3話 逆行前(3)
「なんだ偽聖女じゃないか」
リシェルがガルシャ王子と話すため王子の執務室に入るなり、ガルシャ王子はリシェルに侮蔑の眼差しをむけた。
ガルシャ王子のリシェルを見る目はあいかわらず冷酷で。
取り巻きの貴族達とリシェルの事を睨みつけてきていた。
けれど、怯んでいる場合ではない。
リシェルは自分を奮い立たせる。
国の財政についてこのまま聖女の言いなりになっていてはだめだ。
このまま放置しておけば国は立ち行かなくなってしまう。
「殿下。財政の件なのですが」
「また実りを止めさせろというわけではあるまいな?
自分が聖女じゃなかったからと、いい加減見苦しい」
言って一蹴される。
「殿下。話を――」
リシェルが言いかけたその時。
ばしゃり。
冷たい感覚とともにリシェルが水をかけられたと理解するまで数秒かかった。
「ああ、すみませんレディ。よろけてしまいました」
グラスをもったまま薄笑いを浮かべて王子の取り巻きの一人がリシェルに謝る。
まるで子供の悪戯。貴族がやる嫌がらせではない。
このような程度の低い人間が国の実権を握っている事実にリシェルは眩暈を覚えた。
「いえ、お気になさら……」
リシェルが答えたその時。
「殿下っ!!!大変です!!!
ランジャーナ地区で反乱が起こりました!!!!」
兵士が慌てた様子で入ってくるのだった。
□■□
当然の結果だった。
聖女マリアには美しい街をみせようと王都だけに富を集め、王都から少し離れた領地の困窮は放置したままだったのだから。
遅かれはやかれこうなっていただろう。
地方の反乱に王子達がざわめく様をリシェルはどこか冷静な目で見ていた。
なるべくしてなった事だと。
「何が不服なのだ!!こんなによくしてやってるのに!!!」
王子が歯ぎしりをし、きっとリシェルを睨みつけた。
バシンッ。
鈍い音とともに。
気がついたら身体が飛んでいた。
一瞬何がおきたのかわからずリシェルは呆然としてしまう。
「他領に不満がおこらぬように予算を組むのがお前の仕事だろう!!
一体何をしていた!!!」
王子の罵声で――リシェルは頬を殴られたのだとやっと理解した。
口の中に広がる血の味に、リシェルが呆然としていれば、再び王子がリシェルにむかってきた。
取り巻きの貴族もこれはいけないと判断したのか王子を止めにはいる。
「とにかくこんな事をしている場合ではない!!
マリアに知られる前に反乱を制圧しろ!!」
王子がリシェルを一瞥し部屋を出ていく。
王子達が部屋を出ていくのを見守って、リシェルは頬を撫でた。
冷やさないときっと腫れるだろうな――。
などと冷静な自分もどこかにいた。
痛みに涙が溢れる。
王子から暴力を受けたのはこれが初めてではないはずなのに。
それでも屈辱で涙があふれた。
私は何をしてるのだろう。
聖女だからと婚約者と引き離されて。
けれどその聖女の啓示は間違いで、偽聖女呼ばわりされて。
どんなに意見を言ってもすべて嫉妬と却下され、責任だけは全て押し付けられる。
周りもどこか異常で、どんなに正しい事を主張しても意味不明な論理で批難される。
この国は異常だ。
少なくともマリアが来るまではこんなことはなかったのに。
帰りたい。
あの人の所に――。
ポロポロ流れる涙を。
リシェルは止めることができなかった。
そのまま床にうずくまるのだった。