13話 取引
「まさか、本当に来るとは思いませんでした」
10日後。少女は宣言したとおり店に訪ねてきた。
少女の予言通り、地震がおき被害状況も少女の予言は的中している。
だが、それがなんだ?
元々災害を予知する能力はごく稀にもっているものはいる。
たまになら当たる事もあるのだ。
そういった筋から仕入れた情報を言っただけの可能性が高い。
ジャミルはそのまま少女を個室に通す。
少女は特に警戒することもなく部屋の中に入ってきた。
ジャミルを暗殺者ギルドの者と知っているならばもっと警戒してもよさそうなものを堂々と部屋に入ってくるその警戒心のなさにジャミルはより一層警戒心を強める。
彼女は単なる捨て駒か。
それとも何か切り札でもあるのか--と。
■□■
「約束をしましたから」
椅子に腰掛けて言う少女。
歳のころなら10歳くらいだろうか。
このような小娘が自分たち暗殺ギルドの者と渡り合えるとでも本当に思っているのだろうか。
普通に考えれば少女はフェイクだろう。
黒幕は他にいる。この隣の護衛の男がそうか?
それともこの二人は捨て駒だろうか。
そう思いながらも笑みは崩さずジャミルも前の椅子に腰かける。
「……で。今回はどのような要件で?」
「前にも言った通りです。
紅蓮の炎から離脱したあなたたちを全員こちらで引き取りたい」
少女の答えに随分直球だなとジャミルは苦笑いを浮かべる。
「これはまた面白い事を。
お嬢様が暗殺者集団を御せるとでも?」
否定することなくジャミルは話を続けた。
今更隠したところでどうせ少女はそれなりの根拠をもっているのだろう。
時間の無駄だ。
「御せるか御せないかの問題ではありません。
御さないといけないのです」
「これはまた精神論ですね。
貴方について私たちにどんなメリットがあるのでしょう?」
「2年後。
貴方たちは紅蓮の炎の放った密偵に密告され全員捕まります。
もちろんあなたがたが隠している家族もろともです」
「ほぅ。それは面白い。
先ほど地震をあてた能力でおわかりなのですか。
何か予知能力をおもちで?」
「違います。私は未来を体験してきました」
この女、何を言ってるんだ。
途中まででかかった言葉をジャミルは呑み込んだ。
未来を体験などと、新興宗教ではあるまいし。
相手にするのもバカバカしい。
手の内を明かす相手を間違えたかとジャミルが思い出した頃
「シャルデール地方のカルデル村・クジリャー地方のセドム村」
唐突に語りだした少女の言う村の名前にジャミルは一気に現実に引き戻された。
次々とあげるその名は、ジャミルの仲間たちが家族で潜伏する場所だ。
ジャミル達暗殺者も家族はもつ。それは先代が新たにはじめた取り組みだった。
そのほうが彼らに都合がいいからだ。
家族もちは信用度が違う。
家族がいないというだけで、行動が大幅に制限されることがあるからだ。
そのためみな偽造家族をもっていた。
時には家族でも夫や妻が暗殺者ということを知らぬ者すらいる。
もちろん最初は仮初の家族とたかをくくってはいたのだが、過ごしていくうちに情が湧いてしまった。
ジャミルらが紅蓮の炎を抜けたのは家族も理由の一つだったのだ。
紅蓮の炎の新たな当主は情が湧き始めているものの家族を一度殺し、新しい家族をあてがうと言い出したのだ。
それに反発した一部の者達がジャミルとともにまだ暗殺者ギルドの手の出せないこちらの領地に逃げてきたのである。
彼女が言う村は、どれも間違う事なく彼らの家族が潜伏する場所で。
「貴様っ!!!家族に何かしたのか!!!!」
屋根裏に潜んでいたはずのまだ若い暗殺者ザックが隠れていた屋根裏から降りて、少女に怒鳴りはじめた。
「ザック!!!!」
今にも切りかかりそうなザックをジャミルが制止する。
もちろん少女の隣の騎士はすでに剣を抜き少女を庇う格好をとっていた。
「まだ、何もしていません。
するかどうかは貴方たち次第です」
そう言ってにっこり微笑む少女。
なるほど10日間の猶予は……ジャミル達と家族を引き離す期間だった。
ジャミル達も全滅を恐れてこの薬屋に全員集めはしなかったものの都市に散り散りに集まっている。
この少女の身元を探るために各所に待機しているのだ。
この少女が家族のもとに既に兵を送り込んでいるのだとしたら、今から引き返しても誰一人間に合わないだろう。
しかし……
「たいした情報力だな。
なぜ家族の場所がわかった」
ジャミルが問えば少女はにっこり笑い
「言いましたよね?未来を体験してきたと。
あなたがたは2年後「紅蓮の炎」に密告されこの領地で捕らえられます。
もちろん家族もろともです。
あなたたちの中の裏切りものが、あなたたちの潜伏先をご丁寧に教えてくださったので」
そう言って少女は微笑んだ。