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10.俺、ママになる

 食材をちょろまかす第一研究所のコックに対する反撃は、残念ながら食材待ちだ。ちょっと特殊なものなので、取り寄せに時間がかかるらしい。有用なら、定期的に仕入れてくれるとのことなので、ここらへんは交渉してくれたミモさんに感謝だ。


『おぅ、ミケっち』

「あ、どうも? ……って、ミモさんは?」


 料理の合間に研究員の寮を掃除するのが日課になっていた俺は、突然、俺の右肩に乗ってきたネズミ氏に驚いた。

 基本的に、主席研究員であるミモさんの代弁者となっているこの口の悪いネズミ氏は、単独行動することが少ない。当然、ミモさんもいるだろう、と思って周囲を確認するが、あの小柄な姿はなかった。


『今は俺っちだけだ。少し伝言があってな』

「あ、そうなんだ」


 ホウキを立てかけ、両手で受け皿を作ると、ネズミ氏はちょこちょこと俺の腕をつたって、両手にちょこんと立つ。なんだか可愛くてほっこりする姿なんだけど、何しろ口が悪いからなぁ……。


『アウグスト殿下の症状は随分と落ち着いているってよ。様子を見て添い寝の頻度を減らすって話だ』

「そうなんだ。それは良かった。じゃ、俺はまた寝袋生活に戻れるんだな」


 マルチアから貰った寝袋は、何度か日干しをしたらあの甘い香りも薄れてくれたので、今では普通に使える。ちょっと勿体ないことをした気もするけど、毎晩あんなどぎまぎしながら寝るのは、きっと身体に悪い。


『あと、シンシアの罰則研究がそろそろ形になったから、試験するってよ』

「了解。掃除用具を片付けたらすぐ向かうよ」


 ネズミ氏を見送って、俺は息をついた。

 シンシアの罰則研究というのは、俺の作る無属性の魔晶石を濫用した件の罰則だ。その研究内容は、俺をパッと見で人間と分からなくする方法を考えること。


(まぁ、角もなければ肌色も違うからなぁ……)


 多分、第一のコックの目とかが心配なんだろう。それ以外にも、研究所内に外の人間が来ることもあるらしいし。それが前もって連絡した上で来てくれるなら対処も楽なんだが、突発的に嫌みだけ言って帰る輩もいるらしいしな。主に第一の研究員が、憂さ晴らしに怒鳴り散らしに来るらしい。なんだそれって思ったけど、第一の研究員は大した研究結果もないくせに、プライドだけは高いのが揃っているらしい。それでいいのか、第一研究所。

 そもそも、第一研究所は、王が管理していたものを第一王子に下げ渡したものなので、研究員も王が管理していたときからあまり変わらないらしい。王様も放置だったんだろうか。第一王子もそんな面倒なもの貰って大変だろうなぁ。

 第一王子が第一研究所の、第二王子であるアウグスト殿下が第二研究所の所長という立場になっているので、何かと張り合うこともあるんだとか。権力闘争って大変だな、と一市民でしかない俺は思う。人生は平穏が一番だ。俺はもう波乱の真っ只中だけど。


「おっと、いけない。早く研究所の方に行かないと」


 シンシアの研究成果がどういった方向性のものかは知らないけど、使いにくいものじゃないといいなぁと思う。でも、シンシアだしなぁ。あまり期待はしないでおこう。


――――まぁ、シンシアの準備したものが、全身灰色タイツと角付きヘアバンドだったので、俺が試すまでもなく却下されたんだが。もちろん、ミモさんにめちゃくちゃ説教されたらしい。せめて魔道具で考えろって。


