逃げました。
キャラクリも終えたので、VRヘッドセットを被っていざOSOの世界へ。
ヘッドセットから発せられる超音波から身体はすやすやと休眠状態に入り、意識がOSOの世界へと吸い出される。
不思議な感覚だが、そのうち慣れるだろうと特に気にしない。
しばらくしてから目を開けると、そこは小さな森の町の中だった。
辺りに他のプレイヤーの姿はほとんど見受けられない。
活気あるはずのゲームなのに……と少し考えるが、すぐに初期位置はロールごとに違っているという事を思い出す。
「なるほど、少ないわけだね」
悲しい事実を口にして、それも特に気にしていない栞はポケットの膨らみに気付いた。
何かと思って取り出すと、新型スマートフォンの様なコンパクトなタッチ式の機械だった。
それは勝手に動き出し、音声案内で説明文が読まれ始める。
『これは【ナビフォン】です。アイテムやステータスの確認・写真機能・プレイヤーとのメッセージのやり取り・お知らせの確認などができます』
「へえ、便利!」
早速ナビフォンを操作して、項目を確認する。
先ほど説明されたものの他に、【ミラー】【スキル手帳】といった気になるものも見えたが、まずはステータスの確認が先だった。
ぴぽん、と音と共に画面にステータスが写し出された。
【シオリ】
【調理師Lv1】
【園芸師Lv1】
HP 24/24
MP 12/12
【STR 0】
【DEX 10】
【AGI 10】
【VIT 10】
【INT 0】
装備
頭 【無し】
体 【フレンドシャツ】
右手 【無し】
左手 【無し】
脚 【フレンドスカート】
靴 【無し】
装飾品 【無し】
スキル
なし
「わ、なんかいっぱいでてきた」
一つ一つ項目を確認していくが、特に気になったのはSTRとINTに目立つ0の数字。
そして、中途半端に振られている他のステータスだ。
ある程度何を指しているのかは分かるので、STRとINTの数値が0なのは非常によろしくないのも分かる。
しかし、武器を何も装備していないからだという事には気付かない。
「えっと、VITは体力で、AGIは回避、DEXは……器用さ?」
ナビフォンが見せる説明は何とも曖昧なものだったが、きっと調理の腕とかに関係するのだろうと思い込む。
スキルが何もないので確認の仕様もない。
気にせずに次は持ち物を確認した。
【錆びたフライパン】
【錆びた草刈鎌】
以上。
全部錆びてる。
アイテムアイコンをタッチすると、目の前にフライパンと草刈鎌が浮いた。
ナビフォンを空中で固定し、フライパンと草刈鎌を手に取る。
【STR 0+5】
【VIT DEX 10+7】
写し出されたステータスが変化する。
相変わらずINTは0から動かないが、STRの変化に栞はほっと胸をなでおろした。
「うんうん、これで戦えるよね」
そう、栞は戦う事を諦めていなかった。
生産職ともなれば普通は戦闘を行おうとは思ないのが道理であるが、オンラインゲームはこれが初めてな栞にはその辺りが分からなかった。
とりあえず、手に何か持ってれば戦える。
なんか、鎌とか強そうだし。
フライパンとか、盾になりそうだし。
STR、あるし。
生産職が戦闘する事に少しも疑問を抱かない栞は、とりあえずモンスターのいるフィールドへ殴り試しに出てみようと町を後にした。
「や、やばやばやば!」
フィールドに繰り出してから数分。
現在栞は、大型犬くらいの大きさのネズミに追いかけ回されていた。
その左手に握られていたはずのフライパンは、取っ手のみで一番大事な部分を失っている。
襲い掛かってきたネズミの攻撃を防いだ際、一発で錆び付いた部分が折れてしまったのだ。
「こんなのってないよ!」
栞を追いかけているのはラットと呼ばれる序盤の下級モンスター。
通常であればLV1でも容易に切断できる相手だが、生産職にはそれも厳しかった。
フライパンが折れてからは鎌を失うのが怖くて攻撃も出来ていない。
栞は持ち前の運動神経で障害物を避けつつ、なんとか町の入り口に引き返すことくらいしか出来なかった。
町が見える頃にはラットは諦めて戻っていったようだ。
栞は肩で息をしながら、悲しそうにフライパンだったものを見つめる。
「フライパンちゃん……」
ぴろりん。
と、そんな時にナビフォンから通知音が鳴った。
画面を覗く。
『スキルを習得しました。
【逃走Lv1】
【修理Lv1】』
「スキル? え、なんで?」
これはOSOの仕様だった。
例えモンスターから逃げ回るだけでも、装備が壊されるだけでもスキルを習得することがある。
今回は【10秒以上攻撃をせずにモンスターから逃げ回る】、【生産職が持っていた装備品が破壊される】といった条件を満たしたことにより習得フラグが立っていた。
画面を操作し、2つのスキルの詳細を確認する。
【逃走Lv1】
5秒間移動速度が1.5倍になる。攻撃を行うと解除。
【修理Lv1】
Lv5以下のアイテムを修理する。アイテムによって必要素材が異なる。
「え、修理!」
栞は嬉しそうに修理のアイコンをタッチする。
途端に手に温かい熱が宿り、その状態でフライパンに触れるよう指示が出る。
必要素材には【MP5】と消費されていた。迷わず触れる。
すると瞬く間にフライパンは大事な部分を取り戻し、栞はフライパンを抱き締めた。
「フライパンちゃぁんっ! ごめんね……」
しばらくほおずりした後、やはりモンスターはまだ危険かもしれないと考え直す。
栞は無理せず、素直に草刈から始めることにした。