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幕間1-7 キャッチコピーは「命短し歌えや乙女 奏でよ乙女 道に散りゆくその日まで」だった




 食後みんなでしばらくまったりしていたが、あることを思い出した。


「そういや俺のポケベルは?」

「ポケベルって……昔のメッセージ送れるやつだっけ? そんなの元々持ってないでしょ。スマホならまだ取ってあるけど」

「すまほ? なんだそれ」

「は? なに言ってんの。スマホだって、スマホ」


 千冬がポケットから、板状の機械を取り出す。ダイバーズギルドの潜層階記録用魔道具のようなそれのボタンを押すと、ガラス面に家族写真が浮かび上がった。

 まだ父さんが健在だった頃行った、潮干狩りの写真だ。


「うお、スゲェ。それがすまほなのか。写真を見れる機械なのか?」

「なに……言ってるの、お兄ちゃん。電話とかメッセージとかネットとかやれるけど……わかってるでしょ?」

「そんな物で電話が!? ネットってインターネットってやつか? うーん……」


 顎に手を当てて考え込む俺を見て、千冬は不安そうに眉を寄せている。


「なんなの、ねえ」

「おかしいとは思ってたんだ……たかだか三年八ヶ月で、ずいぶんと技術が進歩してるなって。テレビとかあんなに薄くなってるし。しかもポケベルが昔のものなんて……もしかしてここは──」


 ゴクリと千冬が喉を鳴らす。


「──パラレルワールド……俺の知っている日本ではないのかもしれない」

「じょ、冗談でしょ……それってお兄ちゃんが私の知ってるお兄ちゃんじゃないってこと!?」

「そう……なるな……」

「嘘だよそんなの! ようやく帰ってきたのに、そんなっ」

「なんてなー。で、俺のスマホはどこだ?」


 普通に考えれば有り得ないわな、パラレルワールドの俺も失踪してて、入れ替わるとか。

 そもそも俺はパラレルワールドの存在なんて信じてないし。千冬のノリが良かったから続けたが、千冬だって信じてないだろう。

 兄妹のスキンシップとして、こういう寸劇を昔からたまにやってきたのだ。


 千冬の相変わらずの演技力に感心していると、当の本人はうつむいてブルブル震えていた。


「どうした、寒いのか?」


 湯冷めしてしまったのではないだろうか。

 そう心配する俺を、顔を上げた千冬がなぜか睨みつけてきた。


「ほんと……ほんっとバカ! お兄ちゃんバカ! バカお兄ぃ! 鬼バカ!」


 立ち上がった千冬は、足音荒く去ってしまった。


「どうしたんだいきなり……俺だけならまだしも、最後にはセラの悪口まで言うなんて」

「殴りますわよ」

「千冬、逃げろ! 殺されるぞ!」

「貴方をですわ!」


 妹には理不尽に罵倒され、婚約者には理不尽に脅され……一体俺がなにをしたというのか。


 母さんにまで「時と場合を考えた冗談を言いなさい」と理不尽に怒られていると、千冬が戻ってきた。


「ハア、お兄ちゃんだししょうがないし、私ももう大人だし」


 自分に言い聞かせるようにブツブツなにか呟いている千冬から、ポイッと雑に渡されたのは俺のスマホだった。取りに行ってくれたようだ。

 礼を言って、ニケたちにスマホを説明しながらとりあえず充電してみているが……考えてみると、使えたとしても特別使う必要がないんだよな。この中に眠るどんなお宝画像も、三人には敵わないし。

 スマホ自体、向こうでは大して役に立たないし。


「もうスマホもいらないか……」

「っ……そ、そうだお兄ちゃん、LBWの(ツー)が出たんだよっ」


 不機嫌だった表情を一転させ、無理に作ったような笑顔になった。情緒不安定さが心配である。やはり悩みでもあるのかもしれないな……あとでじっくり聞き出そう。


 千冬の言うLBWとは、レディースバンドウォーズというスマホアプリである。世紀末的な日本で繰り広げられる、女性バンドグループの抗争がテーマのカオスなリズムゲームだ。

