5-16 凄い痛かった
巨人の攻撃はとてもシンプルだ。
殴り。魔力波。散弾。ほぼこの三つしかない。
だがそれぞれ全て危険であり、組み合わさることでさらに危険性が増す。
散弾で動きが鈍っていた四体目のカラーガードが、巨人の近くで魔力波を浴びた。糸が切れたように床に崩れ落ちる。
魔力波を使ったあとは巨人も少し動きを止めることはわかったが、二人の方が止まっている時間は長いし、シータやカラーガードは言うに及ばず。
無惨にも踏み潰され、カラーガードはその役目を終えた。
あとはもう急ごしらえで新しく作った一体のみ。これが壊されれば、シータを回収するのにも自分で行かなければならない。
なによりニケがルチアに守ってもらわなければならなくなってしまう。そうして二人がセットで動かなければならなくなれば、攻撃力がガタ落ちになる。
二人はよくやっている。
鬼気迫るというのがピッタリ当てはまるような異様なほどの集中力で、あの筋肉の塊とミスなく対峙し続けている。
それでも……。
「もう少しっ、もう少しなんだっ」
荒い息のルチアが剣で右脚を狙うが、巨腕に阻まれる。
巨人は右脚を引きずるようになっていて、完全に壊れるまであと一息だとは思える。そうなってしまえば、趨勢は決まる。
しかしここにきて警戒されているのと、魔力波攻撃のせいで詰めきれない。
やはり一番危険なのは、動きを止められ巨腕に殴られることだ。そのため巨人の魔導腕のクールタイムが終わり、魔力波を放てそうであれば迂闊には近寄れない。
これは勘に近いが、あの魔力波はびっくりさせるだけの技ではない気がしてきている。多分もっと凶悪な性質を持っている。
とにかく、攻撃を躊躇しているあいだに回復されるし、魔力波ではなく散弾で削られたりしてしまっている。
魔力波と散弾が、せめてもう少し発動に時間がかかればやりようはあるのだが……かなり早いせいで、技を出されるのを潰すのも難しい。
今のままでは脚を壊す前に、決定的な危機が訪れかねない。
ここで決断するべきだろう。
「一旦切り上げるぞ!」
《研究所》に戻り扉を消せば、向こうからはなにもできない。
もちろん巨人は回復してしまう。腕こそ生えてきそうにはないが、そのダメージすら完全に抜けてしまうだろう。先制攻撃はもうできないし。
それでもカラーガードの修理や、他の対策を練るべきだ。
それは二人にもわかって──
「いや……ここまできたんだ!」
「このまま押し切るべきです」
あ…………。
また、これか。
こちらに背中を向けたまま巨人と対峙する二人の中から顔を覗かせたもの。
それは今までも感じていた、悲痛なまでの攻略への意思。落ち着いたようには見えていたが、消えてなどいないのだ。
それが二人の判断を狂わせているように思えてならない。
それとも、俺がビビりすぎてるだけなのだろうか?
「押し切るってどうやって!」
「夢幻を使います」
夢幻──剣術スキルレベル十のアーツだ。
発動したときには、すでに斬っている。
過程を省いて結果だけを押しつける、わけのわからん技である。やってる本人的には違うらしいが、見てるぶんにはそうとしか思えないインチキアーツ。
夢幻泡影という派生もあるが、ノーマルより威力が下がる。
ノーマルももともと威力は高くないが、必中に近い性能はさすが最高レベルのアーツといえる。
そしてその分、代償も高い。
さほど長くはないが、技の直後はほとんど動けなくなる。
なにより両手両足にクールタイムが発生するのだが、それがとてつもなく長いのだ。使えばこの戦闘では、もうニケはアーツを使えなくなりかねないほどに。
もし夢幻で勝負の行方を決めきれなかったとき、俺たちは攻撃の要を失ったまま戦わなければならなくなる。
そういったピーキーなアーツであり、だから今まで使っていなかったのだが……。
「あの小さな腕をっ、奪います」
低く脚を斬り抜け、ニケは巨人の真裏に位置した。
確かに魔導腕さえ奪えれば、巨人はただのブンブン丸になる。ニケがアーツを使えなくなっても押し込めるかもしれない。
しかし硬直の問題もあるし、魔導腕は普段首の下でがっちりと組まれていて狙いづらい。
本当に夢幻の威力で奪いきれるのかという心配もある。
失敗しても二人さえ無事であれば、そこで改めて仕切り直せばいい話ではあるが……。
