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11.俺、パパを得る

「なるほど、それが火の精霊か」

「なんか、俺以外が触るとちゃんと熱いらしいんですよね」


 仮眠室で寝る前に、アウグスト殿下に紹介する。いや、だって、一緒に寝て、こいつが殿下を燃やしちゃったらマズいじゃん。いや、ママの責任とか言うな。俺がママなんて断じて認めてない。


『ママ?』


 俺の手のひらの上で、こてん、と首を傾けて不思議そうにする火の精霊は、周囲が面白がって肯定したせいで、俺のことを「ママ」と呼ぶようになってしまっていた。ちくしょう。他人事だからって変なこと教えやがって。


「エン、この方は絶対に傷つけないように気をつけてくれるか?」


 俺の懇願に、エン――炎を表す言葉から直球で名付けた――は何故かぴょんぴょんと飛び跳ねる仕草で返事をする。どうも拙い言葉遣いのせいか、知能が幼児並みに思えるんだが、誰にでも見える&人型を取れる時点でそこそこ高位という話だった。頭でっかちの三頭身なので、全くそうは見えない。


『パパ! パパ!』

「は!?」


 エンが指差した先には、アウグスト殿下のきょとん顔がある。そう。事もあろうに、エンは殿下を指差して「パパ」とのたまったのだ。


「待て、エン。どうしてそうなる!」

『ママ、パパ、エン、ウマレタ!』

「すまん、さっぱり言いたいことが分からない」


 俺の理解力が足りないのか、それともエンが余りに言葉足らずなのか。原因がどちらにあるかは置いといて、言わんとすることを理解してくれなかったと、エンがぷくっと頬を膨らませた。


「これはもしかして――」

「殿下?」


 なんと、殿下は今の言葉で分かったのか! 俺はいつにも増して尊敬の眼差しで殿下の言葉を待つ。


「いや、あくまで仮説の段階でしかない。検証のためには……ふむ、確かお前に誰がどのぐらい魔力を与えたかは記録してあったな?」

「はぁ……、無属性の魔晶石を公平に分配するためにって、ミモさんの指示で全部記録を付けてるはずです。あ、不可抗力で俺が吸っちゃったらしい分は、さすがに分かりませんよ?」


 研究員間で一触即発の状態のときを筆頭に、本人が無意識に垂れ流している分を俺が吸ってしまったらしい魔力なんかは、記録には残っていない。まぁ、あんな状態だと、誰の魔力がどのぐらい空気中に漂っていたかなんて調べる方法もないんだろうから仕方ない。


「ならば、検証は可能だな」

「? 結局、どういうことなんでしょうか?」


 手のひらのエンをあやしながら、俺は殿下に尋ねる。気さくな殿下は、その仮説を惜しみなく披露してくれた。


「本来、魔力には属性が帯びるのが当たり前だ。お前はそれを無属性にしてしまうらしいが、では、その属性がどこへ行ったのか不思議ではなかったか?」

「あー、確か、誰かがそんなことを言っていたような気が……」


 エンツォだったか、ジジさんだったか、そこらへんがそんなようなことを口にしてたはずだ。あれ、ミモさんだっけ? いや、ミモさんだったら、ぞわぞわした感覚とセットで耳に入るはずだから、しっかり覚えてるはずだ。


「お前が属性の濾過(ろか)装置の役割をしていると仮定すれば、自ずと見えてくる話よ」

「ろか……?」


 俺の残念な脳内辞書には「ろか」という言葉がそもそもない。無教養とか言わないでくれ、日々押しつけられる仕事をこなすのに必要ない単語なんて、知っているはずがないだろう。


「濾過というのは……そうだな、料理をする際に、ザルを使うことがあるだろう?」

「そうですね、茹でた麺を湯切りしたり、野菜を洗ったりするときに使っています」

「ザルを通り抜けたものが無属性の魔晶石、ザルに残ったものが属性と考えよ」


 つまり、麺の茹で汁が魔晶石で、麺が属性ってことか?


「同じ作業を繰り返せば、ザルはどうなる?」

「あふれますね」

「溢れた結果がその精霊――エンだ」


 殿下に指差されたエンは、何を思ったのかやたらとはしゃいでいる。何を考えているのかさっぱり分からない。


「えーと、注がれた魔力が俺の中で属性と魔力に分かれて、魔力は無属性の魔晶石になって、属性がこうなったと?」

「そうだ。理解力は悪くないな。よいことだ」


 いやいや、頭を撫でられても嬉しい年齢じゃないぞ。いや、嬉しくないかと言われれば、殿下に褒められたことは嬉しいけどさ。


「殿下からもらった魔力は火属性が強いから、火属性の精霊になって俺から飛び出したっていうことですか?」

「うむうむ、賢い賢い」


 意地でも「生まれた」という言葉を使わないようにして確認すると、またさらに頭を撫でられた。俺、殿下から見るとちっちゃい子供なのかな?