 俺がやっていた初代は終わってしまったようだが、続編が出てるのか。


「なんと2では難易度三十二まで実装されたんだよ」

「まじか。それ人間の限界超えてね」


 それなりにやっていたが、初代の最高難易度である三十でも生き残るのが精一杯だったのに。


「うん。チート以外ではまだ、回復無しで完走した人いないみたいだよ」


 そう言ってアプリを立ち上げた千冬が、みんなの注目を集めつつ三十二の曲をプレイする。

 確かに尋常ではないノーツの数と配置の複雑さだ。


「なるほど。主殿、これは流れてくるあの印を触ればいいのだな?」

「おう、そういう遊びだ。ふむ、千冬もかなり腕を上げたな」


 それでも五分の一も行かない程度で力尽きていたが。


「はー、こんなもんかなあ……やる? ま、ブランクのあるお兄ちゃんじゃ、私より早く脱落だろうけど。ふふふ」


 そう言われてしまえばやらざるを得ない。

 だが……いや、いいか。

 遊びはやるなら本気でやらないとな────それが遊びにもならなくても。


 しかしプレイ前に問題が起こってしまった。

 千冬のスマホを持つとノイズが走り、関係ないアプリがいくつも勝手に起動しだしたのだ。


「ちょっ、なにしてんの!?」

「なんもしてないが……あー、もしかして」


 無意識でやってしまっていたが、流していた『魔力』を止める。

 するとスマホの異常な挙動が収まった。


「どうやら魔力が悪さするみたいだな。ほら」


 無意識のときより気持ち多めに流すと、今度は電源が落ちてしまった。


「そうなんだ……って、ぎゃーっ! 私のスマホ!」


 慌てて千冬が俺からひったくって電源ボタンを押すと、スマホは問題なく起動した。


「良かったあ……もう、お兄ちゃん!」

「悪い悪い、つい試しちゃった。流さないようにすれば大丈夫だから」

「ほんとに? 絶対もうやんないでよ」


 渋々渡されたスマホを操作すると、今度は問題なくアプリを立ち上げることができた。


 それにしても魔力がダメなのか。

 スマホなんて超精密機械だし、ほんの少しの影響でも誤作動するのは理解できるが……もしかしたらあっちの世界に機械系を持っていっても、使い物にならないかもしれないな。魔力なんてそこかしこに漂ってるだろうし。

 あとで検証はするとしても、色々買い込む前に気づけて良かった。


「んーと、この曲だったか」


 とりあえず今は、曲を選んで……スタート。


 難易度三十二。

 こちらの人間(・・)の限界を超えた曲。


 すぐに失敗して怒ったり騒いだり。

 そうやって楽しめたのだろう、本来であれば。


 だが────俺はもう、これを楽しめない。


「…………え、なんで? は?」


 オールパーフェクト。

 俺が叩き出した結果に、千冬が口をポカンと開けている。


「俺はもう人間じゃないからな。こっちの世界の体を使う娯楽とかスポーツは、もう楽しむことも競うこともできないんだ」


 開いていた口を引き結び、千冬はしばらく黙っていた。


「…………金メダルとか、いっぱい取れるんじゃん」

「ああ、どんだけ手を抜いてもな。そんなイージーモードつまんないだろ?」


 俺が言いたいことがわかったのだろう。母さんは目を伏せ、千冬は唇を噛んでいた。


「マスター……」


 風呂に行ってからは落ち着いていたが、それでもなにか言いたげなニケに首を振る。


「言っとくが、俺は今の自分になんの後悔もない。たとえ今選べるとしても、お前たちと生きていく道を選ぶ。本当だぞ?」

「……はい」


 やはり風呂で良い変化があったようだ。ニケは素直に頷き、柔らかく微笑んだ。

 それを見て俺は、母さんと千冬に顔を戻した。


「だから……ごめんな。俺はこっちで暮らすことはできない」


 向こうでのやるべきことが終わったあとでも。


 それにはもちろん色々理由があるのだが、俺にとって結局はそこなのだ。

 あくまでも身体能力という面だけではあるが、それでもイージーモード過ぎる世界で生きていくのは、つまらないのだ。

 思い切り走れないような窮屈な思いを、三人にさせたくもないし。


「やっぱノーマルのイージー寄りぐらいが楽しいからな」

「ぷっ、なにそれ。十分甘々だし」


 本当は帰ってきたその日にこんな話をする気はなかったが……変に期待させる前に言えて良かったのかもしれない。

 大丈夫。今は涙があふれそうでも、千冬はもう大人なのだから。


「……そうだよね。お兄ちゃんなんてどうせこっちにいても、良くて迷惑系、悪かったらどこまでいくかわかんないもん。塀に区切られて会えないより、異世界の方がマシだよね」


 ひどいよね。お兄ちゃん涙があふれちゃう。


「兄を異常者みたいに言うのはやめとこうか……まあ、たまには帰ってくるから」

「……うん」

「お前がお婆ちゃんになってもピチピチの若い姿でな」

「うわ、それすっごいイヤ」


 鼻をすすりながらも、千冬が歯を見せてくれた。

 母さんも千冬も、俺がこちらでは暮らさないことをわかってはいたのかもしれないな。思ったより落ち着いている。

 三人の反応も少ないし、風呂場でなにか話をしたのだろう。

 ……俺がいらない子だからじゃないよね? 違うよね?


 しんみりとしてしまったが、チーンと鼻をかんで千冬は気持ちを切り替えたようだ。ちょっと無理してそうだが。


「はー、それにしてもビックリした。お風呂で見たときはよくわかんなかったけど、そんなに身体能力違うんだね……簡単にオールパーフェクトとか」


 風呂なんかで一体なにを見たのか疑問である。とりあえずニヒルな笑みでキメておく。


「ふ、まあな」

「その顔ムカつく……っていうか、余裕ってわかってたんなら本気出さないでよ。チート疑われてアカウント消されるんじゃないの、これ……三人もやっぱり同じくらい凄いの?」

「ふ、教えてやろう。我こそが、四天王最弱戦士なり」

「それでなんでその顔でドヤれるの」

「お前らも試しにやってみるか?」

「いいんですの?」


 超速でセラが食いついた。さっきからウズウズしてるっぽかったからな。


「よしルチア、やってみなさい」

「私が!?」

「なんでですの!?」


 理由はない。ただちょっと意地悪したかっただけである。

 セラの膝の上でほっぺをこねくり回される中、ルチアがスタンバイ。


「魔力は流すなよ」

「わ、わかっている」


 その一打目。

 パキン────破滅の音が響いた。


 魔力を流さないことに意識を注ぎすぎたルチアは、致命的に力加減を間違えた。


「わっ……私のスマホーーっ!」

「すすすすまないっ!」


 千冬……お兄ちゃんとの別離より悲しそうなのはなんでなのかな?




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