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13.俺、母上になる

「え、本当ですか?」

『おぅ、期待しとけよ、お前っち』


 朝の魔力測定を終えたところで聞かされた内容に、俺は小躍りしそうになった。

 殿下の余剰魔力を吸い取るのに、1つの寝台で寝なくてもよくなりそうだ、なんて聞かされたら、そりゃ浮かれるだろ。たとえ相手が眉目秀麗(イケメン)で包容力抜群でも、相手は男なのだ。寝台が狭いわけでもないのに、余剰魔力の受け渡しのために密着せざるを得ないなんて苦行だろう。相手は男なんだから。大事なことなので、何度だって言う。相手が柔らかふにふにでいい香りの女の子ならともかく、がっしり鍛え上げられた体躯をお持ちの男性なのだ。


『接触時間を短くしても問題ないぐらいに落ち着いているからな。一日数回の握手やハグ程度でも、お前っちがしっかり吸い取れるか様子を見てからだぜ?』

「あぁ、段階を踏まなきゃいけないのは問題ない。むしろ、安全策をとるなら当然だろ」


 殿下の御身は一つだけなんだ。そりゃ、当然の考えだろう。まぁ、それと同時に、殿下に不便を強いているであろう今の状況も、改善しなきゃなんないんだから、大変だ。


『もちろん、離れた場所でもお前っちに余剰魔力を渡せるようにする魔道具の開発は続けるけどな』

「あぁ、期待してるよ。その開発はミモさんがやっているのか?」

『シンシアみたいなのに任せるわけにゃいかねぇよ』


 そのネズミ氏の言葉に、俺は胸をなで下ろした。最近では慣れて来てしまっているとはいえ、この首輪を付けて日々を過ごすのは、その、なんというか、精神的ダメージがじわじわと……。


「あぁ、良かった。やっぱり、いい寝台でも誰かと共用してるって時点で、じわじわとストレスが溜まるもんなんだよ。もちろん、殿下の方もそうだろうけどさ。繊細さを持ち合わせてない俺が、もやもやするぐらいなんだから……?」


 俺はネズミ氏への感謝の言葉を切って、自分の胸に手を当てた。なんだか胸のあたりがムカムカする。というか、ちょっと体温下がってないか? それとも、俺の手のひらが温かいのか?


『どうした?』

「いや、ちょっと、うん、体調崩したのかな、なんか気持ち悪くて、吐きそうな感じが……」


 冷や汗がじわりと湧き出る。これはもしや、便所に行って吐いてしまった方がスッキリするんじゃないか?


『おい主! ミケっちが出産するぞ!』

「はぁ!?」


 出産ってそんなバカな、……いや、確かに、これはエンが飛び出してきたときにも似て――――


「んぐっ!」


 突然襲ってきた寒気に、俺は両腕で自分を抱きしめる。なんだ、この寒さ。誰か実験に失敗したとかか!?


『主ぃ! こっちだこっち! 見逃すな!』


 ネズミ氏は大声でミモさんを呼んでいる。というか、何気に酷いことを言っている気がする。だが、それどころじゃない。俺の胸の奥では、氷のように冷たい何かがぐるぐると渦巻いて、俺の寒気に拍車をかける。

 ちょっと待て、これ、凍死するやつなんじゃ……?

 とうとう立っていられなくなった俺が、膝をつく。だが、誰かが俺の肩を支えてくれた。ありがたい、研究室の床は俺がせっせと掃除してるとはいえ、変な液体とか諸々で汚れてたこともあるから、倒れ込みたくはない。


「おぶぉろろろろろっ」


 安酒を痛飲した後のように、俺はせり上がってきたものを吐き出す。やべー。後で掃除しないと。


「おぉ!」

「すっげー!」


 いつの間にか集まっていた研究員たちが、なんだか騒がしい。全部吐き出してすっきりした俺は、目に溜まっていた生理的な涙を袖で拭き、顔を上げた。


『母上―っ!』


 ぴちょっとほっぺに感じる、ひんやりした感触が気持ちいい。いや、そうじゃなくて。


「あー、やっぱり次は水属性だったか。シンシアが吸わせ過ぎなんだよ」

「ちょっとー、あたしだけじゃなくない? 水属性なら他にもさー」

「次はどの属性だろうなー。また殿下の火か?」

「こうなると全属性揃ってるの見たくなるよな」


 あぁ、研究員ってほんっと他人事だよな。俺、死ぬ気で吐き出してるってのに。


『ママー、ダイジョブ?』

「あぁ、ありがとう、エン」


 癒されるなぁ。エンは本当にいい子だ」


『母上?』


 俺は頬にしがみついていた精霊を手のひらに載せた。フォルムはエンと同じく幼児のような3頭身の人型。違うのは、薄い水色をしていることと、エンみたいに拙いしゃべり方じゃないところか。


