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5-12 これは、いいものだった



 それは人を惑わせ……そして狂わせる。

 それを人は求め、争い、奪い合う。


 宝──。


 そんな物にいとも簡単に煽られる、なんという愚かしく醜き人の欲望よ。

 いや、そのように人を突き動かすことが出来るからこそ、宝と呼ばれるのか。


 とにもかくにも嘆かわしいことに……以前はケーンとして宝であったニケも、忠義を尽してくれるルチアも、その例外ではなかった……。




 周囲に乱立するのは様々な形をした大きな柱。

 これが岩であれば、まだ地球の世界自然遺産とかにもありそうだが、ここの柱はそうではない。金属でできていて、表面は磨き上げられた鏡のような面で構成され周囲を映し取っている。

 そして地面にはくるぶしまでの深さの水が張られていて、それもまた空や周囲を写す。


 そんな天然ミラーハウスといった光景が、四方八方延々と続いている。

 それが俺たちの現在地、八十六階層である。


 なんだかんだで八十六なのである。


 本当にアダマンキャスラー素材で強化できたのは大きかった。これほどまでスムーズに進めるなんて。


 特に八十階層、領主の館での階層ボス戦では助かった。

 館にいたのはリッチ・ザ・プライムロードという、超高位のアンデッドだった。ニケが言っていた魔物なのか魔族なのか曖昧なやつだ。


 元は高価そうなボロをまとい、宙を舞いながら笑い声を上げるのである。上半身だけのスケルトンのくせに。

 とにかく魔術が強力で、魔法防御も高い。ただ、物理防御はさほどでもなかった。

 俺たちの今のステータスは、魔法攻撃力は低いが防御や物理攻撃力は高い。上手いこと噛み合ってくれたのだ。

 なので俺も、安心して自作どら焼きを各種食べ比べすることができた。やはり普通のが鉄板だが、紅茶風味も結構いけた。


 そして八十階層台に入ってからは、リッチ・ザ・プライムロードの素材で強化した魔法攻撃力に助けられている。

 ここの敵はなんというか……厄介なのだ。


 逃げながら魔術撃ってくる小人の魔物とか、分身みたいな幻影で惑わせてくる巨大なイタチ魔物とか、地面で擬態してる超巨大なヒラメっぽい魔物とか……。

 しかも周りはミラーハウス。距離感はおかしくなるし、攻撃したら写ってただけだったり、頭がおかしくなりそう。

 特に滞空しているミラーボールみたいなやつとの組み合わせがやばかった。全身から光線を乱射してくるのだ。威力は高くないが、反射しまくってとても避けきれない。装備が良くなければ怪我は免れなかった。


 そこで今は、魔法魔術で遠距離から先制攻撃しながら進んでいる。俺の《鷹の目》大活躍!


 しかし……ここにきて大問題が発生してしまった。


「離せ、ニケ! 離せぇ!」


 必死の訴えもむなしく、俺を腕ごと抱きしめたニケの手は緩むことがない。

 俺は釣り上げられたカツオのようにもがくことしかできずにいた。


「いい加減に大人しくなさい」

「手間をかけさせるな主殿!」


 そう言って俺を責めるルチアは、シータと向かい合って両の手と手を繋いで押し合っている。プロレスでよく見る、手四つというやつだ。

 いくらシータが強化されたとはいえ、ルチア相手では分が悪い。完全に抑え込まれてしまっている。


 二人が俺を不当に拘束する原因。

 それこそが、金属の柱に不自然に存在していたコブ──遺宝瘤(いほうりゅう)である。

 二人はそれを我が物にせんと、俺を阻んでいるのだ。


「それは貴方でしょう……」

「我々は適切に使うべきと考えているだけだ」

「ウソだウソだ! そうやってまたイジワルするんだ!」


 実は二人が造反するのは、これが初めてではない。

 あれはちょうど十階層前、七十六階層での出来事だ──




 暗い街道を進んでいる最中、倒した魔物が吹っ飛んでった近くの木に遺宝瘤を見つけた。

 ルチアから飛び降りて喜び勇んで開けてみたところ、宝の中に羊皮紙が入っていた。

 どうせ鑑定スクロールだろうと思ったら、少し見た目が違う。

 なんとそれは、スキル習得スクロールだったのだ。しかも俺の念願である、魔術習得の!


