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5-17 きれた




 血の海に沈む巨人の後頭部を叩き続けていると、ニケからストップがかかった。


「マスター、もう大丈夫です」

「…………勝った?」


 振り向くと、ニケはゆっくりと頷いた。勝利を噛みしめるように。


「やった…………やったぞ! ニケ! ルチア!」

「はい……はいっ」

「ああ、やったなシンイチ……私たちはやったんだ!」


 駆け寄ってきたルチアに抱っこされ、そこにニケも加わった。痛いくらいに強く挟まれる。

 ルチアの満面の笑みと、ニケなりの満面の笑みを見て、俺も心から満たされ……。


「いや、いひゃい! ホントに痛い!」


 胸当てと壊れた胸当てでゴリゴリされてるのぉ。


「ああっ、すまない」

「ふふ、すみません」


 すぐに降ろされたけど、これ絶対顔に跡ついてるよ。なんかイマイチ喜びそこねたな……。

 二人はもう出口でも探してるのか、辺りをキョロキョロしてるし。なんか思ったより淡白だな。

 いや、違うか? その割には顔が必死だ。


「どうなる……頼む、ここまで来たんだ」

「本当にいるのであれば、どうか……」


 トゲトゲ金属バットを拾いつつ、「一体どうした」──そう言葉をかけようとした瞬間のことだ。


 世界が白く染まる。


 気づけば薄暗かった百階層ではなく、まばゆいほど白い部屋に俺はいた。

 病的に白い、二十畳ほどの部屋。

 いつの間にか《研究所(ラボ)》に入ったのかと思った。《研究所(ラボ)》の部屋の初期状態にそっくりだったのだ。


 移り変わる前に目に収めていた、ニケとルチアはいない。

 代わりにいたのは──


『よくぞ辿り着いた、強き者よ』


 男とも女ともつかない声色を脳内で奏でさせたのは、宙に浮く水晶。中心に光を(たた)えた、中型犬くらいの大きさの六角柱の水晶だ。

 その形、その神々しさ。

 一目でこの水晶ダンジョンの主だとわかる。

 神……なのだろうか。


『我が創りし迷宮を踏破せし者よ。汝に褒美を与えよう』


 そして、俺は全てを理解した。


 バットを強く握りしめ、屈しそうな心を鼓舞する雄叫びとともに飛びかかる……水晶目がけて!


「おおおおぉぉお! フルスイングぅう!」

『なっ……』


 思い切り殴ると、水晶はキーンと甲高い音を鳴らし、カラカラカラーンと転がった。

 まさか……いける!? こいつ弱いのでは!


 浮かぼうとした水晶を左足で踏んづけ、ガムシャラにバットを振り下ろす。


「おらぁあ、お前なんかに殺されてたまるか! 死ね! 死ね! 死ねぇ!」

『ぐっ、なにを、やめっ……やめよ!』

「ぎゃあ!」


 謎の力でふっ飛ばされ、ゴロゴロ転がった。

 くう、負けてたまるかあ。


『……一体いかなつもりだ』

「白々しいわ! どうせ、褒美は死だパターンだろうが!」


 間違いないだろう。九十階層台といい百階層といい、どう考えても殺しにきてたしな。そこまで育ててから摘み取るという遊びでもしていたに違いない!

 だがそうはいくかよ……俺はお前を倒し、二人のもとに必ず帰るんだ!


