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17.俺、引きこもる

 結局、殿下が来なかったので、俺はアンのことを相談することもできずに、厨房の床で寝ることになった。


(どうして、こうタイミングが悪いかな)


 昨日も第一研究所の奴らは長いこと居座っていたらしい。そのせいで夕食が随分と遅れてしまった。

 今朝も早くから来るかもしれないというので、ミモさんと話し合った結果、俺は厨房に引きこもることになった。基本的に厨房の出入り口には鍵を掛け、食事の時間になったら鍵を開けて「提供中」の札を出す。食事提供中は、俺はできるだけ見えない位置に隠れている……うん、考えただけで窮屈だ。

 殿下がいないなら、ミモさんにアンのことを相談するべき……と思ったが、なんとなく相談できなかった。だって、相談するってことは、裏切り者がいるかもしれない、って言うことに等しい気がしたんだ。殿下だったらいいのかと言われそうだが、直に毎日研究員と密に接しているミモさんと比べ、少し上から俯瞰している殿下の方が、正直打ち明けやすい。もちろん、これは俺の勝手な感傷なんだが。


『……』

『……』

『……』


 そんなことを考えながら朝食用のスープの味付けをして、卵とハム&チーズの二種類のサンドイッチを作っているが、すごく視線を感じる。いや、分かってる。エン・スイ・アンの三人だ。

 三人いるといつもの胸ポケットも狭くなるので、小さな籠を作業台の端に置いて、そこに入ってもらったのだ。万が一のときにすぐ隠れられるように布巾を被せて、寝てても構わないと言ったのだが、籠のふちに手をかけて、じっとこちらを見ている。手伝うタイミングを窺っているようだが、残念ながら、今朝は簡単に済ませるので、手はいらない。

 山のように作ったサンドイッチに乾燥防止の布巾をかけ、鍋の隣に皿を積んだところで準備完了。俺は扉の近くで耳を澄ませ、誰もいないことを確認して、素早く「提供中」の札を掛ける。ちなみにこの札はエンツォ作だ。真面目なだけかと思ったら、予想以上にマメな人だった。

 そうして氷室に引っ込んだ俺は、今までつい掃除を優先して後回しにしてしまっていた、食材の整理に取りかかる。

 いや、今までだって食事を作るついでに、ちょこちょこと整理はしてたんだ。でも、こうして時間ができたこの機会を逃すのは勿体ないだろ? 冷気の強い氷室の奥のスペースで、食材どころか霜と同化してるんじゃないかってのもありそうだし。

 三人の入った籠を入り口近くに置くと、三人はそれぞれ俺の両肩と頭の上に陣取った。ちなみに頭の上をゲットしたのはエンだ。彼ら的には一番よい場所らしく、スイとアンがうらやましそうに見上げている。


『ママ、何するの?』

「ちょっと在庫整理と危ない食材の処分かな」


 考えてみれば当然の話だ。ちゃんとした料理人がいなかった期間、芋のように茹でるだけ、焼くだけといった簡単な調理法で作れる材料は、それこそどんどん消費されただろう。だが、逆にアク抜きなどが必要な食材はどうなるだろうか。答えはもちろん、使われずに忘れ去られる、だ。

 ということで、今日の目標は使えない食材の処分だ。もちろん、その他の在庫も確認するけどさ。


 俺は奥の方から氷室を確認していく。予想通り、霜だらけで元の形状が一見して分からない食材を発見する。うん、これは……勿体ないな、かたまり肉だ。スジ肉っぽいから煮込む時間で敬遠されたんだろう。だが、さすがに俺もいつから放置されているのか分からない肉に手は出したくない。それ以外に食材がない、という差し迫った状態ならやむを得ず、ということもあるだろうけど。


『ちょっと暗いし寒いし怖いですの』

「基本的に俺たちしかいないから、大丈夫だよ」


 というか、闇の精霊が暗がりを怖がるとか……笑い話にしかならないな。

 俺は霜だらけの肉を、食材の出し入れに使っているカートに乗せる。このカートはなかなかの優れ物で、魔晶石を所定の場所に入れておくと、動きの補助をしてくれる。ぶっちゃけ感じる重さを軽減させてくれるので、ありがたく使わせてもらっている。第一研究所で作られたまだ試作品らしく、ここにさらに改良を加えていくのだとか。正直、俺はこれでも十分だと思うんだが、まぁ、研究員の目にはまだ粗が映るんだろう。フレームの耐久性とか、大量生産を考えたときのフレーム構造とか、タイヤ部分の摩擦とか、エネルギー変換効率とか小難しい話っぽかったので、早々に理解を諦めた。


