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5-36 お別れだった




 その日、ダイバーズギルドの受付は久し振りの賑わいを見せていた。

 ただ、その場にいたのはダイバーだけではない。ハンターやマーセナリー、それどころか冒険者ではない街人も多かった。以前リス獣人の居酒屋で会った爺様たちも来ている。

 みんな口々に激励と、別れの言葉を投げかけている。たまに俺に向けた文句も。


 セラが今日退職して街を出ることを知り、人々が集まってきてしまったのだ。

 この難しい情勢時に出ていくことを快く思わない者も多いだろうに、どれだけセラがこの街に愛されていたかがわかる。


「セレーラ、僕ではまだまだギルドマスターとして力不足だろうけど、みんなと協力してやっていくよ。だから君は心配しないで、彼らと共に羽ばたいてほしい」

「ありがとうございます。ですが私は心配していませんわ。私などいなくとも、皆様ならこの難局も乗り越えていけると確信しています」


 セラが《研究所(ラボ)》から外に出て十日程度なのだが、引き継ぎはもう終わった。実のところ半年以上前から、周りに色々教え込んでいたらしい。いつ退職してもいいように。

 そのことに驚いたのが俺だけだったのはなぜなんだろう。


「あはは、君にみんな鍛えられたからね。今まで本当にありがとう」


 ゼキル君から渡された花束を手にしたセラが一礼すると、周囲から拍手が巻き起こる。

 そして職員一人ずつと声を交わしていったのだが、そのテンポを乱す者が現れた。ピンク頭のピージである。

 また泣くんじゃないかというようなイジケた様子で、口を引き結んでいる。

 セラとの別れが悲しいのだろう。案外いいところもあるじゃないか。


「そんなはずないでしょう」

「絶対違うぞ」


 少しの間をおいて、ここからは聞こえないがセラとピージが言葉を交わす。

 そうしたら、


「副ギルマスのバカー!」


 と大声で叫び、ピージは結局また泣きながら走り去っていった。

 経緯は不明だが、勝ち誇った顔をしている俺のセラをバカ呼ばわりとは、やっぱりろくでもない女だな。


 そのあとはなにごともなく終わり、涙ぐんでるゼキル君に挨拶してから職員に見送られてギルドを出た。

 ニケからセラへと移された俺は、花束を持たされて南門へと向かう。


「……というか、なんでこんなついてくるんだよ」


 大名行列のように、暇人たちがゾロゾロと後ろに続いていた。進むほどに増えてるし。後ろの方は、絶対これがなにかわかってないだろ。


「ははっ、セレーラ殿の人徳の高さゆえだな。そういえば、さっきピージになにを言ったのだ? また泣いていたが」

「ああ、あれはピージさんが私にズルいと言ってくるので励ましただけですわ。私は女として幸せになりますので、貴女はここでお仕事を頑張ってくださいねと」


 ズルいと言われても励ましたなんて、セラは人が出来てるな。これが人徳を生むのか。

 なぜかルチアとニケは、うわーみたいな顔をしてるが。


「人徳……」

(えぐ)ったのですか。貴女もなかなか」

「彼女には苦労させられましたもの。これぐらい言ってもバチは当たりませんわ」


 よくわからんけど、そう言って笑みを浮かべるセラは以前より生き生きとして見える。魅力増し増しで良いことだね。




 南門に着くと、約束通りクリーグさんがいた。見送りたいからとのことで、待ち合わせていたのだ。

 孤児院には朝に顔を見せたが、院長のナディアさんも横に並んでいる。

 ……でもそれだけじゃなくてヴォードフさんとシグルさん他騎士大勢もいて、立派な馬車も止まってるんですけど。

 近づいていくと、馬車の扉がパカンと開く。


「遅かったな、待ちくたびれたぞ」


 暇侯爵まで来てしまっていた。


「なんでいるんですかねえ。昨日セラが挨拶に行きましたよね?」

「そなたは来なかっただろう。そなたには一言言わねば気が済まんのでな」


 馬車から降り立った侯爵が、真っ直ぐに俺を指差した。


「良いか、セレーラを悲しませるようなことがあれば絶対に許さんからな。覚えておけ」


 そんな当然やらないことを戒めるために、わざわざ来んなよ……。


「忘れませんよ。侯爵様が僕にあんな二つ名をつけてくださったことも」

「……それはもう忘れぬか?」

