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12.俺、仕返しする

 シンシアの作った首輪のおかげで魔族っぽい外見に見えるようになった俺は、第一研究所の人が来ようが逃げ隠れする必要がなくなりましたとさ(※前回のあらすじ)。


「へっへっへっ……」

『ママ?』


 おっと、エンを怯えさせてしまった。悪い悪い。

 俺は目の前の上等な肉を前に、ニヤニヤが止まらない。これまで散々ここの食材を我が物顔で荒らしていった第一研究所のコックに仕返しができるかと思うと、そりゃもう……


『ママ、かお、わるい』


 うん、たぶん人相が悪いと言いたいんだろうけど、エンの(つたな)いしゃべり方は、たまに俺の心を抉るな。


「しばらくエンに手伝ってもらうことはないから、ここで休んでな」

『はーい』


 俺の胸ポケットに入ってごそごそするエンに癒されながら、俺は再び手を動かす。

 ここまで来るのに、どれだけの辛酸を嘗めたことか。第一研究所のコックの顔を思い出せば、そりゃもう殺意しか湧かない。こっちがしっかり食材の在庫管理をしてるっていうのに、勝手に持ってくし勝手に置いてくという横暴ぶり。苦情を言っても「次期魔王の管理する第一研究所の命令に逆らうつもりか」と虎の威を借る狐っぷり。さらにうちの食材注文書を書き換えて高額食材を第二研究所の予算で買わせるとかいう離れ業には、長年お邸で虐げられていた俺も顎が外れるかと思った。わけわかんねー。

 なお、ミモさんの指示によって、コックがうちの氷室に出入りする様子は魔道具で記録されているし、注文書の改竄についても誰から連絡があって注文内容をどう変更したのか納品業者にウラを取ってるし、食材を勝手に持ち出したり放置することに苦情を入れた際の反論も録音されている。ちょっとミモさんが怖かったのはナイショだ。まぁ、ミモさんもご立腹なんだろう。ようやく殿下の「そろそろやってよし」のゴーサインが出たので、地道な証拠集めも報われるというもんだ。俺が来る前から証拠集めはやってたみたいだし。


「はっはっはーっ! 第一研究所のコック様なんだから、この調理法ぐらい知ってるだろうな?」


 俺がやっているのは、勝手に第二研究所の予算で買わされた高級肉をとある葉っぱで包む作業だ。この葉で(くる)んで置いておけば、どんな固く筋張った肉でもとろとろになるのだ。もちろん、ちょっと難点もあるが、対処法を知っていれば大した問題じゃない。


「どっちかっつーと、庶民の知恵的な調理法なんだけどなー? まぁ、天下の第一研究所のコック様だし? 知らないはずはないよなー?」


 食材の納品時にこの肉の存在を確認し、速攻でミモさんに許可を取り、仕返しのこの下準備に至っている。いつ第一研究所のコックが取りに来るか分からないので、結構、時間勝負かもしれない。

 包み終えた肉を氷室に戻し、俺は本日の昼食の下準備に取りかかる。今日はちょっと冷え込んでいるから温かい麺類だ。麺はもう寝かせてあるから、具沢山の汁を作るだけと簡単なものだ。

 無心で根菜を乱切りにしていると、どすどすと聞き覚えのある足音が近づいて来るのに気付いた。


「おい! こっちに発注ミスの肉があるだろう! うちで使ってやるから、すぐに出せ!」


 はい来ましたー。第一研究所のコック様、名前は忘れた。アンタどんだけ味見好きなん?って感じの丸い体型の魔族だ。

 そもそもね、どうして発注ミスの肉があるって知ってるのか、っていうのは、もうツッコむ気力もないよ。どうせ隠す気もないんだろうし。

 だが、今日の俺は演技派だ。


「発注ミスの肉ですか? それならもう、割り切って使ってしまおうと思って、下拵えを終えたところです」

「なんだと! 貴様、何を余計なことをしとるんだ!」

「えぇ……!? 余計な、と言われましても、発注ミスとはいえ届いてしまったものですから、使わなければ勿体ないでしょう?」


 なお、以前「発注ミス」で届いた品を返品したところ、こいつが謎のゴネ方をして、最終的に何故かうちの氷室からごっそり食料を持ち出される、という悲劇があったらしいので、返品という選択肢は既にない。