(確か、生ゴミがあれば欲しいっていう研究員がいたよな)


 ペットでも飼っているのかと思えば、植物を育てているとか。ただし、その植物には牙とか消化器官があるらしいので、俺の知っている植物ではないんだろう。もちろん、怖くて詳しい話は聞いてない。

 せっせと廃棄食材をまとめていると、頭の上に乗ったエンがぺしぺしと額を叩いてきた。


『ママー、時間なの』

「あぁ、ありがとう、エン」


 没頭してしまって時間を忘れていたが、どうやら朝食の提供時間が過ぎたらしい。俺はカートを押して氷室の入り口まで歩き、そっと耳をそばだてる。


『お母様、私が様子を確認してきますの』

「大丈夫か? くれぐれも気をつけるんだぞ」

『はいですの!』


 第一研究所の研究員たちは、精霊の動きにも敏感だとマルチアが言っていたから心配ではあるんだが、こういった闇に潜んで様子を窺うようなことは得意だというので、任せることにする。

 少しハラハラしながら待っていると、ほどなく戻ってきたアンが両手で大きく丸を作った。


『大丈夫ですの。誰もいませんでしたの』

「そうか。ありがとな」


 褒めて欲しそうにこちらを見上げるアンを、希望通りに頭を撫でて褒めてやってから、三人をまた籠に入れて厨房に戻る。

 サンドイッチは綺麗に消え、スープも残りわずかという状況だった。そして使用済みの食器は無造作に……というか、絶妙なバランスで積まれていた。いつもはその都度洗ったりしているが、今回はまるっきり不在の状態だったから仕方がないとはいえ、ため息が出る光景だ。


(まぁ、さすがに洗えとは言えないか)


 俺は腕まくりをして、まず皿を片付けることにした。


――――あれから何事もなく昼食の仕込み、提供、そして後片付けを終えた俺は、氷室の整理に戻るべく三人の入った籠を持ち上げた。


「さて、今日中に整理が終わればいいが」


 そう口に出した直後、勝手口を出た裏庭に鍋を並べて乾燥させていたことを思い出し、一旦、籠を置いた。

 すると、それが合図だったのか、籠の中から三人が一斉に飛び出し、俺の頭の上に誰が居座るかという競争を始めた。どうやら早い者勝ちの勝負だったらしく、あっという間に勝敗はついた。嬉しそうな声を上げたのはスイ。明暗分かれ、がっくりと肩を落としたエンとアンはすごすご俺の両肩に移動する。


「順番制にはしないのか?」


 俺の問いかけに、全員から拒否の言葉が飛び出した。どうやら、本気でケンカしているわけではなく、競争してじゃれあっているらしい。それを聞いてホッとした俺は、三人を順繰りに撫でた。

 本気でケンカとか始まったら、止める手段がないからな。三人が三人とも、俺を殺せるだけの力はあるわけだし、本人にその気がなくとも、事故で……という可能性だって捨てきれない。だからこそ、仲良くしてくれるに越したことはないんだ。


「ちょっと鍋を取りに行くから、落ちるなよ」


 注意しなくても、三人が落ちないことは分かっているが、念のためってやつだ。


『お母様、外に行きますの?』

「外っていうか、裏庭かな。干してた鍋を取りにいくだけだから、そんなに長いことは居ないけど」

『眩しい所は苦手ですの』


 言うや否や、右肩に乗っていたアンが、するりと俺の襟元からシャツの中に入る。


『ずるい!』

『そこに入るのはどうかと思います!』


 頭と左肩から抗議の声が飛ぶが、アンは『暗くて心地よいですの』と聞く耳を持っていない。

 闇の精霊は、明るい所が苦手なのか、と新たな知識を自分の心に書き留めながら、俺は勝手口を開けた。勝手口のすぐ傍には生ゴミ処理用の魔道具があり、そのすぐ隣に鍋が――――?


『――――っ!』

『――?』


 俺の意識はそこで途切れた。耳元で悲鳴にも似た声が聞こえた気がしたが、その言葉の意味をすくい取ることすらできなかった。



§  §  §



 腕が痛い。首もちょっと痛いのは、寝違えたかな?

