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5-22 卵料理が特に好きみたいだった。俺ももちろん親子丼とか大好物だった



 真っ白い部屋の中を、ルチアに手を引かれてヨタヨタ歩く見慣れぬショートヘアの美女。

 錬金が終わり、練成人になった水晶さんである。


 まだ目覚めて数時間後しか経っていないが、やる気満々の水晶さんにせがまれて歩行訓練中だ。水晶さんは今までも自分で動けていたせいか、ニケより体を動かす勘を掴むのが早い。

 実は始め俺が手を引いていたのだが、ニケのときみたく人型ロケットされた。それで上級ポーション飲むハメになったので、ルチアが代わってくれた。好感度上げと対衝撃用胸部ユニットを味わうチャンスだと思ったのに……。

 水晶さんもちょっと痛がってはいたが、ポーションを飲むほどではなかった。


 それも当然だろう。こんなステータスしてるんだから。






レベル --


種族 錬成人


職業 無器残響




MP 5121/5121


STR 5121


VIT 5121


INT 5121


MND 5121


AGI 5121


DEX 5121




《虹色水晶》《森羅万象》《黄金の花輪》《アップグレード》






 まったくふざけた話である。

 ステータスの値が揃っているのは偶然とかではなく、《森羅万象》というスキルの持つ力の一つだ。

 《アップグレード》を除けばスキルは三つだけなのだが、俺の《研究所(ラボ)》しかり、だからこそどれもヤバそうな気配。三つとも誰も聞いたことないスキルだし。


 まず《森羅万象》。

 おかしなステータスの原因であるこれは、ステータス中の最大値を全ての値に反映させる。

 敵になってしまったときのことを考え、俺本体でも対峙できる程度の強さに留めておく予定だったのに……守りは硬めにしておこうとしたのが災いしてしまった。ステータス平均が四千にも届いていない俺ではお手上げである。

 そしてそれだけでなく、魔眼もこのスキルに統一されているようだ。


 水晶さんに使ったのは、一人旅に便利な《鑑定眼》と《鷹の目》である。これらなら直接的な戦闘能力には結びつきづらいという理由もあって選んだ。

 それらがなぜか《森羅万象》に取り込まれているようだ。

 赤と青の瞳を使ったのだが、ニケとルチアみたいにヘテロクロミアにならずに両の瞳が紫になったし……体が完成したときは目が開いていなかったので、始めから紫だったのか、水晶さんを宿らせたせいでそうなったのかもわからない。スキルの性能も含めて謎すぎる。


 次に《虹色水晶》は、様々な能力を持つ水晶を扱うことができるらしい。色んな魔術と同様のことができたり、水晶を武器として使ったりと、これが戦闘の要となるのだろう。


 とにかく二つのスキルとも高い能力を持っているのは間違いないが、まだ真価は未知数だ。

 最後の《黄金の花輪》に至っては、なに一つとしてわからないし。水晶さん曰く、詳しく見ようと思っても見れないらしい。


 神様と呼ばれるような存在だったのだし、わけわからんことになるだろうとは思っていたが……本当にわけがわからん。

 無器残響(むきざんきょう)? とかいう職業もどうかと思うし。

 字面的には水晶さんに合っているのかもしれないが……こういうのがどうやって決まっているのか知らないが、あまり良い印象ではない。


 とはいえ──


「地を歩むというのは、なかなかにっ、難しい、ものだなっ」


 一歩一歩、己の体を味わうように水晶さんは床を踏みしめながら歩いている。

 喋るのもすでにだいぶ上手くなった。ややハスキーで中性的なその声には、隠しきれない高揚感が含まれている。


 うん……色々疑問や不安もあるが、今は水晶さんが新しい体を楽しんでくれていることを喜ぼうかね。


 それにしても水晶さんは、ルチアにはロケットせず危なげなく手を引かれているけど……まさか俺のときはワザと体当たりしてきたとかじゃないよね? そんな酷いことされる心当たりもないし、違うよね?


