5-6 二番煎じなど、余裕で耐
しんしんと雪の降り積もる五十五階層。
前を行くルチアが兎耳をなびかせ、未踏の雪原を切り裂き粉雪を大量に巻き上げる。猛スピードで山を滑り降りるその両足は、黒くて長い板に固定されている。
ルチアが右に進路を変えてしばらくして、目標を発見した。木々の合間に蜘蛛の巣のように広がっているアイシングリバティだ。
速度を落とすことなく、真っ直ぐに滑走していく。
接敵する直前、腰を落としたルチアはコブを利用して高く飛び上がった。
「守護者の大盾!」
前に出した盾を延長するように、透き通った淡い緑色の障壁が発生する。《盾術6》で覚えた、両足にクールタイムが発生する新アーツだ。
その障壁はルチアなど余裕で覆い隠し、上下左右数メートルにも渡って拡がった。
「バッシュ!」
本来《守護者の大盾》は、広範囲の魔術などから仲間を守るためのアーツである。魔法防御能力は高いが、物理的な強度は高くない。
しかし、そこは圧倒的なステータス差。
ルチアを貫かんとした氷の槍ともども、アイシングリバティは巨大な盾に叩きのめされる。そうしてほとんどがただの氷属性の魔石に還った。
「すまない、一つ残った!」
着地した先で急ブレーキをかけたルチアが振り返る。
後ろに続くニケの両足には、それぞれに細長い板が。
「問題ありません」
ニケもアイシングリバティに向け飛び上がった。
接近するニケに攻撃対象が切り替わり、アイシングリバティが氷の槍を伸ばす。
それらを蹴り壊すことで細かく軌道を変え、ニケが宙を舞う。手甲すらしていない手袋に包まれたその指が、ついにはアイシングリバティの本体に突き立った。
着地し、ルチアの隣で雪を巻き上げたニケの右手には魔石が握られていた。
そして俺はといえば、ニケの左手で抱えられながら安堵の息を漏らしている。
「ふぃ〜、びびったあ……」
「ふふっ、すみません。少々はしゃいでしまいました」
「いいよ、面白かったし」
リースに帰ってきて五日、俺たちはすでに魔石収集の日々に戻っていた。というか帰ってきた翌日から連日の雪山巡りである。
本当はもっと休んでるつもりだったのだが……これは俺のせいでもある。
せっかくステータスが爆上がりしたので遊んでみようと思って、スキーやスノボ道具を作ってしまったのだ。アダマントを使って。
ルチアとニケは説明を聞いた段階では懐疑的だった。雪の上を滑るだけのことが楽しいはずがないと。
だがハマった。
まあこの世界じゃ体を動かす娯楽なんて、ほとんどないからなあ。街の外は危険だし、レベルとかあるせいでスポーツも生まれにくいし。
そんなわけで毎日潜る階層を変え、遊びながらも効率よく魔石を集めているのである。ルチアはスノーボード、ニケはショートスキーで。
そして……残念ながら俺は遊べていない。初日に数回だけやったあとは、《研究所》に籠もりっぱなしである。
寒いせいじゃない。俺だって遊びとあれば寒さなんて気にしてられない。他にやらなければいけないことがあるせいだ。
ちなみに水晶ダンジョンの雪山は本来のルートから遠く離れれば、勝手にスタート地点に戻してくれるシステムだ。なのでリフトの時間もいらないという、ひたすら滑っていられる夢の遊び場なのである。
「ははっ、主殿と探索するのも久し振りだから、ニケ殿が舞い上がるのも仕方がないな。では次は私の板さばきを味わわせてやるぞ」
そう言って、ルチアが嬉しそうに俺をニケから受け取るのだが……。
「あのさ、気分転換に体動かそうと思って出てきたわけで……俺も自分で滑りたいんだけど? 初日も教えたたけでほとんど滑ってないし」
「駄目だな」
「危ないですから」
「いやいや、この階層でこのステータスなら全く問題は」
「よしいくぞとうっ」
有無を言わさずルチアが滑り始める。
……まあいっかぁ。
結局俺は恐らく二時間ほど二人に抱っこされてから、階層のスタート地点付近でラボに籠もった。
夕方になり、戻ってきた二人と風呂で温まってから鍋を囲む。
もちろん主食は米だ。侯爵に紹介してもらった卸売業のメリドリドさんから、半年分くらいの米を仕入れることができた。ありがたいことだ。
少しだけゆとりができた今のうちに、侯爵とのこと以外にも米流通量増加計画を進めるべきなのだろうが……果たしてどうしたものか。
ゼキル君の家は、間違いなくやらないだろうという話だし。侯爵と利害がぶつかる可能性があるから。
「それで、マスターの作業はまだ終わらないのでしょうか」
少しだけ拗ねたような口振りのニケが、膝に乗せた俺の口元に鳥つみれを運ぶ。昼間の二時間だけではスキンシップが足りなかったらしい。
とりあえずつみれをパクリ。
ふむ……今日のつみれは鳥型魔物の胸肉で作ってみたが、大正解だったな。
つみれにしても確かに感じる弾力は歯ざわりが良いし、噛むたびに強い旨味が口に広がる。
