5-33 その血に眠る秘密が、ついに解き明かされた
激闘を制した翌日、昼過ぎに起きた俺とセラは風呂で汗やらなにやらを落とした。
そしてリビングに向かうと、ニケとルチアがソファーに座って待ち構えていた。
「ゆうべはお楽しみでしたね」
なぜか知ってるお決まりのネタをぶち込みつつ、ニケがローテーブルにアーモンドミルクを差し出してくれた。
「なななんのことですの」
「セラ、さすがにそれは無理があると思うんだが」
今更誤魔化せるわけがないし、その必要もないだろう。
「別にやましいことをしているわけでもない。堂々としていればいいのではないか」
俺の見た目を考えれば、余裕で犯罪的だけど。でも中身は大人だから大丈夫。
「うう……そうですわね」
ルチアにそう答えたものの、恥ずかしそうにセラは抱っこする俺の頭に顔を埋めた。
実は抱っこは前からしてみたかったらしい。俺を抱えたまま、二人の向かいのソファーに座る。
そして気持ちを鎮めようとしてか、セラはアーモンドミルクに口をつけた。
「それにしてもセレーラ殿。エルフは床について淡白だと思い込んでいたが、ずいぶんと激しいのだな」
──ブフォァ!
吹き出すアーモンドミルク。
頭部が浸され、しみ出て垂れるミルクで、白に染まる俺の視界。
「ルチアよ……俺やニケの正体をバラしたときに上手くいかなかったからって、なにも今やらなくても」
「いやっ、ち、違うんだ。決して狙ったわけでは」
「怪しい。失敗して凄くガッカリしてたからなあ」
「ゲホッゲホッ、なっ、なんで、ゲホッ」
今度は俺が作った吸水性の高いタオルを、ニケが差し出してくれた。
「『エルフの巣籠り』ですね」
「うん? それはエルフがほとんど外の世界に出てこないことを指す言葉だろう?」
「いえ、それは誤用です。本来は──」
「ちょっとお待ちになって!」
むせ終わったセラが、口を拭って声を張った。
「なにを勝手に激しいなどと決めつけていますのっ。憶測でそのようなことを言うのはやめて欲しいですわ」
反論された二人は、困惑した表情を浮かべている。
当たり前だろう。途中からはどう聞いても激しかっただろうし。
「憶測と言われてもな……」
「あれだけラボの中に恥じらいもなく絶叫を響かせておいて、どの口で言うのですか」
「…………響かせて?」
なぜか背後からゴゴゴゴゴって効果音が聞こえてきたと思ったら、突然釣り上げられてクルリと回される。
そのまま空中に、大の字で固定された。手足を拘束する触手によって。
「どういうことですの」
セラの艶のある声が、地獄の釜のフタが開いた音に聞こえるのはなぜかな。
「あの、一体なんのことでございましょうか」
「昨日貴方は『これで大丈夫、聞こえない』と言いましたわよね」
「はい、言いました」
「ではなぜ二人に聞こえているのかしら」
「それは当然聞こえると思います。でも二人の声は聞こえなかったのではないでしょうか?」
言われた通り、ちゃんと外から入ってくる音は遮断したのだ。
非のない俺を責めた自分を恥じているのか、セラは顔を両手で覆っている。
かと思いきや、その手が俺の首に伸ばされた。
「貴方は馬鹿ですの馬鹿なんじゃありませんの馬鹿ですわよね。外からの声だけ防いでどうしますの防ぐなら誰がどう考えても逆に決まっているでしょう」
死んだ目で、抑揚なく流れるように。
この上なくキレてるのはわかったから、昨日契りを結んだばかりの相手を絞め殺そうとするのはやめてください。
「て、てっきり二人の声が聞こえてくると集中できないからかと」
「声を聞かれている方が恥ずかしくて集中できませんわ!」
ひい、し、死ぬ……これが痴情のもつれというやつか。
「どちらかといえば恥情のもつれでしょう、プププ」
上手いこと言ってる場合かねニケちゃん。
「まあまあ、セレーラ殿。主殿が馬鹿なのは今更だし、どのみち通る道だろう」
素で馬鹿と言われる主の悲しみがわかるだろうか。
