幕間1-5 タイトルは教えてくれなかったが、いつか絶対探し当てて読んでやると誓った
「じゃあ改めて、私は真一の母の橘響子です。今の姓は今川になったけれど。それと、この子は娘の千冬です」
母さんの紹介で、千冬がペコっと軽くお辞儀する。まだセラたちに警戒している様子が見受けられるな。
「それで……そちらのお嬢さんたちと迷宮を攻略? して帰れるようになったって教えていただいたけど、皆さんは真一のパーティーメンバー? というものでいいのかしら。真一、ちゃんと紹介してもらえる?」
いきなり迷宮攻略とか言われてもピンとこないのは仕方がない。何度か首を傾げつつ、母さんが催促してくる。
俺が真一であることを信じてもらうことが先だったので後回しにしていたが、操の話が入って三人もヤキモキしていただろう。話を振られて、ルチアの背筋が伸びたのがわかる。
「主とかマスターとか言われてたけど、まさかお兄ちゃんがリーダーなの? まさか」
「俺がリーダーだが、なぜダブルまさかなのだ、妹よ。まああれだ。パーティーメンバーというより、婚約者だな」
静まり返ってしまった。
多分よく聞こえなかったのだろうからもう一回。
「婚約者だな」
しばらく待つと、ようやく千冬が反応した。
「誰が?」
「三人が」
「誰の?」
「俺の」
「ない。ないないないない」
兄が婚約なんて、遠くに行ってしまうみたいで寂しいのだろう。千冬は顔の前で手をブンブン振っている。
割とぽややん系の母さんは「あらー、お嫁さんが三人も」などと言っている。
晴彦さんは普通に驚いている。
「なにかの勘違いじゃないの? こんな美人がお兄ちゃんと婚約とか……ていうかなんなの三人って」
「千冬、やはり人の価値は内面にあるということなのだよ。こちらの世界では、外面においてメディアなどが作りあげた基準がある。そしてそれに流されるまま、人々はイケメンとそれ以外の者を仕分けしてしまう。しかし情報網の未発達なあちらでは、そこまで明確な外面の基準がないのだ。つまり異性を評価する際、こちらよりも内面に重きが置かれるということだ。それを踏まえれば、俺に三人の婚約者がいるということがどういうことか……わかるよな?」
「わかった。お兄ちゃん、凄いお金持ちだったりする?」
「わかってないよな? 人の話聞いてたか? 金ならあるが、それがどうした」
「そっか……お兄ちゃん勘違いじゃなくて、騙されてるんだ……」
なにか呟いて、千冬は憐れみのこもった目で俺を見ていた。どういうことなの。
「なんだかわからんが、とにかく紹介しよう。俺の右手側からニケ、ルチア、セラだ。誰から自己紹介いく?」
一応聞いたが、俺が名前を出した順番にいくのだろうと思っていた。
しかし注目を集めるニケは、なぜか横を向いた。
「……私は後で構いません。二人が先にどうぞ」
そしてセラも。
「……真ん中にいますし、ルクレツィアさんからどうぞ」
「わ、私から?」
「別に誰からでもいいんだけど。じゃあルチアからで」
「わかった。では僭越ながら……私はルクレツィアと言います」
そこで一旦咳払いで喉を整えたルチアは、おもむろに指を広げて左手を突き出した。
そして指を震わせながらも、懸命に中指と小指だけを曲げる。
「グワシッ」
ルチアの奇行に、向かい合う三人はひたすら困惑することしかできない。そりゃそうだ。
しばらく動きを止めていたルチアだったが、その様子を見て静かに左手を戻した。
「……………………騙したなっ!?」
「なんでこっちは信じた」
礼儀正しい挨拶として、ピノコ式の次にまことちゃん式を見せたのだが……まさか信じていたとは。
「姑が嫁の柔軟性を見極めるための大切な儀式だとお前が言うから! 遥か昔のショウワ時代から続いてるとか、最近では知る人も少なくなったとか、もっともらしいことを言うから!」
「おっ、落ち着け……確かに言ったけど、でもセラとニケは信じてなんて──」
ガクガク揺さぶられながら左右に顔を向けてみると、二人は顔を背けていた。
まさか信じて……いや、違うっ。二人は半信半疑だったのだ!
そうか、だからか……だからルチアにいかせたのか。さながら地雷が埋まっているかもしれない道を、先に歩ませるように。
なんて恐ろしい子たちだ……。
それぞれ自己紹介を済ませるころには、母さんたちはリアクションを取りすぎてぐったりしていた。
少しして復活してきた千冬が、新しい姉となる三人に目を向ける。
「元貴族で元奴隷で獣人化……」
俺が奴隷を買ったということに、ぽややん系かつキレるとヤバい系の母さんが噴火寸前までいったが、ルチアは別に非合法の奴隷だったわけではない。向こうの社会構造などをちゃんと説明して、なんとかわかってもらえた。
そのあとルチアの身の上話を聞いて、母さんは涙ぐんで「本当の母親だと思って、なんでも言ってちょうだい!」と、身を乗り出してルチアの手を握りしめていた。
千冬は貴族とか奴隷とかという単語に、やたらと食いついていた。
ついでに、自分はニケとセラとは違って見た目通りの年齢だと言ってしまったルチアに、二人がキレていた。
「元エルフの副ギルドマスター……」
隠していた耳を露わにしたセラに三人とも驚き、ギルドの副マスターで受付嬢をやってもらってたことに千冬は妙に興奮していた。
母さんは、この見た目で自分より年上であることにショックを受けていた。ちなみに具体的な年齢は、俺もまだ知らない。
そして、「加入したのは最近ですけれど、二人に負けるつもりはありませんわ」とにこやかに笑うセラに、ニケとルチアも笑って応じていた。それを見て、向かいの三人は震えていた。
「極めつきには元神剣……」
ニケはまあ……あれだ。
『ニケです。元は一振りの剣でした。今でもシンイチの剣であることを自負していますが、それ以上にシンイチの鞘であることに喜びを感じています』
と、いきなり下ネタをぶち込んで、三人にお茶を吹き出させていた。
多分人として、女として共にいれることが嬉しいと言いたかったのだろうが、やはり緊張していたのかもしれない。
ニケの前身であるシュバルニケーンが異世界一有名な武器であったことは、ルチアの熱弁とセラの冷静な解説により三人に伝わった。
ただ母さんと晴彦さんは、それと今のニケがいまいち結びつかないようだったが。剣が人になりましたと言われても、ファンタジーに造詣が深くない人には想像がつかないのもしょうがないだろう。
千冬はなぜか、まさかそんなことまでやるなんて、と悔しがっていた。
「こ、濃い……」
三人のアイデンティティを短くまとめて感嘆する千冬に、ニケが首を振った。
「今は鞘です」
「それはもういいですっ」
ニケちゃんそれ気に入ったの?