「普通は空を舞う方が不可能なのだがな。しかし……髪色だけでなく、顔もどことなく似ているな」


 水晶さんをまじまじと見ていたルチアが、顔をこちらに向ける。

 ソファーベッドで俺を膝枕で耳掃除してくれているニケを見たのだろう。


 水晶さんは髪が短かったり、おっぱい以外はすらっとしたスタイルだったり、全体的にボーイッシュな雰囲気である。でも長身で銀髪、目もとは涼やかで形の良い唇は薄めと、ニケに似ている部分も多い。

 それは別に俺の想像力の枯渇とかではない。


「そりゃそうだよ。ニケと姉妹の設定だから」

「なんですかそれは……初めて聞きましたが」


 だって設定だけでも、いつか姉妹まとめてとかになったら興奮するじゃない。

 ちなみにニケのときもそうだが、俺は造形の全てを細かく決めたりはしていない。本人から連想するイメージが、勝手に形になると言えばいいだろうか。

 今回であればやや中性的で凛々しく、でも鋭過ぎずどこか柔らかく、そしてニケにちょっと似てる感じ……といったようなザックリとしたイメージを乗っけながら創っただけだ。


 ただし!


「一緒に行動してくれないペナルティとして、おっぱいはルチアよりも小さくしてやったけどな!」


 俺にとっても断腸の思いではあったが、ルチアよりワンカップほど小さくなっただろう。クックック、俺たちと行動しないことを悔やむがいいさ。


「まだ巨大過ぎる。なにゆえもっと小さくせなんだ。足もとを見る妨げになってかなわぬ」

「なんですって!?」


 まさかペナルティになっていなかった!? そんなことってある!? これじゃあ俺が損しただけじゃない! 泣きそうだ…………いや、まだ希望はある。ルチアのように育てればよいのだ! 水晶さんが俺の女になってくれたあかつきには、このゴッドハンドでさらなる高みを目指してみせる!

 俺が決意を新たにしていると、水晶さんは足を止めた。


「それにしても姉妹、か……人で言うのであれば、親子の方が正しいやも知れぬが」

「あー、わかる。ニケはなんか人妻感あるもんな違うよニケちゃん老けてるって意味じゃなくてしっとりと落ち着いてるという褒め言葉だからそんなに奥まで耳かき突っ込まないでやぶけちゃうぅ」

「もう……なぜ私があんな得体の知れないものの母にならなくてはならないのですか」


 確かに水晶のころはよくわからない存在だったが、それを言ったらニケだって剣だったわけで。

 今は二人とも美人さんなので、それでいいと思うの。


 水晶さんはニケの言葉にぎこちなく首を振った。UMA扱いが不服なのかと思ったが、どうも違うようだ。


「否。汝ではなく我が母だ」

「水晶殿、なにもそんなところで張り合わなくても」

「張り合う? 純然たる事実にすぎぬ。あれは我が生んだのだからな」


 ………………えっと?

