族特有の灰色の肌に立派な角を持っていることを除けば、なかなかの美形の部類なんじゃないかと思えた。そんな男が口の端を持ち上げただけで、随分と魅力的に感じる。いや、俺に男色のケはないけれど。


「オレはアウグスト・レオ・ゲッツィ。お前らの言う魔族を治める王の第二子、まぁ第二王子ってところだ」


 ひぃ。

 俺の喉がごくりと鳴った。悲鳴をなんとか心の中だけに留められたのだけが幸いだ。


「オレの方に事情があってな。それを解決する方法を神問いした結果、託宣されたのがこれだ」


 男――アウグスト殿下は、ぺらりと俺に1枚の紙を見せた。そこには銀器を磨いている俺の姿が黒一色のインクながら写実的に描かれていた。託宣というから曖昧な言葉なのかと思えば、どう見ても俺だった。


「明らかに人間の男だったから、持っている銀器に刻印された家紋を辿って所属している国を特定し、ちょっとトップに交渉した」

「……交渉」


 俺が見た王と宰相からは、むしろ脅えが見えたんだが。交渉という名の脅迫だったんじゃなかろうか。


「お前がどう役に立つのか分からんのでな、オレの研究所で一通り調べることにした」

「は!?」


 やばい、正直な声が出てしまった。相手は王子だし、これって不敬にあたるのか?


「安心しろ。お前の命に関わるような研究はしない。代えがきかないからな」


 安心できるんだろうか、それ。でも、さっきの彼女が言っていたモルモットという言葉が理解できた気がする。言葉通りの意味だったってわけか。


「とりあえず、今日はもう遅い。研究員には明日の朝に引き合わせる。お前はその扉の先にある仮眠室で寝ろ。ひどい顔をしているぞ」

「……はぁ」


 魔族からお前はモルモット確定だと聞かされて、ひどい顔にならない人間がいるだろうか。いや、いないだろ。

 しいて言うなら、命が保障されているということだけが救い……いや、死ぬより恐ろしい実験が待っている可能性だってある。

 示された扉に向かいながら、俺はとても寝れないだろうな、と確信していた。


――――結局、仮眠室のベッドが快適過ぎて、即・爆睡した。



§  §  §



 目を覚まして、まず驚いたのは自分の図太さだ。何も聞かされないまま魔族だらけの場所へ問答無用で連れて来られたというのに、仮眠室のベッドで爆睡。疲れていたからとかそういう問題じゃないと思うんだ。

 魔族というのは、魔力はもとより膂力や俊敏性など、人間より総じて能力の高い種族を指す言葉だ。外見は似ているものの、角や尻尾などを持ち、肌の色は灰色もしくは浅黒をしているのが特徴だというのが一般的に流布している知識だ。古代遺跡の埋もれる幻霧の森を隔てているため、人間の国との交流はないと言われているが、俺が引き渡された経緯を考えると、それも嘘なのかもしれない。

 基本的に人間からは恐れられ怖がられる存在なので、小さい子のしつけに「悪いことをすると、魔族が連れ去って食べてしまうよ」なんて決まり文句を使ったりする。

 そんな魔族の中に放りこまれた俺、爆睡。


(……よくも悪くも普通にしか見えなかったんだよな)


 思い出すのは、俺を殿下の部屋に案内する者を決めるのに繰り広げられたジャンケン大会だ。この言い方が正しいのかどうかは分からないが、なんだか人間臭くて拍子抜けした。


コンコン


 ノックの音に、俺はまとまらない思考を打ち消し、慌てて返事をする。


「モルモットー。起きてるー?」

「……モルモットじゃないです」


 訂正。人を実験動物扱いするのは、やっぱり恐ろしい魔族だからかもしれない。


「じゃ、こっち来てー。あとこれ朝ごはんー」


 やって来たのは、昨日俺を案内した白髪ツインテールのお嬢さんだった。ただ、昨日は虹色だった爪は、なぜか黒一色になっている。わからん。


「あの、俺の名前はモルモットじゃなくて、ミケーレ……」

「面倒だから、みんな揃ったところで言ってくんないー?」


 ねぇ、お願いだから名前の訂正ぐらいすぐにさせてくれないかな。俺、泣きそう。

 渡された朝ごはんは、慣れ親しんだ黒パンと、出涸らしもここまでくればいっそ見事というほどに薄い紅茶の入ったカップだった。行儀が悪いとは思いながら、もっきゅもっきゅと黒パンを噛み続けては紅茶でふやかすことを繰り返しながら歩く。

 パンを全て胃に流しこむ頃には、昨日、目を覚ました部屋に到着していた。


「ちゅーもーく」


 案内のお嬢さんの声に、広い一室のあちこちにいた魔族たちが視線を向けてくる。


「これが例の殿下のモルモットー。今日の午前は基礎データの収集でー、午後からはー、くじ引きで決めた順番通りに各チーム個別で実験ねー」

(は!?)


 ゆるい喋り方で、危うく聞き流しそうになったが、とんでもない!