「ふざけるな! いいからすぐに出せ!」

「は、はい」


 俺の役どころは、気弱な料理人だ。これまでも、目に見えるような反論や抵抗はしていないので、きっとそう思い込んでいるに違いない……というのはミモさんの言だ。


「こちらですけど……」

「はっ、この葉っぱに包んだ程度で下拵えとは笑わせる。こんなもの……くさっ! なんだこれは!」


 この葉っぱで肉を包む欠点がこの臭いだ。独特のカビにも似た青臭さは葉っぱから肉に移ってしまい、このまま焼くと、悪臭が厨房中に充満してとんでもないことになる。もちろん、悪臭を取り除く方法はちゃんとあるので、問題ない。


「なんだと言われましても、俺の出身地じゃ、肉はこうして下拵えしてましたんで……」

「この田舎者がっ! なんてことをしてくれたんだ! これじゃとても使えないではないかっ!」


 ガッと振り上げられた拳が、俺の頬を捉える。もんどりうって倒れた俺の胸ポケットから、エンが飛びだそうとするのを慌てて押さえた。


「くそがっ! こんな肉使えるかっ!」


 ぷりぷり怒りながら、コック様が出て行く。あー、たぶん慌てて別の食材調達しに行くんだろうな。


『ママー! ママー!』

「あぁ、悪い、エン。大丈夫だよ」


 ポケットから飛び出してきたエンは、俺の頬に抱きついてきた。


『おう、ミケっち、無事か?』

「あぁ、大丈夫。ただ、肉は持って行ってもらえなかったな、残念」


 強引に持ち帰って、第一研究所(向こう)で焼いて大惨事……というのが理想だったんだが、さすがにそこまで上手くはいかないか。


「これに懲りて、発注ミスを装ってっていう手法をやめてくれるといいんだけどな」

『別の手を考え出すかもしれねぇが、そんときゃそんときだな』


 なんだ、男前な発言だな、ネズミ氏。


『で、この肉どーすんだ?』

「今日の夕食かな」

『すげぇ(くせ)ぇぞ?』

「大丈夫大丈夫。臭いを取る方法はあるから」


 不思議なもので、この悪臭は肉を酒で洗えば落ちる。俺も最初にお邸の厨房で手伝ってるときに、この調理法の存在を知ったときはびびったもんな。でも、固い肉があれだけホロリとほどけるように柔らかくなるのを知って、さらに驚いたっけ。今回はいい肉なんで、そこまで劇的な変化はないだろうけど。



§  §  §



(やっぱり、睨まれてるなぁ……)


 研究室で研究員たちの邪魔にならないように、こっそりひっそり掃除をしていても感じるこの刺々しい視線。これが快感に感じられるようになればいいんだろうけど、さすがにそこまで達観したくはない。


(まぁ、仕方ないか。結局、アウグスト殿下と同衾が続いてるわけだし)


 殿下の迷惑にならないようにと寝袋までもらったのに、結局、元通りになってしまったことに、そりゃご立腹なんだろう。

 俺はちらりとマルチアの顔を窺った。うん、やっぱり睨んでる。

 たぶん、彼女としては、俺が一緒に寝ることで魔力過多による弊害がなくなったっていうのも分かってるだけに、複雑なところなんだろうな。

 そんな風に考えていたら、目が合ってしまった。すると、マルチアは親指を立てて、くいっと出入り口の方に向ける。あれは、廊下でO・HA・NA・SHIってことだろうな。無視した方が怖いので、俺は従うことにする。


「えーと、何か仕事でも……?」

「違うに決まってるでしょ」


 デスヨネー。うん、知ってた。

 マルチアは、俺の襟首を掴んで、ぐいぐいと引っ張る。抵抗したらそれこそ片手で持ち上げられるのが分かっているので、賢い俺は抵抗しないのだ。苦しいのやだし。

 それにしても相変わらず、凶悪な角だよな。後ろから見てるから、まだマシだけど、真正面からあの螺旋の角の先を突きつけられたら、正直それだけで縮み上がる。何がとか言わない。俺だって男なんだとだけ言っておく。


「ここらでいいかしら」

「っと」


 乱暴に開放されたので、俺は2、3歩たたらを踏む。恐れていた通り、真正面から対峙することになってしまったので、視線は頭の上が見えない程度に下げておく。あぁ、やっぱり出るところは出て、締まるところは締まったナイスな身体をお持ちで。


「アンタ、殿下に迷惑かけてないでしょうね?」

「えーと、迷惑ってのは……?」

「イビキとか寝相とか、あまつさえヨダレとか垂れ流していないかってことよ」


 人間、寝てるときのことまで覚えてないものなんだが。それとも魔族は覚えてるんだろうか? そう言えば、誰かが渡り鳥は頭の半分で寝てもう半分は起きた状態で飛び続けるとかなんとか言っていたような……。もしかして、魔族もそのクチか?