しかし……。
「もう一歩、というところだな」
「やはりいかな主殿でも、今回の素材は手強いようだな」
「手強いというか、致命的に足りてないんだよ。アクセントとなるべきものが」
「アクセント? そんなものがいるのか? よくわからないが、なにか必要であれば集めにいくが」
「どっかにあるのかなぁ……生姜か、その代わりになるような具材が欲しいんだけど」
「……マスター、何の話をしているのですか」
「つみれの話だけど」
「相変わらずですね、貴方は……」
「防具の話だ、主殿……」
「ああ、そういえば作業のことを聞かれてたな」
そう、俺がラボ籠もりでやっている作業は、新防具制作なのである。
極上の防具素材であるアダマントを大量に手に入たので、しっかりと考えてみることにしたのだ。
アダマントの性質を調べたりもしていたから普段より時間がかかっているが、形にはなった。
しかし……。
「もう一歩、というところだな」
「……防具の話だぞ?」
「うん。ただアクセントの部分で問題が」
「本当に防具の話ですか?」
「だからそうだって」
二人が疑いの眼差しを向けてくるのはなぜなんだろうか。
仕方ないから進捗具合が真実であることを証明するため、「そこを疑っているわけではないのですが」あとで披露してみることにしよう。本当は完成してからお披露目したかったんだけど。
ということで飯が終わってから、まずは二人に新装備のインナーを着せてみた。
「…………いい! 凄くいい!」
二人が着る服の完璧な出来栄えに、思わず自画自賛してしまう。
今回は二人の原寸大トルソーまで作って頑張ってみたからな。
もちろんトルソー作りに、二人の型を取ったりなどはしていない。毎日二人の全身をこの手で計測している俺にかかれば、二人の形を複製するなどたやすいのだ。
「いやっいやいや、ちょ、ちょっとこれは短すぎではないか? こっこれでは下着よりも隠せていないぞっ」
かなり攻めているローライズホットパンツを、顔を赤らめたルチアが必死になって指を差し入れて下に伸ばそうとしている。
こっちの一般的な下着はかぼちゃパンツみたいなやつなので気持ちはわかるが……ふふ、無駄なあがきだ。そう簡単に伸びはしない。
ニケは立ち襟ノースリーブのトップスの裾を引っ張ったりしているが、こちらは素材チェックのためだろう。
そして、目を見開いて俺を見た。
「なぜ服を着せられたのかと思いましたが……まさかこれはアダマントでできているのですか?」
「おう、正解だ」
お揃いの格好をした二人の胴体を包む黒一色。
ピッタリと張りついて体のラインが丸わかりのそれらは、印象としては陸上競技のウェアにも近いだろうか。もっと艶っぽいけど。
「アダマントを布にするなど聞いたこともありません。一流の織物職人でも不可能なことを、一体どうやって……」
「まあ素材は腐るほどあるから、色々試せたのはでかいな。それとあとは知識の差だな。そもそも俺には織れないし」
「どういうことですか?」
「それ、織ってないんだよ」
強度や弾性、扱い易さなどを追い求め、あれやこれや試したのだ。あまり時間をかけられないので、思いついたことを一気に。久々にラボの設備設置能力をフル活用したよ。
その結果使い物にならなくて、廃棄することになったアダマントも多い。そんなもったいないこと普通はできない。
そして贅沢に試作を重ねた結果たどり着いたのは、不織布という選択肢だった。
地球にはいくつもの種類があるが、こっちでは伝統工芸品としてのフェルトくらいしか見たことがない。
「細ーい糸くず状にしたアダマントに、繋ぎにもなる溶解液と熱と圧力を加えてくっつけたんだ」
そこでもまた丁度いい塩梅を求めて色々試すことになった。不織布は脆くなりがちだし。
最終的に厚手になって重くはなったが、下手な防具よりは遥かに軽い上に総合的な防御力も高い。ただのインナーにも関わらず。
「そんな方法が……」
「それは凄いと思うのだが……こっ、ココはなんとかならなかったのだろうか!?」
内股のルチアが両手で隠しているのは、ホットパンツの下。
その手の更に下には、不織布アダマントと透けている黒い素材とを組み合わせたサイハイ。そしてそれに重ねてニーハイのロングブーツとなっている。
つまりルチアが隠しているのは、褐色輝きムッチリ弾ける絶対領域である。
「確かにこれは、人に見せるのはためらわれますね」
恥じらうルチアちゃんに対抗して、ニケちゃんが全くためらうことなくこちらにお尻を突き出してくる。お尻とも太腿ともつかないエリアに食い込むホットパンツを強調するように。
ふっ、だが甘いな二人とも。その構図はバニーのときにも見たぞ。
俺は二人の誘惑に耐え、
しばらくして、ぐったりと床に倒れ伏す二人を前に、俺は防具の説明を再開することにした。ふぅ。