『パパ! エン! ナデテ!』

「おぉ、そうかそうか。撫でて欲しいか」


 俺の手のひらで両手を広げてアピールするエンを、アウグスト殿下は寛大にも撫でている。いや、寛大にって言うよりは、面白がっている感じだな。どちらにしても、殿下にも危害が加わらないみたいなので、そこに関しては一安心だ。


「オレの立てた仮説については、あとでミモに検証させることにしよう。また火の精霊が生まれるかもしれんし、別の属性の精霊()かもしれぬがな」

「……」

「なんだ。不景気な顔だな」

「いや、エンが出てくるとき、結構苦しかったんで」

「ふむ……」


 殿下はまじまじと俺の顔を見つめた。顔立ちの整った殿下に見つめられると、なんだか気恥ずかしくて困る。


「産みの苦しみというのは、そういうものではないのか?」

「産んでないです! 吐き出してるだけですから!」


 俺の言葉に、大口を開けて笑った殿下は、「なるほど、引っかかっているのはそこか」とバシバシと膝を叩いた。


「普通、男なのに『ママ』って呼ばれても微妙だと思います」

「道理だな」


 そこは同意を示してくれる殿下だが、その目は諦めろと言っている。まぁ、エンに定着してしまったのは、たぶんもう戻せないのは研究員たちに聞いた。精霊と契約するときは、最初が肝心なんだっていう経験談とともに。

 だから、それを知っていながら、どうして俺の「ママ」呼びを推奨したのかなぁ……!



§  §  §



『ママ! ここ?』

「あぁ、頼むよ」


 結論、エンはとっても良い子でした、まる。

 エンが出て来たときは、どうなることかと不安になったもんだが、殿下に失礼はしないし、調理場で食材を指定通りに炙ってくれるし、ゴミも燃やしてくれるし、暗い場所で明かりになってくれるし、結構いいこと尽くめで嬉しい。

 今も鶏の手羽肉を炙っていい感じの焦げ目を作ってくれている。もちろん、オーブンだけでちゃんと火は通っているんだが、こういう焦げ目による食感って、侮れないんだよ。食べるときに皮がパリッってしてた方が美味しく感じるだろ? そういうことだ。

 主席研究員であるところのミモさんによると、殿下が披露した仮説は信憑性が高いってことで、次に俺から出て来るのは――くどいようだが、決して『生まれる』んじゃない――同じ火の精霊か、水の精霊じゃないかという予測が立てられた。火はアウグスト殿下の、水は……シンシアが水属性が強いらしい。まぁ、注意を受けるまで結構作ってたし、今もちょくちょく作らされてるからな。それは納得だ。

 ミモさん――正確には代弁役のネズミ氏――が教えてくれたんだが、精霊というのは、相手が好意的で、かつ、こちらの提示した名前を受け入れた時点で、契約が結ばれた状態になるらしい。精霊と契約を結ぶのは、個人の資質に左右されて難しいものなんだそうだが、そもそも俺の中に(こご)った属性から生じる時点で、俺を親と認識するらしく、エンとの契約はスムーズに進んだ。

 ただ、今後も同じようにいくとは限らないため、身体に変調があれば、すぐに教えるように言われた。ミモさんが俺のことを心配してくれるんだ、と思ったけど、精霊が生じる瞬間をよく見たいだけなんだと、後でエンツォに教えてもらった。本当に俺の存在って軽いよな。


「よし! 今日の昼は完成だ!」

『カンセイダ!』


 真似っこ大好きのエンに癒やされた俺は、研究室の方へ顔を出す。昼食の準備が終わったら声を掛けるようシンシアに言われていたのだ。


「あ、来たんだしー?」

「いや、呼んだのシンシアだろ」


 俺がツッコむと、シンシアが「それもそーか」と頭を掻いた。なお、本日の爪は薄紫色だ。


「ってことで、これねー」


 シンシアは俺にとある物体を突き出した。これ、俺の認識が正しければ、なんだかよろしくないものな気がするんだが……。


「これ、って、首輪、だよな?」


 黒い皮のベルト状のものに、ちょっと厳めしい鋲が打ってある。もっとベルトが長ければ腰に装着するものだと胸を張って言えたんだが……。


「そだよー。はい、付けてー」

「いや、なんで首輪を付けなきゃなんないんだ?」

「え? だって主席の宿題だしー?」

「は? ミモさんが俺にそんな……って!」


 あの常識人なミモさんに限って、そんなことをするわけがない、と反論しようと思ったところで、シンシアは強引に俺の首にベルトを巻く。はっきり言って、犬とかに付ける首輪にしか見えないコレをどうしろと? 俺には特殊な趣味はないぞ?


