12話 暗殺者ギルド
自室で一人机に向かい、リシェルは地図を見ながら思案を重ねていた。
リシェルには自由に動かせる手駒がない。
資金援助をしてくれるマルクと、リシェルを守ってくれるシークがいるが、実際に動いてくれる人間がいないのだ。
これだけではまだ手持ちの駒が足りない。
もっと手足となって動いてくれる戦力を手に入れないと。
末端の戦力は身分を隠し金銭で雇えばいい。
けれど、もっと自分側で動いてくれる戦力。
それも裏切らない、駒。
リシェルには一つだけ思い当たるものがあった。
確か逆行前では今の時期、名の知れた暗殺ギルド内で派閥争いがおきているはずだ。
ギルドの当主の死亡により、派閥が二つに別れ、敗れた派閥の残党がラムディティア領に逃げ込んできているはず。
未来では結局は捕まり皆元の国に強制送還され処刑されたはずだが……。
もし、彼らをリシェルの手駒にできたなら――。
暗殺者ギルドは一度主と認めたものには最後まで忠誠を尽くす。
だからこそ、主が死んだ場合、崩壊しやすい組織でもあるが味方につければ心強い。
逆行前。事件が全て片付いた後。
リシェルは父の書類を見た事がある。
事件の経緯。捕まった暗殺者達の潜伏場所などはすべて記憶してあった。
実際、自分でも頭の廻るほうだとは思っていない。
リシェルにある武器は逆行前の記憶と闘う意志のみ。
けれど先を知るということはそれだけで最大の武器のはず。
--必ず彼らを私の駒にしてみせましょう--
次々と首を切られ死んでいく大事な人たちを思い浮かべ、リシェルは誓う。
リシェルが逃げたばかりに死んでいった人たち。
今世でも何もせず、リシェルが他国に逃げられて現実から逃げたとしても、あの横暴な王子の事だ。
リシェルのいるいないに関わらず意に沿わない意見を言うものを殺していくだろう。
それならば。もう二度とあのような事のないように。
私は全力をつくしましょう。
たとえどんな手段を使ってでも。
□■□
「あなたたちを全員引き取りたい」
そう言って小さな薬草売りの店に現れたのは一人の少女とそれを護衛する男だった。
身なりは小金もちの商家の娘とその従者という感じだが、少女の方は歩き方やその仕草からかなり高位の貴族だと知れた。
「何の事でしょうか?」
ニコニコと、その店の店主ジャミルは応える。
茶髪の気の良さそうな青年だ。
街中にある小さな薬屋で、突然訪ねてきた少女がそう切り出したのだ。
一体何をフザケた事を言っているのか。
ジャミルは不機嫌にはなったが商売なのでニコニコと愛想のいい笑みを浮かべる。
「アクラ・ペル・シャーク」
少女の一言でジャミルは内心で舌打ちする。
ジャミルは暗殺者ギルドの元役職者だ。
それくらいで表情を変えるわけもない。
けれど、この少女が言った言葉は……暗殺者ギルド「紅蓮の炎」が分裂し、派閥争いに破れジャミル達が新たに作り出した暗殺者ギルド「黄昏の槍」の合い言葉の一つである。
最近出来たばかりの言葉で、まだ知る者はごく一部だった。
と、いうのもジャミル達は紅蓮の炎から離脱はしたが誰が裏切り者で誰が味方かそれを判別している段階だった。
現紅蓮の炎幹部に不満を持つものは多くいる。
紅蓮の炎の当主が殺された理由となった、貴族の下で働こうと言い出したからだ。
不満を持つものが多いのは確かだが――圧倒的な経済力でギルドを牛耳っているのも事実。
下手にくるものを全員招きいれれば、紅蓮の炎の幹部達が密偵を紛れこませてくる。
彼らは必ず邪魔な自分たちを潰しにくるだろう。
この少女も幹部連中の差し金だろうか?
「何の事でしょうか?」
「私は未来が見えます。
明日。クレンダル地方で大きな地震が起こります。
クレンダル地方の都市部は無事ですが古代遺跡などは被害を受けることになるでしょう」
「お客様おっしゃっている意味が……」
「10日後。また来ます。
その時に詳細をお話ししましょう。
くれぐれもこちらに追っ手を付けるなどということはしないように。
もし付けてくるものがいれば容赦なく殺します。
それでは」
そう言って少女はそのまま店を出る。
追いかけて居場所を突き止めてやろうかとも思ったが、護衛する者の身のこなしからいってかなりの手練だろう。
ジャミルは毒殺などを得意とする暗殺者だ。
恐らく返り討ちに遭う可能性が高い。
しかも10日後にまた来る?
それはこちらに準備期間を与えることになる。
罠か?紅蓮の炎の幹部達の差し金だとしたら厄介だ。
名も顔も変え、死人の経歴まで奪ってなり変わったのにこちらに気づいた事になる。
あの少女は囮で警戒したこちらに人を集めさせるための罠。
少女を殺そうと集まったこちらの人間を一網打尽にでもするつもりなのか?
そもそも引き取るとはどういう意味だ。
あれは一体どういう意図がある?
面倒な事になった。ジャミルは心の中で舌打ちするのだった。