「あぁ、君は水属性の精霊ってことでいいのか?」

『そうです。母上の身体の中で、外に出られる日を心待ちにしていました』


 なんだか、しっかりしてるな。シンシアが水属性が強いみたいだけど、性格はシンシアに似てないし、すぐに俺の身体に戻りたがっていたエンとも違って自立心旺盛だ。


『あまり力を蓄え過ぎると母上の身体が保たないので、少し早めに出てしまいましたが、大丈夫でしたか?』

「……あ、あぁ、大丈夫」


 いや、いま聞き捨てならないことがあったんだけどな! 俺の身体が保たないって、どういうことだよ!


『母上、僕に名前を貰えませんか?』

「そうだな。じゃぁ、スイでどうだろう」

『ありがとうございます』


 水の精霊スイとしっかり契約したところで、俺は一連の流れをしっかり見物――観察?――していたミモさんに向き直る。


「ミモさん、もしかして、俺の中に精霊が居座り続けると、大変なことになるってことですか?」

『否定はできねぇが、あまり心配しなくてもいいってよ』


 代弁者のネズミ氏の言葉に俺は首を傾げる。


『その水の精霊の言うように、あんまり居座り続けると、お前っちの身体は壊れるんだろうぜ? だけどな、エンのときを思い出してみろよ』

「って言われても」


 同じように苦しい思いをして吐き出したことしか覚えていないいだが。


『エンは出るつもりがなかったのに、出ただろ? 生まれた精霊の意思は関係ねぇ。ある程度になりゃ、自動的に吐き出すようにはなってんだろーぜ』

「なるほど……?」


 確かに、エンが戻りたがっていたってことは、エンにとって外に出ることは不本意だったんだろう。それでも出てしまったのなら、ネズミ氏の言うように、ある程度になれば、自動的に外に出るのか。


『まぁ、進んで母体を壊すよーな真似は、誰だってしねぇよ』

「母体言うな」


 というか、今回、だれも教えていないのに「母上」呼びなのはどういうことなんだよ!



§  §  §



「おぉー、すごいな、スイ」


 茹でた薄切り肉は、スイの出した冷水であっという間に熱が取れた。なんて便利なんだ。


『この程度であれば、朝飯前ですよ、母上』

『ママー、エンモ、ナンカ、テツダウ!』


 張り合っているのか、張り切っている様子のエンには悪いが、今日の昼食にはエンの出番はない。


「そうだな。今日は後でちょっとした焼き菓子でも作ろうか。そのときは、エンが手伝ってくれるか?」


 俺の提案に、こくこくと勢いよく首を縦に振るエン。あぁ、癒されるなぁ。

 料理に火は欠かせないし、そこに頑張れば氷も作れるというスイまで加わって、おさんどんは随分とレパートリーが増える。ここぞとばかりに殿下が料理本をくれたしな。明日は水菓子に挑戦してもいいかもしれないな。


「そういえば、エンやスイがいた俺の中って、どうなってるんだ?」


 相反する属性は反発しあって暴発するとかいう話も、確か研究員同士の口論のときに聞いたし、まさか俺の中に属性ごとにきっちり分けた仕切りとかあるわけもないし、……なんだか不安に思って口に出すと、エンとスイが顔を見合わせた。


『グルグルデ、ウニウニナノ!』

『強いて言うならば、創世の頃に世界の素となった混沌のようなものでしょうか』


 なんだろう。二人の発言が不穏にしか聞こえない。特にスイは、その知識はどこから来るのかと尋ねたい。


「ちゃんと聞いたことはなかったけど、エンやスイは精霊として生じたときから、なんていうか言葉とか、色々な知識があるよな? どうしてなんだ?」


 すると、二人はまた顔を見合わせた。張り合っているから、仲が良くないのかと心配したけど、こうして見ると、そんなことはないようだ。


『ミンナ、ツナガッテルヨ?』

『世界についての知識は共有していますが、閲覧権限があると言いますか……』


 昼食の支度が一段落したのをいいことに、詳しく話を聞いてみると、どうやら精霊はその属性に関わらず、知識は根っこで繋がっているらしい。ただ、どこまでその知識を見ることができるのか、というのは、精霊としての格によって制限されているのだとか。