『汝は死を望むのか?』


 浮かび上がった水晶が、まるで首をかしげるみたいに斜めになった。ちょっと可愛い。


「って……あれ? えっと……貴方様が私めを殺したいのでは?」

『なにゆえ左様なことをせねばならぬ。それは我の望むところではない』

「ほんとに?」

『虚言をついていかにする』


 なんかホントっぽい。ふわふわと、たまに回ったりなんかしてるが襲ってくる様子はないし。

 ふむ…………まずは土下座しよっか。


「どうやらこの度は不幸な行き違いがあったようで、大変申し訳ありませんでした」

『行き違いもなにも、唐突に襲ってきたのは汝であろう』

「だって、ねえ? こんなところにいきなり一人で放り込まれたら、殺されると思うじゃん、普通」

『左様なものか? 他の二人は汝のような反応はせなんだが』

「二人も別個で面会中なの? まああの二人は変わり者だから」

「誰が変わり者ですか……」

「なにをしているのだ、主殿……」


 振り向くと、半目のニケとルチアが立っていた。


「無事だったか二人とも」

「当たり前でしょう……愚かな貴方が愚かにも殴りかかったと聞いて、あまりの愚かさに肝は凍りついていますが。慌てて合流させてもらいました」

「本当になぜそうなってしまうんだ……すまない、主は馬鹿なのだ。貴方に対して敵意があるわけではない」


 ひどいぃ。


『どうやらそのようだな。無論、我としても汝らと反目する(よし)はない。此度は不問に処そう』

「寛大なお裁きありがとうごぜえやす! うへぇ、よかったよかった。神様? と敵対とか、命がいくらあっても足りないもんな」

「ではなぜ殴りかかったりしたのですか……」

「黙って殺されるくらいなら、死ぬまで戦うのは当然だろ」


 やれやれと二人は肩をすくめていたが、やがて水晶に向き直った。


「それで、先ほどの返答はどうなのでしょうか」

「可能だろうか?」


 ニケとルチアはなにかを水晶に尋ねていたようだ。二人とも驚くほど真剣な表情で固唾を飲んでいる。

 でもそれぞれ個別で聞いてるんだろうし、一緒に聞いても水晶が困っちゃうよ。やれやれ、おバカさんたちだなあ。

 と思ったら、そうでもなかった。


『可』


 その素っ気ない返答に、ニケは口もとを押さえて目を閉じた。ルチアは崩れ落ちるように膝をついた。

 ルチアだけでなく、ニケすらその目から光るものをこぼれさせそうだ。

 一体全体、二人はなにを尋ねたんだ?

 あまりのリアクションに聞いてみることもできないでいると、今度は先にニケが飛びついてきた。すぐにルチアも加わる。


「マスター、よかった……マスター」

「シンイチ……よかった、よかったな」


 なにがよかったのかわからんが、巨人に勝ったときより熱烈で痛すぎるんですけど!?


