父と娘の冒険2
文也とアイミは、下宿先のご夫婦に挨拶するため外に出た。
外をでると、奥さんがいつものように洗濯物を干している。
「おはようございます、リーリアさん」
「おはようございまーす」
文也が挨拶すると続けてアイミも元気よく挨拶する。
「おはよう2人とも。寂しいわ、アイミちゃんも一緒に行くものね」
「はい。私もお手伝いしにいきます!」
えらく張り切って言ってみせるアイミ。それに対して奥さん…リーリアは優しく微笑んだ。
「ウィークランドは安全な街ですので心配はないですよ。いざと言うときの魔導書も備えてありますし」
「気をつけるのよ。キャメロンに餌あげといたからね」
「あ、そんな。ありがとうございます」
文也はリーリアに頭を下げてお礼をする。
キャメロンとは、文也の商品を運んでくれる馬車馬だ。4年も付き合ってる大事な仕事仲間だ。
馬車の点検、積荷のチェックを終えると文也たちはリーリアに促され、ご夫婦の元で朝ごはんをご馳走になった。いつもはアイミと2人で食事をしているのだが文也が仕事へ赴くときはいつもこうして朝食を作ってくれる。そして、そのままアイミを置いて旅立つ。
「ノルトさんの案件だよな?こりゃまた大口案件だな」
食卓を囲む中、旦那さんの大声が響く。旦那さんは大柄で豪胆な人だ。格闘技をやってるのかと思うくらいの体躯の持ち主だが、町医者をやっている。
「いやいや、そんなにでかいものじゃないですよ。荷物は多いけど売ってる品は1番安い最下級のフレイム系の魔導書ですよ。あれ全部」
「ほう。全部でいくらくらいするんだ?」
「100万ゴールドです」
「100万!?いやーすごいな。流石ノルトさん儲かってるねー」
「まあでも馬車引いて山越えまでして100万だけってのも割りに合わないので仲介金も割高で取るつもりでますよ。両方から」
「抜け目ないなー。そう言うのは同業者が台頭する前にどんどんやっといたほうがいいぞー」
文也の職業は、"魔導書ブローカー"
ラーラシア大陸で初めて魔導書の仲介を始めたとして、知る人ぞ知るちょっとした有名人。
元々魔導書は、隠居した魔法使いたちが作り、それぞれ大小店を構えこじんまりと売っていた。
町医者に拾われ、養ってもらっていた身でそろそろ働きにでで恩を返さんとしていた18歳の頃の文也はある日この魔導書に出会った。
魔力もセンスもなにもない文也だったが、店主のおじいさんに教わった通りに魔導書を読み上げるとなんとも驚いた。
生まれて初めて魔法を出せたのだ。
文也は閃いた。
手順さえ踏めば誰でも使える点。
聞いてみたところ案外簡単に作れる点。
それによって量産は苦じゃないところ。
引退した魔導師たちは魔導書を作って売ったりしているが1度しか打てない魔法に需要はなく暇つぶし程度で売っているだけ。
そこに目をつけた文也は、店主と協力し魔導書を量産。さらにもう一つ工夫を凝らし、魔法が必要そうな所へ売り込み、見事に魔導書の商品価値を高め、作るので手一杯の魔導師たちにどんどん声をかけ、そして魔導書の実用性を冒険者や軍に説いていった。
こうして、魔導書の仲介と言う新しいビジネスを確立していった。
これに協力してくれた店主こそ、先ほど会話に出てきたノルトだ。
小さな店だった"ノルト魔法商"は今や、街の活性化に一役買っている大商店。
今や魔導書も冒険者たちのお供、冒険者ギルドの推奨アイテム、そして軍の武器として大きな存在となっていた。
ここまで大きくなったのも先ほど述べた"もう一工夫"の存在も大きいのだが、またこれは後ほど…
さて、食事を終え、ご夫婦に挨拶を済ますと2人は出発する。日が沈む前に山脈の八合目あたりまでに着いておきたいので2人は少し足早に歩く。
