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未練がましく死んでほしくて

作者: 静音

今からするのは、一年と少しだけ前の話になるんだけど、少しずつ書いていこうと思う。


僕は今高校三年生なんだけど

昨年の六月の終わりに、クラスにいる嫌いな女子の人生がもう長くないことを知ったんだ。

僕がその話を聞いたときには、彼女の余命はもう残り三ヶ月くらいだったかな。

僕は登校のために家を出れば、次に口を開くのは授業で指されたときか、一度も指されなければ学校が終わり家に着いてからだった。

そんな奴だったから、その話を聞いたときは誰の話かわからなかったんだけど、聞こえてくる声を整理すると、どうやら、いつも笑顔で誰にでも優しいあの女子らしいんだ。

そんな彼女をなぜ嫌っていたかと言われれば、理不尽な理由だ。嘲笑ってくれた方が優しいくらいだ。

簡単に言えば、真逆だったから。

でも、仕方ないことだとも思うんだよ。

人間が他人を嫌うのって、自分とそっくりな奴か、自分と正反対な奴じゃないかって思うんだ。


彼女がもう長くないことを知ってから、1ヶ月くらいが経ったころかな。

僕は学校をサボって、一人で映画館に映画を見に行ったんだ。

いわゆる感動系というよりかは、面白い、笑える映画だった。

それなのに、エンディングが流れたころ、少し離れたところで、鼻をすする音が聞こえたんだ。

その音の先にいたのは、彼女だった。

なぜ泣いているのかというより、ここにいることの方が不思議だった。

この時間、高校ではお昼休みのはずだ。

そんなことを考えていたから、彼女が近づいてきてることに気づかなかったんだ。

「高瀬くん」

学校でよく聞く声が、いつもとは違う近さで聞こえて、彼女がすぐ隣まで近づいていたことに気づく。

彼女は、当たり前のように僕の名前を呼んだ。高校の同級生に名前を呼ばれるのは、たぶんこの時が初めてだった。

僕は彼女の名前を知らなかったので、軽く会釈を返した。

「やっぱり高瀬くんだ。全く、学校サボっちゃダメでしょ。さては高瀬くん意外と不良だな?」と、彼女は笑いながら言った。

「お互い様だと思うけど。君こそ、今日学校はどうしたの?」

「君じゃなくて、いのり。梅原いのり。」

僕は、この時初めて、大嫌いな彼女の名前を知ったんだ。

「じゃあ、梅原さんは、なんで映画館にいるの?」

「いくら他人に興味がなさそうな高瀬くんでも、私がもう長くないことくらいは聞いたことあるでしょ?

映画鑑賞が趣味だったの。でも、あんまり死ぬギリギリまで見てると、死にたくなくなっちゃうからね。今日は、けじめをつけにきたってわけです」

「だから、このコメディ映画に、涙を流してたってわけか」

「そういうことだね。みんなの前では気をつかわせたくないから、泣けないし。今回は君がいたけど、一人の時は思い切り泣こうと思ってね」と彼女は明るく言った。

やっぱり嫌いだな、と思う。死ぬ前くらい、気が済むまで泣けばいいんだ。泣いて泣いて、周りに迷惑をかければいいんだ。そのくらいしたって、バチなんて当たるはずがない。死ぬのが怖いと泣く人に、一体誰が怒れると言うのだろう。

それなのに、彼女は自分を抑えてまで周りのことを気遣った。

僕は彼女のその優しさが大嫌いだったんだ。

そのあと、少し話をしたんだけど、何の話をしたのかは覚えてない。

でも、話を終える直前に彼女がふわりと笑って言った

「もういつ死んでも悔いはないや」という言葉で、僕が彼女に嫌がらせをすることに決めたのは、確かだ。

それから、間もなく、彼女は友人と遊びにいったりしなくなったんだよ。

聞いたわけではないけれど、もし聞いたら、あの日映画館にいたみたいに、ギリギリまで友人と遊んでいたら死にたくなくなってしまうから。なんて、彼女は笑って言うような気がした。


