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21話 ロゼルト・エル・カーシェント

 次の日。

 リンゼのお茶が飲みたい――なぜか一番に頭に浮かんだのがそれだった。

 寝起きのぼんやりする思考の中でリシェルはベッドから起き上がる。

 どうやらあの後、一人泣いてしまい泣きつかれて寝てしまったらしい。

 リンゼがカーシェに持たせてくれたお茶はカーシェが旅の途中で川に落としてしまいダメにしてお茶の在庫がない状態だ。

 毎日飲んでいただけにあのお茶がないと落ち着かない。

 

 リンゼも来られればよかったのに。


 ベッドから起きて鏡の前に立てば夕べ泣き明かしたせいか目が赤い。


 リシェルはため息をついた。

 自分が思っていた以上にリシェルは父との旅行を楽しみにしていた。

 復讐を誓ったはずなのに。

 父との旅行を楽しみにしていた自分にも苛立ったし、仕方ないとはわかっていても一緒に来てくれなかった父を恨めしくも思った。


 私に楽しむ権利などないのだ。

 自分にあるのは復讐だけ。


 思い出せ、殺されていった人たちを。

 思い出せ、理不尽に受けた拷問にちかい暴力を。

 思い出せ、ありもしない罪で裁かれた理不尽を。


 リシェルは心の中で何度も何度も繰り返す。

 

 立ち止まるな。

 前を向け。

 必ず制裁を。


 気が付けば逃げてしまいそうになる気持ちを奮い立たせる。



 私には復讐することしか、道が残されていないのだから。



 □■□


「ここの案内をすることになった!

 ロゼルト・エル・カーシェントだよろしくな!」


 そう言ってリシェルに握手を求めてきたのは金髪の少年。ロゼルトだった。

 クシャラーナ家の当主に大仰な挨拶をされたあとでてきたのが彼なのだ。

 現国王陛下の隠し子であり、将来反乱の主導者となる。王族の血をひく正当な後継者。

 まだ10歳と幼いが前世でリシェルを助けにきてくれた青年の面影がある。

 なぜクシャラーナ領に?

 まさか待ち望んでいた彼があちらから出向いてくるとは夢にも思わずリシェルは固まる。


 確かにクシャラーナ家とカーシェント家は親同士仲がよかったはずだ。

 それにしても何故彼が?


 リシェルが固まっていると


「お嬢様、グエン様が同い年くらいで遺跡に詳しい者と指定しましたので。

 それ故この人選なのだと思います。

 彼らの家は代々、修行のためお互いの息子を交換し騎士団に入団させていましたから」


 と、後ろでシークが告げる。


 お父様が?


 リシェルは疑問におもったが表情にはださず、ニッコリと微笑んだ。

 

「宜しくお願いします。ロゼルト様」


「ああ、宜しく。えっと……」


「リシェルでお願いします」


「ああ、それは助かる。

 じゃあよろしくなリシェル」


 そう言ってまだ10歳の少年は嬉しそうに微笑むのだった。


 □■□


 ――まだ、彼に真実を話すのははやい。

 人懐っこい笑みで遺跡を説明するロゼルトを見つめながらリシェルは思考を巡らせていた。

 リシェルの他にも数人の護衛をつけクシャラーナ地区の聖女にまつわる遺跡を巡りながらロゼルトと会話を重ねている。

 

 確かにマルクやシークにははやく真相を打ち明けたが――それはその前に築き上げた人間関係があったからだ。

 ロゼルトとはまだ初対面。

 過去を伝えるのはまだはやい。

 この女は大丈夫か?と思われるだけだろう。

 下手をすれば彼自身まだ王族の隠し子などという事を知らないのかもしれないのだから。


「……リシェル?」


 名を呼ばれてリシェルは我にかえる。

 どうやら考え事をしてしまっていたらしい。


「す、すみません」


「んー。この遺跡はあまり興味がなかったか?」


 ロゼルトがポリポリと頭をかきながらいう。


「すみません。とても興味深いのですけれど。

 まだ旅の疲れが残っているらしくて」


「ああ、だからそんなに怖い顔しているのか」


 リシェルはロゼルトに言われて口篭る。

 貴族の教養の教育で表情にださない訓練は積んでいるはずなのに、それほど顔にでてしまっただろうか。


「すみません」


「うん。じゃあ今日は終わりにしよう」


「え?」


「これからしばらく居るんだろ?」


「え、はい」


「だったら遺跡は明日でもいいだろ。

 どうせリシェルは本を読み込んでて覚えているみたいだし」


「えと……なぜそれを」


「ここに来る前話した会話。覚えてるか?」


「あ、はい。

 ああ、そうですね。そういう事ですか」


 そう言ってリシェルはある事に思いつきため息をついた。

 何気ない会話だったように思ったが、この遺跡のマニアしか知らない質問を彼はさりげない会話の中でしていたのだ。

 10歳の少年のはずなのに、この子は聡い。

 油断できないとリシェルは判断する。

 それと同時に、頼もしくも感じる。彼には王位についてもらわねばならないのだから。


「この遺跡は知っているみたいだし、明日はどこか行きたい遺跡はあるのか?」


「本にのっていない壁画があったりはしないのでしょうか?」


 リシェルは遺跡を見回しながらロゼルトに尋ねた。

 確かにロゼルトと仲良くなるのも大事だが、それと同じくらい聖女に対する知識をつけることも重要だ。

 もともと神話が好きだったリシェルは前世で本を読み込んでいたため本にあった記述は全て憶えている。


 マリアの魅惑に対抗できる手段を見つけておかなければならない。


「うーん。この遺跡は観光で有名な遺跡だからな。

 もう本に載ってると思うぞ。

 あまり知られていない場所といえば、小さすぎたり行くのが不便すぎて観光地化していない遺跡くらいか」


「そのような場所があるのですか?」


「ああ、行ってみるか?」


「はい!是非お願いします!」


「よし、じゃあまた明日会おう」


 そう言ってロゼルトは人懐っこい笑を浮かべるのだった。

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