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14.俺、無関係を装う

 唐突で済まないが、人間、何度も厄介事に襲われると、自然と嗅覚が発達して、危機を避けることができるようになると思う。

 たとえば、俺がまだお邸で働いていた頃、奥様や旦那様、坊ちゃんの機嫌が悪いと、まず周囲に当たり散らしていた。そうすると、八つ当たりされた使用人は、よりカーストの低い位置にいる俺で鬱憤を晴らそうとしたりするわけで。何度か似たようなことを繰り返された結果、俺はヤバそうな気配がすると、仕事をしながら気配を隠すことを覚えたというわけだ。

 八つ当たり程度なら別に、と思う人もいるかもしれない。だが、考えてみて欲しい。お邸のトップに君臨する旦那様、奥様、坊ちゃんの三人が誰かに八つ当たりした場合、その相手が一人で終わることなどほとんどない。当たられた複数人が、全員俺で鬱屈を晴らそうとしたらどうなると思う? たった一人不機嫌になっただけで、俺にはその何倍もの影響が来るってことだ。あれ、おかしいな。俺、一応旦那様の血を引いてるはずなんだけどな。まぁ、認知されない愛人の子なんてそんなものだ。そのことについては、もう諦めはついてる。ただ、せめて他の使用人と同じ位置に居られれば、ということは何度考えたか分からない。


 まぁ、俺の生い立ちや境遇の話はどうでもいい。要は、厄介事の気配に対して、俺が他者より敏感に察知できるってことだ。


『ママ?』

「あー、うん。心配するな。大丈夫だから」


 胸ポケットの中のエンとスイを宥め、俺はせっせと寮の掃除をしていた。もうそろそろ夕食の仕込みに入りたいが、ギリギリまで移動するな、と俺の嗅覚(・・)が止めているのだ。

 第二研究所が騒がしくなったのは、昼食の片付けを終えた頃だった。ドヤドヤと何か大声で話しながら、足音もうるさく近付いてくる気配に、俺は研究室の掃除を途中で切り上げて寮の方へと移動した。こっちもまだまだ掃除のやりがいがある状況なので、仕事には困らない。埃だったり謎のシミだったりと汚れている通路をせっせと掃除していたが、離れた寮にいてもなお、たまに金切り声のようなものが聞こえてくる。


「それにしても、なんなんだろうなぁ」


 埃が定着してしまった窓の桟と格闘しながら呟けば、『風の精霊がいれば、音を拾えたのですが』とスイが落ち込む。


「気にするな。お前達がいてくれて助かってるから」


 エンとスイは掃除でも活躍しているのだ。スイがいればいちいち水を汲みに行かなくても済むのは言うまでもないが、熱を加えることで汚れが拭き取りやすくなったりもするのだ。


「アンタ、こんなところに居たの!?」


 声のした方を振り向けば、マルチアが俺に向けて人差し指を突きつけていた。


「こんなところに、って掃除をしてただけなんだけどな」

「フロアの掃除をしてたと思ったのに、いつの間にか姿が見えなくなってたから、持ってかれたのかと思って主席が心配してたのよ」

「持ってかれたって、俺は備品か何かか?」

「第一の奴らが来て、無属性の魔晶石をありったけ出せって喚くもんだから、てっきりあれは陽動で、アンタのことに勘付いたのかもって思って」


 あの、マルチアさん……。できれば俺の自虐的な備品発言を否定して欲しかったんだけどな。


「……ったく、いつかは漏れると思ってたけど、予想以上に早いのよね」

「漏れるって、俺の話が?」

「そうよ。第一の奴らは、自分じゃ大した研究もしないくせに、予算とか他人の成果とか奪うのだけは熱心なんだから。今回だって、無属性の魔晶石は第一で使うのが当然、って感じで来るから、本当に頭に来るわ」