「言っとくが千冬、セラが本気出したらもっと濃いからな」
「余計なことは言わなくていいですわ」
もちろんニョロニョロのことである。
「凄く驚いたけど、みんな良い方たちみたいでお母さん嬉しいわ」
「いや、でもわかってるお母さん!? 三人だよ!?」
「チフユ殿、やはり主殿に我々三人だけでは少な過ぎるだろうか?」
「全然違いますよ!? お兄ちゃんには、幽霊一人憑いててももったいないですから! っていうか、私は呼び捨てでいいですっ」
妹よ、いくらなんでもそれはヒドくないかな? もちろん三人とも俺にはもったいない女だけど。
「そうじゃなくて、向こうではいいのかもしれないけど、この国では重婚は禁止なんです。だから一人としか結婚できないんです」
千冬の言葉に、三人が凍りつく。そういえば言ったことなかったような。
しばらくして動き出したニケが、なぜか二人に頭を下げた。
「……ルクレツィア、セレーラ、すみませんね」
「ちょっと!? なにをもう決まったみたいに謝ってますの! その勝ち誇った笑みをおやめなさい!」
「いえ、笑ってなど」
確実に笑っているニケと吠えるセラの間で、ルチアはむむむと唸っていた。
「……仕方がない。私はこの際、妾でも」
「あの、ルクレツィアさん。このご時世だと、妾とかも普通じゃないっていうか、周りから白い目で見られるっていうか」
「なっ……ででではどうすれば!?」
ルチアがさっきりより激しく揺さぶってくるが、高反発大玉メロン……いや、もはやスイカクッション二つのお陰でむち打ちにはならないのだ。
「心配すんな三人とも。周りになにか言われても、言葉が通じないフリしとけば大丈夫だ」
「大丈夫なわけないでしょ! 相変わらずいい加減なんだから」
「いいんだよ。昔から言うだろ。よそはよそ、うちはうちってな」
「そういう問題じゃ……」
俺がどうあっても三人を手放す気がないのを理解した千冬は、大きなため息をついた。
「ハーッ……知らないからね、お兄ちゃん。ちゃんとケジメつけないせいで、後で刺されても」
「心配してくれるのはありがたいが、下手にケジメつけると今すぐ刺されるんだ」
こんなことで捨てたら、ニケには間違いなく刺される。
セラも最低半殺しはいくだろう。
ルチアはぐっと飲み込んで、黙って去るかもしれない……一番こたえるな。
やはり俺の選ぶ道はハーレムしかない。
俺の保身……もとい毅然とした態度に、三人も落ち着きを取り戻した。もうハーレムマスターと名乗ってもいいだろう。
それから色々と話をしたが、千冬はルチアたちのことが心配だっただけのようだ。三人を嫌がっているということはまるでなさそうで安心した。
でも俺のせいで体験したとかいう、有りもしない苦労話で意気投合するのはなんなの。
それと多少は違うかもしれないが一年の長さはあちらとほとんど同じで、俺が召喚されてからこちらでも三年八ヶ月が経っていた。
千冬は無事大学に合格していて、春には進級して二年になる。車の免許も取ったが、今は原付きで通っている。
「千冬が車の運転できるのか……しばらく見ないうちに大きくなったもんだ」
「お兄ちゃんは見ないうちに小さくなっちゃったね」
親戚のおじさんおばさんごっこをする俺たちを見ていた母さんが、なにか思い出したようで嬉しそうに笑った。
「そういえばこの子、なんだったかしら……『コンニャロウ』? とかいうところに小説を投稿してるのよ」
「ちょっ、お母さん!」
「そうなのか、凄いじゃんか」
「主殿、コンニャロウというのはなんだ?」
コンニャロウというのは、日本最大の小説投稿サイトである。
三人に説明するのは難しかったが、なんとか理解できたようだ。
「どんなの書いてんだ?」
「新二君が異世界に行って冒険するお話よね?」
必死で止めようとするも母さんにバラされた千冬の顔が、見る見るうちに赤く染まる。
ニケたちのことに妙な反応を見せていたのは、そういうのを書いてるからか。
それにしても新二って……。
「ちちっ、違うから! 別にお兄ちゃんが生きてること想像して書いてたわけじゃないから!」
慌てて手を振る千冬の姿に、後光を幻視してしまう。お兄ちゃんまた泣きそう。
三人も眩く神々しいものを見るように、目を細めていた。
「…………妹神ですわ」
だろ?




