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4話 逆行前(4)

「傷自体は治せましたが……

 しばらく痛みは残るかもしれません」


 王宮の中にある神官達の控える治癒室。

 以前は大神官の役職についていたエクシスが、リシェルに回復魔法をかけながらそう告げた。

 茶髪の精悍な顔つきの中年男性である。

 ここはリシェル専用の治癒室で、そこにはリシェルとエクシスの姿しかない。



「――私のせいで……リシェル様がこのような仕打ちを受けることに。

 本当に申し訳ありません」


 エクシスが頭をさげ、リシェルに謝る。


「――いえ、お気になさらずに。

 誰でも間違う事はあるのですから」


 そう言って、リシェルは目を伏せた。

 そう、聖女の神託を下したのは当時神殿の最高位の位置にいた大神官だった頃のエクシスだった。

 彼が下されたと発表した神託で聖女はリシェルだったのだ。

 けれどリシェルは聖女の力は扱えず、聖女の力を使えたのはマリアだった。

 彼は神託を読み違えたと、大神官職から解かれ今はリシェル専属の治療師になっている。

 

 リシェルを敵視している王子が何故エクシス神官ほどの神力の高い治療師をリシェルにつけたのか。

 リシェルは疑問に思ったが、恐らくは癒着でリシェルを聖女認定したと周りに思わせたいがためなのだろう。

 そして、どんなに暴力を振るおうとも傷を目立たなくさせるためなのだと推測していた。


 しばらくの沈黙ののち――周りに誰もいないのを確認したあと


「私は、今でも聖女は貴方だと思っております」


 エクシスが小声で呟いた。


「やめてください。あらぬ疑いを呼びます。

 貴方は今私がどういった立場か一番よく知っているはずです」


「……申し訳ありません」


 謝るエクシスにリシェルは苛立ちを覚えた。

 元々彼がリシェルを聖女などと間違った神託をくださなければ、このような状況になることはなかったのだ。

 もちろん彼とてリシェルに悪意があって間違ったわけでないことは重々承知している。

 悪意があってやったのなら、大神官職を解かれるような事はなかっただろう。


 それでも――幸せを奪ったのはこの人なのだ。


 それなのに、この人はまだ自分を不幸にしようというのだろうか。

 エクシスは大神官職にあっただけあり、治療師としての腕は一流だった。

 少し跡が残りはしたが痛みも傷も消えていた。


 リシェルはエクシスに礼を言うとそのまま部屋を後にする。

 せめてエクシスが貴方の護衛をと申し出たがリシェルは断った。城で護衛などをつければそんなに俺が信用できないのか?と王子があからさまに不機嫌になる。


 それにはやく、反乱の状況を確認しないと。


 ふと。リシェルが吹き抜けになった中庭を見下ろせば、聖女マリアの姿が確認できた。


 そしてその隣には、リシェルの元婚約者フランツが寄り添うように立っていた。


 リシェルは眩暈を覚えた。

 いつの間に二人がそんな関係に?

 王子がいるのに何故二人で会話をしているの?


 そして何より、あの人がマリアに向ける眼差しが――彼がマリアを愛していると物語っていた。それは以前フランツがリシェルに向けてくれていた眼差しだったから。

 


 リシェルにとって、ずっと彼だけが心の支えだった。

 何の根拠もなく、彼だけは私を裏切らないと思っていた。

 けれどそれも幻想で。

 ………もう私には何も残されていない。


 

 彼がマリアを見つめる目は、愛しい人を見る目そのままで。

 リシェルは心を押しつぶされそうになる。

 せめて私の前でだけは、その瞳を他の女性に向けてほしくなかった。

 もう少しだけでも夢を見せてもらいたかった。


 

 支えもなくし……私は何のために生きているのでしょう。



 リシェルはその場を足早に立ち去った。

 その後ろ姿を嬉しそうに眺める聖女の視線など気づかずに。



 □■□


「お父様お気を付けて」


 反乱制圧に向かう父グエンにリシェルは声をかけた。

 王宮内で討伐に向かう事を報告にきた父に久しぶりの面会が許されたからだ。

 グエンは周りを見回した後


「ああ。

 鎮圧はそれほど時間がかからないだろう。


 ……それより」


 グエンがそっとリシェルが殴られて少しアザになっている頬に手を触れる。


「そちらは大丈夫なのか?」


 グエンの言葉に、職務をこなせていない自分が責められているようでリシェルは目を伏せる。

 父グエンは昔から国に全てを捧げている人だった。

 社交界で国王陛下と母とリシェルが暗殺者に襲われた時。

 グエンは迷わず妻より国王陛下を選んだ。


 その結果。


 母はリシェルを守り死んでしまった。


 父はきっと私が国に奉仕できていない娘の現状に失望しているのだ。

 リシェルはそう結論づけて、グエンを見つめ返した。


「はい。至らぬ所はありますが。

 なるべく善処するつもりです」


「そういう意味ではない。

 私は……」


 グエンが何か言いかけた時。


「グエン様!!!敵はロンジャールの砦まで占拠するつもりです!!

 早馬がきました!!」


「わかった!!すぐ行く!!!

 リシェル。この戦いが終わった後、もう一度会おう。

 話したい事がある」


 そう言って去る父グエンの背をリシェルは不安そうに見送った。

 けれどそれ以後リシェルとグエンは二度と会うことはかなわなかった。



 □■□


 平民がおこした反乱はグエンの活躍により制圧された。

 だが、グエンは戦いの中崖から落ちてしまい、兵士たちの必死の搜索にもかかわらず見つからなかったのだ。

 

 リシェルは今すぐにでも現場に駆けつけたい衝動にかられるが、王子がそれを許すはずもない。

 ただ心配することしかできない自分に苛立ちを覚える。


 マリアも反乱がおきたことで自分がとった政策が民を苦しめていたのをはじめて実感したらしく、塞ぎこんでそのまま部屋に篭ってしまい、王子もそちらにかかりきりでリシェルに嫌がらせをしてくる事もなくなった。


 理不尽な罵倒と暴力をうけない生活にどこか安堵していたが、聖女マリアを励まそうと開かれた晩餐会で――それはおきた。



「反乱を煽った罪で婚約破棄するーー」



 晩餐会のホールの中央で、突然王子に告げられリシェルは固まった。

 一斉に会場に居たもの達からざわめきがおきる。



 何を言っているのだろう?

 このような戯言を誰が信じる?


 王都にいて周りとの接触を規制されていた私が反乱の首謀者?

 しかもその反乱を鎮圧したのは私の父で。

 その父も戦いで亡くなった。


 父を通せば、もしかしたら反乱を企てられたかもしない。

 けれど父グエンとも会うのを制限されていた。

 ランジャーナ地区とのパイプもない状態でどうやって私が反乱を起こせるというのか?


 リシェルは唖然としながらも周りに視線を移せば――だれもが視線を露骨に逸らした。


 そして、そこでリシェルは悟った。

 もうこの国にはまともな人がいないという事を。

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