「良かったんだねぃ、アレじゃなくて」

「そうだな。さすがにアレを着て一日過ごすとか考えたくないな」

「僕もアレを着たミケーレが視界に入るだけで、爆笑する自信があるからねぃ」


 シャラウィの言う通りだ。きっと研究員の大半が腹を抱えて仕事にならないだろう。シンシアの提出したものは、それだけお粗末なものだった。やる気があるんだろうか。


「まぁ、シンシア姉さんはああいうアホなこともするけど、一度、まともな方向に向かえば問題ないんだねぃ。今回は、誰も指摘する暇がなかっただけなんだねぃ」

「そうなのか?」

「でなければ主席が罰則とはいえ、研究を命じないんだねぃ」


 言われてみれば、あの頼れるミモさんがそんな判断ミスをするとは考えにくい。あれだけ説教してくれてるから、今度はきっと――――


「ん?」


 俺は違和感を覚えて、胸のあたりを押さえた。


「どうしたんだねぃ?」

「いや……、なんか」


 胸のあたりがなんだかムカムカする。なんだか熱いような冷たいような、変な塊が胸の辺りで渦を巻いているようだ。


「ぐっ……!?」


 俺は立っていられずに膝をついた。慌てるシャラウィの声が聞こえるが、それに応える余裕もない。

 なんだこれ。俺、なんか悪いものでも食べたか? いや、いつも通りだし、悪いものを食ったとしたら、同じものを食べた研究員だって……もしかして、魔族は大丈夫でも、人間には毒とかいう食材があったのか? いや、そんな見覚えのない食材はなかった。っていうか、超!気持ち悪い! ってか吐きそう。


「ミケーレ!?」


 これはエンツォさんの声か? 身体を支えてくれてるのは誰だ? 背中をさすってくれているのは……?


「ぐ、お、おっ」


 やばい、もしかして、俺、死ぬ? こんなところで? っていうか、俺が死んだら、殿下はどうなるんだ? せっかく――――


「おげぇぇぇぇっっ!」


 胸から喉にこみ上げてきたものを、必死に上へ押し上げる。とにかく吐いてしまえ。研究所の中だけど、始末のことは後で考えればいい。とにかく、このせり上がってきた塊をなんとかしないと。


「おぼぉっ」


 自分のものとは思えない声が出た。喉の奥から、何かが出ていったのは分かる。っていうか、すっきりした。うまく吐き出せたらしい。


「あー、スッキリした。……って、あれ?」


 俺を心配してくれたのだろう研究員たちが、俺の周囲に集まっていた。ただ、その全員が俺ではなく、俺の足下を凝視している。ガン見だ。

 そういえば俺は何を吐き出したんだろう、と足下に目をやり、目を見開いた。


「は!?」


 真っ赤な球が転がっている。外側が濡れているように見えるのは、俺の唾か? いや、そんなことはどうでもいいんだが。……ナニコレ?

 俺や研究員たちが、見守る中、その球はぷるぷると震え、ポンッと音を立てて変化した。真っ赤に燃える炎に包まれた人型の何かは、拳大の大きさはそのままに、周囲をきょろきょろと見回すような仕草をした。そして、何故か一直線に俺の口めがけてジャンプしてくる!


「おぉっと!」


 思わず避けた俺は悪くない。だって火傷とか嫌だ。なのに、その炎の人型は諦めずに俺の口に飛び込もうと方向転換する。火傷覚悟で俺は自分の口の前に手をかざして塞ぎ――――


「あ、あれ……? 熱くない……?」


 思わず掴んでしまった炎の人型は、全く熱さなんて感じさせなかった。というか、掴んだ手の感触もなんか頼りなくて、目で見ていなければ、ちゃんと掴んでいるかどうかも分からないぐらいあやふやだった。


「え、と、これ、どうすれば……?」

『ハナセ! カエル! モトノ、バショ!』


 俺の手の中の人型がじたばたと叫ぶ。ってか、こいつ喋れるんじゃん。


「精霊……?」

「まさか、生まれたて?」

「生んだっていうのか? 人間が?」


 え、何その目。ちょっと研究員たち皆の目が怖いんだけど。


『ミケっち、それがなんだか分かってるのか?』

「いや、さっぱり分からないんだけど」


 俺の答えに、ネズミ氏を肩に乗せたミモさんが、すごく険しい顔をした。


『それは精霊だ。おそらくは火の精霊。お前、そんなものをどこで食べたんだよ』

「いや、食べてないし! っていうか、精霊ってそもそも食べられるのかよ!」


 俺の反論に、手の中の人型(精霊?)がびくっと身体を震わせたような気がする。まぁ、自分のことを食べる食べないと言われれば、そりゃ怯えるわな。


『タベル、ナイ!』

「あー、分かってる。食べないって」

『カエル! ソコ!』


 人型は、何故か俺の口を指差して「帰る」と言い張る。いや、食べないって言ったじゃん。


「帰れない。お前は既に顕現けんげんしている」


 久々に聞いたミモさんの声に、俺の体中に鳥肌が立った。自分に向けられた声じゃないと分かっていても、すごくぞわぞわする。


『ケン、ゲン……?』

「お前はもう外界に生まれたのだ。そこに戻ることはできない」

『モドレ、ナイ?』


 人型が俺を見上げてぷるぷるしている。よくよく見れば、頭でっかちの二頭身の体型は、なんだか可愛らしい。見た目に反して熱くないし。


「そうだ。単独で自由に動けることと引き換えに、お前は戻れなくなった」

『……』


 なんか、こいつ、泣いてないか? 大丈夫か?

