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15.俺、賭けのネタにされる

「……ってな感じで、マルチアに怒られました」

「ふむ、そうか。それにしても、あのマルチアから『ペンペン草』などという単語が飛び出すとはな」

「殿下の知るマルチアは、そういうことを言いそうにないんですか?」


 相変わらず殿下の引き締まった腕の中で横になる俺は、沈黙に耐えられずにマルチアとの会話をぶちまけていた。おい、誰だ、ピロートークとか言ったの。その口を縫い付けてやろうか。


「あれの兄がオレの側近でな。お転婆だと聞いてはいたが、オレの前ではしおらしくしておるので、お転婆なのは幼少の頃のみだと思っていたが……」

「口は達者ですよ。あと、優しいんですが、その優しさがすごくわかりにくくて」

「ふむ、気に入ったか?」

「……性格は好きですけど、異性としてはちょっと」


 いやいや、ツンツンしてるし、分かりにくいし、正直面倒だろ。


「ふむ、そうか。人と魔族が番うのも面白いと思ったが」

「面白がらないでください」


 殿下がくつくつ笑うので、抱き枕状態の俺の身体も小刻みに揺れる。


「他人の心中を慮るな、とか初めて言われましたよ」

「そうか? オレはよく下の者の気持ちに寄り添い過ぎるな、と怒られるが」

「それは帝王学的なものなんじゃないですか? 意味合いが違うと思います」


 下の者っていうか、殿下にとっては下々の者だろうよ。よくお邸の坊ちゃんも「下々の」とか「下等な」とか「下賤な」とか使ってたな。俺と半分は血が繋がってるとか、今でも考えたくない。


「それで、知りたいか?」

「……はい?」


 ちょっぴり卑屈になっていたせいで、殿下の問いかけに反応するのが遅れてしまった。え、知りたい? 何を?


「オレが王位を欲しているのか否か、だ」

「知りたくないと言えば嘘になりますけど、無理してまで知りたくはないですね」

「そういうものか?」


 殿下の声に、少しだけ意外そうな響きがあるような気がして、俺は理由を告げる。


「だって、それを知ったからって、何も変わりませんから。いつも通り食事作って、掃除して、意識しないままなんか色々吸い取って、たまに隠れて、そういう生活は変わらないですよね?」

「ふむ、そういう考え方もあるのか」


 どうしたんだろう。なんだか元気がなくなってしまったような……? もしかして、俺の返事が良くなかったのか? え、どこが? どこがマズかった?


『パパー』

『父上』


 俺の胸の前で団子のように引っ付いて寝ていたはずのエンとスイが、ぴょこぴょこん、と飛び出した。


『なでなでー』

『頭を失礼します、父上』


 恐ろしくて確認できないんだが、まさか、エンとスイが殿下の頭を撫でているのか!? なにゆえ!?


「あぁ、気にするでない。本当にお前達はいい気性をしているな」

「……殿下、パパとか父上って呼ばれることに抵抗はないんですか?」

「ふむ、気に入らぬ輩ならともかく、二人とも()いのでな」


 エンはともかく、スイの属性には直接殿下は関係ないはずなんだけどな? それでも父上呼びなのが不思議なんだが。……まぁ、いいか。別に俺に影響ないし。


「すいません。よく俺がこいつらを撫でてるせいか、二人とも真似したいみたいで」

「構わぬ。誰かに撫でられることなど、ついぞなかったことだ。何やらくすぐったいものだな」


 何がなんだか分からないが、とりあえず殿下の気分も上昇したようなので、よしとしておこう。


「あぁ、お前は気にせんでよいぞ?」

「?」

「俺がどうあろうとも、やることに変わりはないと言い切る者は希有でな。どうも、オレも知らぬうちに権力争いに疲れていたらしい」


 なるほど、そりゃ疲れるよな。相手の発言の裏を読んだりとか、派閥を構成したりだとか、俺には到底無理な話だ。俺にできるのはせいぜい曖昧な態度で濁すことぐらいだよ。


「こうして寝しなにお前と話すのは、良い気分転換になる。ミモの製作している魔道具が完成すれば、この時間もなくなるのかと思うと、少しばかり寂しいな」

「エンかスイを貸しましょうか?」

「それも良いかもしれぬな。これらにはオレを利用しようとする腹もなかろうよ」


 確かに、と俺は笑った。殿下に頬ずりを始めたらしい二人のはしゃぐ声を聞きながら、俺はゆっくりと瞼を閉じた。二人は気が済むまで殿下とじゃれ合ってもらおう。



§  §  §



「なんだ、この表……?」


 いつものように食事作りの合間に研究室の掃除をしとこう、とやってきた俺は、壁に貼られた表に唖然とした。

 縦に火や水などの属性がずらりと並び、その横には研究員の名前と数字が並んでいる。研究員の持つ属性なのかと気を付けて見るが、水属性が強いはずのシンシアの名前が火の所にある時点で違うのだと分かる。


