5-9 愛情・努力・勝利だった
ドラゴン──。
誰しもが一度は畏れ憧れる、最強生物の一角。
人族と魔族の大陸の間に存在する、ヘラ諸島を主な生息域としている。
言葉を理解し操るほど知能は高いが、人と関わることはほとんどない。ゆえに未だに詳しい生態はわかっていない。
そのドラゴンを必ずお目にかかれる場所がある。その場所は水晶ダンジョン七十階層。俺たちの現在地だ。
少し離れた場所には、噴煙上がる大きな火山が見える。その噴煙の中から、真紅の巨体が現れ出てきた。
俺たちの倒すべき相手、ルビードラゴンである。
「あれがルビードラゴン……ここを抜ければ私もドラゴンキラーか。さすがに気が逸るな」
ルビードラゴンはゆったりと翼をはためかせ、戦場となるこの場所に向かってくる。
それを見上げるルチアは、体をほぐそうとトントンと軽くジャンプしている。
武人であるがゆえに強者への畏敬の念が強く、それを超えたいという思いも強いのだ。
相手は強者の代名詞ドラゴン。昨日夕飯食べながら、この戦いへの思いを熱弁された。
アダマンキャスラー討伐の方がとんでもないことだと思うが、ドラゴンキラーという響きはまた特別なのだろう。
ちなみに鎧に輝く魔血留路の光は、さきほど灯されたばかりだ。今日は六十九階層の途中からスタートしたのだが、今の俺たちには余裕だったので使わなかったのである。
「気持ちはわかりますが冷静に。さきほど伝えた通り、多彩な攻撃方法と足場には十分注意してください。いくらステータスが外界の竜より低いとはいえ、事故は起こりえます」
ルビードラゴンというのは中位のドラゴンであり、そもそも通常は一つのパーティーだけで対峙するような存在ではない。
なのでここで戦うルビードラゴンは、外界ではほぼあり得ないレベル一に調整されていると言われている。恐らく外界にいる下位のドラゴンよりステータスは低いだろう。
しかし腐ってもドラゴン。気を抜いていい相手ではない。
それに、ニケも言っていた注意すべき足場。それはこの戦場自体のことだ。
俺たちがいるのは、溶岩の湖に浮かぶ小島なのである。
広さとしては学校のグラウンド三つ四つ分ほどはある。だがこの小島は本当に浮いているようで、ドラゴンの位置次第で傾き、溶岩に没する場所もあるらしい。
つまりこの一戦は、位置取りが非常に重要なポイントとなる。
「わかっている。基本としてはあまり動かさないように、右回りに旋回していくということでいいな?」
「ええ。ですが全周囲への攻撃も持っていたはずです。それは無理せず後退して──」
「守護者の大盾という手も一応は──」
ルビードラゴンは島の直上まで来たあと、ゆっくりと下降している。
俺たちの姿を認めているだろうが、その瞳は王が下賤の者を見下ろしているかのごとく。俺たちなど相手にもならんと言わんばかりだ。
……それにしてもゆっくりだな。おかげでルチアとニケは最後の確認ができているけど。
うーん……俺も今の内にやれることをやっておこうか。
とりあえず扉をウィーンと開いて《研究所》から出た。歩いて島の中央に向かう。
俺の格好は二人に準じた物だが、パンツは七分丈だ。それと陣羽織は常に着てる。
色はもっとたくさん使いたかったのだが、なんでか二人にダメ出しされて控え目になってしまった。まあ半分近くは黒くなくなったし我慢する。
さて、中央に到着したが……二人は俺の真上にいるルビードラゴンを見上げてまだ相談してるし、一人でやろう。
えっと、この辺りかな?
マジックバッグから色々取り出して準備していたら、もうルビードラゴンがだいぶ近くなった。
そろそろいいだろう。
最後の仕上げをしていると、二人が俺に気づいて引っくり返った声を上げた。
「まっ、マスター!?」
「なにをしている主殿!?」
「はーい、今戻るー」
二人からお叱りの言葉を投げかけられつつ、ピューッと《研究所》に逃げ帰って扉を閉める。それと同時に、ルビードラゴンが島に降り立った。
その姿はトカゲなどとはとても言えない。四つ足で翼の生えた真紅のティラノサウルスとでも言うべきか。頭身はもっと高いが。
それでもなお巨大な口をこちらに向け、炎をあふれさせながら開く。
威嚇の咆哮を上げようとしたその瞬間──周囲に響くのは、幾重にも重なる鈴の音。
咆哮は悲痛な叫び声に転じた。
何度も使ってるから、タイミングドンピシャだったな。
氷魔石あんだけ必死になって貯めたのに、半分も使わなかったのだ。いっぱい余ってるし、魔石爆弾十個くらい地面に貼りつけて使ってみた。
全ての魔石爆弾が終わり、幻想的な氷の霞が晴れる。付近の黒かった島の表面は、霜が降りてすっかり白くなっていた。
効果は抜群なようで、ルビードラゴンはその上で哭きながら体をよじっている。やはり冷気には弱いと見える。
ここが勝機! 突撃だシータ!
一気に駆け寄り、首に飛びつく。
魔血留路ほどではないが真紅に輝いていた鱗は、紫に濁り、ひび割れて血をにじませている。
こちらに構う余裕のないルビードラゴンの首にシータをまたがらせ、後頭部に左腕をピッタリとあてがう。
その肘から先は、四本の太い棒で構成されている。
アダマント入手により完成した新武装、インパクターアーム。
前腕部が回転すると同時に、棒がそれぞれバラバラに細かくピストンする破砕兵器だ。
扱いづらいが威力は満点。
ジャジャ馬左腕の二の腕を、右腕のノーマルハンドで掴んで固定しながら押し込んでいく。
脆くなっていたこともあり、鱗を簡単に突破し、頭蓋をも砕く。
そのまま腕を突き入れ、これで終わり……かと思いきや、必死の抵抗で振り落とされてしまった。
くう、でかいだけあって、小さな傷では致命傷になりにくいのか……。
しかし動きは怪しくなっているし、息も絶え絶えという様子だ。
あとはどうトドメを刺すかというところだろう。
で──
「二人はなにしてるん?」
なんかぽけーっと突っ立ってるんだけど。
「あ、うん…………位置取りとかは……」
「……行きましょう」
二人が参戦したことで、すぐにルビードラゴンは悲しげな悲鳴を上げて絶命した。
「やったなルチア! これでドラゴンキラーだぞ!」
物言わぬ巨体の上でシータが右腕を上げる姿に、ルチアも笑顔で頷いている。
「……うん……うん……違うんだ……こういうことではないんだ……」
どこか遠い目をしているのは気のせいだろう。
喜んでもらえてよかった!