 しかし問題は──それが《土魔術》だったことだ。


 宝の中から一番に見つけて喜ぶ俺を前に、ルチアが聞いてくるのだ。


「使うのか? 主殿……それを使ってしまうのか?」


 悲しげな表情とともに。


「えっと……いや、でも、俺も魔術使えれば多少は戦力になるし。それにMP多いからガンガン使えるしさ」

「ガンガン使うのか……私の魔術などいらないのか……私などもういらないのか……」


 ううっ、と口もとを押さえてルチアが肩を震わせる。


「話が飛躍しすぎだよ!? そんなこと言うわけないだろ! なんだ、その……あっ、ほら俺も土魔術使えればお揃いになるぞ? 二人で一緒に『グラウンドピット』とかやったら楽しそうじゃないか」


 グラウンドピットというのは、土魔術のスキルレベル四で覚える地面に穴を作る魔術だ。

 地面が硬いと効果が激減するし、相手がいる下を掘ろうとしてもVITの影響でレジストされやすい。しかしうまくハマれば相当ハマる。穴だけに。


 俺の説得に、ルチアは一瞬顔を輝かせた。

 が、すぐに「しまった」と言わんばかりにハッとしたあと、またよよよと悲しむ。


 ニケじゃあるまいし、ルチアがこんなことするなんて認めたくなかったが……。


「おい、演技か」

「な、なんのことだ」

「もうバレバレだぞ。なぜそんな、あっ!」


 目を泳がせるルチアを問い詰めようとした隙を突かれ、ニケにスクロールを奪われてしまった。

 そしてたちまちスクロールは、《無限収納》へと消える。


「よくやりましたルクレツィア」

「なんだよくやりましたって!? 返して、俺の土魔術!」

「駄目ですよ、ルクレツィアも悲しんでいますし」

「演技だったじゃん!」

「元々マスターだけの物ではありませんし、私が使うという選択肢もあります。今後の階層の様子次第でもあるので、保留しておくべきでしょう」

「でも早く覚えた方がスキルレベルだって上げられるし! なあ! 聞けよぉ!」


 俺は間違っていないと思う。

 でもそのあとどれだけ訴えても、仕返しに夕飯を二人の嫌いなもので埋め尽くしても、土魔術が返ってくることはなかった……。




 ──そして今、八十六階層で遺宝瘤を壊した俺たちの目に映るもの。


 それは再びのスキル習得スクロール。


 習得スクロールの中では魔術が一番出やすいし、見た目も土魔術のと似ている。魔術である可能性は高い。

 スクロールが見えた瞬間、今度こそと動こうとしたのだが……この状況である。


 俺がニケに捕まって動けない中、手四つのシータはルチアに覆い被さられるようにして膝をつく。

 ルチアにそのまま「とうっ」と軽く投げ転がされてしまった。

 よくない、それはよくない。そこから逆転してルチアが膝をついて、更にそこから逆転して……というのがプロレスの醍醐味だろうに。


 悪玉(ヒール)ルチアはふてぶてしく悠々と歩き、スクロールを奪ってしまった……。

 そしてスクロールを広げ、驚きの声を漏らした。


「これは……回復魔術だ!」

「それは珍しいですね」


 確かに珍しい。

 回復魔術は、氷だとか雷だとかいった上位の魔術よりも出ることが少ないらしい。


 うーん、攻撃魔術ではないが……二人のピンチに駆けつけ傷を癒やす……もう大丈夫、俺がついてる……ふむ、悪くないか。

 というか俺は攻撃関連のステータスが低いし、回復役の方が向いているかもしれない。これなら二人も認めてくれるだろう。


「よし、では渡したまえ。ルクレツィア君」

「やはりこれはニケ殿が使うべきだろうか」

「なんで!? 普通に考えれば」

「ルクレツィアがいいでしょう」

「イジメよくない! 欲しい、欲しいーーー!」


 暴れたらニケが離してくれたので、そのまま水の張った地面でゴロゴロバチャバチャ駄々をこねる。

 でも微笑ましげに見られるだけで効果がない。


「二人のバカー! バカショター!」

「もう、これこそ駄目に決まっているでしょう」

「なんでや!」

「主殿、回復魔術は狙われるのだ。多少の傷を負わせたりするより、遥かに。だからパーティーなどを組んで本格的に戦闘をする回復術師はほとんどいないのだ」


 確かに回復役がいるなら、そこから潰そうとするのは道理だろうけど。


「そこまで狙われるのか? 俺はてっきり町中で十分稼げるから戦闘しないのかと思ってたけど」

「確かにそれもあるでしょうが、どちらかと言えばルクレツィアが言った理由の方が大きいですね」


 戦闘の合間に回復するのでも助かるだろうが、それならポーションでなんとかなることも多いか。


「だから剣聖のパーティーにも二人盾役がいたのです。攻撃面では剣聖と魔術師で十分でしたから」

「あー、そういえばあのパーティーは回復術師いたっけな」

「わかってくれたか主殿。土魔術も同様だ。主殿の体はまだ幼い。ステータスに表れているより脆いだろう。心配だから敵を引きつけて欲しくないのだ」


 体を起こした俺の頭を撫でるルチアと、神妙な顔で頷くニケ。


「そうか、俺のために…………って、騙されるかぁ!」


 手でバシャーンと二人に水をかけてやった。

 キャアと二人から悲鳴が上がる。


「なにをするのだ、主殿」

「だってそれ、嘘……じゃないけど全部じゃないじゃん」


 本当に俺のためなのであれば、初めから説明してくれればよかったのだ。そして使いすぎないように注意した上で、土魔術を覚えさせてくれればいいのだ。


「貴方は注意してもどうせ守らないでしょう」

「そんなことないよ! 弱いんだから、意味なく狙われたくないし」


 なんでそんな不信の目で見るん?