「無理です。それと侯爵様も忘れないでくださいね。ダンドンたちは()()()使わさせてあげるだけですから」

「なっ、なに!? だが素材は……」


 魔物素材は孤児院をしっかり面倒見るよう要求するためにただであげたが、それとは話が違うのだ。

 あれだけの戦力を安く貸しただけでも、復興への協力としては十分だろう。


 俺に向けられた侯爵の指がへなへなと力を失う中、ルチアとニケも頷いている。


「今は貸しにしておくのがいいだろうな」

「いつかなにかで使えることもあるでしょう」

「……そなたらもやはり同類か。良かったな、セレーラ。頼もしい仲間で」

「ふふっ。ええ、とても」


 それからクリーグさんたちとも挨拶を済ませ、出立の時が来た。

 手を振ってサラッと行こうと思ったら、侯爵がそれを許さなかった。


「最後に、集まった皆になにか言っていけ」


 ハァ、いちいち大袈裟なんだよ……。

 仕方ない。パーティーリーダーとして、そして一家の主としてバチンと締めてやるか。


「では、皆さんに水晶の輝きがあらんことを」


 怒号と罵声が返ってきた。


「あんだ、やんのかおらぁ! 水晶ダンジョンなくなったのは俺のせいじゃねえって言ってんだろうが! やるんならニケが相手にムグゥッ」

「貴方はもうお黙りなさい」


 バチンと俺の口をふさいだセラがみんなを見回すと、あっという間に静かになった。

 そして街の中央、水晶の塔があった空を見やると、みんなも釣られて振り向いた。


「確かにもう水晶の輝きはなく、この景色は見慣れたものではなくなってしまいました。けれど、この街が私の愛した街だということはいつまでも変わりませんわ」


 そして向き直ったみんなに、万感の想いを込めて──


「これから私は、私の道を輝かせてみせますわ。皆様も、その各々の道が輝かんことを願っています。今まで……ありがとうございました」









 もう声も届かなくなったリースの街を最後に眺め、セラは背を向けた。


「うん……行きましょう」


 今生の別れというわけではないが、長いこと暮らしていた街を出るのだ。寂しい気持ちも当然あるだろう。

 でも、その足取りは決して重いものではない。


「まずはシンイチさんの故郷に行きますのよね?」

「ええ、そのために水晶ダンジョンを攻略したのですから」

「主殿の故郷か……どんなところなのか、楽しみだな」


 日本か……どうなるのかな。

 ま、帰ってみればわかるか。


「どっか適当に目隠しになる場所が……あ、あっちの大きな岩の裏にでも」


 《研究所(ラボ)》に入ってひとっ飛びなので、軽く人から見られなければいい。


「なんだか少し味気ないですけれど、仕方ありませんわね。それで、そのあとは帝国に行くのでしたかしら」

「うん。その前に、まずはリースにちょっとだけ戻るけど」

「…………え?」


 三人の足がピタリと止まった。


「なんか侯爵は稲作を獣人に教えてもらう気らしいけど、獣人は水田じゃなくて畑でやってんだよね。だから水田でのやり方をちゃんと調べて、教えてやろうと思って。俺もいつかやるかもしれないし、実験台になってもらうんだ……ってあれ? 言わなかったっけ?」

「聞いてませんね」

「聞いてないぞ」

「聞いてませんわ!」

「そっか、じゃあそういうことで」

「そういうことで、じゃありませんわ! あんなに大勢に見送られて、あんな言葉を伝えて出てきたのに! どうしますのよ! どの面下げて戻ればいいんですの!」

「ほんと大袈裟だったよね、すぐ戻るのに。あははうぐぐ」


 無言で胴を締めてくるのはやめてください。でも後頭部はプニプニに押しつけられて幸せです。


 ステータス以上の怪力を発揮しているとしか思えないセラの肩に、ニケとルチアがポンと手を置いた。


「ようこそ私たちの仲間に。歓迎します」

「振り回されるのは、たまらなく楽しいだろう?」

「こ、こんなの──」


 旅立つ日に相応しい澄み切った青空に、セラの叫びがこだまする。


「──楽しいわけありませんわぁ!」


 では、さらばだリース……すぐ戻ってくるけどね!








 これにて第一部、【帰った。】編完結です。

 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。



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