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5-21 水晶大回転で出ちゃった




 俺のご褒美が決まり帰れるようにはなったが、少なくともルチアの復讐が済むまではこちらの世界での戦いは続く。

 それに多分……いや、今考えても仕方がない。全ては一度帰ってからだ。


 とにかく次はニケとルチアの番だ。

 二人とも転移問題が俺だけで済めばどうするかという構想はあったようだ。昼食にサンドイッチ食べながら、比較的すんなりと決まった。

 ルチアのスキルには心配する部分もあったが、それを補助する能力もついていたので結局押し切られてしまった。


 これでもうあとは帰るだけ……ではあるのだが、俺には思うところがあった。

 それは水晶さんのことだ。

 そこでまずは水晶さんを《研究所(ラボ)》に招待してみた。興味があったようで、入ってみるとのこと。

 なぜか扉前で一瞬躊躇した水晶さんだったが、ふわんと飛び込んだ。


『これが汝の《研究所(ラボ)》という力か……我でも入れるようだな』

「どういうこと?」

『我はこの迷宮を管理する鍵ゆえ、外へ出ることは叶わぬ。汝の空間にいることに少し障りは感じるが、どうやら迷宮内でもあると判断されたのだろう』


 それじゃあと思って試しに《研究所(ラボ)》の扉を閉めてみたら、水晶さんがフッと消えて外に出てた。閉めちゃうとダメなのか。

 水晶さんはなんか不服そうに外できゅるきゅる回ってる。


『なにゆえ試みる前に言わぬ』

「マスターですからね……」


 しかし『叶わぬ』、か。

 それはただの言い回しという以上に本心がこもっているように聞こえた。これまで話をしていたときも、言葉の節々から感じることがあった。

 やっぱりそうだよな……こんなところにずっといてもつまんないよな。

 神様ならそういう感情は超越してそうだけど、本体との接続が切れてから精神が変化していると言っていた。そのあたりも影響しているのだろう。


 俺は結構水晶さんが嫌いじゃない。ご褒美決めは親身になって考えてくれたし、動きとか結構可愛いし、殴っても許してくれたし。


 だから俺は、外で人臭さを感じさせながら回っている水晶さんに──扉を開く。


「ねえ水晶さん……水晶さんはこの世界を自分の目で見て、自分の足で歩きたいとは思わない?」

『なにを……唐突になにを言っている?』


 戸惑ったように、軸がブレた回転をする水晶さん。

 そして──突き刺さるニケの半目。


「マスター……どこかで聞いたようなセリフですね」

「き、気のせいじゃないかな」

「そういうことか……主殿、穴を見て(しし)を夢見るという言葉を知っているか」

「知らないけど、多分わかるので説明しなくていいです」


 柳の下のドジョウとか、株を守りて兎を待つとかと同じようなものだろう。

 ……違うのだ。

 これは……えっと……そう、まだ先ではあるが、水晶ダンジョンとともに水晶さんがひっそりと消えてしまうのは残念だと思っただけなのだ。それにそれに、ご褒美もらった恩を返さなきゃいけないし?

 別に練成人にしてニケのように俺の女になってくれたらハッピーとかそういうことではない。断じてない。


「主殿、相手が何者かわかっているのか?」

「神をも恐れぬとは、まさにこのことですね」

「だから違うってば。大体婚約したばかりで、そんな節操のない考えを持つはずがないじゃないか。もちろんルチアとニケが反対であればやらない。二人は俺の大切な婚約者だからな」


 ぬへーっと二人の表情が崩れる。婚約者効果は絶大だ。


「なんだその、別に反対というわけではないぞ。むしろ私は悪くない案だと思う」

「そうですね。これの知識は有用でしょうし、本人が望むのであれば私も構いません」

『一体いかなることだ』


 ぎゅるんぎゅるん回り続けている水晶さんをリビングにつれ込み、俺たちのことを説明してあげた。

 途中で縦回転まで加わってしまったが、話し終わってしばらくして落ち着いた。


『純粋な驚きだ……汝らはいかにして生まれた種かと思っていたが、まさか己自身の力で生まれ変わっていたとはな。なれど、それは真に我すら可能なのか』

「うん、できる」


 さっき入ってもらったとき、カラーガードに水晶さんを宿らせるシミュレーションをしたらできたのだ。素材として使えるのであれば、練成人にすることだってできる。

 水晶さんは自分のことをここを管理する鍵と言っていた。本人が力を持っているのではなく、力自体は水晶ダンジョンにあるからこそ可能だったのだと思う。水晶さんが本体と繋がっていたころでは不可能だった気はするが。