「それは次に生まれる精霊がどれか、賭けてるんだねぃ」

「シャラウィ?」


 表の前に立ち尽くしていた俺に声を掛けてきたのは、研究室一番の若手、シャラウィだった。聞けば、シャラウィがこの表を書かされたらしい。賭け金の管理はまた別の研究員なんだとか。


「これ、火属性が人気過ぎるんだが」

「殿下の属性が強いって考える人が多いんだねぃ。でも、それだと賭けとして面白くないっていう人もいるんだねぃ」


 確かに風やら土やらにも名前と数字が書かれている。……ん? 全属性に金額を変えて賭けてる人もいるな。どれが出ても損をしない配分とか考えているのか?

 一番不人気なのは水属性か。まぁ、スイが出たばかりだからこれは仕方ないだろう。


(たぶん、同じ属性はもう出ないって話はあまり知られてないんだろうな)


 ミモさんとエンツォがしっかり火属性以外に賭けているところを見ると、下手に俺がその話を漏らすと恨まれるな。火属性に賭けてるシャラウィには悪いが、涙を飲んで貰おう。


「こういうのって、データから予測できたりしないのか? 俺が貰った魔力って、誰からどれだけ貰ったのか記録されてるだろう?」

「その人によって属性の濃さみたいのがあるみたいなんだねぃ。だから、同じだけ貰っても、属性の溜まり具合が違うらしいんだねぃ」

「へぇ、……ってことは、シンシアはかなり濃い水属性なのかな」

「そうみたいだねぃ。もちろん、他にも水属性の研究員がいないわけじゃないけど。まぁ、個々人の属性の濃さに加えて、こうして掃除中とかに吸収してる分も計測不能だから、賭けが面白くなるって誰かが話していたんだねぃ」


 俺の中での『研究員』像は、もうかなりヒビが入っていたが、シャラウィの発言でとうとう崩れ落ちてしまった。

 研究員って言葉だけだと、真面目に毎日コツコツと頑張っているイメージを持つじゃないか。それなのに、何というか、合間に賭け事をしたりだとか、魔道具のデザインを自分の趣味で染めたりとか、他人の功績を奪い取ろうとしたりだとか……まぁ、研究員だろうが魔族だろうが、あまり人間と変わらないんだな。今更だけど。


「? 怒っていないのかねぃ?」

「怒る?」

「普通、こうやって賭け事のネタにされたら、怒るものだと思うんだねぃ」

「んー、でも精霊も出るときは出るだろうし、どの属性が出たからって俺が不幸になるわけでもないだろうし……、どの属性が出るかなんて、俺が意図的に変えられるわけでもないし……」


 なんて言ったらいいんだろうな。例えば、俺が馴染みの異性に告白してフラれるかどうか、なんて賭けをしていたら、そりゃ怒ると思うんだ。フラれる方に賭けたヤツは俺の不幸を願ってるってことになるし。

 でも、次のどの属性の精霊が生じるか、なんて、俺にも分からないし、俺がどうこうできる問題じゃないし、どの属性が出ても俺は受け入れるしかないし、それこそ道を歩いていたら石に蹴躓くみたいなレベルでどうしようもないと思うんだ。だからなのか、俺にとってどこか他人事みたいなもんなんだよな、どの属性かって。

 俺が言えることは、できるだけその結果が分かる日が遠くであって欲しい、ってことだけだ。吐き出すときは、すごく苦しいから。


「んー、これ、俺って参加してもいいのか?」

「それは構わないんだねぃ。でも、大事な給金を使っちゃっていいのかねぃ?」

「ちょっとぐらいなら大丈夫だろ。それに、料理と掃除に加えて魔晶石の分まで貰ってるから、余裕はでてきたぞ?」

「それなら、今度、美味しいものを奢って欲しいんだねぃ」


 奢る……って、シャラウィはどうも弟分気質なのか、こうやって甘えるときがあるよな。ここの研究所を出ることが許可されてない俺が、さすがに何かを奢ることはできないが、ちょっとしたものなら……、うん。