「……わかった。で、どうするんだ?」
「魔力波前を狙います」
魔力波を誘発するために、巨人をルチアと挟む位置に行ったのか。
確かに魔力波を使う前は魔導腕が伸びて狙いやすい。しかしもし魔導腕を奪いそこねたとき、魔力波を近距離で食らってしまうことになる。
そうなれば──
「あの腕が、見た目通りの強度であればやれます……信じてください。ルクレツィアも」
信じたい。信じたいけど……普段のクールさが鳴りを潜めた、懇願するようなニケの表情にどうしても危うさを感じてしまう。
でも、もはや止められそうにない。
「ニケ殿っ、任せたぞ!」
ルチアは止める気などない。
もう巨人のクールタイムは終わっているだろう。それでも巨人の正面、すぐ近くで攻撃を凌いでいる。
それも魔力波を誘うためだ。
俺はなんとも言ってやれなかった。
ただ《研究所》の中でなら使えるマジックバッグからあるモノを取り出し、握りしめていた。
そして、その時がくる。
巨人の魔導腕が、高く掲げられる。
模様の根本が赤く染まる。
──夢幻。
一体どこから聞こえたのか。
ニケがいたところか、それともいるところか。
それはわからないが────ニケは成した。
気づけばニケは、宙にいた。巨人の前で奴に背を向け、剣を振り抜いた姿勢で。
宙に浮いているのが、ニケの他にもう一つ。
魔導腕が、ここは月かと錯覚させるほどゆったりふわり。
まだ斬られたことに気づいてもいないように、二本の指はしっかと伸ばされたままだ。
やがて巻きスカートを翻して降り立ったニケに遅れて、魔導腕が床に落ちた。その音で泡沫の夢から醒め、巨人が太い右腕を振る。
完全にターゲットになっているニケだが、多分まだまともに動けない。
目をつぶりたくなったが、見届けた。拳とニケのあいだにルチアが飛び込むのを。
「バッシュ!」
もはや見切ったとばかりに、一歩もよろめくことなく弾くその姿は、まさに鉄壁。
「いよぉっし!」
自然とガッツポーズが出た。手に持つモノがチャプンと揺れる。
やっぱりニケは凄いのだ。ルチアもよく信じて待っていた。俺なんかが心配する必要など、なにも──
──強烈な違和感。
なにが…………あ、あれ?
なんでだ。
おかしい。おかしい。おかしい。
斬ったのは確かに右の魔導腕。
それなのになぜ、地に転がるその腕に…………黒い模様が入っていない。
「おい! なんか変だ──」
目線を上げて巨人を見たとき、体の芯から凍りついた。
きっとそれはルチアも、背中越しに顔だけ向けているニケも同じ。
巨人の小さな左腕。
指を二本伸ばして高く掲げられたそれに、今までなかった黒い模様が──いや、それはもう半分以上赤く染まっていた。
ダブルキャスターのはずはない。そうだったら、意思などもたないこいつは温存などせずにとっくに使っていたはずだ。
予備? 切り替えた? ──電車のレールの分岐器が頭に浮かんだのは一瞬。
「守護者の大盾っ!」
ニケを背にした、ルチアの叫び。
至近距離で魔力波を受け、ひび割れ、砕けた淡い緑の障壁が、宙に溶けて消える。
そして、先に動いたのは──。
俺にとって、ニケというのはただの女だ。
触れれば温かくて柔らかい一人の女性だ。元が剣とかどうでもいい。
もちろん戦いの中で傷つくこともあるし、極力そんな目にはあわせたくない。
それでもきっと、どこかで思ってしまっていた。
ニケは負けないと。勝ち続けるのだと。
でも……やっぱりニケは無敵の戦士ではなく、俺の愛するただの女だということを思い知らされる。
殴られ転がり、地面に横たわり動かない、その姿を見て。
「シンイチ! ニケ殿をっ、《研究所》に早く!」
ニケを横振りに襲った巨人の右腕。
巻き込まれて薙ぎ倒されたルチアは、盾を取り落とし、左腕をだらんと下げていた。足も痛めたのか、少し引きずっている。
それでも右手だけでポーションを取り出し、浴びるように飲んで盾を拾う。
そして再び巨人の前に立ちふさがった。
俺もルチアのときと同じ失敗は繰り返していられない。ゆっくり開く《研究所》の扉に体をぶつけながらも、半身で飛び出た。
ルチアの守護者の大盾のおかげか、巨人に殴られる瞬間、自分から飛ばされる方向に跳ねたように見えた。絶対に生きてるはずだ!