彼女を担当した医者の診察が正しければ、余命が残り1ヶ月と半月くらいになったころ、僕は彼女に声をかけた。

「残りの余命、何もする気がないなら、僕に付き合ってくれないか。

僕と遊んだって、生きたいなんて、思う心配ないだろ?」

僕が彼女にこんな提案をした理由は、簡単だよ。

簡単に言えば、死を目の前にしながらも、笑顔で生きている彼女に腹が立ったんだ。

だから、どうにかして、彼女を「死にたくない」って、大泣きさせてやりたかったんだ。

この提案に「いいね、ちょうどなにしようか考えてたところなんだ」と、いつもの笑顔で、彼女は答えた。

こんな風に、1ヶ月半にわたる、僕の彼女への嫌がらせが始まったんだ。


最初に行ったのは、近くの水族館だった。

彼女の好きなものが何もわからない僕は、彼女のリュックについていた、クラゲのストラップを頼りにするしかなかったんだ。

夏休みも終わりが見えてきて、多くの学生が課題に焦り始める、八月の中旬。

集合時間ちょうどに来た彼女は、普段の制服姿でないせいか、遠目からでは誰かわからなかった。

「おはよう」いつもの笑顔で彼女が言う。

おはよう、といつもの無愛想で返した。

中に入り、特に会話もないまま、色々な魚を見ながら歩いた。

そのまま歩いて十分くらい経った頃、後ろを歩いていた彼女が突然僕を追い越していった。

驚いて顔を上げると、前を走る彼女のさらに奥に、ライトアップされたクラゲが見えた。

水槽の目の前まで近づく彼女の横で、僕は生まれて初めて本物のクラゲを見た。

小さい頃から、どこかに連れていってもらった記憶がほとんどなかった。

水族館は、小学校の頃に遠足かなんかで連れてかれたが、そこではクラゲは扱われていなかった気がする。

初めて見るクラゲは、美しいの一言だった。

「そろそろ、次に行こうよ!」

彼女にそう言われるまで、僕はクラゲに見とれていた。知れば知るほど歴史は面白いなんて言う人がいるように、僕にとって、知れば知るほど見れば見るほど、クラゲは美しく面白くなった。