「んだぁー! 痛い! 離れろぉ!」


 二人を振りほどいて距離を取った。


「まずは鎧を脱げ! それからならいくらでも抱きついていいから。っていうか抱きついてください」


 ニケの壊れた胸当ては一瞬で消えた。もう無限収納は使えるようだ。

 ルチアが胸当てを外すあいだに、ニケの胸に挟まれながら話を聞くことにする。


「で、なんの話だ?」

「主殿は聞いていないのか? 褒美を授かることができるという話を」


 ああ、なんかさっき水晶が紛らわしいこと言ってたな。そのせいで勘違いさせられたのだ。

 そういえば……初めてリースの街に着いたときにも、ルチアがそんなことを言ってた気がする。まさかそれが本当だったとは。


 あれ……なんだろう、この感じ。


「二人とも……水晶に、なにを尋ねたんだ」


 喜色満面の二人が声を弾ませる。


「喜んでください。マスターは、帰ることができるのです」

「元の世界に帰れるんだぞ主殿!」


 そうか…………そうかそうか。

 今度こそ、俺は全てを理解した。


「ニケ……降ろして」

「え? はい」


 ニケから降りて、とりあえず部屋の中をグルグルトコトコ歩いてみる。

 うーん、どうしようかな。どうしたらいいのかな。とにかくまずは、スキップでもしそうなほど嬉しそうに後ろをついてきてる二人に話を聞いてみようか。


「いつからだ。いつからこんなことを考えてたんだ」


 俺のためだった。

 二人があれほど必死で攻略しようとしてたのは、ただ俺のためだったのだ。俺が地球に、日本に帰れるように攻略しようとしていたのだ。


「水晶ダンジョンを完全に攻略するという話をしたころからだ」

「そんな前から……」

「はい。もっともそのころは私たち自身、攻略できるかどうか半信半疑でしたが。私たちが本当にその可能性を信じたくなったのは……」

「アダマンキャスラーか」

「そうだ。奴が出たと聞いたとき、私は天啓だと思った。蜃気楼のようにしか見えなかった道が、現実のものになったと思った」


 それであそこまで強化用の素材奪取にこだわったのか。


「褒美を授かることができるというのは、虚言だろうとは思っていました。ですがそれでも、神に目通りが叶うようなことでもあれば、そのときに乞い願えばもしやと」

「まさか本当に褒美をもらえるとは驚きだったな。いつどのような方法で帰れるかはまだ聞いていないが、もちろん私もついていくぞ」

「私もです。当然ですが」


 これ以上ないほど上機嫌な二人は、そう言って朗らかに笑っている。


 そんな二人を見て俺は、


「ふ、ふ、ふふふふふ……」


 爆発した。


「ふざっっっけんなぁああああああ!」


 怒りが!


「まっマスター!?」

「どうしたんだ主殿!?」

「どうした? どうしたもこうしたもあるか! なんだよそれ! なんなんだよそれ!」

「その、すまない。変に期待させるわけにはいかないと思い黙っていたことは悪かったと……」

「そんなことはどうでもいい!」


 ああもう! 無理だ、自分の頭グシャグシャしても全然収まらない。このまま髪の毛引っこ抜いてしまいたい、いやそれは駄目だ、ただでさえジイちゃん禿げてて俺もきっと禿げんのにこれ以上毛根殺すわけにはいかない。


「俺を禿げさせたいのかお前たちは!」

「なぜそうなる……」

「だってさあ、俺一度でも言ったか? 帰らせてくれってお前たちに。言ってないよな!」

「なにをそんなに怒っているのですか。マスターは帰りたかったのでしょう? ですから私たちは」

「ああそうだな帰りたかったよ、帰りたかったけど、こんなこと望むわけねえだろ……帰るために、二人に命賭けさせるなんて!」


 帰れるかなんて全く定かではなかったのに、これほどまでに危険な道を歩ませるなんて望むはずがない。こんなことなら、なぜ攻略したいのか無理にでも聞き出すべきだった。

 信じていたのに。

 未来のために進んでいるのだと。

 まさか二人が過去を見ていたなんて思わなかった。


「俺は、とっくに選んだんだよ! この世界でお前たちと生きていくって! お前たちがいなかったら帰れたって意味ねえんだよ! 分かれよ、そういうの……分かってよ…………」


 地球の家族だって当然大切な存在だよ?

 でもさ……あー、なんかもうあまりにもあんまりで涙出てきた。


「主殿……」

「マスター……」


 俺を抱っこでなだめるつもりか、二人がにじり寄ってくる。


「来んな! 俺は今怒ってヒィッ!」


 逃げようとしたら、ルチアが俺の低い目線よりさらに下から突っ込んできた。低空タックルだと!?


「ゴフゥ!」


 肩がみぞおちに……呼吸が……。

 重なってゴロゴロ転がったのちに床に押しつけられ、のしかかられ、口を口で塞がれる。ただでさえ呼吸できないのに……こ、殺される。


 思う存分俺の口内を舌で蹂躪し、ルチアがようやく口を離した。


「んっ……すまなかった、シンイチ」

「ゲホッゲホッ、そ……その謝罪は……俺を殺しかけてることについてか……ハアハア」

「ああっ大丈夫か!? すまない!」


 ていうかなんで俺がこんなに怒ってるのに、ルチアは発情してるの……。





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