11話 ナイト(シーク視点)
「私は国に逆らいます。
それでも貴方はついてきてくれますか?」
そう尋ねられたのは、外出の護衛を終えお嬢様を部屋に送ったその時だった。
一瞬言っている意味がわからず、シークは眉を顰める。
シーク・ラファール。
彼は元々下級貴族の三男で、しかも正妻ではなく妾との間に生まれた子だった。
その為実家からの援助はなく、やっと騎士になれても日々の生計をたてるだけで手一杯の生活を送っていたのだ。
父が死ぬと、妾だった母と病弱な妹は家を追い出され、生活はシークが支えるようになり、困窮した生活を送ることになる。
剣の実力はあったが、この世界では最終的に物を言うのは血筋。
下級貴族のしかも愛人の子では彼に出世の道はなく、このままでは病気がちの妹の薬を買う事もできない。
そんな彼を取り立ててくれたのが、今、目の前にいる少女リシェル・ラル・ラムディティアだった。
幼い少女が彼を選んだ理由は――剣の動きが綺麗だったから。
ただ、それだけで深い意味はなかった。
それでも、剣の稽古をしていた中で剣の実力が飛び抜けて高いのはシークだった。
丁度その剣の稽古中、リシェルは父グエンにどの騎士を護衛騎士にしたいと問われ、目にとまったのがシークだったのだ。
自分の娘が剣の腕を見る目があることに気をよくした彼女の父グエン・ラル・ラムディティアがシークを護衛騎士へと異例の抜擢をした。
本来ならシークのような身分の者が公爵令嬢の護衛騎士になる事などありえない。
子供ならではの純粋な気持ちが彼を護衛騎士にまで押し上げた。
護衛騎士が貧窮していたのではつけこまれると、グエンの言葉で、シークには今まででは考えられない高額な給与が支払われ、家も地位も用意された。
今では死んだ下級貴族の父よりも地位が高くなっている。
そのおかげで、妹も母親も病で死ぬまで幸せに生活ができた。
妹は元々助かる見込みのない病気だったため結局は命を落としたが、好きな本が好きなだけ読め温かい食べ物が食べられる生活が送れて幸せだったと笑って逝けた。
それもこれも、みなリシェルのおかげである。
それ故、彼女のためなら命を投げ出すのは構わない。
自分は彼女にそれだけの恩がある。
だが――たった10歳の少女が。
なぜ急に国に逆らうなどと言い出したのであろうか?
今までドレスなど大して興味を示さなかった彼女が急にドレスを自分でデザインすると言い出した事に違和感を覚えた。
打ち合わせの場に護衛騎士でさえも入室を禁じられたのだ。
……もしかすると、あのマルクとかいう商人に何か吹き込まれたのか?
「……お嬢様が本当にそれをお望みならば、私はどこまでも貴方につき従いましょう。
ですが、それは本当にお嬢様の意志なのでしょうか?」
シークの問いに、リシェルは悟ったようで、
「これは私の意志です。
誰かに吹き込まれたわけではありません。
これから、理由はお話しします。
話を聞いた上で、もしついて来てくれるというのなら……血の誓いを。
私には信頼できる騎士がどうしても必要なのです」
そう言って少女は銀の短剣を取り出す。
主従によって結ばれる血の誓い。
それは主に絶対忠誠を誓う奴隷契約に等しい。
強制的な魔法契約。
これを結べるのは高位の貴族で魔力の高い者のみで、相手が自分より魔力が極端に低い事が絶対条件である。
確かに奴隷的契約ではあるが、反対に主になったものも、その騎士が起こした事件や事故の責任と、生活の面倒を見なければいけない責任が生じる。
つまり一連托生の契約でもあるのだ。
過去にはこの主従契約を盾に、身分の低いものに横暴をした騎士が、その主人ごと裁かれた事もあり、契約を結ぶ者は極端に少なくなっている。
逆に言えば、少女はそれだけシークを信用しているという意思表示なのだろう。
「……仰せのままに」
シークはそのまま頭を垂れる。
彼の答えは決まっていた。
自分を初めて評価してくれた少女に。
そして下級貴族というだけで自分を見下す事なく接してくれ、妹と母に安らかな死を与えてくれた自分の君主に。
そのような契約がなくとも。忠誠を誓っているのだから。