18話 舞踏会
「リシェル。顔色が悪いが大丈夫か?」
王宮の舞踏会に行く馬車で父グエンに声をかけられリシェルは顔を上げた。
あれから月日がたち、リシェルがマルクと会う口実にしていた王宮での舞踏会の日になったのである。
いま父のグエンとともにリシェルは王城に向かっていた。
「はい。大丈夫ですお父様」
父に気丈な姿を見せなければまた叱咤されるとリシェルは優雅に微笑んで見せる。
「……そうか。それならばいい。
体調が悪いならすぐ言いなさい。
無理に出席する必要はないのだから」
そう言ってグエンは腕を組んだ。
……何かおかしい。
リシェルはそう思った。
前世の父はこんなに優しい言葉をかけてくれる人ではなかったように思う。
記憶力だけはいい方だ。間違いない。
いや、よく考えれば父に余裕がなくなったのはガルデバァムの奇襲後だ。
魔法が使えなくなった事で父に余裕がなくなり自分に厳しくなったのか……。
それとも魔力がないことでマリアの魅惑にかかりやすくなったのか。
そこまで考えてリシェルは、自分の都合のいいように考えていた事に気づき自重する。
父が至らぬ自分に愛想をつかしたという可能性から目をそらし、そのように考えるのはきっといまだ父に褒められたいという邪な想いがあるからだろう。
父の視線の先にあるのは国であって私じゃない。
リシェルはそのまま窓の外を眺めるのだった。
□■□
ドクン。
馬車から見える王宮に鼓動が高鳴った。
王宮に馬車がついたとたん。
どうしようもない胸の動悸にリシェルは冷や汗をかく。
呼吸がはやくなり上手く息ができない。
前世で、常に罵倒され最後には殺されてしまったのは全て王宮での出来事で。
本当ならもう二度と足を踏み入れたくない場所。
麻酔もなく、足を切断された痛みと恐怖。
振るわれた理不尽な暴力。
王宮についたとたん鮮明にそれが思い出されたのだ。
「リシェル?」
父のグエンが不思議そうに顔をのぞき込んでくる。
父に悟られてはいけないの思うのに、脈拍がはやくなり、足が震えてしまう。
「具合が悪いのか?」
「いえ、大丈夫です」
気丈に答えようとするが、リシェル本人でさえ大丈夫というには無理があるほど声は震えていた。
「……体調がよくないようだ。
今日は諦めなさい」
「でもっ!!!」
貴族の令嬢として社交の場のひとつもこなせぬようでは父に見捨てられてしまう。
そう思えば思うほどバクバクと脈拍があがり、息をするのも苦しくなる。
「ドレスを新調したのに出席できぬのは悔しいという気持ちはわかる。
だが、その体調ででれば他の者に迷惑だ。
お前は屋敷に戻りなさい」
そう言ってグエンは手をあげシークに指示をだす。
「シーク。リシェルをすぐ屋敷へ。
医者を手配しておく、診てもらえ。
舞踏会が終わり次第私も屋敷に戻る」
「はっ」
シークが仰々しく一礼したあと、そのままリシェルを持ち上げた。
「シ、シーク!?」
「お嬢様、手足が震えています。
その様子では歩くのもままならないでしょう。
医者にみてもらいましょう」
そう言うシークの顔は真剣で、リシェルは頷いた。
このように手足が震えた状態で舞踏会にでればいい笑いものになってしまう。
怒られてしまうのだろうかと父を見れば
「此方のことは気にするな。
お前は休むことだけを考えろ」
そう言って頭を撫でてくれた。
リシェルの記憶にある父なら激しく叱咤しそうなものなのに。
私は何か記憶違いをしているのだろうか。
□■□
私は――何か大きな勘違いをしているのかもしれない。
王都にある屋敷の自室で。
リシェルは大きくため息をついた。
ベッドに横たわり思考を巡らせる。
舞踏会に参加をしなくていい――リシェルの記憶にある父ならそんなことを許すはずがないのに、まるで別人と接しているようだ。
魅惑。
聖女マリアが使えるかもしれない能力。
確かに魅惑を所持していた聖女がいたことは文献に残っている。
聖女だけが扱える能力で、それにあらがう方法は確立されていない。
もしかして父も、魅惑にかかっていたのだろうか?
記憶力はいいはずなのに――何故か幼い時の父との思い出がまったく思い出せない。
母が死ぬ以前の記憶が、全く思い出せない事にリシェルは苛立ちを強める。
肝心な事が思い出せないのではやはり私は無能なのだと。
舞踏会にでるというだけでこの状態では貴族の令嬢の仕事も果たせない。
王宮でこのように倒れていては復讐を果たすのも難しくなる。
リシェルは胸が締め付けられ、また呼吸をするのがつらくなり横に体勢をかえる。
泣きたい気持ちを必死に抑える。
強くならないと。これくらいで諦めるべきではない。
こんなことを乗り越えられるくらい強く――――。