 しかし懸念はある。


「練成人になっても、ここから必ず出られるとは限らないんだけど……」


 さすがにそれはやる前から判断はできないのだ。

 水晶さんは煙を上げそうなほど高速回転している。多分出られない可能性も踏まえて、色々考えているんだろう。


「別に今すぐ答えは出さなくても」

『しばし待て』


 そう遮って回り続けたが、やがてピタリと止まる。決意を表すように、中心の光が輝きを増した。


『頼もう』

「いよっしゃあ!」

「主殿のその喜びよう……」

「やはりそうなのですか」

「二人とも、そんな風に人を穿った目で見ては──」

『なれど先に一つ言っておく』


 首を傾げた俺に、水晶さんは絶望的な言葉を突きつけた。


『我は汝らと行動を共にする気はない』


 な……に…………。


「馬鹿な! 俺のハーレム拡張計画が!」

「渾身の自白だな主殿……しかしなぜだ? 水晶殿もわかっているだろうが、我々の力は異端だ。一人で行動することはとても勧められないが」

「そうそうそのとーり! 一緒に行こうよ、絶対楽しいから!」


 俺の心からの叫びに、水晶さんは無情にも右左と回って否定を示した……。


『我はただ知りたいのだ』

「知りたいってなにを? ぐすん」

『遥かな過去、我は天上より人を見下ろしていた。使命に従い、なに一つ感じぬままに、なに一つ真に知ろうともせず』


 使命って、人に力を与えるというやつか。


『今はおおよそ使命から解き放たれたが、所詮はこの迷宮の一部のようなもの。我に叶うことはここから盗み見ることのみ。なれど……我は知りたい。真実の人の営みとはいかなるものなのか、世界とはいかなるものなのか、そして……魔族とはいかなるものなのか』

「貴方は……後悔しているのですか? 争いの火に油を注いだことを」


 確かに水晶さんの言葉には、色濃い悔恨の念が感じられた。

 そして水晶さんは、それを隠すことなく一度頷くように沈んだ。

 セレーラさんとの恋の駆け引きも好きだが、水晶さんの駆け引きのなさというか、素直さは結構好きだ。え? セレーラさんとの関係は一人相撲? なにを馬鹿な。そんなはずない……よね?


『そう、なのであろうな。いずれにせよ我は、汝の言った通り世界を己の目で見、己の足で歩みたいだけだ。何人にも(くみ)するつもりはない。従って汝らと共に行くこともない』


 それは、ただ使命に動かされて人に与してしまっていた後悔からくるものなのだろう。

 なるほど、水晶さんの気持ちはわかった。わかったが……。


「うーん……一緒に行かないとなると、練成人にするのもちょっと考えさせてもらう必要があるな」

「主殿、自分から言い出したことだろう。自分のものにならないからといって、それはどうかと思うのだが」


 俺を膝に乗せているルチアが異議を唱えるが、これはそういうことではないのだ。


「違う違う、そうじゃなくてさ……水晶さんに自由に動かれて、結果として敵に回っちゃったらと思うと怖いんだよ。最初に殴ったときの話じゃないけどさ、神が敵とかラスボスすぎるじゃん?」


 そうなりかねない存在を自分で作るというのは、さすがにためらわれる。別にハーレムに入らなくても、一緒に行動してくれるというならよかったんだけど。

 ルチアは一定の理解をしてくれたようで、アゴを俺の頭に乗せてむむうと唸っている。

 水晶さんは納得いかないようだが。


『言ったであろう、我は世界を見て回りたいだけだ。かかる火の粉は払うとしても、自ずから何者かに(あだ)することなどない』


 そう言い切る水晶さんを、意外にもあと押ししたのはニケだった。


「マスター、これを練成人にしてあげてください」


 同情……ではないな。

 ニケは視線を俺から水晶さんに移した。


「やってみればいいのです。人として、人の中に生きて、それでもなお本当の神のごとくただ眺めていられると思うのであれば」


 その顔には挑発的というか、むしろ小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいる。


「断言しましょう。そのようなことは不可能だと。なにせただの剣であった私にすら不可能でしたから」

『剣……そうか、その力……汝は……』


 もしょもしょと呟くような思念に構わずに、ニケは続けた。


「必ず貴方は今度は使命ではなく、己の感情で動くことになるでしょう。そして己自身でそれを認められた際は、一度合流することを約束なさい。それでどうでしょうかマスター」


 なるほど……悪くないな。

 簡単に言えば、ニケが言っているのは「生きていれば自分の中に好き嫌いは絶対生じる」ということだ。

 水晶さんはクールに見えるが、その奥には全てに対して慈愛の心を持ってるような印象だ。でも人として生きるのであれば、好きとか嫌いとかという感情からは逃れられないと俺も思う。


