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5-13 ケモっぷりが上がった



 結局、回復魔術はルチアが覚えることになった。

 いざという時にニケが敵のターゲットになるために覚えるという手もあったが、それよりはルチアをガッチガチのガチ盾にしようという結論である。とにかく敵を引きつけて、傷ついても自らで回復するのだ。

 ルチアは恐縮していたが、ニケに


「これで実質、聖騎士と同じになりますね」


 と言われて、顔が隠しきれないほど緩んでいた。


 聖騎士は回復が使える超希少な盾職であり、他の盾職にとって憧れの的なのである。

 ルチアの場合は土魔術とかまで使えるから、もっと凄いと思うんだけど。

 それにしても……気づいていたが、ルチアもやはりニケ同様にMなのだろう。敵にがっちり狙われるようになることを喜ぶとか。


 そして俺を差し置き、遂にルチアがスクロールを使う。

 魔力を流し込んでしばらくすると、書かれていた文字が空中に溶けて消えていった。

 これで習得完了だ。


 その日、ルチアの狐尻尾が一本増えた。


「……………………なぜだ!?」


 知らん。






 九十階層のボスは、メタリィアークという水銀のような液体金属の魔物だった。

 というか、でかいメタルなスライム?

 大きな人型になったり巨大な手になったり動物系の魔物みたいになったりと、変幻自在に形を変える掴みどころのない魔物だ。

 物理も魔術も強力な上、こちらの攻撃も効きづらい。普通のスライムなどもそうだが、こいつは魔石を核として動く魔物ではないらしい。魔石を壊して一撃必殺、というのは無理だ。

 剣で切断などしても、たちまち元通りになるし。なのでニケは終始格闘で戦っていた。


 しかし打撃もそこまで有効とは言えなかった。叩いて飛び散らせれば、分離した小さな雫は動きを止めるのだが……本体がそれに接触すると、くっついて元に戻ってしまうのだ。

 一応、特に魔法などで攻撃すると少し体積は減るようだが、とてもやってられない。


 そこで、小分けに分離して保管することにした。

 外から押せば小さな扉が開く仕掛けの、中身が空っぽのアダマント製のボールを沢山作った。それをひたすら投げつけたのだ。

 タルト・タタンが焼き上がるまで俺も手が空いていたのでボール作りに支障はなかったし、ボール投げにも参加した。

 こちらのリンゴはあまり甘くなくて酸味が強いのだが、そのお陰でくどすぎず爽やかにタルト・タタンは仕上がった。いくらでもいけると二人にも好評だったし、また作ってみてもいいだろう。

 本当は洋菓子であればチョコレートケーキ系を作りたいのだが、チョコが見つからないのだ。近いものはあるのだが、あのネットリとした舌触りには程遠い。どうにかならないものか。

 こちらの世界では砂糖が貴重なので、甘味はフルーツのタルトなどの果物を使ったものが一般的だ。でもまだ俺の知らない物もあるだろうし、帰ったらセレーラさんに聞いてみることにしよう。




 そして俺たちは今、九十二階層にいた。


 あれ? えっと……そう、メタリィアークにボールをたくさん投げたのだ。

 効果はてきめん。

 ボールに食い千切られ、見る見るうちにメタリィアークは小さくなっていった。最後にはバレーボールくらいの大きさに。

 それをペチペチしてたら、気づかないうちに次の階層へのゲートが出ていた。最後まで掴みどころのない魔物だった。

 素材は小分けしたので俺たちの強化は無理かと思っていたが、くっつけてある程度の量になったらいけた。さすがに部位の区別はないようだが、DEXが相当上がった。




 そして俺たちは今、九十二階層にいた。


 まばらに草の生える荒野に、衝突音が響き渡る。

 空こそ飛べないものの、強靭な肉体と膂力(りょりょく)を持つランドドラゴン。

 巨木をも優に薙ぎ倒すその太い前足を、二尾のルチアが盾で受け止めている。


「フリップシャフト!」


 右手に持った槍ですくい上げるようにして、受け止めた右前足を跳ね上げる。このアーツは対象を弾き飛ばすような効果があるらしく、バッシュと使用感が似ているようだ。ルチアは槍を持つときよく使っている。


 右上体を浮かせたランドドラゴンに向け、体を捻ったままのルチアが大きく一歩踏み出した。

 赤く光る血潮を持つ黒い盾を突き出しながら、体の捻れを解放する!