でも触手を恐れて遠く離れているルチアの言葉に気を取られ、ネックハンギングツリーは少し緩んだ。
「通る道というのはどういう意味かしら」
「どうせこれからは床を共にするではないか」
「私もですの!? その、別々というわけには」
なんですと!? せっかく皆で楽しくいたせると思ったのに、そんなの悲しすぎるよ……なんとか食い止めたいが、今は(物理的に)反論できない。
しかしルチアはそれを許すつもりはないようなので、心の中で応援してよう。
「常に別々というのは駄目だ。主殿が自分の配偶者すら統率できない甲斐性なしと思われるからな。そうやって使用人の噂が広れば、名に傷がついてしまう」
それが帝国流の貴族の嗜みなのだろうか。貴族の教育も捨てたもんじゃないな。
「使用人なんていませんわよ!? 噂なんて広まりませんわ! 貴女って意外とポンコツだったりしません!?」
「む、そんなことはない。それにそうでなくとも、いざというときに不和というものは表面に現れてしまうものだ。私は断固反対する」
「不和ってそんな大袈裟な……」
ルチアがニケと一緒にいたすのに拒否を示さなかったのは、そういう理由だったのか。
初めから普通に三人でしてたから、聞いたことなかった。
ニケはこの件をどう考えてるんだろう。そう思って顔を向けたが、大した問題だとは思ってないように見えた。
「セレーラはたまにでも気が向いたときに少し混ざればよいのではありませんか。その他の日は一人で眠ればいいのですから」
「そっ、それはあんまりではありませんかしら。少しくらい、その、私にも……」
俺もちょっと酷いと思ったが、ニケは意地悪で言っているのではなさそうだ。
不思議そうに首を傾げている。
「どうせ普段は、それほど交わりたいとも思わないでしょう? 昨日のように発情期が始まれば、こちらも多少は控えます。そのときにマスターと二人きりになればいいかと」
「……発情期?」
「そういえば今は普通にしていますが……疼きをこらえているようには見えませんね。エルフの発情はそれほど生易しいものではないはずですし。まさか、錬成人になって特性が変わったのですか?」
「ちょっ、ちょっと、変な冗談はやめていただきたいですわ。発情期なんて、そんなものあるはず──」
あれ、これガチだ。
セラの反応に、ニケは目を丸くして口まで半開きにしている。
それを見て取ったセラも驚いている。
「ありますの!?」
「貴女は一体なにを言っているのですか。とうの昔に成体になっているのですから、発情期を感じたことは幾度もあるでしょう」
「ありませんわ!?」
「どういうことですの……」
驚きで喋り方が移ったニケに詳しく話を聞いたが、どうやら本当に女性のエルフには発情期があるようだ。
さっき言いかけた『エルフの巣ごもり』。
それは普段淡白なエルフが、発情すると家から出ないで子作りに励むほど激しいことを揶揄した言葉だそうな。独り身のエルフも、その期間は家から出なかったりするみたい。
セラはエルフの知り合いもいるが、そんな話はしたことがなかった。
エルフにとって発情期は神聖なもののようだし、あって当然だからだろう。
ニケは昨日のセラがあまりに激しいので、てっきり発情期が始まったのかと思ったらしい。
「それで、セレーラ殿にはなぜないんだ?」
「私が知りたいですわ……」
拘束を解かれた俺は、少し不安そうなセラにきゅっと抱きしめられている。
自分がエルフの生態から外れていると知ってしまったのだから無理もない。
少し考え込んでいたニケが、どこかためらいがちに口を開いた。
「……セレーラは、父親が人間だと言っていましたね」
「ええ、多分ですけれど。少なくともエルフではありませんわ。それがなにか…………まさかっ」
「代替継受。それ以外に考えられません」
「なんだそれ?」
「私も初めて聞いたな」
愕然とするセラは知っているようだが、知らない俺とルチアにニケが交互に顔を向ける。