彼女の呼び掛けを聞いて、名残惜しくもその場を離れた。

その後は、イルカのショーとか、ペンギンの餌やりなんかを見た。

初めて見るものが多かった僕には、一つ一つのものが、とても新鮮だった。

一方、彼女は何回か来たことがあるらしく、得意気に魚の説明をしたり、案内をしたりしていて、それはそれで楽しそうだった。

彼女の家の最寄り駅に着いたところで、彼女が席を立つ。

「今日はありがとう。これからも余生の暇つぶし付き合ってよ」

嘘か本当か、実際のところ、どうだったのかはわからないけれど、

彼女の言葉に、嫌がらせは順調だと、僕は疑いもしなかった。

それからは浅草に行ったり、美味しいものを食べたり、地上の動物を見に行った。

初めて見る、雷門の文字。初めて食べる、生クリームが山盛りのパンケーキ。テレビで見るのとはまるで違う迫力を持った動物達。

そのすべてが僕を驚かせた。

その度、彼女は、得意な顔で、僕にあれこれを説明して、笑った。


彼女の余命が残り3週間くらいになった頃。

「いつまで、入院しないでいられるの?」

余命宣告された人間が、残り1ヶ月を過ぎても、外で、こんなにのびのびとしていていいのか、不思議だった。

「大人しく入院していれば、少しだけ長く生きていられるみたいだよ」

まるで人ごとのように言う。

「ただ、私は入院して、小さな部屋の中で長生きするより、外で、のびのびと短く生きる方がいいと思って」

これは、僕も同意見だった。

もし選べる立場にあるならば、外で短く生きるのを選ぶ人の方が圧倒的に多いと思う。

なにも出来ないまま死を待つのは、自ら死を迎えに行くよりもよっぽど怖い。

彼女は、死ぬまで外でのびのびと生きると決めたらしい。

彼女に残された残り約三週間という時間は、僕が彼女に嫌がらせできる残り時間も同様に示した。

死にたくなくなるほどの生きがいを、彼女に教え込むための時間は、目に見えるほど少なくなっていた。

数日後、彼女の希望で、僕らは海に行った。

海といっても、泳ぐことを目的に行ったわけではなく、正式にいえば、海の奥に沈む夕日が見たい。それが彼女の願いだった。

真っ赤なリンゴのような夕日に照らされた海は、とても綺麗だった。

あまりの美しさに驚いている僕の横で、彼女は静かに、でも力強く、その風景を見つめていた。

その横顔が、なんだかとても魅力的で、少しの間、無意識に見つめてしまっていた。

数分経って、彼女が口を開く。

「やっぱり、ここに来て正解だった」

嬉しそうに、いつも通り笑う。それでも、その笑顔がどこか少し寂しそうに見えたのは、僕の願望か、夕日に照らされていたから。

「これで、君との暇つぶしも終わりにしようと思う」

突然の宣告に、僕は驚く。慌てて言葉を探した。

「待って。じゃあ、せめて、あともう1日だけ、僕に付き合ってくれないか」

ここで終わるわけにはいかなかった。まだ「死にたくない」を聞いていない。あんな社交辞令みたいな、楽しかった。で満足できるわけがない。

「五日後に、あと一日だけ」

「仕方ないなー。それがほんとに最後だよ」


五日後のお昼頃、学校で待ち合わせた。

集合時間より十分早く着いが、彼女はもう正門の前に立っていた。

「お、きたきた。今日はどこに連れていってくれるの?」いつもの笑顔で尋ねる。

「着いてきて」

バスに乗り、バス停をいくつか越えて着いたのは、二ヶ月前に彼女が永遠の別れを告げた映画館だった。

「高瀬くん、もう決めたから。申し訳ないけど、映画は見ない」聞こえた声は、どこか悔しそうだった。

「映画を見るなんて言ってない。映画は見ない。約束する。だから、ついてきて。」

それだけ言って、映画館の中に入る。

もし彼女が拒んで着いてこなかったら、と考えると、すぐには振り返れなかった。

だから、少しして振り返った時に、隠しきれてない、いつもの笑顔が会った時はすごい安心した。

この最後の嫌がらせに、僕なりの努力をしたつもりだったから。

僕の住む町はすごい田舎で、電車で数分間乗ったところに大きな映画館が出来て、この映画館に来る客は減り、もれなくこの時も僕達だけだった。

一つのシアターに入る。もちろんそこにも誰もいない。

彼女を席に座らせ、用意していたものを上映する。大画面に映ったのは、僕が聞いた限りの彼女が生まれてから今まで、深く関わってきた人達だった。

そして、大迫力でクラッカーの音が響く。

「お誕生日おめでとう!」

この日は彼女の誕生日だった。


彼女と五日後の約束をした翌日、僕はこの映画館を訪れた。

シアターを一つだけ貸りたかった。

無理を言っているのは分かっていたし、だからこそ、引き下がらない覚悟を用意して言ったのに、理由も話さないうちに、映画館のオーナーは潔く了承してくれた。

彼女に嫌がらせを始めてから、数日経った頃、彼女の誕生日が近いことを知った。

この機会を活かさない手はないと思った。

死が近付くにつれ、彼女が消そうとした大切な人物達を、もう一度彼女の頭の中に貼り付ける。

これが僕の思いついた、最大の嫌がらせだった。


映像を見た彼女は、僕の予想をはるかに超えて喜んでいた。

映像が終わると、やや興奮した様子で「ただ生きてたって、こんな思いはできないよ。やっぱり私、思い残すことなんてないや」と、嬉しそうに話した。

沈黙のあとで、それでも、と続けた。

「出来るなら、みんなともう少しだけ笑いたかったな」

彼女の目が少し赤いことに気付かないふりをして、次の目的地に向かうことを伝えて、急いで歩き始める。

後ろから、いつかの映画館での鼻すすりと同じものが聞こえて、少し視界がぼやけていたのは、彼女にはバレていなかったと思う。

その後、僕は彼女を綺麗な夜景が見えるところに連れていった。

夜景が好きだと前に聞いたことがあったから。

夜景を見て数分後、彼女を見ると、頬を涙が伝っていた。そして唐突に

「本当に死んでも構わないと思ってたけれど、君と過ごした、ここ数ヶ月は本当に楽しかったな」と言った。

彼女の口から死にたくない、が聞きたかった僕は、今何を思ってるのか、と聞いた。

やっと聞ける。ここ数ヶ月の成果がやっとだ。そう確信していた僕の目には見たことの無いほどの満面の笑みが届いていて、耳には、本当にありがとう。

予想外にもそんな言葉が涙声と一緒に届いていた。

気づいた時には、僕は彼女を抱きしめていた。

彼女も優しく返してくれていたように思う。

自分でも止められなくて、死なないでくれないか。なんて漏らすと、

「それは無理だな。ごめんね。」と小さく呟いた。


それから一週間くらいして、彼女は眠るように息を引き取った。

僕のタイミングが悪くて、最後の最後は会えなかったんだけど、彼女の親御さんから聞いた話だと、すごく感謝してくれていたみたい。


彼女はあの日の帰り

「私は死んじゃうけどさ、君は生きていられるわけじゃん。だったら、私はもし迷子になったら君を探して、また綺麗なクラゲを見に行くよ」

って嬉しそうに言っていたんだ。


水族館に行った時、色々思い出して、彼女のことをみんなに教えたくて書きました。

おわり。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


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