壁際で倒れるニケをしっかりと見据え、真っ直ぐに向かい──唐突に、激痛が走った。
なんだこれ! 頭いてぇ! 額から脳味噌に直接電気流されてるみたいな……。
なんでこんなときに……?
そして気づいた。
ニケの体が、なんだか光っているように見える。ニケだけじゃなく、横目に写るルチアも、巨人も。
なにもわからないが、少し和らいできた頭痛を無視してニケのもとに着いた。
「ニケ!」
「……マス……タ…………」
まだ意識がある!
急いでうつ伏せに倒れていたニケを、上向きにして起こす。
吐き出した血に塗れたその顔を見ても、まだ信じられない思いで一杯だった。あのニケが……。
巨人に背中を向けていたから、巨人の拳を防ごうとしたニケの右の手甲は腕や肩とともに破壊されている。しかしそれだけでなく、胸当てまでもが壊れていた。
尋常ではない破壊力。
でも、多分それだけじゃない。ルチアは直撃ではなかったのにあんな怪我を負ったし、ニケだってVITはそれなりに高い。それが一撃でこんなことになるなんて……。
とにかく、恐らく見た目以上に体内は傷ついている。急がなければ。
「ニケ! 今……」
「マス、ター…………マ、ス…………タ……」
ニケは……意識があるわけではなかった。
その目は俺を捉えていない。ただうわ言のように俺を呼んでいたのだ。
むせて血を吐くニケを見て理解してしまう。
もう、もたない。
まるでその証拠かのように、謎のニケの光は急速にしぼんでいる。
「ぐうっ!」
背中からルチアの苦悶の声が聞こえ、盾がこちらに転がってきた。
振り返って見ればルチアは左腕を抑えている。いくら上級ポーションでも、足と腕両方は治しきれなかったのだ。
──全滅。
その予感に思考が染まる。
「もう……ここまでか」
諦念に至り項垂れる俺に、ルチアの叱咤が飛んでくる。
「なにを言っているシンイチ! まだだ! 隙を見て回復魔術を使うから、早くニケ殿にポーションを…………」
きっとこちらを見たのだ。ルチアの言葉が途切れた。
すぐに続けたが。
「主殿……それはなんだ」
俺が右手に持つ豪華な透き通った瓶のことだろう。
ルチアに答えず、俺は瓶のフタをキュポンと開いた。
その中で輝いていた金色の液体を、ジョロジョロとニケの顔にかけていく。なんか凄くいけないプレイをしている気分。
そして全てをかけ終わると、
「ひぇ、気持ち悪ぅ」
たちまちのうちにニケの体が、逆再生のようにもとに戻っていく。そして閉じかけていたまぶたがパチリと開いた。
「ここは……これは……それは……」
体を起こしたニケは、説明するまでもなく全てを悟った。
渾身のジト目が心地良い。
「その器はエリクシルですね」
「この前枯れ木に花を咲かせてたら、犬が咥えて持ってきたんだ」
霊薬エリクシル。
たとえ死の淵にいようとも、たちどころに全快するという奇跡の薬。
八十六階層で遺宝瘤からくすねたお宝だ。
聖国で見たことだけはあったが、使ったところを見るのは初めてだ。上級ポーションなどとは次元が違うな。
「マスター」
ニケは凄く文句を言いたげだったが、その頭を胸に抱きしめて封殺する。
「よかった、ニケ……よく踏みとどまった」
「……はい」
抱き返してくるニケの温かさ。
最後の二人の足掻きがなければ、この温かさを二度と感じることはできなかったかもしれない。
空っぽの瓶を放り投げてしっかり堪能する。ニケは甘えるように俺の胸に額を擦りつけていた。
「すみません……貴重な物を」
「謝らんでいい。お前はよくやった。あんな風に切り替わるなんて、奴がズルすぎるんだ」
エリクシルを隠し持っていて良かった。
二人にバレていたら、俺に万が一があったときのために取り上げられていたかもしれない。傷つく確率が高いのは二人なのに、それじゃ意味ないからな。
まあ錬金術レベルが上がったときのために研究はしたかったが、ニケの命には替えられないし。惜しくなんてないよ、ホントだよ。
ぎゅっと抱き合って互いの熱を確かめ合う俺たちの横に、バックステップで降りたルチアが膝を着いた。