街をでて、ノグダッド王国領内の整備された街道をすすむ。軍や冒険者たちのおかげで街の外でも魔物に襲われる心配はほぼなくなった。ただそれも、街道を歩いていればの話だが…
2人が向かうヴァル山脈は、かつて魔物の巣食う山として知られていたが、定期的の軍による魔物の一斉駆除作戦の実施や冒険者ギルドの連合隊のおかげで今や住む魔物もいない。この山脈を避けなくて済んだことによって行商たちの交通の要所となっている。
2人がキャンプしようとしている八合目は真っ平らで広い場所があり、そこでよく旅人や行商たちは夜を明かしている。
明るく元気に振る舞うアイミのおかげで旅は暇なく進む。アイミが暇になれば今度は文也が、「そういえば…」と仕事での出来事を語る。
話が途切れ、黙々と山向け馬車を走らせる。
馬の蹄の音と、荷車の地面を進む車輪の音が澄んで聞こえる。
しばらくすると文也が声を発する。
「もう7年か…母さんと父さん、なにしてんだろうなー…まあどっちだっていいんだけどさ」
「よくないよ」
「いや、ごめんて。アイミのママはいい人ぽいしな。それに比べてうちの家族は…明らかに俺を毛嫌いしてたんだよな。母さんはまだ話してくれてたけど父さんは俺のこと無視してたんだよな」
「きっと嫌いにはなってないって。今も心配で泣いてるよ」
「心配してるはないかなあの親に限って。きっと家出したんだと思ってるよ。」
「もう俺はあの世界に戻るの嫌だな…もうこの世界で人の温かさを知ってしまった。嫌なところもあるけれども…あの世界に戻ってしまえばまた1人だよ」
「そこはいつも違うね (笑) 私はこの世界も好きだけどやっぱりやっぱり戻りたいなー。あの時のママのシチューをまた食べたいなっていつも思う」
「おまえはほんとシチュー大好きだな。作ってあげたろこの前」
「あれはシチューじゃない!牛乳あっためて塩入れただけのスープだよ。」
「いやいやシチューあんな感じだったでしょ?」
「普段は料理うまいくせになんでシチューだけあんなになるの?」
「仕方ないだろ。俺もシチューの作り方はわからん。あと材料がない」
「私帰ったら絶対まず先にシチュー作ってってママにお願いするの」
「ああ。必ず帰す。俺はアイミが帰れるよう手を尽くす。だからこうして国中渡り歩いて帰る手段を探してる」
「一緒に帰るよ。パパとはあっちの世界でも私のパパになるんだから」
「…それはちょっと…難しいんじゃないかな?」
「えへへ」
会話が途切れ、しばらく馬車を走らせると山の中入った。
標高は比較的低くなだらかで馬車を引きながらでも問題のないヴァル山脈だがなだらかな上り坂は永遠のように続き、なめてかかり入山した登山者の踵を翻させる。
八合目あたりからは坂は少なくなり、そこから頂上へ行くルートか頂上を登らず、そのまま山を下る山越えコースがある。行商人や冒険者のために整備されたおり、下りもまた馬車で行っても問題はない。ただ最初の急勾配な下り坂が難所で、いかに荷車の勢いを殺すかが、馬と騎手の手腕にかかっている。
そんなこんなで2人は計画通り、日の入りより少し早めにキャンプ地の八合目へと登頂した。
文也は、慣れた手付きでテントを張り、アイミは手伝いとして文也に言われたことを熟す。
夜になり、布のシートを3枚とそのうちの1枚の上に家から持ってきたパンなどの食料を広げ、文也は焚き火用に持ってきた一冊の魔導書を読み、薪に"フレイム"唱え、火をつける。2人は焚き火を囲みながらぽつりぽつりと話し始める。
「ねぇパパ」
「なんた?」
「もう7年になるね」
「そうだな…」
「7年前って言ったら私5歳でしょ?どんな事があったかなー」
「いろいろあったよ」
「教えてよ。あの時のこと」