「それなら、ちょっと新作の味見をしてみるか?」

「味見?」


 俺はシャラウィの耳を借りると、先日仕込んだジンジャーの砂糖漬けと、仕入れたばかりの天然炭酸水の話をする。すると、シャラウィの深緑の瞳がみるみる大きく見開かれた。


「ぜひお願いしたいんだねぃ!」

「分かった分かった。今、ちょっとだけ厨房に来られるか?」

「行くに決まってるんだねぃ!」


 なんだろう。何故かシャラウィの後ろに犬の尻尾みたいなのが見える気がする。そりゃもう、ぶんぶんと勢いよく振られて、たぶん当たったら地味に痛いヤツだ。


「シャラウィの口に合うかどうか分からないんだぞ?」

「大丈夫なんだねぃ!」


 どこが出所の自信なのか分からないが、満面の笑顔で断言されると、こちらもなんだか嬉しくなる。つまり、俺の料理の味に信頼が――――


「僕が今までマズいって思ったのは、生煮えのジャガイモとか腐りかけの肉ぐらいなんだねぃ!」

「……それは別の意味でマズいな」


 主に腹を壊すとか、そういう意味で。

 なんか、料理の腕云々じゃなくて、純粋に何でも美味しく食べられる系の人だったのかと、俺は地味に落ち込んだ。両肩に乗ったエンとスイが、ぽんぽん、と軽く叩いてくれるのが、ちょっとだけしょっぱく感じた。



§  §  §



「風属性? 不人気なんだねぃ」


 俺が賭ける属性と金額を聞いて、シャラウィは首を傾げた。どうしてその不人気属性を選ぶのか理解できない、といったところだろう。


「別に真剣に考えたとかじゃなくて、そうだったらいいな、ぐらいのものだからいいんだよ」

「ふぅん?」


 相槌を打ってはいるが、納得できないようで、シャラウィは彼の知る限りで風属性を持つ研究員を指折り数え、何やら考え込んでしまった。こういうところを見ると、やっぱりシャラウィも研究員なんだなと思ってしまう。ついさっきまで、ジンジャーシロップの炭酸水割りを飲んで子供みたいにはしゃいでいたとは思えない。

 なお、シロップと炭酸水の配合を変えて試飲したが、シャラウィの舌はまったく参考にならなかった。かろうじて、濃い薄いは判断できていたが、どれが美味しいかと尋ねても、全部美味しいで終わるのだ。料理を作る者としてはありがたいが、同時に張り合いがなくて困る。


「これ、また出してくれるのかねぃ?」

「うーん、どちらかというと女性向けと思って数量を減らそうと思ってたんだが、男性陣にも受けると思うか?」

「もちろんなんだねぃ。すっきりしてピリリと辛くて、食事のお供にしても全然問題ないんだねぃ。むしろ、女性向きなのが不思議なんだねぃ」


 あぁ、成程。味だけを考えたらそうなるのか。それはちょっと抜けてたな。俺にこれを教えてくれた人は、全然別の観点で女性陣を惹き付けてたから。


「ジンジャーは冷え性予防なんだとさ。冷え性は女性に多いらしくて、頭痛肩こり肌荒れ便秘足のむくみ……まぁ、症状は様々らしいんだけど、それを緩和させる働きがあるのが、このジンジャーなんだって」

「へぇ。それは確かに女性陣が食いつきそうな話なんだねぃ」

「考えてみれば、人間にとってはそう、ってだけで、魔族にも同じようなことが起きるかわからないんだよな。だとしたら、味だけで考えて――」


 突然、バン、と厨房の扉が開け放たれ、俺とシャラウィは同時に首をすくめた。


「話は聞かせてもらったわ!」


 勢いよく叫んだのはマルチアだ。その後ろに何故かシンシアもいる。あの二人って、仲良かったのか?


「えーと、マルチア? 何か用か?」

「肌荒れに足のむくみに効くというのはどれなの!?」

「あとー、便秘って言ってたよねー?」


 何か緊急事態でも発生したのかと身構えていた俺は、がっくりと脱力した。

 一応、あくまで人間向けの話だと前置いて、ジンジャーシロップの炭酸水割りを二人に渡す。すると、飲んだ二人は目をぱちくりさせた。


「何これ!」

「おいしい!」


 褒めてくれるのはありがたかったのだが、その先がいけなかった。詳しく語るのも疲れるので省略するが、結局、ジンジャーシロップからもう一度作り直しする羽目になった。

 女性陣は甘いものが絡むととんでもなく貪欲になると知ってはいたが、美容関連も同様だと心に深く刻み込む結果となってしまった、まる。



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