「あの、実験というのは……」

「名前はえーと、ミケ?」

「ミケーレです」

「だってー。ミケは分かんないことあれば、適当に捕まえて聞いてー」


 慌てて訂正したのに、なんだか猫の子につけるような名前で呼ばれてしまったので、がっくりと肩を落とす。

 だが、俺の落胆に同情したのかどうかは分からないが、集まっていた魔族の何人かが、ちゃんと俺の名前を呼んだ上で「よろしくな」と言ってくれた。それだけで涙が出そうになったのは秘密だ。


――――午前中の『基礎データ収集』を担当したのは、エンツォという名の魔族だった。熊のようなデカい身体で額のちょっと上の方に赤毛に隠れそうなぐらいの小さい一本角を持った男で、その真面目そうな雰囲気に少しだけ親近感を抱く。

 エンツォの傍らには子供のような体格の魔族がいたが、自己紹介もしてくれなければ、ぶ厚い眼鏡と伸ばした前髪で顔を隠す徹底ぶりで、顔もよく分からない。声も蚊の鳴くような小さいもので、性別さえ判別できない有り様だった。

 エンツォはテキパキと俺の身長体重胸囲など諸々のデータをとっていく。それを小柄な方が手元のボードに書き込んでいた。お互いほとんど言葉を交わしていないのに、役割分担ができているってすごいな、と全く別の方向で感心した。

――――何事もなく淡々と過ぎていた『基礎データ収集』とやらに問題が発生したのはその後だった。

 対象の持つ魔力と属性を数値化するという測定器を前に、俺の手はじんわりと汗を滲ませていた。

 無理もない。何しろ朝イチで紹介された魔族のほとんどが集まっていたのだ。エンツォによると、この第二研究所の研究員のほとんどが居合わせているらしい。つまり、それだけ俺の持つ魔力のデータが重要なものだということだ。

 気張ったところで結果が変わるわけではないが、それでも緊張しない、なんて難しい。研究員が何人いるのかは知らないが、集まった魔族から注視されているのだ。衆人環視の中で計測を受けるというのも拷問に近い。


「では、その水晶に触れてくれ」

「あ、あぁ」


 俺が水晶に触れると、研究員たちがどよめいた。


「無属性? 何も属性を帯びてないのか?」

「魔力量は普通以下、いや、人間にしては多いのか? 誰か人間の平均データ覚えてるヤツいるか?」

「どの属性も帯びてないなんて……人間はみんなそうなのか?」

「貧弱な結果だな」


 最後の辛辣なセリフは置いておくとして、概ね研究員たちが気になっているのは、俺の魔力量と属性らしい。

 俺の居た国では、一定の年齢になると魔力量を測り、申告することになっている。魔法の才がある者は、平民であればその時点で国の機関に引き取られ、魔法使いとして徹底的に修行させられる。俺も、6歳になったときに魔法の才がないかと期待したが、結果は人並。延々とこき使われるルートが決まったわけだ。


「魔力量ってどのぐらいだったんだ?」

「あぁ、123だな」

「123!?」


 魔力量が100を超えれば、いっぱしの魔法使いとして通用するレベルだと聞いたことがある。俺はいつの間にか隠された才能を開花させて……


「そんなに驚くことか? 100など大した魔法も使えずに枯渇するだろうに」

「い、いや、魔族はどうか知らないが、俺の居た国じゃ、100もあれば魔法使いとして十分に生計を立てていけるって聞いたことがあるぞ? そもそも、俺は6歳のときに測ったときは、15だったと聞いているんだが」


 俺の発言に、研究員たちが目を丸くするのが見えた。口々に囁かれるのは、100程度で、と人間の基準に驚くものと、子供の頃にたった15しかなかったという事実についてだ。


「ねー、ってことは、ミケが魔晶石を作ったらー、全くの無属性のができるってことー?」


 見学に来ていた白髪ツインテールのお嬢さんの言葉に、エンツォが厳しい目を向けた。


「シンシア、午前中は測定だけだぞ」

「って言ったってー、魔晶石作るぐらいいいじゃん? 10ぐらいだったら誤差でしょー?」

「それは魔族にとって、だろう。100のうちの10では大きいぞ」

「でも、魔力の回復速度だって測定した方がいいじゃん?」

「……それは、そうだが」


 エンツォはボードを持ったままの小柄な研究員をちらりと窺う。ミモという名前のその研究員が頷くのを見て、「10だけなら」と許可を出した。

 もしかして、あのちっこい子供みたいな方が上司だったりするのか? いやいやまさか。


「ミケーレ、こっちに来てくれ」

「あ、あぁ」


 エンツォに言われ、壁際に置いてあった謎のオブジェの前まで歩く。手で掴めるぐらいの大きな黒い球が丸い筒で下から支えられ、筒の反対側には受け皿のようなものがある、そんな謎物体だ。いや、この研究室にはそんな謎物体がたくさんあるんだけど。

 エンツォは筒にある目盛りを操作すると、俺に向き直った。


「この玉を握ってくれ。もし、気持ち悪いとかそういう症状が出たら遠慮なく言ってくれて構わない」

「そういう症状が出るものなのか?」

「いや、人間が使うのは初めてだからな。魔力が10吸われる程度だから問題ないはずだが、万が一のこともある」

「お。おぅ……」


 万が一、なんて言われてしまうとかえって緊張してしまうが、123あるうちの10なら、確かに問題ないだろう。1割にも満たないんだし。

 俺が玉に手を置くと、筒からころり、と透明なガラス玉がこぼれ出た。途端に、おぉ、というどよめきが。今日はこんなんばっかりだな。


「すごー! 濁りもない本当に透明な魔晶石ができたー!」


 一番声が大きいのは、あの白髪ツインテール――シンシアだ。全くの無属性というのは珍しいらしく、「欲しいなー、欲しいなー」とボヤいてはエンツォにたしなめられていた。


 こんな感じで午前の基礎データ収集とやらは終わったんだが、午後から始まる個別の実験が怖くて仕方ない俺だった。


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