「ハァハァ、全く、あんなものを隠し持っていたとはな。それで、そろそろいいか?」
引きつけてくれていたルチアの目は恨みがましい。だが、「ヒーリングタッチ」と自分に回復魔術を使うその口もとは、安堵に緩んでいた。
「すみません。助かりましたルクレツィア」
「すまんすまん。怪我は? ひどいのか?」
「いや、もうそれほどではない。力が入れづらい程度だ」
怪我の具合は大したことはなくても、盾を持つルチアにそれは大問題だ。
ルチアはポーションもまだクールタイム中だし。ポーションはクールタイムの残り次第で効果が増減する仕様なので、クールタイムが残ってても多少は効果があるのだが。
「ルクレツィアは離れて回避に徹していなさい。私が行きます」
俺を離し、ニケは拾い上げた剣を巨人に向けた。雷撃を更に左手でも放ち、駆け出していく。俺もボケっと見ている場合じゃない。
気持ちを切り替えていこう。
シータと最後のカラーガードを再起動させ、俺は《研究所》に戻った。
そして、すぐに外に出て走る。
トゲトゲバットを握りしめ、巨人に向けて、真一まっしぐら。
そういえばあの謎の光は、いつの間にか頭痛とともに消えていた。エリクシルを使ったら一気にニケの光は強くなったりしたし……一体なんだったのか。
うーん、今はいいか。
「あっ主殿ぉ!?」
「マスターなにを!?」
悲鳴のような声を上げているが、知ったことか。
後ろから巨人のくるぶしをゴルフスイングしてやった。
おぉ、それなりに痛いみたいだ。殴った左足が上がって……うおぉい、あっぶな! そのまま踏んづけられるとこだった!
「なにをしているのですか!」
ニケが顔を青くしている。
つーん、知らんもん。俺は気持ちを切り替えたのだ。
「マスター、怒ってっ、いるのですか?」
巨人の攻撃を避けながらニケが聞いてくるが、怒ってなどいない。
「別にー。ただ二人が俺の言うこと聞かないで好き勝手するなら、俺も好きにしようと思っただけだしー」
「怒っているではないですか……」
「怒ってないし。ただメチャクチャ心配してただけだし。挙げ句の果てにあんな死にかけて、ちょっとぐらい怒ってなにが悪い!」
「主殿……もう言ってることが、っ! 来るぞ!」
左の魔導腕が上がり、二本の指が天を向く。警戒していたニケは、すぐさま離れた。
でも俺は──
「な……」
「ばっ馬鹿!」
ニケが絶句し、ルチアから久々にバカ呼ばわりされる中、まっしぐら第二弾。
実はたまにやられるニケの抜き打ち魔眼レジスト訓練で、俺の成功率は…………低い。特に《竜の威光》なんかは壊滅的に。
これは瞬発力的な問題であって、もうどうしようもないんじゃないかと思う。
だが、魔眼をずっとかけられ続けていたことは、一度もない。
かけられてから、本気で抵抗すれば打ち消すことができるのだ。ルチアでもこうはいかない。
鎧の魔血留路だってそうだ。
二人は手で触れてようやく光らせることができるが、俺は違う。着ていれば、わざわざ手で触れなくたってできてしまう。
どうやら魔力を操るのは大得意のようなのだ。
だから来るとわかっていれば、きっとレジストできる……はず。
果たしてそれは、俺の異常なMP量のせいなのかなんなのか。
まあ理由なんてどうでもいい。
魔力波はびっくりさせるだけじゃなくて他に秘密があるのかもしれないが、それもどうでもいい。レジストできれば関係ない。
巨人めがけて飛び上がった瞬間、魔導腕の模様が完全に赤く染まる。
全力全開! 魔力を体中に張り巡らせる! タイミングバッチリ! 元リズムゲーマー舐めんな!
体は…………動く! 余裕だね!
もうなんでもいいからとにかく──
「いっぺん殴らせろや! フルっスイングぅうらあ!」
鼻っぱしらに思いっ切り振り抜く!
初めは魔導腕を狙おうかと思ってたが、我慢できなかった。
巨人は顔を軽くのけぞらせただけだったが、直後──ぶぱっと両の鼻の穴から血を吹き出した。ざまあみろ!