 折れそうなくらい首を傾げる俺たちに、水晶さんはもう一度繰り返した。


「やはり本人も知らぬのか。剣の娘、汝は我が生んだのだ」





「びっくりだな。ニケに母親がいたとは」


 詳しく聞いたところ、遥か昔に水晶さんはいくつか擬似生命体の核のようなものを創り、人に授けたらしい。それらは人の手によってなにかに宿らされ、形を変えた。

 ニケの前身であるシュバルニケーンは、その内の一つだったのだ。


「母などとは認めませんが、私がそれほど昔から存在していたことには驚いています」

「我も驚いている。よもやこれほど平明に自我を持つとは想像し得なかったゆえに」


 ニケはもともと人をサポートするための、人工知能的な存在として創られたのだろう。それが長い時間をかけて、自我を確立した……って感じか。


「水晶殿、帝国のゲボルグゲイスもそうなのだろうか?」


 忠鎧ゲボルグゲイス。

 ルチアが興奮気味に聞いたのは、帝国にある意志持つ鎧のことだ。

 それが持つ力を、ルチアが褒美のスキルの参考にしたみたい。スキルを決めるときにその鎧について教えてもらった。

 ちなみにニケとゲボルグゲイスは仲が悪いらしい。ニケは向こうが勝手に嫌ってるだけと言っていたが。


「然り」

「では妖杖アキュリアは? それとそれと──」

「ルチア、話は座ってゆっくりしたら? だいぶ長いこと練習してるし、そろそろ休んどき」

「それもそうだな。水晶殿、休憩にしよう。無理をしても良くないからな」

「わかった。キマイラの娘よ、手を離せ。最後に己だけで歩いてみたい」


 キマイラって、合成獣(キメラ)のことかな? こっちにもそういう魔物がいるのだ。

 ルチアは兎と狐混ざってるし、言い得て妙だな。


「私の名前はルクレツィアだと言っただろう。そんな変な呼び方はやめてくれ」

「我は変だとは思わぬが……了承した、今後はそう呼ぶことにしよう」


 両手を広げてバランスを取りながら、ゆっくりと歩く水晶さん。微笑ましい光景に和んでいると、ニケが「そういえば」と切り出した。


「名前といえば、どうするのですか? 彼女の名前は」

「なんで俺に聞くの?」


 至極真っ当な疑問を無視して、ソファーベッドに辿り着いた水晶さんまでニケに乗っかってしまった。


「ふぅ……確かに人の中で過ごすのであれば、我にも名が必要か。いかにすればよい」

「いやだから、水晶さんの好きにすればいいんじゃないかな」

「子に名をつけるのは親というのが人の世の習わしであろう」

「ははっ、確かに主殿が親のようなものだな」


 ソファーに腰掛けたルチアまで、笑いながら後押ししてくる。


「いやいや、水晶さんが俺の子供だったら、ニケも俺の子供かつ孫になるぞ。そんなの──」


 耳かきのポンポンで耳穴をサスサスしながら、ニケが無垢な声でささやく。


「お爺様、ここが気持ち良いのですか?」

「──凄く興奮するので夜にお願いします」


 俺の背格好でお爺様プレイとか、なんて倒錯的なのだ。


「それで、我の名は」


 ニケの隣に腰を下ろした水晶さんは、覗き込むようにして聞いてくる。澄み切ったアメジストの瞳が、至近距離で俺を捉えて離さない。

 なんか、俺が名づけるのは不可避っぽい。

 というかなんか水晶さんワクワクしてる? そんな期待されても困るんだけど。


「えー……もうリグリスでよくない」

「却下です。貴方だって嫌でしょうに」

「まあそうだな。仕方ない、たっぷり時間使っていい名前を考えてあげよう」


 一、あっ、いいのがあった。


「ではリリスで」

「本当に貴方という人はいい加減ですね……」

「なにを言う。諸説あるが俺の世界で由緒正しい、男を(たぶら)かす悪魔の名前だぞ」

「悪魔は駄目だろう!? なあ水晶殿……水晶殿?」


 ルチアに応えず、水晶さんは少しだけ目を閉じて考えていたが……やがてフッと笑う。


「いや、それでよい。我には相応しい名であろう」


 誑かすというところに反応した自虐的な笑みのようだが、俺はそういうつもりで言ったわけではない。


「言っとくけど、人と魔族を争わせたからとかそんなつまんない理由でその名前選んだわけじゃないぞ」

「つまらぬ、か」

「うん、俺としてはそんな大昔のことどうでもいいし。ただせっかく神様やめて色々やれるんだし、楽しく生きてほしいなと思って。ほら、悪魔って好き勝手やってて楽しそうなイメージあるし」

「悪魔など、人が悪しき存在だと考えていることしか知らぬが……そういうものなのか?」


 御伽噺や神話では悪魔が登場するのだが、少なくとも水晶さんはその存在は知らないようだ。魔族側の神の手下ポジションで出てくるお話とかもあるのだが、それは作り話なのだろう。

 水晶さんは困ったように眉を寄せている。


「楽しく生きる……我にはわからぬ」

「別に難しく考えなくても、さっき歩いてみるのとか楽しかったでしょ? そういうのの延長線上だと思うんだけどね。ていうか単純に、元神様が悪魔の名を名乗って人として生きるって面白くない?」