 そう考えながら目を開いた瞬間、のんきな考えは全て吹っ飛んだ。

 まず、ここはどこだ? 少なくとも、俺が知っている場所じゃない。真っ白な壁、飾り棚には謎のきらきらしいオブジェ、少し趣味を疑うような絵画がゴテゴテした額縁に収まり、足下には毛足の長い絨毯が敷かれている。


(うん、少なくとも第二研究所じゃないな)


 色々と高価そうな調度品に、俺は頷く。動きの取れない自分の身体を見下ろすと、イスに座らされた状態で、ロープで縛られていた。腕と首が痛い理由が分かったところで、再び周囲を見回す。すると、少し離れた所にあるテーブルの上に、2つの小さなケージが見えた。第二研究所で生体実験用にと飼われていた小動物が入っていたようなケージだ。それと違うのは、一つはぼんやり青く光り、もう一つは赤く光っていることぐらいだ。

 中に何が……と目を凝らしたところで、俺の口からようやく声が出た。


「エン! スイ!」


 青く光るケージにはエンが、赤い方にはスイが閉じ込められていた。何やら二人とも暴れているようだが、何故か声は聞こえない。


『相反する性質の魔力を籠めることで、二人が脱走しないようにしているんですの』


 密やかな声は、俺の胸元から聞こえた。シャツの襟からちょこん、と顔を出したのはアンだ。どうやら、中に入っていたおかげで、エンとスイのような目には遭わずに済んだらしい。


「アン、ここがどこか分かるか?」

『……第一研究所、と言ってましたの』


 アンの言葉に、俺は納得した。何というか、予想通りで逆に落ち着いた。

 恐怖で取り乱したり、ということがないのは、自分が殺されるようなことはないだろうという楽観的な考えがあるからか、それとも、三人に無様なところを見せたくないというちっぽけな矜持からなのか。たぶん、後者だろう。


(どうにかしてエンとスイを救出しないとな)


 二人が自分で脱走できないなら、俺がどうにかしないといけない。第一研究所の奴らは、俺が作る魔晶石だけでなくエンとスイまで取り上げようとしてるんだ。魔晶石はともかく、二人を渡すわけにはいかない。

 そのためには、まず冷静に状況を把握することが必要だ。


「アン、俺たちをここへ連れて来たのは……」


 俺は、聞きたくなかった質問を口にした。


「俺が知っている人か?」

『……はい、ですの』


 あぁ、いやだな。どうしてこう嫌な予測っていうのは当たるんだ。

 俺は目眩を堪えながら、質問を続けた。


「それは、アンの元になった……闇属性の持ち主か?」

『そうですの……』


 とりあえず、そこまで聞ければ十分だ。それが誰か、なんて今は聞かない。そういうのはいずれ分かるものだし、無事に帰ってからアンに確認したっていい。


『誰か来ますの!』

「アンはできるだけ隠れてて。たぶん、アンの存在はバレてないだろうから」

『はいですの!』


 アンが俺のシャツの中に引っ込んでからすぐ、扉の開く音がした。


「どうやら起きたようだな!」


 無駄にでかい声の持ち主は、ゆっくりと俺の前に立つと、俺の顔を覗き込んで来た。それはつまり、俺もその相手の姿を目にするわけで――――


(ぐ……ふぅっ!)


 声を出さずに耐えた俺を褒めて欲しい。いや、自分で褒めればいいのか。


(カエル……! カエルだろこれ絶対!)


 俺の目の前に立ったのは、灰色のカエルだった。いや、違うけど。

 魔族特有の灰色の肌は別にいい。だが、背はあまり高くなく……というか、俺よりも低い。そしてその体型だ。まるまると太った身体は、明らかに運動不足と食べ過ぎだろう。顔にいくつも吹き出物が出ているのも、同じ理由なんじゃないだろうか、と勝手に予測する。

 問題は魔族の大きな特徴の一つである角だ。頭頂部に近いあたりから2本生えた白い角は、左右それぞれ外側に向けてぐるぐると弧を描き、弧の内側に入った先端部分が少し黒っぽいせいで、頭の上に大きな目玉が乗ったように見える。本物の目はやたらと小さく顔の中央に寄っているせいで、カエルの鼻の穴にしか見えないし、さらに本人のこだわりなのか、鼻の下から左右に伸ばした|髭――カイゼル髭と言っただろうか――がこれまたコミカルな印象を与える。残念ながら頭に髪がないせいで、余計にカエル感がマシマシだ。

 はっきり言おう。カイゼル髭を付けたコミカルなカエルにしか見えない。


(笑うな俺! 絶対笑ったら殺される!)


 まさか笑いで生死を左右するとは思いたくないが、第一研究所の奴らの怒りの沸点が低いことは、よく分かっている。

 たとえ窒息死寸前になろうが、笑ってはいけないと必死で口を閉じた。



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