「マスターはそのとき思いついたことをやらずにはいられない人ですからね……」

「わかってくれ。意味の有る無しではなく、主殿が狙われること自体を避けたいのだ」


 凄くもっともらしいことを言っているが……。


「それは本当に俺の安全のためだけか?」


 ギクリといった様子で、二人の体が固まる。


「別にいいんだけどさ、二人がダンジョン攻略に一生懸命なのは」


 結構前から攻略熱は高かったが、ここに来て二人の熱が加速度的に上がっているように俺は感じている。

 その熱のせいだ。

 今ゆっくりではあるがちゃんと進めているから、二人はリズムが乱れるのを恐れているのだ。俺が魔術でリズムをかき乱すのを防ぎたいのだ。


 そしてそれは、地上に戻らずに突き進む理由でもあると思う。

 あ、いやまあ初めに一気に行こうぜって言ったのは俺なんだけど。

 だってセレーラさんが真実を知って改心したとき、俺に会えない方が効き目あるんじゃないかと思って。きっと今頃セレーラさんは、四六時中俺のことで頭が一杯になっているだろう。ぐふふ。

 でも…………ちょっと長すぎると思うんだよね。


 そこで二人にそろそろ一度帰ってゆっくり休もうと言っているのだが、決して首を縦に振らない。

 新階層を攻略した現状、戻れば絶対色々面倒なことになって足止めされるから……ということもあるだろうが、多分それがメインじゃない。


 俺とは逆の意味でセレーラさんが理由ではないだろうか。

 セレーラさんの加入という可能性を考えて戻りたくないのだ。

 もちろんそれはセレーラさんが嫌いとか、加入反対とかではない。

 でも今加入すると、攻略は確実に遅れる。

 セレーラさんは錬成人ではないし、錬成人になることを強制なんてする気もない。しかもセレーラさんは、まだ五十階層にも到達していない。そこからやり直すとなれば、事故も起こりうる。

 せっかく加入してもらったのに、完全攻略するまで街で待っててもらうとかもどうかと思うし。それだったら俺は、セレーラさんを《研究所(ラボ)》に匿ってこっちまで連れてきたい。


 とにかく二人は、攻略したくてたまらない病なのだ。

 どこかで詰まらない限り、現状を大きく変える気はないのだろう。


「ノッてるときに水を差されたくないという気持ちはわかるし、二人が最善と思うならそれでいい。ここまで来たんだから、できれば俺だって攻略したいし。でも、だからこそちゃんと話して欲しいんだ」


 二人には今一度、ほう・れん・そうの大切さを教え込まなければ。

 たとえそのときは傷ついたとしても、誤解を恐れず、隠し事をせず、思いの丈をはっきりとぶつけるべきなのだ。


「わかりました話します。下手に使われては邪魔なので魔術は覚えさせません」

「わーーーー、邪魔って言った! めっちゃはっきり言った!」


 傷ついた俺が浅瀬でバタフライしていたら、ニケにヒョイッとされて抱き締められた。

 ルチアはまた撫で撫でしている。


「ふふっ、すみません」

「だが、なによりも主殿のためだというのは信じてくれ」


 言われなくてもそれくらい、二人の触れ方でわかるけどね。


「ハァ、もう好きにしてくれい。俺は残り物調べてるから、回復魔術どっちが使うか決めといて」


 頷くニケから降りて、遺宝瘤へ向かうことにした。

 うう、俺の魔術ぅ。


 ……まあ今回吐き出したことで、二人が少しでも落ち着いてくれればいいんだけど。焦りにも似た攻略意欲が、少し危険に感じる。

 なんでそんなムキになるのかわからない……やっぱり二人には、ほうれんそうが足りてないな。


 そう思いながらコブの中身をゴソゴソやっていたら──。


「あれ? まさか、これ…………」

「どうしました?」

「良い物でもあったのか?」


 俺は聞いてくる二人に、


「いや、高そうな宝石があっただけ」


 見られないようにしてそのお宝をマジックバッグに入れた。


 二人にはナイショにしとこーっと。



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