父と娘の冒険1
「アイミー」
誰かが私を呼ぶ声が聞こえる・・・ママだ!
「ママー!!」
私はうれしくなってママの方へと走る。そして抱きつく。
「遅くなってごめんね。今日はシチューって約束だったけどもう遅いから唐揚げでもいい?」
「えー!!シチューがいいのー!!!」
私はすごく怒っている。お迎えが遅かったうえに朝から約束していたお楽しみのシチューまでも奪われた。
確かにからあげも美味しいけど……
「ごめんね。でもシチューだとすごく時間かかっちゃうよ?もう7時だしまた明日作ってあげるから…ね?」
ママの匂い。そして顔。仕事が大変だったとき、いつもこの匂いがする。何かはわからない。顔のお化粧、急いでしてきてる。たぶん疲れてるんだろうな…
私にはパパはいなかった。ママは1人で仕事をしながら私を育てていた。ママが大変なのは子供ながらなんとなくわかっていた。
「わかった。からあげでいい」
あの時、シチューをあきらめたのを私はすごく後悔している。もう食べられないとわかっていたら、もっと駄々をこねていた…
ママのシチューが大好きだった。
ママ、会いたいよやっぱり。元気にしているのかな?きっと帰るからね……
「…夢か。またあの夢…すごい涙。ダメだなこんなんじゃ。パパが頑張ってるのに。」
しんどい…。苦しい…。煩い…。
教室にはいつも話し声が響いてる。ぼっちでコミュ症の俺は今日も1人。
笑い声。俺のこと?気になって気になってしょうがない。
いや、俺のことじゃないよな…大丈夫。
「あいついつも寝てるよな。名前なんだっけ?」
「文男だよ。あいつ小学生の頃から一緒なんだよ。話したことないけど昔はあんな感じじゃなかったぜ。」
ちげーよ。俺の名前は文也だ!!あと珍しく話題にすんな。
「声かけてやれよ(笑)可哀想だろ?」
「ヤダよめんどくせー」
いつからだろう…こんな感じになったの。自分で自分が嫌いになる。そしてたぶんこれ夢だ…アイミ…俺の娘の叫び声が聞こえる。でもなかなか起きられない。そうか、今日か……
あの時の教室。いつの日かわからないがたぶんいつものこと。たまにこうやって俺の話題が出ては秒で話が変わる。
何度も同じ夢を見る。何度も繰り返したからだろう。
けどあの時の俺はきっと現実から目を背けたかったんだ……。
そろそろ起きてやろう…。
「おはようパパ、やっと起きた。なんかうなされてたよ。またガッコウの夢見てたの?」
「耳元で叫ぶのいいかげんやめてくれ。夢にまで聞こえるよ。」
「だってこうでもしないと起きないじゃん。」
「せっかくいい夢見てたのに」
「ウソだ〜」
「今日は冒険の日でしょ!私楽しみ!早く支度しなきゃ」
朝からテンション高めのアイミ
今日は冒険の日だ。
冒険と言っても文也にとってはいつも通りただの仕事だ。とは言ってもアイミがはしゃぐのも無理もない。仕事に行けば数日は帰ってこない文也をいつも待っている。
つい1週間前も3日ほど仕事で下宿先として借りているご夫婦の家の離を留守にし、娘をご夫婦に預けている。
国境や前線、紛争地帯などの危険なところへ行く時はいつもこの街に残して行く。アイミもそこは理解しており、ふてくされずに見送ってくれる。
ご夫婦もアイミのことを子供のように可愛がっており、文也も安心して置いておける。
今回の仕事はそんな危険地帯ではなく、文也自身、2度きており比較的安全だと判断している。
そう言うときは、アイミを連れて商売へ赴く。
アイミはたまの冒険 (アイミにとっては) を楽しみにしているのだ。
文也はアイミを大事に思っている。なにせ、世界 《エル・バース》 に一緒に降り立ち、唯一の元いた世界を知る人でもあり、そして大事な娘だからだ。
ただあまり同じところ同じ街に閉じ込めては可哀想なのと彼女の見聞のためにと、外の世界へ連れ出してあげている。
「ねえパパ。今日はどこへ行くの?」
「ウィークランドシティってところだ。あそこの山あるだろ?」
文也は町より北側のにあるウォル山脈を指差す。
「うん」
「あれを越えて川沿いに向かった先にある。雰囲気はこの街と一緒だが川沿いの宿屋の部屋から眺める景色が綺麗なんだ。」
「へぇー楽しみ〜。どれくらい歩くのかな?」
「普通なら1日も歩けば着く。ただ今回はちょっと大荷物で馬車が遅くなるから山小屋に一泊することになるな。」
「へー。キャンプってこと?いいねーいいねー」
山にテントを張って一晩過ごす。文也も昔は憧れた。1人が好きだった文也はいつか将来、1人でキャンプをして一晩過ごす。けどこの世界に来て何度も何度もやっていること。正直いい加減しんどくなってきてはいる。文也はキャンプ云々よりも旅館でのんびりしていたい派だ。
このラーラシアにある宿と言えば素泊まりが大半を占めている。朝夕ありもあるにはあるが、どこも元いた世界の一流ホテル並みの富裕層向けの価格設定。
いつかはアイミと一緒に来ようと、リアスと言う大陸南部にあるリゾート地のとある有名ホテルを通るたびにいつも思っている。