「んー? 予想通り、かなー?」


 シンシアは俺を色々な方向から眺め、うんうん、と一人勝手に頷いている。


「はい、見てみてー」


 ぐいぐい押しつけられた手鏡は、まさか呪いの鏡とかやないよな? 随分と前にお邸で耳にした怪談が蘇り、背筋がぞわりと粟立った。

――――あれは、鏡の中の自分とジャンケンして勝った話だったか。いや、夜中に鏡を覗き込んだら、誰もいない筈の後ろに血みどろの女が映って、慌てて逃げるが、鏡という鏡に血みどろの女が映るようになり、しかもだんだんその女が近づいてきて……


「いや、この鏡、変だろ」

「変じゃないよー?」


 鏡を覗き込むと、何故か俺が映っていなかった。その代わりに映っているのは、研究所では見たことのない魔族の男。何やら疑わしいことがあるようで、鏡の向こう側からこちらをじっと見つめている。


「うわー、自分を見つめちゃったりして、ちょーキモー」

「はぁ!?」


 俺は隣ではやし立てているシンシアに向き直った。聞き捨てならない。俺は断じて自己愛陶酔者じゃない!


「だーかーらー、それ、ミケだって」

「どういうことだ?」

「ミケを魔族っぽく見せるチョーカーだっての」


 シンシアの説明に、俺はもう一度鏡の向こうの自分と向き合った。

 魔族特有の灰色の肌。瞳は黒だし、髪も栗色のままだ。ただ、肌が灰色だというだけで、印象がほとんど別物になってしまっている。さらに、生え際あたりにちょこんと生えているのは、角、か?

 ただ、一つだけ、俺が言えることは――


「これは、絶対に、チョーカーじゃないだろう!」


 痛々しい黒の首輪に、シンシアのセンスを疑う。ファッションセンスの問題なのかもしれないが、俺はこれをアクセサリーとして受けいれられない。


「えー? チョーカーだよー。ねぇ、シャーくん、これってチョーカーだよねー?」


 呼ばれたシャラウィは、俺を見るなりきょとんとした。


「シンシア姉さん、部外者は入れちゃダメって主席に言われてるんだねぃ」

「違うって、これミケだってばさー」

「ミケーレ? ……もしかして、首のそれが変装用の? 相変わらずシンシア姉さんのセンスはそっち方面なんだねぃ」


 やれやれ、と言った様子で肩をすくめたシャラウィは、「人のセンスにケチつける気!?」と半ば本気で背中をばちこーんと叩かれていた。容赦ないな、シンシア。


「ミケーレ、こればっかりはシンシア姉さんの尖ったセンスのせいなんだねぃ。シンシア姉さんはそういう系が好きだから仕方ないんだねぃ」


 諦めろと俺に諭すシャラウィは、自分の机に戻ると何かを書き込んでまたすぐに戻ってきた。


「しばらくは、これを付けてた方がいいんだねぃ」


 シャラウィは俺の右胸と背中に何かを張る。なんだろうと思って胸を見れば「ミケーレ」と名前が書かれていた。いまさら名札とか必要か?と首を傾げる。


「僕みたいに、部外者と間違える研究員がいるかもしれないんだねぃ。皆が慣れるまでは、それを張っておくといいと思うんだねぃ」

「確かに、追い出されちゃかなわんな」


 シャラウィの配慮はありがたく受け取っておくことにして、問題は目の前で頬を膨らませつつ胸を張る、なんて器用なことをしているシンシアをどうするか、だ。


「何よ、尖ったセンスとか言いたい放題して!」

「ちなみに、別のデザインのチョーカーにする予定は」

「あるわけないじゃん、めんどー!」


 その後、ミモさんがやってきて、シンシアの作った魔族偽装用のチョーカーにゴーサインを出したので、俺は一日中首輪を付けることが決定してしまった。ミモさんは、デザインとかには頓着せず、しっかり偽装しているかどうかの能力重視らしい。

 一日中首輪を付けてるからって、そういうセンスでも、そういう趣味でもないからな! と外に向かって叫びたくなった俺を、きっと誰も責めないだろう。制作者のシンシア以外。



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