 それを水晶さんが理解したとき、俺という存在は好きと嫌いどちらに属するか……きっと嫌いということはないだろう。人にしてもらった恩があるわけだし。

 つまり俺は機が熟すのを待ち、そのときに改めて口説けばいい……そういうことだね。


 素晴らしいキラーパスに俺が親指を立てると、ニケは満足そうに頷いた。


「貴方はいかがですか?」

『良かろう。今の我には想像がつかぬが……汝の言う通りになった折には、一度は合流すると誓おう』


 水晶さんはきゅるんと回った。

 人となってどう変わっていくかはわからないが、よほど闇堕ちでもしない限り、人柄的に約束を違えるようなことはないだろう。


「よし、決まりだな。まあ敵になっちゃったらそのときは」

「任せろ、そのときは情けをかけるようなことはない」


 ルチアの言葉に、ニケもしっかりと頷いた。


「うん、よろしく。あとは練成人になれば外に出れるといいんだけど……もし出れなかったらごめんね」

『仔細なし』


 確証があるのか、それともなにか案でもあるのか、水晶さんは自信満々に縦回転した。


「それじゃあこれから体作るけど、女性の体でいいよね? ほら、俺は女体しか一から作ったことないし、安全面を考慮してさ。いや別に男性がいいというなら? 俺は構わないんだけど? でもでも人の完全体は女性だという学説もあるし、神様だった水晶さんは女性がふさわしいんじゃないかなって。それに水晶さんの柔らかな物腰とかを考えるとやっぱり女性かなあ?」

『なにゆえ言い訳のように捲し立てているのか知らぬが、我はどちらでも構わぬ』

「俺もどっちでもいいけどじゃあ女性を作るということで」

「必死だな主殿……」


 そりゃあ必死にもなるよ。男なんて作ってもしょうがないし。

 さーて、どんな美人を作ろうかな。

 あ、でもその前に。


「水晶さん……体作る前に一つだけ、どうしてもお願いしたいことがあるんだけど」

『なんだ?』


 水晶さんをひと目見たときから、やってみたくてたまらなかったのだ。


「乗っていい?」






「うはーーーい、たっのしーい!」


 快諾してくれた水晶さんにしがみついての空中散歩、超楽しい。振動とかなくて、ついーっと自由自在に空を舞うのは、抱っこでは味わえない快感である。


「くっ、なぜ私は褒美で空を舞えるようにしてもらわなかったのでしょうか」

「はは、私もさすがに思いつかなかったな」


 ニケとルチアが羨ましそうに見上げる中、だんだん水晶さんもノッてきた。動きがアクロバティックになってきている。

 部屋は広くないが、小回りが効くのでかえって楽しい。

 今度は空中にピタリと静止して、水晶さんお得意のスピンが始まった。

 遠心力に負けないようにがっしりしがみつく。俺だって英雄クラスのステータスなのだ。まだまだぬるいわぁ!


「水晶さんもっと速く回ってー!」

『こうか?』

「もっとー!」

『これでどうだ』

「もっともっと……あっ、やばい急にきた」

『きた? なにが……待て、よせ、やめよ、やめ──』


 水晶さんのてっぺんに、サンドイッチ全部出ちゃった。てへっ。


「ニケ殿…………出会い頭には殴って、今度は嘔吐して、これで仲間になると思うか?」

「……彼女は諦めましょうか」




 このあと、お風呂一緒に入ってピカピカに磨いたら許してもらえました。






 水晶さんの体創りは二日で済んだ。ニケを創った頃とは、経験もMPも桁違いだし。

 完成したら待ってましたとばかりに、水晶さんは自ら素材投入用槽に飛び込んだ。俺は水晶さんに急かされて赤い大きなスイッチをポチッとな。


 ニケとルチアは体創り初日こそ休んでいたが、二日目には狩りに出かけていった。ゲートに入るときに階層を指定して飛べるアイテムを、水晶さんが作ってくれたからだ。

 水晶さんを練成人にする際は、《研究所(ラボ)》を動かすわけにはいかない。それでは暇だろうと、水晶さんが気を利かせてしまったのである。

 巨人素材のアップグレードでSTRが上がったのを試すだけと言っていた二人は、こっそり巨人まで倒していた。そりゃあ死なないし、初めに盾になる障害物を置いたりで対策もしたらしいけど……馬鹿なのかな? 戦闘馬鹿なのは間違いない。

 二人だけで行かせると無茶するし俺も暇なので、結局みんなで九十階層代を素材集めしながらブラブラした。《研究所(ラボ)》を使えないのは心細かったけど、なんとか死なずにすんだ。


 そんなこんなで数日後、水晶さんの錬金が終わった。





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