表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/145

5-11 俺には全部お見通しだったと思ったらそうでもなかった




「なっ、ルクレツィア! 待ちなさい!」


 ニケの静止の言葉も聞かず、ルチアは速度を上げていく。


「子供が、子供の泣き声がするんだっ」


 徐々に大きくなるその音は、確かに子供の泣き声にも聞こえる。

 それにしても、なんだかやたらと頭の中に響く……。


 路地を抜けた先は、幾分開けた場所だった。

 屋台らしきものの残骸が転がっていることから、市場などが開かれていた場所なのだろう。

 その奥、大きな枯れ木の根本にそれはいた。


 しゃがみ込み、丸めた背をこちらに向ける子供だ。(すす)けた白いワンピースを見るに、女の子か。

 お母さん、お母さん、とすすり泣いている。


「なぜここに……待っていろ、今」

「ルクレツィア!」


 駆け寄ろうとするルチアの肩を、ニケが掴んで引き止めた。


「離せニケ殿! あの子を保護せねば!」

「やはりこれは……すみませんマスター」


 急いでニケは俺を()()離して、振りほどこうとするルチアを羽交い締めにする。


「落ち着きなさいルクレツィア。貴女は正気を失わされているだけです」

「なにを馬鹿な! 子供が泣いているんだぞ!」


 攻撃こそしないが、暴れるルチアはニケの言葉に耳を貸さない。


「くっ、まさかルクレツィアがこんな簡単にっ。それほど強力な術が……っ! マスターは!? 大丈夫ですか!?」

「俺は普通だぞ」

「良かった……抵抗できていたのですね」


 ふむ、ルチアは精神攻撃を食らっていたのか。

 ニケには《神鋼の意思》があるので、そういった攻撃はほぼ効かないはずなのだ。


 でも…………ルチアとニケ、か?


 なんかわちゃわちゃやってる二人を横目に、俺はマジックバッグからある物を取り出した。

 大人の腕くらいの大きさの、持ち手がついた筒状の物──手持ち魔導砲である。

 もちろん昔事故った物ではなく、アダマントで作った新作だ。


「マスター、いつの間にそんなものを……」


 ガチャコンと弾を込め、狙いをつける。

 その砲口が向いた先には──


「え……」

「マスター!?」


 ──動きを止め、驚きに目を見開く二人。

 その顔は俺の知る二人そのものに見える。

 だが……。


「なあ……本当にルチアが精神攻撃でこうなったのか? それで簡単に俺を置いていこうとするのか? 俺は普通なのに? それに、ニケは俺を放り投げるように置いたし…………お前たちは、本当にルチアとニケなのか?」


 精神攻撃をしてくるような相手がいるのだ。入れ替わったり、幻などで化かされている可能性は否定できない。

 いや……そうに違いない!

 俺を騙せると思ったら大間違いだ!


「そんな……主殿が私を疑うなんて……」


 ルチアっぽい者が悲しげに呟く。

 その瞳はすっかり潤んでしまっている。


「うっ、すまん……いやっ、騙されんぞ! ルチアがそう簡単に泣くはずがない!」

「精神攻撃の影響下にあるだけですよ。ハァ……マスターもしっかりかけられていましたか。しかもあらぬ方向に」

「なに!? 俺を疑う気か!」

「疑っているのは貴方でしょう」


 俺のクールなニケがこんなことを言うはず……言うかもしれない。

 ぐう、どうすれば……ていうか、うるせぇんだよ。


 向きを変え、引き金を引きながら魔力を流せば、暴走した無属性魔石の魔力がドバンと塊で放たれる。

 そして泣いてた女の子はバラバラになった。


 随分脆かったな。

 この魔導砲は俺のパンチと同じくらいの威力が限界だから、牽制用として作ったんだけど。精神攻撃に極振りだったのだろう。


「相変わらず思い切りが良すぎますね……」

「うわぁああ! 女の子がぁ!」

「よく見なさい、あれはただの魔物です」


 頭を抱えるルチアを離し、ニケが指差す。

 残骸になった女の子からは、血の一滴も流れていない。

 はなから分かりきっていたが、当然魔物だ。こんな所に生きた子供などいるわけないのだ。


 しかしどうしようか……取りあえず弾は詰め替えたが……。

 うん、撃てばいいか。

 二人が本物であれば、こんな魔導砲(おもちゃ)が通用するはずがない……でも一応二人のあいだ辺りを狙って、と。


 放たれた魔力を、ルチア(仮)が簡単に盾で弾き飛ばす。ニケはその前に射線上から離れていた。

 やっぱり本物だろうか。


「シンイチが私を攻撃した……う、ううっ、こんなことって…………」


 あー……ルチア(仮)の瞳から、ポロポロと大粒の雫が。それをグスグスと手のひらで拭っている。


「やっ、やり過ぎた!? ……でも騙されない! ルチアがこんな思い切り泣くはずが」

「まだ影響が抜けていないだけです」

「怪しい! あいつ倒したのにまだ抜けないとか、本当か?」

「貴方も抜けていませんよ」


 そんなことないよ!