 え、この話って、俺が知ってて大丈夫なのかな。


「いや、全然大丈夫じゃないからな」

「あ、エンツォ。昼食か?」


 どうやら俺たちの話を聞いていたらしく、何やら頭痛を堪えるような仕草で厨房の入り口に立っていたのは、エンツォだった。その大きい図体にも関わらず、魔族偽装した俺と同じぐらいの――とても他人に危害を加えなさそうな――角の大きさには、安心感がある。


「今の話、一応ミモさんに上げとくぞ?」

「エンツォがそう言うってことは……」

「初耳だ。ミモさんレベルなら知った話なのかもしれないが、上げとくに超したことはないからな」

「そうなのか……」


 何やら精霊という存在の根幹に関わる話だったらしく、苦労性のエンツォは頭痛がする思いだったようだ。


「なんか、すまん。あぁ、皿に盛るから、ちょっと待ってくれ」


 茹でておいた麺をさっと水で洗い、皿に盛ると、茹でた薄切り肉と野菜をその上に乗せて、最後にセサミをふんだんに使ったソースを掛けた。今日は少し蒸し暑いので冷製パスタだ。研究室は空調が効いているから、あまり関係ないけど。


「たぶん、ミモさんのことだ、根掘り葉掘り聞いてくると思うから、頑張れ」

「お、おぅ?」


 そういえば、スイが飛び出したときも、目を輝かせて観察していたっけ。ミモさんの研究って、精霊と深く関係があったりするのかな。


「いや、違う」


 エンツォに尋ねてみれば、精霊とは直接関係ないジャンルらしい。ちなみにミモさんの研究内容を尋ねてみたけど、さっぱり分からなかった。魔道具製作における魔力循環の効率化とその障害となる通魔時のロスの回避のためのスマートグリッドの構築云々……って言われても、何がなんだか。とりあえず、魔力を無駄なく使うためにどうすればいいかって話らしいけど。


「なんていうか、やっぱり国で運営してる研究所なわけだし、みんなすごいんだろうなぁ」


 昼食を乗せたトレイを手にしたエンツォを見送った俺は、なんだか場違い感というか劣等感というか、疎外感に近い感情に打ちのめされていた。いや、人間と魔族、って時点でアウェーなのは分かってるんだけど、やっぱり、お邸で使い潰される予定だった俺とは、全然違うんだよなぁ。

 汚い寮とか、散らかされた通路とか、隅に埃の溜まった研究室を思うと、そうは見えないんだけどさ。


『ママモ、スゴイ!』

『そうです。母上も掃除・洗濯・料理と幅広くこなしています』

「ありがとな」


 ちょっと落ち込みそうになっただけなのに、ちゃんと励ましてくれるエンもスイもいい子だよなぁ。あぁ、癒される。


「でも、まだ増えるんだろうなぁ。研究員たちの予想だと、殿下のおかげで次もまた火属性っぽいけど」


『ママ、ヒノセイレイ、エンダケ!』

『エンの言う通りです。新たに火の属性が(こご)っても、火の精霊は生じません』

「え? どういうことだ?」


 もしかして、また精霊の存在の深淵を覗き込むような話なのかと、ちょっと腰が引けながらも詳細を促す。

 エンとスイが交互に説明してくれたことによると、どうやら基本的に精霊の生じるスポットには1つの精霊しか生じないらしい。たとえば火山口に火の精霊が生じると、そこはその精霊の司る場になり、そこから何度噴火をしても、その火の精霊の力になるだけで、新たな精霊は生じないんだとか。もちろん、同じ山でも別の火山口が出来れば話は別だが。水の精霊についても同じで、泉の湧き出るスポットなどで一度精霊が生じたら、2人目以降は生じないらしい。もちろん、何らかの理由で一人目がその場所を離れた場合は、2人目が生じるらしいが。


「そうすると、俺っていうスポットに、エンとスイの二人が生じたことになるんだけど、それはいいのか?」

『属性が異なるため、共有という形になっているようです。非常に稀な例ですが、複数属性のスポットというのもありますので』


 スイは火山の噴火で火の精霊が生じ、噴火口が閉じて雨水などがたまれば水の精霊が生じることもあるという話をしてくれたが、そもそも噴火口が閉じるとか、よく分からない話だったので、一応納得したような相槌だけは打っておいた。いや、普通に暮らしてるだけなら、火山とか噴火口とか縁がないよな?


「色々と教えてくれてありがとうな。俺も頑張って勉強して、エンやスイのことを理解できるようになっておかないとな」


 俺から生じたとは思えないぐらい良い子な二人の頭を撫でると、なんだか心が穏やかになる。

 だが、そんな平和な時間は、駆け込むようにやってきたミモさんの怒濤の質問攻撃にあっけなく終了を告げたのだった。


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