5-14 そして俺は網膜をやられた
三人黙って、黒いモヤを眺めている。
装備と携行品は念入りにチェック済みだ。
魔法などが激しく飛び交ったりする戦闘だと、デリケートな空間系の力──マジックバッグや無限収納が使えなくなることがある。魔力の残滓のせいなのだろう。
ポーション切れになるような事態を防ぐため、アダマント製の容器に入れて腰や太ももに備えているが、今回はそれも増量している。
それでも切れたときや装備が壊れたときは、俺が直接渡しにいくしかないだろう。
それにしてもなんか複雑だ。
両隣に立つニケとルチアにもそれぞれ考えていることはあるだろうが、俺の中に渦巻いているのは『やってやらぁ』とか『イヤだなぁ』とかグチャグチャである。
そもそも俺は、ボス戦というのが嫌いなのだ。こんなものただの賭けみたいなもんだから。
基本的にここに入れば、勝つか負けるか、生きるか死ぬかしかない。状況によっては逃げたりとか、そういう選択肢がないのはどうにも苦手だ。
水晶ダンジョンのやり方に頭きてるのは事実だし、気持ち的には絶対攻略してやりたい。
でもあれはニケとルチアを落ち着かせるための面もあったので、本っっ当に無理だったら諦めていただろう。
しかし二人は一体なぜそこまで攻略したがっているのかはわからないが……二人のやることだ。きっと俺たちの未来を薔薇色に輝かせるために必要なのだろう。そこは信じているので、結局最後まで無理に聞くこともなかった。
まあ俺自身としても、大事を成し遂げることへのワクワクもある。
自他共に認める慎重派の俺だが、ここまで前人未踏の地を進んでくるのも、正直楽しかったな。終わるとなると少し寂しさも感じる。
とまあ色々な感情が混ざってどうにも落ち着かないままここに立っているのだ。
……などとあれこれ考えたところで、もう決めているのだから張り切っていきますかね。
「よし、帰るか」
いつもの冗談だったのに、俺は捕まったエイリアンのようにして二人に連行された。
モヤの中に突入すると……嫌な感覚。
なんだか九十階層台に入ってから、階層を移動するとき気持ち悪い感覚に襲われる。
ニケの抜き打ち魔眼訓練に失敗したときにも似ている。それよりもっと強烈だが。
何者かの魔力が体をまさぐっているような……一体どういうことなのかわからないが、我慢するしかない。
そしてやたら長く感じるモヤを抜けたとき、俺たちは大きな部屋にいた。
飾り気など全くない。窓すらない。壁は切り出したままの岩でできていて、松明だけがかけられている。
まるで巨大な牢屋のようにも思えたが、そうではなかった。
ここは謁見の間だ。
いたのだ──王が。
部屋の奥、幅の広い三段の階段……その上に。
それは朽ちかけた玉座に座る、異形の巨人。
立ち上がればニケの倍ほどだろうか。だが異様なほど筋骨隆々であり、それ以上に巨大な圧力として存在している。血色が悪いように見える青白い肌との対比が不気味だ。
無造作に伸ばされた黒髪。そこに見え隠れする額には、生意気にも俺と同じように三つ目の目がある。
なにより異常なのは腕だろう。
神社にある百年杉を思い浮かべるような太い一対の腕は、直立しても地に届きそうなほど。
そしてもう一対。
成人男性ほどの三本指の腕が、肩口から生えているのだ。入れ墨なのか、右腕には模様が入れられており、それを首の下で組んでいる。
今まで色んな魔物などを見てきて、気持ち悪いのとかおっかないのとかも多かった。
だがこれほど人に近いフォルムでありながら大きく違う部分持っているというのは、不気味の谷現象? とはまたちょっと違うかもしれないが……非常に禍々しく感じる。
しかしそれら全てを差し置いて、俺にはどうしても気になることがあった。
それは──
「なんでズボンだけは履いてるんだ」
「まずそこが気になるのか……ふふっ」
ルチアは「相変わらずだな」と言って笑うのだが、だって他にまともな服はなにも着てないんだよ? 靴も履いてないし。
頭と首と胸を最低限守る骨製っぽい鎧はつけているが、それも素肌の上だ。
それなのに裾が破けた、麻っぽい生成りのズボンだけは履いている。
これはあれだろうか、優しさだろうか。
この巨体であれば、アレもきっと凄いんだろう。戦闘前に心を折らないよう気を使ってくれてるのかもしれない。
「恐らく、巨人族……なのでしょうね」
「かもなあ」
とりあえず《研究所》を設置したりしているが、まだ巨人は座ったまま動きを見せない。
観察していたニケの言葉に、ルチアが驚く。
「ニケ殿でも知らないのか?」
「ええ。似た種族は知っていますが、その種族の特徴がありません。巨人族というのも、マスターの推測に基づくものでしかありません」
「どういうことだ?」
そうか、ルチアは知らないのか。
まあ今はいない種族のようだし、熱心な信者でもなければ知らなくて当然か。
「遠い昔、神代の時代に人族と魔族はそれぞれに神を奉じ争っていた、って言われてるのは知ってるよな? そのとき魔族を率いてたのが、巨人族という種族らしい。絶滅したみたいだけど」
俺はこれでも、死んだら聖者入り確実と言われていた男だ。そのあたりのことは詳しい。
ちにみにリグリス教では、魔族側の神は邪神などと呼ばれてる。
「そうだったのか……最後の最後にそんな相手とは、やはり水晶ダンジョンは対魔族を意識しているのだろうか」
「どうだかなあ。裏切ったし」
「全く、またそんなことを言って」
「それかアイツ、ダンジョン産じゃなくて外界産の生き残りで、ここにずっと閉じ込められてるとか。ここも牢屋っぽいし」
「いえ、それはないでしょう。これまでの魔物同様、目に意思を感じられません」
確かに巨人はこちらに視線だけは向けているが、その目は虚ろに感じる。
「ま、相手がなんであれ、やることは同じか」
「そうだな」
「始めましょう」
力強く頷くと、二人は剣の切っ先を巨人に向けた。
「あらあら、二人ともなんて卑怯なんでしょう」
この神聖なるファイナルバトルを、魔法と魔術の先制攻撃で穢すつもりだ。
まさに卑怯千万な二人は、揃って歯を見せる。
「ふふっ、せっかく動かないのですから。これがマスターのやり方でしょう?」
「お前だってあれはなんだ。初めて見たぞ」
ルチアの視線の先には《研究所》から出てきたカラーガード隊。彼女たちは全員で一つの赤黒い大筒を抱えている。
魔導砲火属性スペシャルの、筒を長くして収束率を上げたバージョンセカンドである。隙があったら使えないかと思って作っておいたが、初っ端で使えるとは。
魔石爆弾は……投げて動き出したりしたら困るからやめとこうか。
「勝たなきゃなんないしな」
「ええ」
「必ず」
二人の剣の先、溜まりに溜まっていた魔力が具現化を始める。
光を放つような吸い込むような球体は、ニケに初めて助けてもらった頃より遥かに濃密だ。
高硬度により光沢を持つ、荒く削り出した超巨大なライフル弾のような岩塊。その胴は大人の手が回り切らないほど。
魔導砲の口からも、暴走した魔力が赤い光となって漏れ出した。
「ではマスター、叫んでください」
くくく、懐かしいな。
「二人とも──」
俺は真っすぐに巨人を指差す。
「ぶっぱなせ!」
百階層戦難航中……非常に時間がかかっております。書き溜めもしたいし亀更新どうかお許しを。
やだなあ、スマホのインディーズアプリになんかハマってないですよ。