そして巨人が動き出す前に離れようとしたが……巨人は俺をジロリと見ただけで、ニケの方に顔を戻した。
く、むかつく。鼻血垂らしてるくせに。
こうなったらもう一発──
──夢幻。
はい?
突然、ニケが俺の前に降り立った。
ポーンと空を飛んでいるのは左の魔導腕。もう首の下に収まってて、狙いづらかったはずなのに。
「マスター、蹴ってください」
はい?
ニケの被虐嗜好がついにそこまで極まってしまったのかと思ったが、すぐに理解。
急いでドロップキックして吹っ飛ばすと、次の瞬間ニケがいたところをでかい右拳が通過した。
「なに無茶してんのニケちゃん!?」
「貴方に言われたくありません」
動けるようになって起き上がったニケは、すまし顔で服をはたいている。
ああ、いつもの顔だ。
「いやいやいや、なんでアーツ使えるの?」
「エリクシルを使ったのはマスターでしょう」
エリクシルって、そういうのも治しちゃうのね……もう使えなくなったけど。
でもこれで、厄介な魔力系の攻撃はなくなった。
……太い腕の方で使ってきたりはさすがにないよね?
巨腕に模様が浮かび上がらないか見ていたら、笑い声が聞こえてきた。
ひとしきり笑ったルチアが剣と盾を手放す。
「ずるいだろう、二人とも好き勝手して。ニケ殿、もういいな?」
「ええ、貴女も好きになさい」
「では遠慮なく。獣化ァ!」
ルチアの手足が、装備ごとたくましい獣のものに飲み込まれた。
すぐさま爆発的な加速で駆け出す。
迎撃に裏拳のように振られた巨人の左腕。
それを濃紫の髪が数本断ち切られるほど紙一重で躱し、ルチアが鋭く跳ねる。爪で巨人の腹部に四本の裂傷を残して抜けた。
くるりと体の向きを変え、ギャリギャリ床を削りながら急ブレーキ。
「っていうか怪我は!?」
回復してた様子はなかったし、今も左腕は上っていない。
俺の心配をよそに、ルチアは獰猛な笑顔を見せる。口から覗く犬歯が、一瞬本当の獣の歯に見えてしまうほどだった。ゾクゾクしちゃう。
「忘れたのか? 私のスキル」
……《手負いの獣》のことですかね? そりゃあ傷を負ってる方が攻撃力は上がるんだろうけど。
「それはアグレッシブすぎじゃないかな?」
「はっはっはぁ、さあやるぞ!」
楽しそうに笑い、またルチアは飛びかかっていった。同じく飛びかかってたニケとぶつかりそうになってるし。
……確かに危険な相手、危険な技ではあったのだが、きっと色々考えすぎてたんだろう。俺も、二人も。
吹っ切れたように生き生きとした動きをする二人を見てそう思った。
さて、俺も負けてはいられない!
いくぜ!
あ、やべっ、ぎゃー! 二人への攻撃に巻き込まれて、かすった! 折れた! 左手折れたよ! ボキッていったもん!
「マスター!」
「びえぇん! ポーション、ポーションちょうだい! ゴクゴク……あ、治った。でももういい! シータ行ってぇ!」
「うん……主殿はそれでいいと思う」
そのあとはもう、協力してるのか邪魔し合っているのかわからなかった。
ただ斬って、殴って、突いて、引っ掻いて…………。
そして──
──膝をつき、切断されている左手で体を支えて右手を振り回す巨人。辺りには奴の濃密な血の匂いが漂っている。
「もらったあ!」
巨人の左腰の出っ張っている腸骨に、忍び寄らせたシータのインパクターアームをあてがう。ガガガガと鋼鉄を叩くような硬質な音が響く。
たまらず巨人は支えていた左腕でシータを打ち払った。
すまんシータ。軽く何度か攻撃を食らっていたシータは、もうこれ以上動けそうにない。
でもその甲斐はあった。
左腕の支えを失った巨人は、前のめりに倒れた。
すでに右足は完全に破壊され、腸骨粉砕で左足も満足に動かない。それでももがき、両腕で体を起こす。
その見上げた顔、意思のない虚ろな瞳に映るのは──立ち並ぶ俺たち三人。
「もういい加減に──」
それぞれが力強く振りかぶる。
バットを、剣を、腕を。
「死ね!」
「墜ちなさい!」
「終われっ!」
激闘は、ここに終止符が打たれた。
俺たちは水晶ダンジョンを完全攻略した。