 そうか、奪うのは食材だけじゃないのか。なんていうか、そういう環境だから、あのコックも躊躇や遠慮がないんだな。あぁ、なんか納得した。


「第一研究所の人達は、まだ居座っているのか?」

「そうよ。主席やジジさんが応対してるけど、全然帰ろうとしないの。やんなっちゃうわ」


 困ったな。そろそろ夕食の仕込みに入りたいんだが。


「だから、アタシが来たのよ」

「うん?」


 どうやら、マルチアはミモさんの指示で俺を探しに来ていたらしい。


「アタシの得意なのは風魔法だから、足音や匂いといった気配を消すのはお手の物なのよ」

「つまり?」

「アンタを厨房に連れて行けって。普通、研究員は他所(よそ)の厨房なんて入らないし、安全だろうから」


 マルチアの説明によれば、無属性の魔晶石を手に入れるために、研究員のプライベートスペース――つまり、この寮にも入りかねない勢いだということだ。なんとはた迷惑な。

 俺はマルチアに手を引かれ、厨房へと歩く。俺とマルチアの周囲に風の結界とやらが張られているらしいが、まったく分からない。


「あと、精霊はできるだけ使わないで隠しておいて」

「理由を聞いてもいいか?」

「精霊がいることがバレても厄介だから。力を使うとバレる確率が上がるの。言っておくけど、奴らにとっちゃ、精霊も魔晶石と同じだから」


 誰かと契約していようがお構いなしに持っていかれるわよ、と忠告され、俺はちらりと胸ポケットの中を窺った。エンとスイが少し怯えたようすでコクコクと頷いているところを見ると、二人も危機感を感じているらしい。

 本当は今日もエンとスイに夕食の支度を協力してもらおうと思っていたんだが、無理そうだな。まぁ、自力でできないことはないので、久々に自分一人でこなすのも悪くない。


 厨房に無事到着した俺は、エンとスイにポケットの中にいるよう言い含めてから、気合いを入れるように腕まくりをした。


§  §  §


「なるほど。勉強になるな。さすがマルチア」

「ちょっと、『さすが』ってアタシを何だと思ってたのよ!」


 夕食の片付けと朝食の仕込みをする俺の隣にいるのは、本人曰く「貧乏くじを引いた」マルチアだ。

 どうやら粘り強いのが二人ほど研究室に居座っているらしく、俺は万が一にも存在を知られないようにとマルチアによって護衛されている。護衛と言っても、相手がこっちに来そうな気配を察知したら逃げたり隠れたりするだけだが。

 で、単に座っているだけで暇そうだったので――片付けの手伝いは断られたので――アウグスト殿下を取り巻く情勢についてちょろっと尋ねてみたら、すごくわかりやすく説明してくれた。正直、意外だった。もっとこう、殿下愛に溢れて身のない説明が続くんだと思ってたのに、簡潔にまとめて教えてくれたんだよ。ほんと、びっくりだ。


「だから、殿下としては、成功し過ぎてもいけないけど、かといって足下をすくわれてもいけないのよ」


 その絶妙な加減をしているからこそすごいんだと、マルチアの殿下賛美が始まる。なるほど、最初に重要なことを言って、後から絶賛するパターンだったか。俺は心の耳栓をした。


――――マルチアの話をまとめると、後継者は第一王子と確定したわけではないらしく、まだアウグスト殿下が次期王位――いや、次期魔王と言った方がいいのか――につく可能性はあるようで、権力トップにしがみつきたい方々の暗躍とか根回しとか色々あるらしい。殿下と第一王子の仲は悪くないらしいが、何しろそれぞれの支援者が二人を近付かせたがらないので、そこはマルチアにもよく分からないんだとか。

 それで、第一王子をトップに頂く第一研究所は一方的に第二研究所を敵視するだけでなく、自分たちより格下だと勝手に位置づけてあれこれ高圧的にやらかすんだとか。そこには万が一第二研究所が成果を上げれば、相対的に第一研究所の評価が下がり、連鎖的に第一王子の評価も下がるという考えもあるんだろう。

 あとは、アウグスト殿下が最近、過剰魔力の副作用もなく元気なことも、第一王子の陣営を焦らせているらしい。副作用を理由の1つに挙げて、トップに相応しくないと言っていたらしいからな。


「殿下は、王座に就きたかったりとかするのかな」

「はぁ!?」


 思わずこぼした小さな呟きを、アウグスト殿下エンドレス賛美祭を絶賛開催中だったマルチアが拾い上げた。


「アンタ、何を勝手に殿下の心中を慮ろうとしてるわけ!?」

「いや、他人の心情を慮るのは別に悪いことじゃないだろう?」

「アンタごときに殿下の深謀遠慮を察しようなんて、無茶にも程があるわよ! せいぜいペンペン草の一生にでも思いを馳せてなさい!」


 なんか、すごい酷いことを言われてる気がするんだけど。え、俺ってそんなに他人のことを思いやれないのか? 鈍感だったりするのか?