「それは…………ふふ、面白いやもしれぬ」


 うん、さっきのより今の柔らかな笑みの方が断然いいね。ニケやルチアやセレーラさんと出会っていなければ、一瞬で落とされていたかもしれない。

 俺の美人耐性も上がったもんだぜ。


「だから俺と婚約してください」

「……なんの話をしている?」


 な……馬鹿な、気づかない内に耐性を貫通されてただと……。


「あー、えっと、気にしないで。とにかく俺としてはそれだけの理由だから、その名前で嫌なこと思い出すくらいなら他の考えるわ」


 微笑んだ水晶さんは、すぐさま首を振った。


「これでよい……これがよい。リリス……リリスだ。これが我の名だ」


 今度はちゃんと気に入ったようで、何度も自分の名前を繰り返して噛みしめる水晶さん……リリスさん……もうリリスでいいか。

 リリスの様子を見て、ルチアも納得したようだ。


「悪魔の名などとんでもないと思ったが……悪くないかもしれないな。てっきりただの悪ふざけかと」


 でもニケはなぜか、ちょっと不満そう。


「ほとんど悪ふざけのようなものでしょう。それでも私に名づけたときより、思いが籠もっているような気がしますが」


 そこかい。


「はは、私はニケ殿も良い名前だと思うぞ。勝利の女神の名だったか?」

「ほう、母たる我を差し置いて、神の名を冠しているのか」

「誰が母ですか。私は貴女が母など認めないと言ったでしょう」


 なんか三人は仲良くなれそうなのに、一緒に行動しないのはつくづく残念だな。

 しばらく楽しそうなやり取りを聞いていたら、ルチアが思い出したように切り出した。


「ああそうだ。名前が決まったついでに、というわけではないが、こだわりがないのであれば喋り方も考えた方がいいかもしれないな」

「こだわりなどないが、なにゆえだ?」

「我々は気にしないが、リリス殿の喋り方は少し尊大に聞こえてしまうからな。神であったことなど、他の者にわかるはずもないのだし。貴族などとそのように話すと揉める可能性がある。まあ貴族と関わるようなことはそうそうないとは思うが、市井(しせい)の中にも引っかかりを感じる者は多いかもしれない」

「さようか。我としても他者と揉めるのは避けたい。どのようにしたものか」


 元貴族だったルチアらしい気配りだろう。俺は結構その喋り方好きなんだけどね。

 でも変えるというのであれば──。


「はい! はいはい! 俺にいい案があります!」






 起きて四日も経つとリリスも十分に動けるようになり、俺たちは地上に戻ることになった。


「リリス殿は一緒には行かないのだな?」


 聞いてはいたが、ゲートをくぐる前にルチアが確認すると、やはりリリスは頷いた。


「うん、()()はやることがあるから。旅に出る前にはキミたちのところに顔を出すよ」


 俺が提案したボクっ娘喋りも、だいぶ板についてきた。

 中性的な声とかクールさのせいで、ボクっ娘というよりは少しヅカっぽくなったが……凄く良い。妙にはまっているし、本人もしっくりきたようだ。


 というか本当に外に出れるのかな? 聞いても問題ないとしか返ってこないけど……まあ大丈夫なんだろう。


「食事はしっかりと取りなさい。人は食べなければ死にます」

「わかっているよ、それくらい」


 基本的に他者と関わろうとはしないニケだが、リリスに対しては世話を焼くようなことも多かった。母うんぬんというのは置いておくとしても、境遇などにシンパシーを感じていたのかもしれない。


 ちなみにリリスは自分のために水晶ダンジョンの力を使う気が全くなく、仕方ないので飯とか服とか装備とか全部作ってあげるハメになった。ダンジョンで手に入れた、時間経過がゆっくりになる希少なマジックバッグもあげた。これで仲間になってくれなかったら大損である。飯は気に入ったようだから嬉しかったけど。

 それと水晶の体のときに洗ってあげたせいか、お風呂で洗う係に任命されたりもした。マナーとして寄り目で頑張りました。


 最後にリリスに色々注意して、ついに俺たちは帰る……帰ってしまう……。


「なんて顔をしているんだ主殿」

「やっぱ帰んなきゃダメ?」

「当たり前だろう……」


 ニケに抱っこされる俺を見て、ルチアはため息を漏らした。


 実はリリスを錬金しているあいだに一度帰るという案もあったのだが、俺の心の準備ができなかったのでやめたのである。

 仕方ないじゃない。はっきり言って、帰るの超怖いんだもの。


「だって絶対セレーラさんキレてるよ?」


 あまりに長すぎたのだ。

 ダンジョンに潜り続けて、もう四ヶ月近くになる。とっくにセレーラさんは全てを知っているはずだ。

 俺たちがアダマンキャスラーを退けた事実だけでなく、俺がセレーラさんにそれを伝えさせないように工作したこともきっと……。

 そんなことをされたうえで四ヶ月放置では、セレーラさんの罪悪感も怒りに変換されていること請け合いである。


「いい加減に諦めなさい。行きますよ」

「うう……二人とも一緒に謝ってね。そもそもここまで一気に来ちゃったのは、二人のせいなんだから」

「……久しぶりですね、地上も」

「……ああ、本当にな。ではリリス殿、また」


 俺に応えず、ニケとルチアはゲートに足を踏み入れる。


「ねえ聞こえてるよね? ねえってば! こんなのひどいよ! 助けて神様ぁ!」


 身をよじって手を伸ばした俺に、神様(リリス)は無情にもヒラヒラと手を振った。


「残念、ボクを人にしたのはキミだから。じゃあまたね」


 初めて水晶ダンジョンに入ったときもこんな感じだった気がするんだけど……とにかく俺たちの水晶ダンジョン攻略は、これにて閉幕。

 遂に地上へと凱旋するのであった…………ふえぇぇん。





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[一言] >「だって絶対セレーラさんキレてるよ?」 この台詞で長州小力のキレてないっすよの改変ネタが脳内されたw
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