「バッシュ!」


 先程より大きな衝突音を響かせると、本物バッシュで側頭部が平らに陥没したランドドラゴンは地面に沈んだ。

 絶命したことを確認したルチアは、すぐさま顔を横に向けた。


 その先では()()()()()ランドドラゴンが、低く跳ねてニケに飛びかかっていた。

 巨体にそぐわぬ俊敏な動きではあったが、素早さではニケの方が上だ。


瞬歩(しゅんぽ)


 剣術の移動用アーツの力まで加え、ロケットスタートの踏み込みで地面を巻き上げる。その向かう先は、敢えての前方。

 低く低く。ランドドラゴンの腹を、なびく銀髪で撫でながら潜り抜ける。


蟷螂(カマキリ)


 派生技を繋げば、前足より細くて短い左の後ろ足が宙を舞った。

 瞬歩は蟷螂と啄木鳥(キツツキ)で、斬撃と刺突の二択が派生できるのだ。


 一体のトドメを任されていたルチアもニケに合流したし、あちらはもう大丈夫だ。

 俺はこっちに集中しなければ。


 《研究所(ラボ)》の中で、俺は視線を変えた。

 ニケとルチアから少し離れた場所で、混戦が繰り広げられている。

 敵はオークキング……の集団。群れを成して襲ってくる王様ってどういうこと。人で想像すると笑える。


 迎え撃つはシータ、そして──シータに雰囲気が似たモノたち。


 その装甲はシータ同様の和服モチーフだが、幾分か厚い。

 下半身はシータと違いミニスカ型ではなく、広がりながらくるぶしまである装甲だ。シータにはない和服の袖型装甲も備えている。これらはアダマント生地とのミックスである。


 シータは黒を基調とし、銀のパーツや金の装飾、魔血留路でシックに決まっているが、こちらはそれらが派手に配置されている。更に鮮やかなオレンジ色のパーツも多く追加され、戦場に咲き誇る華のようだ。

 身長はニケと同程度であるシータより少し高く、その手にはきらびやかな旗のついた大きな槍を持つ。


 簡単に言えば、派手派手重装甲版シータ。

 それが三体(・・)

 《人形繰り》がスキルレベル四になった俺が操る、カラーガード隊である。

 名前はマーチングバンドとかで、旗を持ってたりするパートから拝借した。


 カラーガードが派手で重装甲なのは、ぶっちゃけ無理だからだ。俺がちゃんと操るのが。

 《憑依眼》は一つだけしか使えないからシータ用であり、カラーガードはシータと俺の目視で動かさなければならない。とてもじゃないが細かい動きはできない。

 本来シータと自分を動かすだけで精一杯なのだ。慣れればもっと動けるようになるのかもしれないが。


 とにかく今は無理なので、カラーガード隊は重装甲にして補助の盾役に徹することにした。派手な外観で、対多数時に雑魚敵を引きつける役目を担ってもらうのだ。

 ということで今もオークキングと、殴ったり殴られたりしているのである。


 それにしても……なんなんだここは。

 敵の数も質も異常だ。オークキングクラスがザコとしてわらわら出てくるし、各種下位ドラゴンとかそれと同じくらいヤバイのが普通に徘徊している。

 これまでは慣らし階層があったが、それどころじゃない。今もそうなのだが、すぐに連戦になっちゃって全然進めないし。

 まあ今は、こいつらさえ倒せば周りには…………いたよ。

 遠くからゴールドグリフォンが空飛んでこっち来てるし。もうあかん。


「二人とも、急いでこいつら倒して撤退だ!」

「……了解した!」

「ですがっ」


 ルチアは飲み込んだが、ニケは反論しようと声を上げた。ゴールドグリフォンも倒して進みたいと言うのだろうが、当然却下する。


「撤・退・だ!」

「……わかりました」


 ()()()()()MPを空にする勢いで魔法と魔術を二人は使い、一気にランドドラゴンとオークキングを仕留めた。

 そうしてなんとかゴールドグリフォンが来る前に、ラボに避難することができた。


「ニケ、正座」

「……すみません」


 とてもレアな光景だ。帰ってきたニケは、素直に従って正座した。

 自分の判断が危ういものだったとわかっているのだろう。


 もう連戦でだいぶ消耗していたのだ。空を飛ぶ厄介なゴールドグリフォンだけでもきついが、他にも絡んでくるようなことがあればどうなったことか。


 むーん、どうしたもんかなぁ。

 九十一に入って先に進む難度が跳ね上がると、俺が感じていた二人の焦りも増してしまった。今は反省しているようだが、また同じようなことがあったときも繰り返しそうな気がする。