「人において親が違う種であった場合、子はどちらか一方の種族になるのは知っていますね」
それは知っている。
だからステータス上は、ミックスした種族が存在しないのだ。
「通常は、子は完全にその種族の特性を受け継ぎます。ですが極稀にその種族にはない、もう一方の特性を受け継ぐことがあるのです」
「それが代替継受なのだな」
「はい。その結果、通常では考えられない突出した力を持ってしまうようなことがあるのです。ですから違う種の……特に短命種と長命種の掛け合わせは禁忌とされることが多いのです」
なるほど……理解できないこともないな。
短命種と長命種などでは、特性が違いすぎるのだ。
例えばエルフなどの長命種は、一定までいくと急にレベルが上がりづらくなる。
もしもレベルの上がり方が人間のような短命種と長命種で同じであれば、長命種が強くなりすぎてしまうからだろう。それでなくともレベルが同じであれば、たいがいの長命種の方が断然強いのに。
その『もしも』が起こり得るのだ。逆に滅茶苦茶弱くなってしまうこともあるだろうけど。
「私もそのようなエルフと相対したことがあります」
「エルフ? ……あっ、そうか。『緑光の屍術師』とはそういった者だったのか」
さすが英雄譚好き。
ルチアは正解したようで、ニケが神妙に頷く。
「敵ではありましたが、あれは哀れな者でした」
異端として迫害されてたとか、そういうのが想像できてしまうな。
俺たちも他人事ではないが、今深刻に考えても仕方ないだろう。
「それで……セラの場合はその代替継受で、人間みたいに万年発情期になったと」
「いやぁ!」
「しかもあの激しさから考えれば、発情したときの貪欲さはエルフのままなのだろうな」
「いやああぁぁ!」
つまりセラは上手いこと混ざった結果、性欲に関して突出した力を持ってしまっていたのだ。
その事実に悲鳴を上げ、額を俺の後頭部に擦りつけてくる。普通に痛い。
「ですが今平気にしていることを考えれば、幸いにも発情するのは気持ちが盛り上がったときだけのようですね」
「まるで慰めになりませんわ……」
セラはそう言うが、常に発情状態だったら、まともな日常生活は送れなかっただろう。そのことをもっと喜ぶべきだ。
俺はとても喜んでいる。
「顔がにやけているぞ、主殿。喜びすぎではないか」
「そ、そう? そんなことないと思うよ?」
だってねえ……普通のエルフみたいに滅多にない発情期のときしかほとんどいたせないとか、寂しすぎるじゃない。
しかもセラの様子からして、発情前も人間と同程度には性欲を持っているようだし。ベッドに誘うまでが大変ということもなさそうだ。
「貴方はもう本当に……」
「お、落ち着くんだセラちゃん触手拘束は無しにしよう? というかさ……今までなんでわかんなかったんだ? あんだけ人が変わったように激しくなるなんて、なんかおかしいと思わなかったん?」
俺としては万々歳なのだが、昨日の二段ロケットはかなり目がイッちゃってたからな。あれは発情スイッチが入った結果だったのだ。
毎回のようにそんな風になってたらさすがに気づくと思ったのだが、セラはとんでもないと声を張り上げた。
「そんなのわかるはずありませんわ! 昨日が初めてでしたのに!」
「えっ」
「あっ」
「だろうな」
「でしょうね」
俺をきつく抱いたまま、セラがプルプル震えだす。
「えっと……なんで言わなかったんだ」
「貴方が……貴方がおかしいなんて言うからでしょう! もういやですわあ!」
勢いよく立ち上がったセラは俺をポイッと投げ捨て、超特急で走り去っていった。
飛び込んだ部屋の扉が、バターンと閉められる。
「あーあ、知らないぞ主殿」
「頑張ってくださいね、マスター」
えー……これ俺のせいかなぁ?
結局、固く閉じられた天の岩戸が開くまで、夕飯前までの時間がかかった。
でもショッキングな出来事を経たセラの触手制御は格段に上昇したのでよかったです。
「全然よくありませんわ!」