 迷子のように途方に暮れた様子の人型を、俺は思わず頭を撫でた。


「すげぇ、触れるんだ」

「っていうか、宥めてる?」

「人間って鈍感なのかな」

「いや、ミケから生まれたからじゃないのか? ということは、ミケがママ!」

「なるほど、ママか!」


 周囲の囁きあう声が、だんだん不穏な方向に向かってる。待て、色々待て。俺はママじゃないし、そもそも俺から生まれたってなんなんだ。


『ママ?』

「ぐふぉっ!」


 あーこら! とうとうこの人型が真似しちまったじゃないか! どうするんだよ!


「そうだな、ミケーレから飛び出たのは間違いない。ママと呼んでおけ」

『ママ! ママ!』


 ミモさんの承認により、ママ認定された俺は、がっくりと項垂れた。親って認定されるなら、せめてパパが良かったよ。



§  §  §



「で、結局、これ、なんなんですか」


 周囲の目があるとやりにくい、という理由で、主のいない執務室に連れて来られた俺は、目の前に座ったミモさんに尋ねた。


『なんなんですかじゃねぇよ。これは立派な火の精霊だぜ?』

「火の精霊?」


 確かに燃えているが、全然熱くなかったぞ?

 ちなみに今は、無属性の魔晶石を小さな腕で抱えて座っている。……俺の膝の上で。


『詳しいことはこれから調査してみねぇと、さっぱりだぜ。ま、お前が希有な人間ってことだけはばっちりだがな!』


 ネズミ氏はそのちっちゃい手で俺を指差す。俺は思わずミモさんに視線を移したが、ミモさんもしっかりと頷いた。そうだよな。ネズミ氏はミモさんの代弁者だもんな。否定して欲しかったよ……。


「とりあえず、こいつをどうすれば?」

『ポケットにでも入れて持ち歩くしかねぇな。何しろ懐いてるんだからよ』

「精霊って、人に懐くものなのか?」

『滅多にないな。普通は何らかの代償と引き換えに使役契約を結ぶもんなんだぜ?』


 ネズミ氏が詳しく説明してくれたことによると、精霊と契約するためには、その精霊が気に入ってくれることと、精霊の望む代償が必要らしい。精霊が気に入るかどうかは、本当に相性の問題らしく、そのメカニズムは解明されていないんだとか。求める代償も、契約内容や精霊次第で変わるらしく、規則性がないらしい。

 単純な話、精霊がすごく気に入った相手なら、毎日クッキーを焼いてくれるだけで一生一緒にいてくれる、的なメルヘンな関係もあれば、術者の腕一本を代償に大魔法の手伝いをする、という殺伐な関係もあるらしい。っていうか、腕一本もらって使い道あるんだろうか。


『ってわけで、そもそも生まれるところに立ち会うのも希有なことなら、そこまで懐かれるのも珍しいってこった』

「うーん? 分かったような、分からないような」


 ちなみに火の精霊は、無属性の魔晶石を抱えたまま、眠ってしまったようだ。っていうか、精霊って眠るんだ?


『生まれたてだから、外界に慣れてねぇんだろうぜ。ま、魔晶石と一緒にポケットにでも入れとけ』

「え、ポケットが燃えないか?」

『触っても熱くなかったんだろ? ちゃんと燃やす対象は制御できてるみたいだから、大丈夫だろ』


 なんともふわっとした「大丈夫」だが、ネズミ氏――というよりミモさんがそう判断するのなら、大丈夫なんだろう。


『くれぐれもここの研究員以外の目に触れさせるなよ?』

「それだけ面倒なことって、いうことか?」


 ミモさんが重々しく頷くのに、俺はがっくりと項垂れた。なんつーか、俺の人生急転直下が多すぎて困る。ここへ連れて来られたときも、あれよあれよという間だったし、ようやく自分の居場所を確保できたと思ったら、また問題発生。どうなってるんだよ。



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