 こういうときは、真心込めて聞いてみるのがいいだろうか。

 お宝騒動の時のほうれんそうでは、吐き出し方が足りていなかったのだ。


 そう思い、ルチアにも正座させて俺も正座した。

 リビングで三人正座で向き合う変な絵面の中、俺はそれぞれ二人の目を見つめた。


「もう帰る。次の階層行ったときに、お前らが寝てる間にこっそり帰る。んでもう来ない」

「マスター!」

「主殿それはっ」

「それが嫌なら話せ。二人とも、なにをそんなに焦ってる。話さないならほんとに帰る」

「もう、卑怯なやり方ですね……」


 今はとにかく二人に思いを吐き出させるのが真心なのだ。俺の真心を受け止めたニケは、軽く息を吐いてから続けた。


「私たちが今恐れているのは、まさにマスターが攻略を断念することです。危険性を考慮する面でもそうですが、マスターが飽きてしまいそうで」


 確かにその考えが浮かばないわけではない。

 俺の理性はもうやめるべきだと訴えている。リスクとリターンが見合ってないのだ。高すぎる危険を冒してこれ以上進むことに、そこまでの価値があるとは思えない。

 二人がずっと戦い続けてるのも心配だし、よく飽きないなとも思う。俺は正直飽きている。九十を越えてからなかなか進めないし。


 だが、それでもニケは間違っている。

 さっきはもう来ないと脅したが、やめる気なんてない。

 二人が俺のことで焦っているなら、俺も胸の内を明かすべきだろう。


「……俺は二人がやめたいと言い出さない限り、絶対にやめないぞ」

「本当ですか!?」


 頷いて見せると、二人の顔が安堵で緩んだ。


「お前たちがなんでそこまで攻略にこだわってるかはわからん。どうせこれは言う気ないんだろ?」


 アダマンキャスラー戦前に言ってた、名誉的な理由で攻略したいなんてのが嘘というのは、さすがにもうわかる。


「……すまない」

「どうかそればかりは」


 頭を下げようとする二人を、俺は首を振って制止する。


「いいんだよ、そんなことはもうどうでも。やめる気がないというならそれだけで。俺は、頭きてるんだ」

「それは……我々にか?」


 ルチアが窺うように聞いてくるが、そんなわけない。


「わかるだろ……水晶ダンジョンにだよ! なんだよここ! 慣らし階層はどこいったんだよ! いきなり殺しにきやがって! ここは修練場じゃなかったのかよ! 詐欺だ! こんな裏切り絶対許さない!」


 俺は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のダンジョンを攻略せねばならぬと決意した。


「主殿……それは清々しいまでの一方的な言いがかりでは」

「しっ、黙っていなさい」

「だから二人とも、少し冷静になれ。ここからは確実に攻略するために、時間をかけてじっくり行く」


 焦燥感からか、このところ少し険しく見えた二人の目に、ようやく穏やかさが戻る。


「マスターがその気であるのなら、もう焦る理由はありません」

「ああ、じっくりでもなんでもいい。私たちで必ず攻略しよう」


 決意も新たに、俺たちは互いに頷き合った。






 じっくり行くといっても、基本は変わらない。ただ連戦になりそうなときは早めに切り上げ、休みも多く取った。そして強化できそうな敵は積極的に倒し、こまめに《アップグレード》するようにした。AGIくらいしか上がらなかったけど。


 どうやら敵の種類や強さは、階層を進んでもあまり変化しないようだ。戦闘自体は慣れにより多少楽になっていった。

 しかし九十階層台の環境は今までの縮図になっていたので、攻略にかかる日数は増えた。九十五でまた雪山になったときは、やっぱり攻略断念しようかと思った。


 それと武具も更新することになった。

 二度ほど見つけた遺宝瘤から、大量の神鋼(オリハルコン)を入手したからだ。

 昔ルチアに約束したケーンのレプリカも、もちろん作ることにした。

 ケーンの美しい姿は、俺の瞳に焼きついている。当然簡単に──


「どこが焼きついているですか……こことこことこことここ、あとここも違います」

「えー、こんなもんだったじゃん」

「全然違います! いいからやり直してください」


 結局ニケのオッケーが出るまで、何度も作り直すハメになった。

 ルチアはシュバルニケーンという名を使いたがっていたが、ニケに許してもらえなかったからシュバリエールと呼んでいる。


 ちなみに遺宝瘤からは他にもそれなりに面白いものは出たが、スキル習得スクロールはなかったし、俺がくすねたお宝以上の物はなかった。




 そして九十二階層のあの日から丸二ヶ月。


「着いちゃったな」

「……着きましたね」

「本当に着いたんだな」


 俺たちの前には、最後の……百階層へのゲートが(うごめ)いていた。


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