「アンタなんかが殿下の考えることを知ろうなんて無理だし無茶だし無謀にも程があるわ。せいぜい自分ができることだけを考えてなさい」


 あ、違う。これ、マルチア流の励ましだな。相変わらずツンツンしてわかりにくい。余計なことを考えず、自分のできることから進めていけって忠告だ。


「マルチアは……」

「なによ」

「もうちょっと自分の考えを素直に表現できれば、もっと可愛くなるんだろうに」

「はぁ!?」


 はい、二度目の「はぁ!?」いただきました。詰め寄ってくるマルチアの眉間の皺が深いし、何よりこっちに向けられた角が怖い。


「アンタなんかに言われる筋合いはないわよ! もうあいつらも帰ったから、アタシも帰るわ!」

「え。もう帰ったのか?」

「殿下が戻って来たのよ。あの程度の小物、殿下に楯突けるはずもないでしょ」

「お、おぅ……」


 相変わらず清々しいほどの殿下至上発言。聞いてるこっちも、なんだかさっぱりする。


「マルチア、ありがとな。厨房についててくれて」

「べ、別に、アンタのためなんかじゃないんだからねっ!」


 いつもと変わらずツンツンしてるマルチアを見送り、俺は、大きく息を吐いて壁に寄りかかった。


「なんつーか、無駄に気ぃ張って、疲れたな」

『ママ、大丈夫?』

「あぁ……、って、エン?」


 俺は慌ててポケットを覗き込んだ。目を閉じて眠っているようすのスイの隣で、エンが大きく手を振っている。

 ポケットからエンを引っ張り出し、手のひらに乗せて、俺はじっとエンを凝視する。


『ママ? 何か変?』

「エン、お前、しゃべるの上手になってないか?」


 拙かった口調が、随分と流暢になっている。もたもたと喋る様子は可愛くてささやかな癒しでもあったんだが、まぁ、成長の証だからいいのか?


『ママの中から、力をもらったの。だから、かな?』


 こてり、と首を傾げる様は、やっぱり可愛い。そういえば、先日、二人目の火属性の精霊は生じないって話を聞いたばかりだったな。俺の中に溜まってく火属性は、こうしてエンが吸収してくれるってことか。


「うん、ありがとうな」

『ママ、どうしてお礼?』

「だって、エンが俺の中に溜まってく火属性を吸い取ってくれるってことは、またあんな苦しい思いをして吐き出さなくて済むってことだろ?」


 すると、何故かエンは考え込むように両腕を組んだ。そして、徐に俺を見上げる。


『ママ、苦しかった?』

「うん?」

『エンが出るとき、苦しかったの?』


 エンの問いかけの意図が分かり、俺の中に猛烈な勢いで「うちの精霊()は本当にいい子過ぎる!」と叫びたくなる衝動があふれ出す。これはさ、あれだよな。自分が出てくるときのことを謝ろうとか、そういうやつだよな。やばい、涙が出そう。


「苦しかったよ。でも、いいんだ。そのおかげでエンと出会えたわけだろ?」

『でも……』

「気にするな。あー……でも、どうしても気になるっていうなら、今後もそうやって俺の中の属性ってやつを吸い取ってくれるか?」

『うん!』


 コクコクと勢いよく頷くエンを、俺はポケットの中のスイを起こさないように気をつけながら、それでもできる限り激しく頬ずりをした。不思議と熱くない。ぽかぽかしている程度のものだ。もちろん、これはエンが俺に危害を加えないように制御しているおかげだ。うん、うちの精霊はやっぱりいい子!


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