「なぁ、マルチア。俺が不勉強なだけかもしれないんだが、魔族って寝てる間も寝てなかったりするのか?」

「はぁ? そんなワケないでしょ?」

「うん、そうだよな。だったら、寝ている間のことは、俺には分からないんだが」


 前にイビキとかかいてないか殿下に尋ねたことがあったけど、曖昧に流されたし。


「そんなの、寝起きに確認できるじゃない」

「それは、殿下に確認しろってことか?」

「自分のイビキで起きちゃったとか、起きたら枕にヨダレが垂れてたとか、色々あるでしょ! 殿下に確認しても、あの優しい殿下が本当のことを仰るわけないじゃない!」


 優しい……。うーん、優しいというより、若干のSっ気は感じるんだが。まぁ、マルチアの見ている殿下と、俺の見ている殿下が違うのかもしれないけど。


「逆に、俺が殿下のイビキで起こされたり、殿下に蹴られたり、殿下のヨダレでべっちょりになってたり……とかは考えないのか?」

「殿下がそんなことするわけないじゃない」


 すっぱり断言されてしまった。

 うん、これでなんとなく分かった。マルチアは憧れの存在に対して都合のいいことしか考えないタイプなんだな。お邸にいたときにも、こういうタイプいたわ。熱狂していたとある人気役者は、トイレにも行かなければ屁もこかないし、ゲップもしないとか思い込んでるタイプ。いやいや、人間なんだから、そんなことありえないだろ。

 辛辣にツッコミを入れるのもいいんだが、まぁ、俺はマルチアと対立したいわけじゃないので、取れる選択肢は1つだ。


「そうだな。じゃぁ、殿下にお願いしておくよ。俺が寝ている間に失礼なことをしたら、口に布を突っ込むなり、簀巻きにしておくなり、対応して欲しいって」

「……別に、そこまでは」

「ん? だって寝てる間の行動は俺にはどうにもできないから、できる対処は限られるだろ?」

「そ、それもそうね。殿下はお優しいからそこまではしないと思うから、最初からロープで自分を縛ってなさい。あと、くれぐれも殿下の寝顔を鑑賞しようなんて不埒なことは考えないことね!」

「あ、すまん、それ無理。もう見ちゃった」


 するりと口をついて返事に、マルチアの顔がじわじわと赤くなる。

 あちゃー、これ失言だったな。でも、殿下の寝顔ってば破壊力すげーの。いつもあの深い緋色の瞳で威圧してるのか知らないけど、ちょっと畏怖めいたものを感じてるんだけど、目を閉じてるだけで、印象ってがらりと変わるんだな。怖さ激減の美青年が寝てるんだよ。俺の隣で。だからと言って、俺が新しい扉を開くことはないけど。


「べ、べつに……」

「ん?」

「うらやましくなんて、ないんだからねーっ!」


 あ、全速力で逃げた。なんていうか、そういうところがマルチアって可愛いよな。いちゃもん付けるために呼び出したのに、結局自分が逃げるところなんて。

 俺はマルチアが逃げ去ってから、落ち着いて深呼吸とストレッチをして、ついでに20ぐらい数えてから研究室に戻った。時間差で戻れば、少しはマルチアも落ち着いているだろう、と思ったんだが。


「ねーねー、ミケってば、マルるんに何したワケー?」

「何もしてないんだけど」


 シンシアにウザがらみされた。解せぬ。

 いわゆる男女のアレコレがあったんじゃないかと邪推するシンシアは、見かねたミモさんに注意されるまで、俺に絡んでいた。

 というか、どう考えてもマルチアは「マルるん」なんてキャラじゃないだろ。シンシアのセンスは理解不能だ。



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