 また新しい弾を取り出していたら、ゴゴゴと地面が揺れた。


 枯れ木の方を向けば、バラバラ系女子の手前の石畳が盛り上がってきている。

 そして現れたのは、数多の骨で形作られた巨大なスケルトンの上半身だった。

 女の子がおびき寄せ、このガシャドクロみたいな奴が捕まえる役だったのか。女の子が死んだから、我慢できずに出てきたのだろう。


「こんな時にっ」


 ガシャドクロに向けて足を踏み出そうとするニケ(仮)に、魔導砲を向けた。


「動くな! あれと共闘する気だろう!」


 そしたら、


「…………面倒」


 丁寧語すら捨てたニケ(仮)の、俺に向けられた手が光った。

 やはりニケ(偽)だったのだ!


「いや、むしろニセだったのか!」

「わけのわからないことを言っていないで、少し眠っていなさい」


 シビビビと痺れ、意識が薄れていく……俺はここまで、なのか……すまん、ニケ(本物)、ルチア(本物)…………。






 パチリと目が開いたら、俺は屋台の残骸に寝かされていた。

 そしてルチアが正座してニケに説教されてた。なのですぐに目を閉じた。


「別に貴女がマスターより子供を選んだとは思いません」

「もっもちろんだ。シンイチ以上に優先するものなど……」

「ただそれ以前の問題です。貴女があれほどあっけなく術に落ちてどうするのですか、情けないですよ」

「面目ない……子供の声に動揺した」

「まあ精神系の術は珍しいですし、ほとんど受けたことはないでしょうから今回は許しましょう。ですが」

「わかっている、もうこのような失態は演じない」

「そうしてください」


 薄目で見てみれば、枯れ木の周囲には大量の骨が散乱している。

 どうやらルチアもガシャドクロと戦ったようだ。二人とも装備は汚れていたが、怪我は無さそうで良かった。


「しかしなぜ主殿は、あの魔物を攻撃できたのだろうか。私はなんとしても子供を救わねばならないという思いに駆られたのだが」


 正座のまま首を傾げるルチアに、どこか複雑そうな顔をしたニケが答えた。


「あれは恐らく、心の引っ掛かりを無作為に増幅するたぐいの術だったのでしょう。その方が強引に感情を誘導するより簡単ですから」

「なるほど……つまり主殿は、全くこれっぽっちも子供を救おうなどとは……」

「……そういう人ですから」


 違うよ! 初めから見切ってただけだよ!

 こんな所で子供の泣き声なんて、瞬間で罠だってわかるじゃないか。


 と、弁解したいが起きられない。

 もちろん自分がやったことは覚えてる。

 よりにもよって二人を疑い、攻撃までしてしまったのだ。こっちは弁解の余地がない。


 ということで、このまま狸寝入りを……。


「マスター」

「はひぃっ」


 一聴しただけでは普通の声色。

 だがその奥に隠された響きは、井戸の底に引きずり込む凍えた手を霊視できてしまう。

 恐怖とはこういうことなのである。

 俺はすかさず正座して、最大限に背筋を正した。


 しばらく無言のまま時が過ぎる。それがまた恐ろしい。気分は斬首待ちの罪人だ。

 やがてニケが軽くため息をつく。


「ふぅ……貴方はそういう人ですから、仕方がありませんね」


 またそういう人って言われた。


「ごめんな、ニケ。でも待って。別に二人を完全には信用してないとかじゃ……ないといいな、と本気で思うんだけど、どう思う?」

「もう、そこは自信を持って言ってください」


 頬を膨らますニケを見て、ルチアが苦笑いしている。


「はは、主殿は無駄にあれこれ考えることがあるからな。それが災いしただけだろう」

「無駄ってひどいけど、ルチアもごめんな」

「私もすっかり引っかかったし、見苦しいところも見せてしまった。悪かった。それと、その……頼むからあれは忘れてくれ」

「無理無理」

「なぜ!?」


 子供みたいな泣き方で可愛かったし。


「しかしニケに攻撃されたときは、まじでニセかと思ったわ」

「すみません。ですがあの状況では仕方ないでしょう?」


 当然のように言うニケは、まだちょっとご機嫌斜めかもしれない。

 よし、こういうときは明るく爽やかに得意の下ネタで締めよう。


「まあなー。でも今日は本物かどうか、全身たっぷりチェックするからな」


 これでニケちゃんも大喜び──


「結構です」


 なっ…………。


「に、ニケ殿!? ま……まさか本当に」

「ニセ……!?」


 彼女は無言で、ただニタリと嗤った……。









 でもやっぱり夜は頑張らされました。


 こうして無事、俺たちは水晶ダンジョンに新たな火を灯したのである。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